「イグナさんは私に首輪してくれないんですか?」
「はァ?」
廊下で見かけたイグナさんについていって、そう聞いたらドン引きされた。なぜ。
「前に言ってましたよね? 主人なし、首輪なしで外に出ると殺されるって。首輪あったら出られるんでしょう? そろそろこの屋敷の中掃除しつくして暇になってきました」
「首輪がなんだかわかってんのか?」
「首についてるわっか」
「バァカ」
デコピンされ、首が後ろにのけぞった。
指一本でこの威力。今のは首がちょっと痛かった。
「首輪つけたら奴隷として成立すんだよ」
「するとどうなる?」
「主人の命令に逆らえなくなる。奴隷が逃げたとき、主人は奴隷を遠隔で殺せる」
「う~わ」
誰の所有物がわかるようにという首輪だと思っていたが、もっと殺伐としていた。
コーザさんは魔法のカバンを持っていた。
明らかにそんなに入らないだろう量のものが出てきていたので、たぶん本当に魔法なのだと思う。
手品で私を騙しているおじさんなだけだったらかわいすぎて悶え死んでしまう。
ならば、奴隷につけられる首輪というのも魔法が使われているのだろう。
遠隔で殺すだけなら首輪に爆弾でもつけていればいいが、それだけで命令に逆らえないというのは過言だ。
言霊的な、特殊な効果があるのだろう。うーん、思っていたより奴隷の人生は厳しそうだ。
「なんで王様は国民全員に首輪つけないんですか?」
「……お前結構カスだな」
「イグナさんにそんなこと言われたら泣いちゃうんですけど」
「泣けよ」
「無慈悲?」
いじめっこが堂に入りすぎている。
いっそ清々しくて悲しくもならないな。
泣いたら負けという対抗心すら沸いてこない。
「そりゃ魔力量が足りねェからだろ。優秀な魔術師でも首輪奴隷持つのは10人かそこらが限界じゃねェの」
「へ~。じゃあ国の偉い人たちは王様の首輪つけてるんですか?」
「さァな。見たことねェから知らねェよ」
「イグナさんは? 部下に首輪つけてます?」
「つけてねェ、めんどい。逆らってきたところで殺せばいいだけだろ」
「私この人にカスとか言われたの?」
精神的なショックが増したぞ。
この人こそとんでもない恐怖政治をしいているじゃないか。
イエスか死か。そんな職場嫌すぎる。
反乱とかされないのかな?
そんな私の疑問は、結構すぐに解消された。
その日、私は窓枠に足をかけ、窓の上の方をキュッキュと磨いていた。
窓はこまめに拭かないと、すぐに汚れが目立つのだ。
といっても昨日拭いたばかりなので、さすがにやりすぎな気もする。
しかしやることがない。暇だ。
私がわざわざこの部屋の窓を拭いているのは、ここにイグナさんがいるからだ。
イグナさんはハンモックに寝転がりながら、書類の束を眺めていた。
なんて優雅な仕事場なんだ。うらやましい。
自営業って良いな――自営業ってなんだろうな。
私とイグナさんの間に、特別会話はなかった。
だた私が勝手にイグナさんを観察しているだけで、イグナさんは人にじろじろ見られてもまったく意に介さない剛の者というだけである。
肉食獣がごろごろしているのを眺めているみたいで面白い。
私は動物園で、眠っている動物を見るのが好きだった――動物園とは?
