※この作品はR-18です。

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第8話『家族会議』

 住所を伝え、江崎さんが運転する車で僕の実家へと向かう。

 

 到着予定時刻は19時前。外に出る頃には日は沈んでおり、辺りは夜闇に染まっていた。

 

「――――」

 

 走行中の車内。窓の外に目を向けると、反射した自分の顔が笑みを形作っていることに気づく。怒涛の展開が続いているけど、存外、僕は僕で楽しんでいるらしかった。

 

 マンションから30分ほど車を走らせると、慣れ親しんだ実家に辿り着く。お客さん用の駐車場に停めてもらうよう江崎さんに伝える。

 

「――ここがショウタくんの家かぁ」

 

 シートの上に正座して、ハルは感心するように窓から家の外観を窺っていた。特筆すべき点のない、ありふれた一軒家を。

 

 さっきのマンションと比べると、どうしても見劣りしてしまう。

 

「ごめんね、あんまり綺麗な家じゃなくて」

 

 劣等感が湧いて、ふと嫌味のような言葉が漏れてしまった。すぐに言ったことを後悔する。

 

 ハルたちにも、なにより自分の両親に対しても失礼な発言だ。

 

 自分を守るためにその場を取り繕う――こういうところが、僕には時々ある。直さなくちゃいけないのはわかっているけど、無意識というのは中々変えられない。

 

「そんなことないよ? ウチも実家の方は普通だから。ね?」

 

「ええ。娘の金銭感覚がおかしいだけですから、卑下することはありませんよ」

 

「ひどっ!」

 

 仲睦まじい親子だな、と思う。ふたりに諭され、内心を巣食っていた嫌な気持ちが霧散していく。

 

「……ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」

 

 僕から車のドアを開けて、3人で家の玄関へと向かう。施錠の有無をたしかめるためにドアノブを下ろしながら引くと、

 

「「「うわぁっ――!」」」

 

 押されるように扉が内側から開いて、3つの影が中から飛び出した。どうやら聞き耳を立てていたらしく、母さん、父さん、妹のアキホが、玄関前にドサッと崩れ落ちる。

 

 僕は呆れてため息を吐いた。

 

「あんたら……なにやってんの」

 

 その問いにはアキホが答えた。

 

「だ、だって! お兄が彼女だよ!? あり得ないじゃん!」

 

 両親を下敷きにしながらアキホは捲し立てる。続いて母さんも、血相を変えて顔を振り上げた。

 

「そうよそうよ! こんなドルオタ息子に彼女なんて!」

 

「ショウタ、お前騙されてるんじゃないのか!?」

 

 重なった状態からそれぞれ離れ、最後尾で立ち上がった父さんがしかめっ面で僕に追及する。

 

 騒がしい人たちだな……。

 

 後ろを軽く見やると、ハルと江崎さんは顔を見合わせて笑っていた。ああもう、恥ずかしい!

 

「愉快な人たちね」

 

「ねー」

 

 そこでハルは、僕と並び立つように一歩前に進み出た。

 

「初めまして! ショウタくんとお付き合いしてる江崎ハルネです! 不束者ですが、どうかよろしくお願いします!」

 

「母の江崎エリです。突然押しかけてしまい申し訳ありません」

 

 恭しく頭を下げる江崎さんと、元気良く敬礼のようなポーズを取るハル。その、屈託のない笑みを目の当たりにして、僕の家族はみんな時間が止まったみたいに固まっていた。

 

 ビューンと風の音が耳を打つ。静寂を断ち切ったのは、動揺した様子の母さんだった。

 

「ど……、どうしましょうあなた……絶対にショウタ騙されてますよ! こんな可愛い子が彼女なわけ……」

 

 母さんに肩を揺さぶられ、父さんは眉間に皺を寄せてハルを凝視する。

 

 対して、アキホは愕然としていた。ポカンと口を開けて放心状態。しかし、やがてその目がパッと見開かれて――。

 

「え……、えぇっ!? もしかしてハルさん!?」

 

「あれ? 私のこと知ってるの?」

 

「そりゃ有名人ですし! てか、お兄が一時期、見ろ見ろ聞け聞けってうるさくてぇ……ん?」

 

 途中で言の葉を止め、アキホは小首を傾げる。直後、今度は大口を開けて驚愕を顕わにした。

 

「はぁぁぁぁぁっ!? ハルさんがお兄の彼女っ!?」

 

「はい! 彼女です!」

 

 当然のことのように笑顔で応じるハルに、アキホはなにを勘違いしたのか頭を下げた。

 

「ウチのバカ兄貴がごめんなさい……!」

 

「へ? なんで?」

 

「なにかで脅されてるんでしょう!? 私からキツく言っておくんで、どうか警察には……!」

 

「あのなぁ……」

 

 聞き捨てならず口を挟む。ただ、アキホは聞く耳を持たなかった。

 

「お兄は黙ってて! ほんと、身内から脅迫犯とか人生詰んじゃうから!」

 

「面白い妹さんだねっ」

 

