イグナさんも、殺人現場を私の自室とし続けるほどの冷血ではなかった。
私は新しい部屋を与えられ、その部屋もめちゃくちゃ掃除し、ベッドでむにゃむにゃ眠っていた。
そこをノックもなしに入室して来たイグナさんに首根っこ掴まれ、どこかへ運ばれているところである。
行先を教えてくれ、という文句を言うべきか、運び方をもう少し考えてくれ、というべきか、寝ぼけているので判断がつかない。
イグナさんは器用だ。
動作は乱暴に見えるが、それでいて丁寧で、人をむやみに傷つけない。
打撃音だけがするビンタとか、痛くないデコピンとか、首根っこを掴まれているのに息が苦しくないとか。
怪力の外道が覚えているにしては、面白いスキルだよなあと思う。
ふわ~とあくびをして、ふと思いついたことをイグナさんに尋ねる。
「そういえば私って首輪つけてないですけど、このまんまでいて怒られないんですか?」
「そりゃ私有地の中だからな」
「ああ。免許なくても、私有地なら車運転していいみたいなことですか」
「何言ってんだお前」
私も自分の言葉を少し考えたが、何を言っているのかよくわからなかった。
口に出した瞬間はすべてを理解しているような気がするのに、口から出て行った後に言葉の意味を考えるとなんのことやらわからなくなることがよくある。
記憶が混濁しているのだろうか。思い出せないことが多すぎる。
「じゃあ私、イグナさんのとこにいたら売られなくていいってことですか?」
「そうだな」
「え!? 最初っからそうしてくださいよ!?」
「んな義理はねェ」
「ぐぅうう~っ!」
私は悔しさから唇を噛んだ。
コーザさんもそのようには頼まなかったのだろう。
その判断が間違っているとは思わない。
イグナさんよりまともな買い手の方が割合的に多そうだもの。
目的地についたらしいイグナさんは私を地面に降ろした。
そのまま私が噛んだ唇をぐにっと親指で押して、イグナさんはちょっと笑った。
「拗ねんな。気に入ったからそうしてやる」
「くぅううう~っ!」
私は再び悔しさからうめいた。
唇触られただけでちょっと気持ちいいのなんなんだよ、全身がアダルトグッズなのか?
イグナさんが私を連れてきたのは、オークション会場だった。
とはいえ、開催されているわけではない。
ただ広いからこの場にしたのだろう。
従業員、イグナさんの部下が並んでいる。
イグナさんは親指で私を指し、雑に紹介した。
「こいつ、これからここで働くから手ェ出すなよ」
「ラピです、よろしくおねがいします」
顔見せということだろう。
私をここで雇ってくれるというのは本当らしい。
思っていたより同僚の人数は多くなかった。10人ちょいだ。
しかし全員、もれなく目には狂信が覗いている。
もちろん、私が凄まじい美貌を持っていて、この場の全員を一瞬で魅了したとかそんなことはない。
狂信の向かう先は、もれなくイグナさんである。
めんどくさいな、イグナさんは。
モテモテすぎて周囲の人間関係がぐちゃぐちゃだ。
魅惑の力は男女関係なく発動しているらしい。男女関係なく抱いてんのか?
これじゃ人間嫌いやセックス嫌いになってもおかしくない。
私はため息をついて、周囲をきょろきょろ見渡した。
「イグナさん、要らないものあります?」
「あ? あー、そこの椅子」
イグナさんが指さした椅子に近づき、私は足を上げ、勢いよくかかとを落とした。
椅子は勢いよく砕け散る。粉々だ。そして、私の足は当然のように無傷。
唖然とする従業員たちに向かい、私はピースサインをした。
「ついでにイグナさんの護衛もやりますね! 見た目クソ雑魚なので油断させて不意を打てると思います!」
「クッ……ハハハ! いいな、採用!」
爆笑しながら、イグナさんは私の背中をバシバシたたいた。
これはちょっと痛い。いつもは私を無痛で叩きまくっているイグナさんには珍しいことだ。
そんなに面白かっただろうか、さっきの余興は。
意外に力あるから、下手に喧嘩売らないでね、というアピールだったのだが。
イグナさんはさっそく私に紙の束を渡してきた。
受けとって目を通す。
「これ今日売る奴隷のリストな」
「わー。イグナさん、大変です」
「あ?」
「私字読めないみたいです」
「あー。そりゃそうか。アホだもんな」
「こらぁ! 記憶喪失だからですよっ!」
記憶が戻っても字が読めるかどうかはわからないが、一応そう言っておいた。
記憶はないが、私はそれほど頭の悪い方ではなかった、という意識はある。
コーザさんは直感を大事にしろと言っていた。ならば私はそこそこ頭が良かったはず!
