※この作品はR-18です。

うさぎ獣人になったら人生はっぴ~   作:九条空

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一人称がおじさんのおじさん


コーザ①

 がばりと体を起こす。

 さっきまで自分がなにをしていたかわからない。

 ……いや、それどころか、私は誰だ?

 

 手のひらを見る。透き通るように白く、美しい手だ。

 不思議と、これが自分のものとは思えない。

 

 自分は地面に横たわっていたようだ。

 周りを見渡すと、うっそうと生い茂る森が広がっている。

 

 それからたくさんの死体も。

 

 もう一度自分の手を見た。相変わらず真っ白な手だ。

 血にはまみれていない。ここにいる人間を虐殺したのは、自分ではなさそうだ。

 

 体のどこも痛くない。

 なぜ自分だけ無事なのだろう?

 痛覚がないだけで、怪我はしているのか?

 

 なんとなしに頭に触ると、異物があった。

 ぎょっとしてすぐに手を放す。

 なんだこれ? 髪以外のなにかが、頭の上にある。

 

 自分の姿を確認できるもの――鏡はなさそうだ。

 水場を探そう。私は鼻をすんすん鳴らし、水のにおいがする方へ歩き始めた。

 

 歩きながら不思議に思う。

 水のにおいなんて、普通わかるものだろうか。

 それも、自分が起きた場所は死体まみれだった。

 未だ腐臭はしないが、血のにおいが満ちている。

 水のにおい、と思うこれは本当にそうなのだろうか。

 

 獣道にすらなっていない、草木を無理矢理かきわけて、最短距離でたどりついたのは、川だった。

 

 覗きこむと、それは透き通った綺麗な水だった。

 喉の渇きを自覚する。だが、生水というのは迂闊に飲むと腹を壊すという。

 なぜこんなことは覚えているんだろう、と不思議だったが、水面に映った自分の姿に、その疑問は吹き飛んだ。

 

 白い髪をした女だ。幼げに見える。

 瞳は大きく、瞳孔はピンク色で、かわいらしい。

 頭の上には、大きな耳が生えていた。うさぎのような形だ。

 

 自分の頭の上に手を伸ばす。水面の少女も同じ動きをした。

 手にふわふわとしたものが触れる。触れられた感触もある。

 これは自分の耳らしい。

 

 そんなわけなくないか? という疑問が沸き上がる。

 自分が何者かも覚えていないのに、なぜだか、自分にはこんなもの生えていなかった、という確信だけがあった。

 

 うーん?

 首を傾けると、水面の少女も同じく傾いた。

 きょとんとした表情をしている。かわいい。

 

 とにかく、これが自分らしい。

 

 あまり納得できないのはなぜだろう。違う、という感覚がある。

 だとして、どうすればいいんだろう。

 とりあえず喉が渇いた。両手で川の水をすくう。

 

「飲んだら腹壊すよ?」

「ぴゃっ」

 

 突然の声に驚いて、飲もうとして口元に運んでいた水を胸元にこぼしてしまった。

 服がびしょびしょだ。そういえば自分って服着てたんだなあ。

 しばらく呆然と濡れた服を見てしまったが、そんなことをしている場合ではない。

 人だ。生きている人に声をかけられている。

 

「ごめんごめん、驚かせちゃった?」

「だ、ど、どちらさまですか?」

「通りすがりの行商人です、どうも」

 

 三十路はすぎているだろう男性だ。

 麦色の髪は日焼けでところどころ色が抜けたように淡く、後ろで軽く結んでいるようだ。

 口元にはうっすらと髭が生えている。

 

 私は慌てて立ち上がり、大声で懇願した。

 

「私迷子なのですが! なにかこう、人里のような場所に連れて行っていただくことは可能でしょうか!」

「迷子か~。そりゃ災難だったね。こっから歩いて街に行くまで、9日くらいかかるんじゃない?」

「……あのう、私にできることならなんでもします。助けていただけないでしょうか」

 

 自力で人里にたどり着くのは不可能そうだ。

 まっすぐ行って9日なのであれば、迷いながらではもっとかかるだろう。

 その間、食べ物や飲み物は? 野生の獣などに襲われるのでは?

