※この作品はR-18です。

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第9話『ふたりきりの夜』

 無事、両親からの許可を得て、僕とハルは同棲を始めることになった。大きな荷物は後日運ぶ予定で、今日は差し当たって必要な物を持っていくことにする。

 

 2階の自室でキャリーバッグを広げて、必需品を詰め込んでいく。大学の教科書やノート、バイト先で使う制服、財布やスマホの充電器、数日分の服などなど。あとは――。

 

「あっ」

 

 大事な物を忘れるところだった。

 

 額縁に入れて飾っている僕の宝物――ハルからもらった初めてのサインを壁から丁寧に取り外し、キャリーバッグの奥へと大事に詰め込む。

 

「それ、まだ持っててくれたんだね」

 

 僕の準備が終わるのをベッドの上で待っていたハルが、不意に声をかけてきた。

 

「当然だよ。ハルと初めて会った日にくれた物なんだから」

 

「まっ、どっかの誰かに転売されたり破いたりもされたけどね」

 

 昔あった炎上のことを言っているのだろう。あれを思い出すと、自分事のように虫の居所が悪くなる。

 

「会員限定だったのに、酷いことする人もいるよね。許せないよ」

 

「当時はすごいショックだったけどね。でもまあ、今はそんなに気にしてないよ? 私も幼稚なところがあったし、送る側の気持ちを、受け手の人には強制できないから」

 

「それでも、破るのはやり過ぎだよ」

 

 ハルはあっけらかんとしているけど、僕はやっぱり許せなかった。

 

「いいのいいの。終わった話なんだから。こうやって大事に想ってくれてる人が少しでもいてくれれば、私はそれで十分」

 

 達観している。歳の違いというより、それは経験の差に思えた。

 

「ならいいけど……」

 

 本人が気にしていないと言っている以上、しつこく蒸し返すのは野暮だろう。その話題はそれ切りにして、僕は荷造りを再開した。

 

「――よし」

 

 準備完了だ。

 

「じゃあ行こっか」

 

「はーい!」

 

 キャリーバッグを持って1階に下りる。リビングに行くと、親同士たちがダイニングテーブルを囲んで会話しており、アキホはテレビを見るフリをしながらそれに聞き耳を立てていた。

 

「江崎さん。もう出れますよ」

 

「では、マンションまでお送りしますね」

 

 ダイニングテーブルから立ち上がると、江崎さんは母さんたちに向かって頭を下げた。

 

「突然押しかけてしまい申し訳ありませんでした。また後日、改めて機会を」

 

 そのまま家を出る流れになり、家族全員が玄関まで見送りに来る。

 

「ハルさん! 今度遊びに行ってもいいですか?」

 

「いいよ! いつでも連絡して!」

 

「やったー!」

 

 僕が靴を履く傍らで、アキホは小躍りして喜んでいた。

 

「ハルネさん。どうか息子のことをよろしくお願いします」

 

「なにかあったら遠慮なく連絡してもらって構いませんから」

 

 父さんと母さんにそう言われ、ハルは上機嫌に頷いた。

 

「お任せください! これでもひとつ年上のお姉さんですから!」

 

 ハルといるところを両親に見られるのはどうにも落ち着かない。僕はそそくさとキャリーバッグを引いて、玄関の扉に手を伸ばした。

 

「じゃあ、荷物とか運ぶときにまた連絡するよ」

 

 家族に一言残し、ハルと江崎さんの行動を促すようにドアを開ける。別れの挨拶を背後に聞くと、江崎さんの運転する車で僕たちはマンションに向かった。

 

 

 

         *

 

 

 

 道中、チェーン店のお弁当屋さんで夜ご飯をテイクアウトして、21時を回った頃にマンションへと到着する。

 

「――では、私はここで」

 

 地下駐車場に停車すると、江崎さんは運転席から後部座席に首を巡らせた。

 

「ショウタさん、どうか娘のことをよろしくお願いします」

 

 江崎さんの声は穏やかで、けれどもどこか寂しげだった。

 

 考えてみれば、ハルもハルで親元を離れるのは今回の同棲が初めてのはず。当然、親としては思うところがあるのだろう。

 

 ……ともすると、母さんたちも同じ気持ちだったりするのだろうか。あっさりと家を出てしまったけど、もっとちゃんと別れを告げといた方が良かったかな。

 

「安心してください。ハルに不自由はさせませんし、なにがあっても僕が守りますから」

 

「ちょっとちょっと! 私の方が年上なんだけど!? お世話するのは私だよ!」

 

「この通り、かなり子供っぽいところがあるので……、本当によろしくお願いします。これ、私の連絡先です。なにかあったら連絡してくださいね」

 

 名前、電話番号、メールアドレスが載った名刺を差し出され、それを受け取る。

 

 トランクに入ったキャリーバッグを地面に下ろし、最後に運転席のところに回って江崎さんに会釈しておく。

 

 テールランプの光が駐車場の奥に溶けていくのを、僕とハルは並んで見送った。

 

「ふぅ、やっとふたりきりになれたね!」

 

 語尾と共に、ハルが肩に寄りかかってくる。

 

 江崎さんが寂しさを纏っていた一方で、ハルは清々したと言わんばかりの明るさだ。

 

「とりあえず部屋に戻ろっか」

 

「うん!」

 

 ハルと密着したまま、キャリーバッグをガラガラと引きずって部屋を目指す。二重のオートロックときらびやかなフロントを抜けて、長いエレベーターで18階に上がる。

 

 部屋に入ると、証明が自動で点いて玄関を明るく照らした。

 

 鍵を二重に締めてから敷居を跨ぐ。

 