ガチャとノブが回り、ノックもなく扉が開いた。
私とイグナさんがそちらを見ると、ナイフを持った男が全速力でイグナさんに向かって走ってきた。
うーん、素晴らしい手際だ。
人を殺そうとするときに、わざわざ「なんとかの仇!」とか「うおお!」とか言うのはナンセンスである。
暗殺ならば特に。
静かに、素早く、無駄のない動きでやらなければならない。
私の頭の中に暗殺の作法があるの、不穏だな。元暗殺者じゃありませんように。
私は窓枠から跳んだ。
ハンモックに寝ころぶイグナさんの上を跳びこえる。
視界の端でイグナさんが目を見開いたのが見えた。
刺客の前に立って待ち構える。
素早く迷いのない行動だが、私の視点からするとそれでも遅すぎる。
手の筋肉は強張りきって、ナイフの位置をすぐに動かすことはできないのが丸わかりだ。
私の腕で届く間合いまで男が近づいてきたところで、ナイフを握る手を叩いた。
男は呻き、ナイフを吹き飛ばした。そして、男の手からバキッという音がする。
たぶん、骨を折ってしまった。そこまでするつもりではなかったんだけど。
蹴っちゃうと相手を殺してしまう気がする。
だから、脚力を利用してのタックル――だったのだが、それでもやりすぎだったのかもしれない。
私の腕で吹き飛んだ男は壁に頭を打ち、動かない。
打ち所が悪かったらしい。生きてると良いけど。
これで死んでたら、人間の丈夫さという私の中の基準を狂わせた、頑丈過ぎるイグナさんが悪いと思う。
あとコーザさんも。おじさんの割にめっちゃ元気だったから。
「無事ですか、イグナさん!」
「……おー」
「いつもの憎まれ口がない!? そんなに怖かったですか、よしよし、頭撫でてあげますね!」
「やめろボケ」
頭に伸ばした手を叩き落とされる。
相変わらずバシーンと大きな音が鳴るが、痛くはない。
音だけ出すの、どうやってるんだろう。私も一発芸として覚えたいな。
殺されかけたというのに、イグナさんはハンモックの上でくつろいだままだ。
別に殺されかけたと思ってもいないのかもしれない。
日常と言わんばかりだ。うーん、殺伐。
「お前戦えたんか」
「初めてやりました!」
「才能あるな」
「本当ですか!? やった~! 自分では全然才能ないと思ってました! 人のこと殴りたいとまったく思えないし!」
「やっぱねェわ」
「前言撤回はや~!」
素直に褒められるのは初めてだった気がしたので、素直に喜んだら、速攻で撤回された。
「なんで今回は殴った?」
「イグナさんが危ないかなと思って! イグナさんもお強いでしょうが、万が一ということもありますからね!」
「へえ」
イグナさんはハンモックから降りると、私の首根っこを掴んで、ずんずん歩き出した。
母猫に運ばれる子猫みたい。私はうさぎのはずなんだけどな。
いつしか連れ込まれた生活感のない部屋まで持ち運ばれ、ぽいとベッドの上に放り投げられる。
今度はしっかり心構えができていたので、ぽすんとおしりから着地できた。
この人なら放り投げるだろうという予測である。
ベッドに乗り上げてきたイグナさんは、私を見下ろしながら煙草をふかした。
「お前はセックスの何が好きなんだ?」
「気持ちいいから?」
「じゃあセックスの何が嫌いだ?」
「……特に思いつきません?」
「はァ~? マジかよ……」
呆れられている。
セックス中毒とでも思われているのだろうか。そこまでではない。はずだ。
むしろ、すぐに性的なちょっかいをかけてくるイグナさんのほうが中毒なのではないか。
うーん、そんなこと言ったらいじめられそうだからやめておこう。
「強いて言うなら性病や妊娠のリスクが気になるところですが、今のところご配慮いただいてますからね。つまり現状なんの問題もありません」
「へえ」
最近、イグナさんの表情が読めるようになってきた。
いつも不機嫌に顔にしわを寄せているか、だるそうにしているかだが、機嫌がいい時は眉が全体的に上がる。
今はちょっとだけ機嫌が良さそうだ。
殺されかけたのに? 特殊性癖?