 いや、そもそもあの死体の山があるのだ。あれの犯人が今すぐ襲い掛かってくるかもしれない。

 

 琥珀色の目を細めた行商人は、私をじっと見た。

 

「ふ~ん。なんでも?」

「はい! 死にたくないです! でもできることもあんまりないです! やる気はあります!」

「あっはっは! いいねえ、正直者は好きだよ。おいで」

「お世話になります! お願いします!」

 

 差し出された手を握ると、硬かった。

 働き者の手ってやつだろうか。私の手は白く、柔らかく、きれいだった。

 働いてねえやつの手ってことだろうか。記憶を失う前の私、ニートだったんかな。

 

「おじさんはコーザ。きみは?」

「好きに呼んでください!」

「お、警戒心があっていいねえ。じゃあラピちゃん」

「センスありますね、コーザさん!」

 

 ラピ。かわいい響きだ。

 ラビットかつハッピー、ラッキーかつピースフルな感じがして気に入った。

 特に考えた時間もなく、すぐにこんないい名前を出せるとは、かなりの教養人と見た。

 

 体力もある。

 険しい道だというのに、コーザさんは私の手を引っ張ってすたすたと歩いて行く。

 ついていくのはなかなか大変だ。しかし、私の体も体力があるようで、息は切れなかった。

 それをいいことに、コーザさんに話しかける。

 

「行商人ってなにする仕事なんですか?」

「他の場所だったらもっと高く売れるものを買って、別の場所で売るって感じかな?」

「おお、わかりやすい! コーザさんは頭が良いんですね!」

「あっはっは、いやいや、褒め上手だねえ」

「あんまり荷物を持っているようには見えませんが、これから買いに行くところですか?」

「魔法のバッグを持ってるから、荷物はそこにまとめてあるんだよ」

「へえ~!」

 

 コーザさんは四角い形のカバンを背負っている。

 おそらく革製で、横にしたA4が入りそうなくらいの――ん? A4ってなんだ?

 思い出せない。コーザさんなら知っているだろうか。

 私が質問をする前に、コーザさんがふと振り向いた。

 

「きみは……ってちょっと!?」

「はい、なんですか!」

「怪我! 血!」

「ああ、はい! ごめんなさい、血が臭かったですか?」

 

 ここは森の中だ。血の臭いにつられて、危ない獣が寄ってきちゃったりするのかもしれない。

 考えが及んでいないことが申し訳なくて謝るが、コーザさんは慌てたままだった。

 

「そうじゃなくて、さっきまでそんなにボロボロじゃなかったよね!?」

「はい、コーザさんについて行くのが大変だったので、枝とかでいっぱい切っちゃいました!」

 

 私は足や腕に切り傷をいっぱいつくっていた。たぶん顔にも傷がある気がする。

 うっそうとした森の、あんまり道じゃない道を通っているので、茂みにある鋭い葉の先や、枝なんかでザクザク切れてしまった。

 私が着ているのはシャツと、スラックスのようなズボンだったが、どっちも半袖、半ズボンだった。

 元気な小学生?

 ともかく腕と足がそれなりに露出していたので、傷がつきやすかったのだろう。

 森や山に行くときはきちんとアウトドアの装備にしような! 私なんでこんな軽装なんですか!

 

 なぜ先頭を行っているコーザさんが無傷なのかわからない。

 長袖長ズボン、というかコート羽織ってるけど、それにしたってまったく危なげなくすたすた歩いていた。

 コツとかあるんだろうか。聞いたら教えてくれるんだろうか。

 

「ちょっ! 言いなよ!?」

「申し訳ないので!」

「おじさんそんなに冷酷じゃないよお!?」

 

 コーザさんひとりであれば、あのスピードで森を抜けられるのだ。

 それで9日。私は善意で拾われただけだ。旅程を遅らせるのは心苦しい。

 というか、お荷物として途中で捨てられてしまうかもしれない。

 

 しかし、コーザさんは私の想定よりもずっとやさしかった。

 近くの倒木に私を座らせると、カバンから取り出した布を水筒で湿らせて、私の傷に当てる。

 

「ちょっと染みるよ、ごめんね」

 

 血と汚れを落としてから、傷に緑色の軟膏を塗ってくれた。

 なんだか爽やかな香りがする。ハーブやスパイスのようなにおいだ。不思議と嫌じゃない。

 

「コーザさんはやさしいですね。いいんですか、水も薬も貴重なのでは? こんなの舐めとけば治りますよきっと」

「だからそんなに冷酷じゃないって」

「いい人に見つけてもらえてよかったです!」

 

 顔の傷は自分では舐められないので助かった。

 処置の終わったコーザさんは、呆れた顔をしていた。

 

「世間知らずのお嬢さんだなあ。ラピちゃんはいいとこの出なの?」

「わかりません! 世間を知らないというのは正しいです、見る目がありますねコーザさん!」

「そんでやっぱり褒め上手だなあ」

 

 褒め上手なのはコーザさんの方だ。

 私は人を褒めるのが上手いのか~と、まんまとにやにやしてしまった。

 コーザさんは空を見上げた。つられて空を見ると、オレンジ色だった。

 夕日だろう。そろそろ日が沈む。

 

