キャンプの片付けにおいて、私は戦力外だった。
一瞬で支度を終えたコーザさんに手を引っ張られ、再び歩き出す。
今日のコーザさんは、片手に鉈を持っていた。
これはカバンから取り出したものではなく、腰のベルトに下げていたものだ。
コーザさんはベルトにいろんな道具を下げている。旅人っぽくてかっこいい。
鉈でテキパキと枝や葉を切り落とし、コーザさんは歩きやすい道を作ってくれた。
素晴らしい手際に惚れ惚れするが、私は心配だった。
「コーザさん、それ大変じゃないですか? 私なら大丈夫ですよ?」
「どういう意味で大丈夫って言ってる?」
「私、丈夫です!」
「ああそう。気をつけてついてきてね」
「はい!」
コーザさんには頼りっぱなしだ。
少しでも旅の日程を遅らせないように、必死でついて行こう。
そんな私の決意は、再び鉈を振り始めたコーザさんによって砕かれる。
「……コーザさん!? やらなくていいって私言いましたけど!?」
「うーん、きみはもっと自分の体を大事にした方が良いね」
「どうやったらいいか教えてくれますか?」
「おじさんには荷が重いなあ……」
「やっぱり荷物持ちましょうか?」
「あっはっは」
コーザさんは笑うだけで、背中の荷物を預けてはくれなかった。
むむ、やはり信頼が足りないということか。そりゃそうか。
私は出会ったばかりの小娘だ。泥棒するかもしれないもんな。
「ラピちゃんはどうして迷子になったの?」
「よくわかりません!」
「そっかあ~」
コーザさんが振る鉈で、スパッと枝が切れる。
これは鉈が凄まじい切れ味なのか、コーザさんの腕がいいのか、その両方なのか。
「人里にたどり着いたとして、どこか頼れる場所はある?」
「わかりません!」
「そっかあ~」
この雑談で、私はハッとした。
コーザさんはありえないほど親切だが、いつまでもいっしょにいてくれるわけではない。
人里にまでたどり着けたらそこでバイバイだ。
だったら私は、人里にたどり着けた後のことを心配しなければならない。
コーザさんは森のプロっぽいので、きっと私を無事連れて行ってくれるだろう。
「どこか働ける場所があればいいんですけど、私特になんの経験もないので、誰にでもできる仕事ってありますかね。どんな劣悪な環境でもなんか耐えられる謎の自信があります!」
「どっから来るんだろうねえその自信は」
記憶がないので、それもわからなかった。
トゲトゲした形の葉っぱを切り払いながら、コーザさんは思案した。
「うーん、鉱山か娼館かって話? どっちもどっち。僅差で娼館かな」
「じゃあ人里についたら娼館へ行きますね!」
「……娼館の意味わかってる?」
「たぶん! えっちなことする場所でしょう!」
「ほんとに知ってんのかな」
コーザさんにぼやかれたが、私のことをなにもしらないガキだと思っているのだろうか。
正解である。しかし私は自分の年齢も知らないのだった。たぶんガキです。
「鉱山も娼館も最悪だけど、それでも獣人だったら働けないだろうな。奴隷じゃない獣人は街に入れないよ」
「えーっ!? そうなんですか!?」
「世間知らずってここまで極まれるんだなあ」
あまりに衝撃の事実だった。
私は獣人らしい。まあそれはそうだろう、頭にうさぎの耳が生えているのだから。
昨日コーザさんの周りを歩き回りながらふと自分の腰を触ったら、なんとふわふわの丸いしっぽも生えていてビビった。
獣人は嫌われているのだろうか。迫害?
コーザさんが私を普通に尊重してくれていたので、そんな世界だとはまったく気づかなかった。
私はつくづく運が良いらしい。コーザさんに会えてよかった~。
「じゃあコーザさん、私のこと奴隷にしてくれますか?」
「……奴隷の意味わかってる?」
「たぶん! なんでもする人でしょう!」
「たぶんわかってないな、これは」
ため息をついたコーザさんは、足を止めた。
鉈を腰のベルトに戻し、引っ張ってくれていた私の手をはなす。
真剣な表情で、コーザさんは私の目をじっと見た。
なんか照れる。思わず耳がぴょこぴょこ動いてしまった。
「奴隷っていうのはね、何されても文句言えないんだよ?」
「頑張って喋らないようにしますよ、私!」
「なんだか通じている気がしないな」
「私今までうるさかったですか? うるさかったかも……なんか喋るとどんどん声が大きくなっちゃって……」
「あー、いいよ。小さい魔獣はむしろ聞きなれない音がある方が近づいてこないからね」
「へえ~! 魔獣ってなんですか?」
「……嘘だろ?」
コーザさんはドン引きしていた。私は焦る。
奴隷以外が認められていない獣人へ、これほど親切にしてくれる人を引かせるって、どんだけのこと言っちゃったんだ!?