イグナさんだって、私の能力を信じてくれているから、オークションの司会という大役を任せようとしてくれているのだ。
きっとそう。案外大役じゃないのかな? などということは今考えることではない。
「んじゃ、直接確認しろ。案内はお前やれ」
「よろしくおねがいしま~す」
イグナさんに指示された男について行くと、たくさんの檻が並ぶ場所まで連れてこられた。
地下ではない。これでもまだまともに扱われている奴隷たちということだ。
檻の中にベッドはなく、奴隷たちは皆地べたに座っている。
複雑な気分だ。私も彼らと同じ立場のはずだが、妙な好待遇を受けていて申し訳ない。
イグナさんは教えてくれないだろうから、この人にいろいろ聞いておく。
オークションの流れ、奴隷の説明で言わなければならないこと、などなど。
5000! とか200万! みたいに数字を叫ぶ方式ではないらしい。
そっちのほうが楽しそうなのに残念だ。
そのあたりの仕組みは複雑そうなので、覚えるのは早々に諦めた。
誰が最終的に商品を手に入れることになるか、その判定は別の人がやってくれるらしい。
私は決まった途端にベルをカンカン鳴らして、おめでとうございま~す! と言う一番おいしいところをやらせてもらえるらしい。やった~。
説明もわかりやすかったので、自分が何をやればいいのか、大体は理解したつもりだ。
イグナさんのところに戻って質問する。
「それでオークションはいつやるんですか?」
「日が落ちたら」
「今日!?」
いきなりすぎる。
もっとはやく言ってほしい。
こういう無茶ぶりに日々こたえているであろう、イグナさんの部下の方々に対し、尊敬の念が芽生える。
イグナさんから投げ渡されたのは服だった。
これに着替えろと言うことらしい。
バニーは存在しないらしいけど、その場合司会って何着んのかな。
長袖のシャツ。私は普段半袖のシャツを着ているのでこれには馴染みがある。
それからダークグレーのスラックスとベスト、同じ色のリボンタイ。革靴。
全部着てみれば、露出はまるでない。
生真面目な礼服であることが、逆にえっちだ!
「イグナさん……センスいいですね!」
「知ってる」
渡された服を着てイグナさんの前に立てば、ちらっと一瞥して煙草をふかし、そう言われた。
サイズはぴったり。
しっぽの位置に穴があるのだから、オーダーメイド品だろう。
一体いつの間につくらせたんだろう。
特にサイズを測られた記憶もないのだが、イグナさんの目測だろうか。正確すぎる。
あれよあれよという間にオークションの準備は整った。
会場は満席で、立ち見までいる。大盛況だなあ。
ステージに立っても、緊張はしなかった。
そういえば、記憶のある限り、緊張とかってあんまりしたことないかもしれない。
笑顔も自然につくれた。
それに向かってしゃべると声が大きくなるという拡声器に向かって、ハキハキ挨拶する。
「本日はオークションにお越しいただきありがとうございます」
途端、野次が飛んできた。
性能の良い私の耳は、誰が飛ばしてきたかまで把握できてしまう。
一応顔は覚えておいた方が良いのかな?