「今日はこの辺で野宿しよっか」

「はい! やることありますか?」

「落ちてる木の枝拾ってきてくれる?」

「はい!」

 

 背中に「また傷作らないようにね~」と声をかけられ、私は元気に「はい!」と答えた。

 おぼろげな知識では、落ちている木の枝は乾燥していて火が付きやすい。

 焚火をつくるのだろう。私は落ちている木の枝をどんどん拾って行った。

 途中、地面を見すぎて何度か木にぶつかりそうになったが、なんとか無事だった。

 

 腕一杯に枝を抱えて戻ると、コーザさんはすっかりキャンプの準備を終えていた。

 なんて頼れる旅人なんだ、マジで出会えてよかった。命の恩人、感謝永遠に。

 私が抱えてきた木の枝を見て、コーザさんは言った。

 

「多いなあ……」

「ごめんなさい、どのくらい必要なのかわからなくて!」

「獣人は力持ちだねえ」

「そうなんですか? じゃあ重いもの代わりに持ちますよ! 魔法のカバンは重くないですか?」

「魔法のカバンだからね、魔法で軽いんだよ」

「へえ~!」

 

 魔法って、すげ~。

 何も覚えていないはずなのに、魔法なんてもんあるわけないだろ、という謎の常識が私の頭の中にはある。

 だが、コーザさんは親切だし、こんなところで嘘をつく必要はないだろう。

 嘘だったとしたら、面倒な私の質問を躱すためのジョークであるはずだ。

 

 ひとまず素直に信じておいた。

 そのカバンってどのくらいの値段なんだろう、いつか私にも買えるだろうか。

 

 焚火に火をつけ、コーザさんからもらったパンをかじる。うまうま。

 

「明日はもっと歩くよ。しっかり寝て回復しておいてね」

「はい!」

 

 コーザさんは近くの木を背もたれにして、毛布にくるまった。

 私も毛布を貸してもらったので、肩から羽織る。

 すっかり日は落ちて、それなりに風もあるが、不思議と寒くはない。

 この体は相当丈夫らしい。

 

 私の知らない技術を使って、なにがしかの安全を守っているのかもしれないが、それを聞く前にコーザさんは寝てしまった。

 ならば、私は徹夜して、コーザさんの安全を守ろう。少なくとも火の番くらいはできる。

 獣が襲ってきたとして戦える気はしないが、危険を知らせてコーザさんを起こすことくらいならできるだろう。

 

 ふんす、と気合を入れ、私は立ち上がった。

 座っていたらうっかり寝てしまうかもしれないからだ。

 毛布は置いておく、寒くないので。

 

 コーザさんの周りを、ゆっくり、ぐるぐると回る。

 歩いていた方が起きていられそうだからだ。

 

 私にはうさぎの耳がある。

 たぶん、人より耳が良いはずだ。たぶん。

 それからきっと鼻もいいはずだ。あれだけ死体に囲まれていても、水のにおいがわかった。

 ならば獣が近づいてきたら、そのにおいでわかるはずだ。

 

 目はあんまり良くないかもしれない。

 少なくとも、特別夜目が利くというほどではないようだ。

 だから耳をぴくぴく動かして、鼻をすんすんと鳴らしながら、周りをぐるぐる回った。

 

 目だけは暇だったので、寝ているコーザさんを見る。

 いつのまにか身じろぎをしたのか、毛布が肩から落ちていた。

 私はそっと近づいて、コーザさんの毛布を引き上げた。

 その拍子に、うっかりコーザさんが首にかけていたネックレスのチェーンに触れてしまう。

 こんなのつけてたっけ、ちゃんと見てなかったな。

 

「ぴゃっ!」

 

 瞬間、手首を掴まれた。驚いて変な声を出してしまったが、コーザさんは既に起きていた。

 

「やっぱりオレには見る目がないよ。今回は本当にいいこだと思ったんだけどな」

 

 コーザさんはあっという間に私の体を回転させ、体の下に敷いた。

 片手で私の手をまとめて掴むと、空いた手で私の顎をくいと持ちあげた。

 

「どこの所属?」

「しょ、しょぞく?」

 

 何を聞かれているのかわからない。それは私が記憶を失っているからだろうか。

 月の明かりが逆光で、コーザさんの表情はあまり見えない。

 

「痛みには鈍そうだったね。快楽の方はどうかな?」

「ひゃああ!?」

 

 うさぎの耳に息を吹きかけられて、体が跳ねる。

 なん……今のはなんだ!? 未知の感覚に動揺する。

 

「あっはっは。すんごい弱そう。それも演技?」

「いえそんなことできるほど器用では!」

「じゃ、我慢比べね」

 