「なんか、魔法が使える獣的なことですか?」
「見たことないの?」
「ないです!」
「そんなことあるかな……世間知らずってレベルじゃない。箱入りだったんじゃなくて、監禁されてた?」
「わかりません!」
「わからないことあるかなあ」
疑われているのだろうか。
この世界ではそれほど常識らしい。魔獣という存在は。
ユニコーンとかそういう感じだろうか? 昨日襲われなくて良かった。
「さすがにおじさん心配になってきた。大丈夫? 追っ手でもかかってる?」
「わかりません!」
琥珀の目が細まった。疑念、あるいは警戒だろうか。
やばい、コーザさんに嫌われたら、見捨てられて死んでしまうかもしれない。
私はうつむいて、もごもごと、少しだけ言葉を選ぶ。
「あのう、今まで言いづらくて言っていなかったんですが、実は記憶がありません! コーザさんに会う直前までのことしか覚えてなくて!」
「……嘘だろ」
「疑われてますか、私!? 記憶喪失ってどうやって証明すればいいんですか? ないものを明らかにするのって難しくないですか?」
「ちょっと待って」
「はい!」
コーザさんは片手で口元を覆って、しばし黙り込んだ。
私はそわそわしながらコーザさんを見つめて、待つ。
ちょっと待ってって言われたからだ。
長い沈黙のあと、コーザさんはようやく口を開いた。
「だから名乗らなかったんだ?」
「はい、名前がわかりません! コーザさんが嫌じゃなかったら、思い出すまでラピって名乗っていいですか?」
「いいけどね、いいけどさあ……」
「名前の使用料がかかりますか?」
「いいよ、好きにして」
「ありがとうございます! コーザさんはやさしいですね!」
「よく言われるよ」
「でしょうね!」
たぶん、コーザさんは私が記憶喪失であることを信じてくれたみたいだ。
昨日の夜のように、しょんぼりと眉を下げている。
「ごめんね。何もわからなくて心細かっただろう。おじさんそれをわかってあげられなかったな」
「いえ、全部私の事情ですし、言わなかった私が悪いですから、コーザさんはなにもお気になさらず。ただでさえお荷物なのに、記憶喪失とか言ったら見捨てられちゃうかなって思っただけなんです。でもコーザさんは私が思ってたよりやさしい人でした!」
「うーん……そっかあ……」
麦色の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、コーザさんは考え事をしているようだ。
私のことで悩ませてしまっているのだろうか。申し訳ない。
申し訳ないが、こんなドがつく善人でお人よしを逃すわけにはいかないだろう。
「それで、コーザさんは私を奴隷にしてくれるんですか?」
「ちょっ! その話終わったんじゃなかったの!?」
「奴隷にならないと街に入れないんですよね? コーザさん、私が街以外で生きていく方法知ってますか?」
コーザさんは真顔で、私のことを頭のてっぺんからつま先までじっくり見てから、こう言った。
「ない」
「ですよね?」
魔獣、とかいうものも知らないのだ。
よくわからないけど強そう。普通の獣にも負けそうなのに。
何が食べられるものなのかもわからない。水もどうやって調達するんだろう。
サバイバルは無理だ。ならば人の住む場所に行くしかない。
そして、人の住む場所には奴隷にならなければ入れないというのならば、そうするしかない。
「でもごめん。おじさん、奴隷は持たない主義で……」
「あ~、ですよね~。やさしいですもんね、コーザさんは」
「きみほどじゃないよ」
「え!? 私ってやさしいんですか!?」
「やさしいっていうか、甘ちゃんかな?」
甘ちゃん。甘そうな響き。褒め言葉だろうか。
いや、これにはなにか、だめな意味が込められている気がする。
考えが甘い、計画性がない、という罵倒だったような――なんか、どんどんいろんなものが思い出せなくなっているような気がしてきた。ちょっと怖い。
「……だめってことですか?」
「あっはっは。おじさんは好きだけどね」
「そうですか! コーザさんに好かれるならそれだけでいいです!」
「すごいこと言うなこの子は」
コーザさんはスッと目を細めて、私の方へ一歩踏み出した。
そのまま、もっと近づいてくる。
このままではぶつかってしまうと思ったので、私は一歩後ろに下がった。