「お前はいくらだよ!」
通りのいい声が会場に響いた。
くすくす、ぎゃはぎゃは、下品な笑い声が会場に広がっていく。
獣人の扱いがひどいらしいことは聞いていたので、このくらいは想定済みだ。
私はにっこり微笑んで、拡声器に向かって囁いた。
「最低金額はイグナさんの命からです。とれるもんならとってみてくださいな」
途端、シンと静かになる。
全員が笑いを引っこめて、一部の人間は顔を恐怖に凍りつかせた。
私はそれを端から端までゆっくり眺めた。うーん、みんなしっかり私の話を聞いていて偉い。
野次を飛ばした本人も黙り込んでいる。
こういうことするなら、やり返される想定もしておくべきだと思うのですが、いかがなものか。
イグナさんは相当恐れられているらしい。
そんなイグナさんを勝手に、適当に引き合いに出した、獣人の私さえも恐ろしく思えるほどに。
私は虎の威を借る狐だ。おかしいな、うさぎのはずなのに。
このくらいで殺人教唆にはならないはずだ。
私はイグナさんから普段もっと酷い罵倒を浴びせられている。
舞台袖でイグナさんが腹抱えて笑っているのが視界に入った。ご機嫌だなあ。
今会場は静かだから、笑い声が聞こえないのは不思議である。
防音の魔法でもかかっているのだろうか。
私は再び、にっこり笑った。
「では臆病者の皆さん、己のご身分をわきまえて、手に入るものだけ欲しがりましょうね。一番の商品、どうぞ~」
真面目に司会をやっているはずなのだが、相変わらずイグナさんは笑い転げていた。
小型の檻に入れられて運び込まれたのは、頭に三角の耳、腰からふさふさのしっぽを生やしている男性だ。
耳もしっぽもしゅんとして、なんだかかわいそう。
これから奴隷になるのだから、そりゃ元気いっぱいとはいかないのだろうな。
「最初の商品は犬の獣人で~す。事前に随分心を折ってしまったので、しつけの手間を省きたい方におすすめですよ。今日出てくる奴隷の中ではいちばん従順なので、そういうのをお求めの方はもうここで決めちゃってくださ~い」
オークションの最初だから、彼はいい商品だったのだろう。
それなりに高値がついたような気がする。通貨の価値がよくわかってないけど。
次から次に運ばれてくる奴隷を適当に紹介しながら、オークションを続けた。
「続きまして人間です。死にかけの病気持ちなので、すぐ使い潰したい方におすすめで〜す。でもちゃんと治療すれば治る病気なので、安く買ってケアする気力のある方も要チェック。頬が痩けてるからイマイチに見えますが、きちんと肥えさせたらそれなりに見えるようになると思いますよ〜」
ほとんど死体みたいな人も、それなりの値段で売れていった。
奴隷って需要があるんだなあ。
首輪をつけた奴隷は何人も持てないとイグナさんが言っていたので、量より質の世界かと思っていたが、そうでもないようだ。
首輪をつけずに家の中だけで運用する人もいるのだろうか。
奴隷を買うとなると金持ちのイメージだし、家も広そう。
やっぱり使い潰しまくっている浪費家もいるのだろう。そういう人にだけは私も飼われたくないな。
「最後の目玉は猪の獣人! 丈夫で力持ち、作業用から愛玩用まで用途様々。とっても凶暴なので、我こそは躾の達人! と思っている方におすすめで〜す。あるいはプライドの高い奴隷を痛めつけて心をへし折りたい方ぁ〜。あ、それは皆さんそうですね、ふふふ」
最初は観客席を凍り付かせた私だが、最終的には軽い笑いをとれるくらいになっていた。
才能あるかもしれない。奴隷オークションの司会の才能? 限定的だな。
私は最後のカンカンおめでとうございま~す、をやってから、観客席に向かって微笑んだ。
「本日のオークションはこれで終了になります。満足いった方も、そうでない方もいらっしゃるでしょう。どちらの方も懲りずにまたいらしてくださいな。今回よりもさらに品揃えを良くして再びご招待いたします。それではまたお会いいたしましょう!」
舞台袖に戻る最中、会場の客がスタッフに「彼女は本当に売り物ではないのか?」と確認しているのが聞こえた。耳はいいもんね。
モテている。人生初のモテ期が奴隷オークション会場で発生するとは、変な人生だ。
控室に戻ると、イグナさんはまだご機嫌だった。
売り上げがよかったのだろうか。
オークションではおもしろいように金額がつりあがっていくのをこの目で見たが、普段どれだけの稼ぎが出ているのかは知らない。
今回は殊更調子が良かったのかな?