「あぁ、お腹減った! ひとまず腹ごしらえだねー」

 

 ふたり分のお弁当が入った袋を、ハルはぶらぶらと揺すりながらリビングの方に歩いていく。キャリーバッグを玄関に置いたまま、そのあとを追いかける。

 

 昼間からなにも食べていないため、僕も腹ペコだ。しかし、食事に際して少しだけ懸念もあって――。

 

「うーんと」

 

 電気を点けて、ハルは辺りを見回した。だだっ広い、テーブルもなにもない空間を。

 

「あははー、どこで食べよっか? 床に置いて食べるっていうのは、ちょっと見栄えが悪いよね」

 

「だね」

 

「寝室にはベッドしかないし……あっ! ベッドの上で食べる?」

 

「ハル……それはさすがに行儀が……」

 

 呆れたような声が漏れてしまう。いや、天然なところも可愛いけどさ。

 

「なにか机の代わりになりそうな物は――」

 

 ぐるりと部屋を見回すが、やはり家具のカの字もない。ただ、良さげな物をリビングの隅に発見した。

 

「おっ。あれなんて使えそうじゃない?」

 

 ――たくさん積まれたダンボールの残骸。

 

 反対側に裏返せば、即興の机になるだろう。

 

「ナイスアイデア!」

 

「あれ、なにが入ってたの?」

 

 洗濯機、冷蔵庫、ベッドを入れるにしては小さい。他にそれっぽい物も見当たらないから、ふと気になった。

 

「実家からの荷物だよ。服とか化粧品とか小物とか」

 

「ああ」

 

 そりゃそうか。クローゼットには着替えもあったし、僕が必需品を持ってきたのと同じように、ハルもダンボールに入れてそれらを持参したのだろう。

 

「じゃっ、ご飯の用意しよっか」

 

 ハルと一緒にダンボールを裏返しに並べて即席のテーブルを作る。

 

 そのあと、浄水機能つきの蛇口を通した水を紙コップの中に満たして、僕たちはテイクアウトしたお弁当をテーブルの上に広げた。ハルは野菜がたくさん入ったヘルシー志向の幕の内弁当で、僕はガッツリ系の焼肉弁当だ。

 

「ショウタくん!」

 

「ん?」

 

「乾杯しよっ! 私たちの新生活を祝して!」

 

 太陽みたいに明るい声でハルは紙コップを掲げた。

 

「いいね。……まあ、乾杯って言ってもただの水だけど」

 

「いいのいいの! こういうのは気持ちが大事なんだから!」

 

 嬉しそうに笑うハルに、僕も笑みも返して紙コップを掲げる。

 

「それじゃあ――乾杯」

 

「かんぱーい!」

 

 お互いの紙コップをこつんと合わせ、僕たちはささやかな祝杯を上げた。

 

 出来立てが売りのお店だったけど、時間経過もあってか中身は冷めている。電子レンジもないから、このまま食すしかない。

 

「――――」

 

 固まりかけた肉を咀嚼しながら、僕は改めて部屋を見渡した。

 

 壁一面の大きな窓からは、まだカーテンも取りつけられていないため、夜空がそのまま広がっている。

 

 贅沢な空間の中、それとは真逆の粗末なテーブルでハルとお弁当をつつく――冷静に今の状況を俯瞰してみると、思わず笑みがこぼれてしまった。

 

「なに? どうしたの?」

 

「なんか、変な状況だなぁって。こんなに広いのに、ダンボールの上でお弁当食べてるの、かなりシュールじゃない?」

 

「たしかに! いやね、最初は家具備えつけの物件にしようかなって思ったんだけど、一緒に選んで家具を揃えていった方がワクワクすると思って」

 

「それは同感かも。でも、その割にはベッドは注文済みなんだね」

 

「おっ。それ言っちゃう?」

 

 他意はなく言った言葉だけど、ジト目のハルにからかうような視線を向けられて、それが結構な発言であったことを自覚する。

 

「あー、電子レンジも買わなくちゃだね……! お弁当美味しいけど、ちょっと冷たいし……!」

 

「照れちゃって」

 

 無理くりに話を逸らすと、ハルは顔を斜めにして流し目で僕を見やった。

 

 可愛いけど……可愛いけど恥ずかしい!

 

 ただ、ハルの意地悪はそこまでだったらしく、

 

「でもそうだね。これじゃあ不便だし、明日にでも家具とか注文しよっか。一緒に通販で探そ!」

 

 何事もなかったかのように、僕の話題に乗っかってくれた。

 

「テーブルに電子レンジ、あとはテレビも欲しいかな。ショウタくんと一緒に映画観たい!」

 

「ってなると、ソファーもあるといいかな?」

 

 ハルと肩を並べて座り、コーヒーでも飲みながら映画を観る。想像するだけで頬が緩んでしまう。

 

 僕の提案に、ハルは「うんうん」と納得したように頷いた。

 

「ふかふかのラグもマストだね! 寛げる場所は大事だもん」

 

「カーテンも必要じゃない? 今は夜だから気にならないけど、さすがに昼間とかは日差しがキツそうだし」

 

「それも採用! あとは――」

 

 そんなふうに、僕たちは必要な家具をあれこれと挙げながら、ふたりきりの初めての夕食を楽しんだ。初めてだったけど、今日からはこれが当たり前になっていく。

 

 ハルとの新生活は、着々と始まりを告げていた。

 




最新話までご覧いただきありがとうございます。

ハーメルンでも順次投稿していく予定ですが、小説家になろう(ノクターンノベルズ)での更新が1話先行となります。

先が気になる方はぜひ足をお運びください!
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