 顎から手がはなされると、うさぎの耳に指を突っ込まれ「ぴゃっ!?」と素っ頓狂な声を上げる。

 

「な、なんの我慢比べを!? もう降参してもいいですか!? 負けました!」

「あっはっは。潔いねえ、おじさんそういう子の方が好きだよ~」

「好いていただいて光栄です! 手をはなしていただいても!?」

「だ~め」

 

 人差し指と親指の腹で、うさぎの耳をすりすり触られると、たまらない気持ちになった。

 ぞわぞわする。内臓を直接触られているみたいな。嫌だけど嫌じゃないみたいな。

 知らない感覚に目を白黒させていると、コーザさんは質問を続けた。

 

「何の用事でオレに近づいたのかな?」

「え!? コーザさんから近づいてきたのでは!?」

「ん~、それはそうだけど、声かけたくなるような感じを出してたのはきみでしょ?」

「え~!? そんなの、ナンパされた方が悪いみたいな暴論では!?」

「おお、意外と舌戦には強いな」

「光栄です~!?」

 

 やっぱりコーザさんは褒め上手だった。

 こんな場面でも褒められて、なんかちょっと嬉しくなっちゃったじゃないか。

 

「悪い舌にはおしおきしちゃおうかな」

「んん~!?」

 

 ようやくうさぎの耳から手をはなされたかと思えば、今度は口に指を突っ込まれた。

 今度は舌を人差し指と親指ですりすりといじられる。

 耳を触られたときと似たような感じだ、もっと内臓を触られている感じがしてぞわぞわする。

 てか舌って内臓なのか?

 舌をつまんだまま、コーザさんは中指も口の中に突っ込んできた。

 

 私の口はそれほど大きくない。

 歯が当たって指を傷つけてしまいそうだったので、もっと大きく口を開いた。

 中指は歯の生え際、歯茎をゆっくりなぞってくる。

 

 こんなことされたことない。

 記憶喪失なんだから過去の経験はわからないはずなのに、なぜか強くそう思った。

 

 口の端から唾液が垂れる。

 ついでに、いつの間にかかっぴらいたままになっていた目が乾燥して、涙もこぼれた。

 

 しばらく私の口の中を弄り回した後、ようやくコーザさんは手をひっこめてくれた。

 私の息はちょっと止まっていたらしい。

 息切れしていた。森を歩いていた時はまったく乱れなかったのに。

 

「……なんで噛まなかったの?」

「は……っ、はあ、はあ、え……!? か、噛まれたかったんですか……!? ご、ごめんなさい意図をくめずに。もっかいチャンスもらってもいいですか」

「変な子だなあ」

「ごめんなさい! 見放さないで! 放置されたら半日で死ぬと思いますよ!」

「おじさんと一緒にいたら、今死ぬかもしれないのに?」

「そうなんですか!?」

「……だめだ、自信がなくなってきた。本物の天然なのか……?」

「養殖がお好みだったんですか、ごめんなさい、それがどんな感じなのかわからないので教えてください、努力します」

 

 天然の反対は、養殖のはずだ。

 そして天然というのは性格の表現に用いられることのある言葉で、ならば養殖にもそういう性格があるはずである。

 養殖っぽい性格ってなんすか? もっと従順みたいなこと? 人造人間みたいな?

 

 コーザさんは無言で、私の手首から手をはなした。

 自由になった手で、自分の手首をさする。私の肌は新雪のように白い。

 コーザさんに掴まれていた手首は、コーザさんの手の形に真っ赤になっていた。

 

「ごめんね、痛かったでしょ」

「いえ、なんでもすると言ったのは私なので! 何してもいいので人里に連れてってください!」

「ほんとに迷子なんだ?」

「疑われてたんですか!?」

「そうか、本物だったか……ごめんね」

「よくわかりませんが謝罪は受け入れます! コーザさん、明日もたくさん歩くんですからもう寝たほうが良いですよ! 私見張りやりますから!」

 

 コーザさんが私に言ったことをコーザさんに言って、再びふんす、と気合を入れると、コーザさんはようやく私の上からどいてくれた。

 乗られていたけれど、全然重くなかった。

 一般的な成人男性と比べてちょっと背が高い方な気がするのに、痩せているのだろうか。

 魔法のカバンみたいに自分の体重も軽くしてるのかな?

 

「……ごめんね」

「任せてください! 私役に立てる場面あんまりないと思うので! でもなんか体は丈夫な気がします! 寝なくてもいけそう!」

 

 すっかり眉を下げたコーザさんは「無茶しないでね」と言って、再び毛布にくるまった。

 任せろ、私は絶対にコーザさんを守ってみせるぜ!

 

 ふんす、と気合を入れたが、その夜は特に何事も起きなかった。

 

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