 あっけらかんと笑うと、ハルは居住まいを正した。

 

「違うよ。本当の本気で、真剣にショウタくんとはお付き合いしてるから。これが証拠」

 

 突如――頬に柔らかい感触が走る。

 

「まぁっ」

 

 江崎さんがわざとらしく驚いたあとに、ようやく僕はなにをされたのか自覚した。一瞬だったけど、ほっぺたにキスをされたのだ。

 

「「「ぐぁぁぁっ……」」」

 

 3人が揃って奇妙な声を発した。僕も僕で、キスされた場所を指先で撫でながら余韻に浸ることしかできない。

 

「これで信じてもらえた?」

 

 ハルに笑みを向けられ、アキホは同性にも関わらず顔を赤くした。羞恥のやり場を探すように僕との距離を縮めると、肩を組まれて耳打ちされる。

 

「おおおっ、お兄……! 絶対逃しちゃ駄目だよ……! どうやったのか知らないけど、こんなの、宝くじで1等当てるよりあり得ないことなんだから……!」

 

「お前なぁ……」

 

 まあ、否定はしないけれども。

 

「とりあえず、外は冷えるし上がってもらおうよ」

 

 ――その場をまとめるように僕はそう言って、ハルと江崎さんを家の中に導くことにした。

 

 みんな揃ってリビングに向かい、ふたりをローテーブルの方に案内する。ダイニングテーブルは4人分しか椅子がないから、やむを得ずラグの上に座ってもらう。

 

「すぐにお飲み物をお持ちしますので……!」

 

「どうぞお構いなく」

 

「ありがとうございます、お母様!」

 

 母さんのおもてなしに、江崎さんは社交辞令を、ハルは爆弾発言を返した。

 

「やだっ、お母様だなんて……」

 

 満更でもなさそうに頬に手を当てながら、母さんはキッチンの方に消えていく。

 

 アキホと父さんを対面にして、僕とハルと江崎さんはテーブルを挟むように腰を下ろした。

 

「あの……私、アキホって言います! お兄になにかされたらなんでも相談してくださいね!」

 

 アキホは前のめりになってハルに話しかけた。アキホのやつ、案外ハルのファンだったりするのだろうか。昔、布教したときは割と素っ気なかったのに。

 

「アキホちゃんね。じゃあ連絡先交換しよっ!」

 

「いいんですか!?」

 

「もっちろん! 将来的には私の妹だからね。あっ、でも他の友達には教えたりしないでね? ショウタくんと付き合ってることも、今はまだ秘密中だから」

 

「秘密! なんだかドラマみたいですね! 任せてください、共犯者としてこの情報は墓場まで持っていきますから!」

 

「折を見て公表するつもりだから、墓場まで持っていく必要はないけどね」

 

 折を見て公表されてしまうのか……。

 

 ハル、ファンに刺されたりしないだろうか。僕は最悪刺されてもいいけど(嫌だけど)、ハルが傷つくのはそれ以上に嫌だ。そういった危険から守り切れるか、世間の声に押し潰されないか、色々と不安は尽きない。

 

 まあ、それこそ折を見てと言っているし、その辺はハルが――というより江崎さんが徹底するか。

 

 一応、僕も気にはしておこう。

 

「ただの粗茶ですが……どうぞ」

 

 お茶の入った湯呑みを人数分テーブルに置くと、母さんはアキホの隣に腰を下ろした。

 

 さて――誰が最初になにを切り出すのか……。

 

 彼氏ならお前がズバッと話せよ、という指摘もどこからか聴こえてくるけど、あいにくその勇気は中々出てこない。

 

 重苦しい沈黙の中、最初に口を開いたのは父さんだった。

 

「ショウタ。ちゃんと説明しなさい」

 

「…………」

 

 改めたような低い声に、反射的に背筋が伸びる。どの道ここまで来たらあとには引けない。

 

 一度深呼吸をしてから、僕は単刀直入に言った。

 

「電話では挨拶って言ったけど、実は父さんたちに大事な話があって――」

 

「待ってくれ……」

 

 言いかけて、しかし父さんは待ったをかけるように手を前に出す。説明しろって言ったのは父さんなのに。

 

「わかってる、わかってるさ。息子が、彼女とその母親を連れてきた。挙げ句、挨拶など……これはもう、ひとつしか可能性は考えられない」

 

「私はまだ心の準備が……」

 

 父さんも母さんもなにやら神妙な様子で、僕の真意を勝手に推し量っている。父さんは、かざしていた手を膝に戻すと、今度はアキホに目をやった。

 

「お前は部屋に戻ってなさい」

 

「え!? なんでよ!」

 

「ここからは大人の話だ。子供のお前が混じっていい話じゃない」

 

 うむ、たしかに。同棲は大人の話と言える。高校生のアキホには場違いかもしれない。

 

「いいじゃないですか、お父様。アキホちゃんは私の妹になるんですから。一緒に聞いた方がいいと思います」

 

「……っ」

 