コーザさんは、それでもやっぱり私の方に近づいてきた。
もう一歩下がる。もう二歩。やがて、私の背中は近くの木についてしまった。
これ以上下がれない。だがコーザさんは近づいてきた。
私の背が低いのか、コーザさんの背が高いのかはわからないが、私たちにはかなりの身長差がある。
組み敷かれた昨晩は、私の体はすっぽりコーザさんの体で隠れてしまうくらいの対格差があった。
コーザさんは屈んで、私と目線を合わせてくれた。
まつげがぶつかるくらい顔が近い。なんか照れる。耳が勝手にぴくぴく動いた。
「本気で奴隷になるつもりなの?」
「はい!」
「こんなことされても、なんにも文句言えないんだよ?」
「……? 今のところ文句ないですよ!」
「オレはどうすればいいんだろう」
コーザさんは、少し遠い目をした。
「えっちの意味わかってる?」
「たぶん!」
「本当に?」
おもむろに、コーザさんは私のシャツの下から手を入れてきた。
思わず「ぴゃっ」と変な声を出してしまう。
5本の指先が、私の腹を下から上へ、つうーっと撫でた。体がびくびく動く。
後ろの木に後頭部と背中を擦りつけてしまうが、それ以上後ろには下がれなかった。
「好きでもないおじさんに、体を好きにされて、どんな気持ち?」
「……? いえ、コーザさんは好きなおじさんなので……?」
素早い動作で、コーザさんは私からはなれた。めくられていた服がぺろりと元に戻る。
私は驚いて瞬きを繰り返した。この人、体力だけじゃなくてスピードもあるんだ。
やっぱり私、めちゃくちゃ足を引っ張っているのでは?
コーザさんが引っ張ってくれているのは手だけど。
この人、本当はもっとはやく歩けるんじゃないだろうか。
コーザさんを見ると、口元を手で覆い、真剣な表情でつぶやいた。
「これめちゃくちゃすごいテクのハニートラップ? やばい、落ちかけた」
「ええと、だめでしたか?」
「だめだね」
「だめなんだ! ごめんなさい! なにをどう直せばいいですか!」
「おじさんにもわからないよ」
「匙を投げられている! 見捨てないでください、コーザさんだけが頼りなんですよお!」
「今のもだめだ」
「だめなんだ!」
私はそれほど要領の良い方ではないらしい。
具体的な改善案がなければ、なにをどうしていいのかわからなかった。
コーザさんを、頭のてっぺんから、つま先まで眺める。
私の視線を受け、困惑した表情で、コーザさんは身を硬くした。
「……なに?」
「うーん、コーザさんは私で発情できないということですか?」
「なに!?」
「あれ? 男の人って興奮したらここが大きくなるんですよね? 私間違ってました?」
股間を指さすと、コーザさんは絶句した。
「……やっぱりえっちの意味わかってないだろ」
「じゃあ、コーザさんが教えてくれますか?」
言葉は通じているはずだ。
私が今何語を喋っているのかもわからないが、実は単語の意味が私の思うものと違っていたりするのだろうか。
コーザさんは、再び遠い目をした。
「もう諦めた。これがトラップだったらオレは死ぬ」
「死なないで! なんですか、敵襲ですか!?」
きょろきょろあたりを見渡し、耳を動かし、鼻をすんすん鳴らすが、よくわからなかった。
体は丈夫だが、やっぱり戦闘とかそういう才能はない気がする。
コーザさんは再び私の目の前に立った。
屈んで目線をあわせてくれる。嬉しいが心拍が乱れる。
「なんでもするって言ったよね?」
「言いました!」
「オレのこと好き?」
「好きです!」
「抱いてもいい?」
「いいですよ!」
「意味わかってなくても、最後までしちゃうよ?」
「何されてもいいって言いましたよ? あ、でも殺さないでください」
「あっはっは。いいよ~」
へらへら笑ったコーザさんは、私の顎に指を添えた。
「舌出して」
言われた通り、あっかんべーのように舌を出すと、その舌をコーザさんがぱくりと食べた。
驚いて舌を引っ込めてしまう。その舌を追いかけるように、コーザさんの舌が私の口の中へと入りこむ。
――あれ? これってキスでは?
しかもなんかディープなやつ。
私は口の中を動き回るコーザさんの舌に翻弄されながら、回らない頭で考えた。
え!? キスって好きな人同士でするやつじゃなかったっけ――いや私コーザさんのこと好きだな。
じゃあいいんだ。コーザさんも私のこと好きってこと? え!? 最高か!?