「お前意外と優秀だなァ」
「イグナさん、素直なのは嬉しいですが、『意外と』を抜くくらいの配慮は見せていただいても怒りませんよ」
「どんどん口も回るようになってるしなァ」
「接客業は楽しいですねえ。私元々そういうので働いていたのかな」
日本にある奴隷オークションとか……いや、そんなわけないという強い忌避感がある。
じゃあ違うのだろうな。直感を大事にしろ、とはコーザさんの言葉だ。
「っし、ボーナスやるか。なにがいい?」
「えー! じゃあなにかおいしいもの食べに行きましょうよ!」
「……本当にそれでいいのか?」
「なんで私脅されてるんですか!?」
欲しいものを聞かれ、自分の命と言って命乞いをしねえってことはこの場で殺されてもいいんだな、ってこと!?
ちょっとおしゃれな死刑宣告はやめてほしい。
イグナさんはなんでもない顔で自分の首筋に手を添えた。
特に殺意や悪意は見えないが、そういうのを出すことなく人を殺す男だということを知っている。
「いや、こういうときセックスって言わねえやつが初めてだっただけ」
「イグナさん、あなたにも責任があると思いますよ。いくらセックスが上手いからといって、武器にしすぎです。だから純粋に楽しめなくなるんですよ」
「一理あるな」
なんで一理しかないんだよ。
「んじゃ、これはボーナスじゃねェ。やりてェからやる」
私の腰を掴んで持ち上げたイグナさんは、腕に私を抱えたまま口付けた。
ついばむような軽いバードキス。ちゅっ、といういかにもなリップ音が響く。
それだけだというのに、私の頬はあっという間に上気した。
「キスだけで腰砕けすぎだろ」
イグナさんの呆れた顔を見て、私の頬はもっと赤くなった。
「いや今のはイグナさんの言葉責めでしょ!」
「耳がでけェから声に弱いのか?」
イグナさんは私を片腕で抱え、もう一方の手で私の耳をつまんだ。
快感よりも恐怖が勝った。
「ひゃあーっ! やさしくしてくださいよ! イグナさんは私の耳引っこ抜きそう!」
「やらねェよアホ」
「あ、でも耳なくなったら普通の人に見えますかね? 奴隷やらなくても良くなります?」
「ジグソーには売れるんじゃね?」
「欠損おじさんに!? やめてくださいよ!?」
前にイグナさんが話していたヤバイ顧客のひとり、それがジグソーだ。
彼は欠損した部位に機械や他の生き物のパーツを組み合わせて人間キメラをつくる変態だった。
レベルが高すぎる。ついていけない。
耳のなくなった頭にきゅうり2本刺されたらどうするんだ。
「ンな雑魚にやらねェよ。お前は俺のだろ」
ほんとにやばい。イきそう。
真っ赤になった顔を両手で隠しながら、私はもごもご言った。
「タトゥー見えないんですか。私はコーザさんのですけど……!」
言ってから気づいたが、私はシャツをしっかり一番上まで留めているので、首元のタトゥーは見えない。
「お前こそ、そのタトゥーを誰にいれてもらったのか忘れたのか?」
「ええーっ、その理論はズルくないですか!」
コーザさん、はやく迎えに来て!
私この人のこと好きになっちゃう! 絶対好きになっちゃいけない人なのに!
すでにちょっと手遅れかもしれない! たすけてー!