 部外者扱いのアキホを、しかしハルは同席させるように父さんへと促す。それに息を詰まらせると、父さんは「やはりそうなのか……」と納得した様子。

 

 なんだろう。さっきから、いまいち話が嚙み合っていないような気がする。気のせいだろうか。

 

「アキホ。茶化すんじゃないぞ」

 

「そんなことしないよ」

 

「ならいいが。さて、話の続きだが」

 

 父さんは咳払いを挟むと、改めて姿勢を正した。そして、さながら判決を下す裁判官のように言った。

 

「ずばり――妊娠だな?」

 

「はぁ――ッ!?」

 

 あまりにも予想外の言葉に、僕は咄嗟に声を上げる。

 

「なに言ってんだよ! 違う違う、全然違うから!」

 

「むっ。違うのか?」

 

 困惑顔を浮かべる父さんに、次いで母さんも意外そうな声を発した。

 

「あら、違うの? 私もてっきりそうじゃないかと思って身構えてたんだけど」

 

「勝手に変な想像するのやめてくれよ、本当に……」

 

「父さんも母さんも馬鹿だなー。お兄にそんな甲斐性があるわけないのに。きっと、キスだってまだだよ! ねっ、ハルさん?」

 

「ふふっ♡」

 

 アキホからの問いかけに、ハルは笑みを返すだけだった。

 

 ……心臓に悪い。父さんたちの予想は的外れだったけど、アキホの罵倒もまた、同じく的を外していた。僕に甲斐性があるのかはさておいて、しかし、僕たちはキスどころか子供を授かってしまうような行為をすでに経験済みなのだ。

 

 この話題はかなりバツが悪いので、僕は強引に話を戻すことにした。

 

「てか、僕から説明するって言ってるのに話を挟まないでよ」

 

「すまないすまない。つい先走ってしまった」

 

「全く……」

 

「しかし、妊娠じゃないとすると改まってどうした? 親御さんまで一緒に来るなんてよっぽどのことじゃないのか?」

 

 疑問を呈され、唾を飲み込む。妊娠という衝撃的な話題を挟んだこともあってか、僕の口は思ったよりもすんなりと動いた。

 

「ハルがマンションを用意してくれてて、同棲の許可をもらいたいんだ」

 

「「同棲……」」

 

 母さんと父さんの声が重なり、気まずそうな顔になる。しばし間を挟むと、ふたりは諭すような口調で言った。

 

「ショウタ。お金はどうするつもりなの……?」

 

「大学だってあるだろ。それを疎かにすることは、親としては看過できない」

 

 変な妄想をしていた割に、両親の指摘は至って普通だった。どちらも想定内の質問だ。

 

「大学は今まで通りちゃんと行くよ。留年とかもするつもりはないし」

 

「お金のことも心配いりません! 私がすべて負担するので!」

 

 そこでハルが会話に割って入り、金銭面の事情を説明する。

 

「すべてって君……お金は大丈夫なのかい?」

 

 父さんの問いにはなぜかアキホが応じた。

 

「失礼だなぁ。たぶんハルさん、お父さんの数倍は稼いでると思うよ。なんたって今をときめくインフルエンサーなんだから!」

 

「それなりに蓄えはありますし、継続的に入ってくるお金もあるので。金銭面の心配は必要ないと思います!」

 

「ショウタさんの生活に支障が出ないよう、家も大学近くのマンションを借りさせました。お二方の許可をいただければ、すぐにでも暮らせる状態です」

 

 アキホの話を補足するように、ハルと江崎さんが情報を出していく。

 

 このタイミングでマンション契約済みの話を切るとは……ハルのマネージャーなだけあって、江崎さんはかなりの策士かもしれない。

 

 契約前なら断れた申し出も、契約してしまったあとではどうにも断りづらい。その上、僕の私生活にまで配慮してくれているのだから、論理的には文句のつけようがないだろう。

 

 あとは感情の話で――父さんと母さんが、息子の同棲を心理的に認められるかの問題だ。

 

「そこまでして……」

 

 母さんがつぶやいた言葉を、ハルは力強く拾った。

 

「はい! ショウタくんと一緒に暮らしたいんです! だからこうしてご挨拶に来ました!」

 

 リビングの空気がぴんと張り詰める。父さんと母さんは目を見合わせて、無言の意思疎通を図っていた。

 

 そうして刹那の沈黙を挟み、

 

「……わかりました。ふたりが本気なら、私たちが反対する理由はないわね」

 

「ただし、私生活を疎かにしないことを条件に、だ。大学を含め、節度ある生活を送ることを約束するなら――同棲を許可しよう」

 

「ッ――!」

 

 両親の返答を聞くなり、ハルの表情が華やいだ。その顔がこちらを向いて、キラキラした瞳と目が合う。

 

 僕も内心ホッとして、伸びていた背筋が急速に力を失った。

 

「ありがとうございます! やったね、ショウタくん!」

 

 ハルに頷き返し、両親にも向き直る。

 

「約束するよ。大学もサボらず通うから」

 

 こうして僕たちは、正式に同棲への一歩を踏み出したのだった。

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