頭がくらくらしてきた。
ちゅう、と舌を吸われ、そのままコーザさんの口がはなれていく。
私は舌を犬のように外へ出したまま、はあはあと息を荒くした。
「鼻から息吸って」
言うや否や、コーザさんは再び私の舌を食んだ。
なるほど、私の頭がくらくらしたのは、息を吸うのを忘れていたかららしい。
鼻から息を吸うと、コーザさんのにおいで頭がいっぱいになる。
やっぱり頭がくらくらする。そして腹の奥がずきずきする。
キスしたまま、コーザさんは私の耳を触った。
もちろんうさぎの方だ――うさぎの方? うさぎじゃない方の耳ってなんだ?
コーザさんの不意打ちと、よくわからない自分の思考回路に驚いて、私は大きくのけ反る。
その拍子に、後ろの木へ頭を強打してしまった。
「あだっ!」
「ああ、ごめんごめん」
コーザさんは私がぶつけたところを、優しくなでてくれた。
頭を撫でられている、後頭部だけど。嬉しい。
「耳、好きだねえ」
「いや苦手で……! ぞわぞわします……!」
「そういうのを好きって言うんだよ」
「そうなんですか……!?」
「そうそう」
コーザさんがそう言うのなら、そうなのだろう。
私は納得して、自分でシャツをめくりあげた。コーザさんに白いお腹を見せる。
「じゃあお腹触られるのも好きでした。もっかいやってください」
「煽るのが上手すぎる」
「え!? 私コーザさんを怒らせてます!?」
「あっはっは。大丈夫大丈夫、喜んでるよ~」
「やった~」
いつの間にかコートを脱いでいたコーザさんは、地面に広げたコートの上に座り、自分の膝の上に私をのせた。
私はコーザさんに背を向けている。これでは私、コーザさんを椅子にしているのでは?
お腹にコーザさんの手が回り、後ろから抱きしめられる。どきどきする。
コーザさんの手を上から握るようにすると、耳元でささやかれる。
「記憶がないなら、オレが最初の男だよね?」
「男どころか初人間です!」
「うわー、そっか、そうなるんだ」
死体なら何人も見たが、生きている人間はコーザさんが初なので、嘘は言っていないだろう。
「獣人の体には詳しくないんだけど、ちゃんとやさしくするからね」
「もう充分やさしくしてもらってますが……?」
「こ~ら。そんなこと言うといじめたくなっちゃうだろ」
コーザさんの吐息が耳にかかって、ぞわぞわする。
シャツの下に両手を突っ込まれ、10本の指がお腹を撫でた。
「うー……っ!」
ぞわぞわする。鳥肌が立つ。
自分の真っ白な肌が、一瞬でピンク色に染まるのが見える。
腹の奥がキュンキュンして、薄い腹が不規則に波打つ。息が乱れる。
手はどんどん上に向かった。
乳首を掠めた瞬間「ぴゃっ!」と声を上げてしまう。
あっという間に硬度を増した乳首は、コーザさんの指に弄ばれ、私はひんひん喘ぐことしかできない。
これに弱い。でももっとやってほしい。
「あっ!?」
親指と人差し指で乳首をつままれたので、すりすりしてもらえるのかと期待したら、そのまま強い力でぐにっと潰された。
驚きで声を上げてしまったが、原因は驚きだけではなかった。気持ちいい。
「痛いのも好き?」
「い……痛くないですけど!」
「強がってんのか本当に痛くないのかどっちだろ」
「気持ちいいと痛いの区別がつかないくらいバカになってます!」
「なんて正直なんだ。この歳になると駆け引きが面倒になるから、ちょうどいいな」
乳首をぐりぐり捻ったかと思えば、甘やかすようにやさしく撫でられ、指で弾かれる。
この体のおっぱいは大きくない。かなり控えめだ。
ブラジャーもつけていない。それでも揺れて胸が痛くならない程度の貧乳。
でも今は、全身がおっぱいになったみたいだ。
コーザさんから触られる刺激だけがこの世の全てで、これ以外のことが考えられない。
後ろから抱えられているせいで、どれだけ体を引いて指から逃れようとしても、コーザさんに体を押し付けるだけだ。
いじられているのは胸なのに、なぜか腰の方が引けてしまう。
下腹部に2つめの心臓ができたみたいだ。どくどくする。
この感覚がなんなのかわからない。かゆい。腹の奥をかきむしりたい。
自分の腹に手をやって、ぐっと押す。
薄い腹に自分の指が食い込んで、腹の奥がきゅうっと縮こまった。
「うぁ……っ!?」
はじめての絶頂だった。
足がピンと伸び、体の制御を失う。
頭頂部から爪先までに、稲妻が走り抜けたみたいだ。
腰がガクガクと揺れる。口の端からよだれが垂れた。
気持ちよすぎる。
もっと。もういっかい。
私は振り向いて、コーザさんの唇にキスをした。