イグナさんは煙草を灰皿に押し付けて消した。
この動作を見ると、お腹をぐりぐり押されてイカされたときのことを思い出してドキドキしてしまう。
「んじゃ、今回はご褒美な。気持ちいいことしかしねェ」
「わぁ~い!」
「……お前、ご褒美のためにやってるわけじゃねェって言ってなかったか?」
「それはそれ、これはこれですよ。多少なりとも雰囲気をご考慮頂いたみたいですし?」
「へえへえ」
えっちなことはベッドの上でやるべきだ。
人に見られると恥ずかしい。あと適当に扱われるのも。
そういうプレイはあんまり好きじゃない。
セックスには愛が必要だと思うんですよ。イグナさんからの同意は得られそうにない。
この人自身にはまるでこだわりがないのに、私のためにベッドまで運んでくれたのだろうか。
そう思うとお腹の奥がうずいてしまう。だめだ。
好感度がマイナスからスタートすると、ちょっとしたことでプラスになって、思いのほかよく見えてしまう。
これは計算でやっているのだろうか。いや、たぶん素だ。
そんな小細工しなくとも充分人をメロメロにできる手練手管があるのだ。
じゃあなんで私の言うことをちょっとは気にしてくれるんだろう。
私のこと好きなんか? 絶対そんなわけない。
そんなわけないのにそんなことを考えてしまうのは、既に私がイグナさんをちょっと好きだからだ。
やばい、マジで助けてコーザさん。寝取られちゃうよ私!?
私とコーザさんの間ではまだ何も始まってないから寝取られるとかそういう話ではない!?
あっという間に服を脱がされる。
足を開かされ、見下ろされる。
「前戯はいらねェか?」
羞恥で肌がピンク色になる。
まともに触られてもいないのに、私の股座はぐしょぐしょに濡れていた。
淫乱とか言われてもなにも言い返せない。獣人は感じやすいって言ってくれ頼むから。
イグナさんはベッドから降り、私をひっくり返し、おしりを上げさせた。
バックだ。体格差が大きいので、ベッドの高低を利用するのだろう。
コーザさんの顔が見えないのが嫌で、かつて拒否した体位である。
イグナさんの顔はむしろ見えない方がいいかもしれない。
うっかりきゅんとしちゃったらやばい。
抵抗せずにいたら、秘所に熱いものが押し当てられた。
本当に前戯はすっとばす気らしい。
この人、服を脱がすのも脱ぐのもはやすぎる。さっきまで着てたよな?
元々上半身裸だし素足だったけど、ズボンとパンツは履いているはず――いや下着は知らないな。
ノーパン主義の可能性はある。
どうでもいいことを考えて一瞬現実逃避してしまったが、私は慌てて言う。
「ちょ……ちょっと待ってください。私イグナさんの……大きくなったもののサイズを確認していないのですが……はいります? 裂けて死なない?」
服を脱ぐスピードより、勃起させるスピードの方に感心するべきだったのかもしれない。
いれようとしているということはかたくなっているということでいいのだよな?
この人私で興奮できたのか?
いや、エロに関するチートを持っていそうなので、勃起くらい簡単に操作できるのだろう。
他人の体をあそこまで自由にできるのなら、自分の体だって自由に操作できて不思議じゃない。
「死なねェよ。見ねェ方がいいぞ、もっと怖くなる」
「いや充分怖……!」
最後まで言えなかった。
巨大な肉の塊が体の中を開いていく。
「ぅああああぁあっ!」
強すぎる快楽に歯がガチガチ鳴る。
後ろから舌打ちが聞こえた。
「狭ェ」
もうこれ以上入らない。内臓ごと押し上げられている。
私は絶対に後ろを振り向かないと決めた。
私の中に納まっていないものの長さを知ったら、恐怖に震えてえっちどころではなくなる。
両腕を掴まれ、後ろに引っ張られる。
無理矢理粘膜を押し広げられる感覚。肌が粟立つ。
「う、うそつきぃー……っ! き、きもちいいことしか、しないって、い、いった、いったじゃ、ないです、かっ!」
「あァ? 気持ちよくねェのか?」
「きもちいい! ぅあっ! よすぎる! うぅっ! しんどい! っはぅ!」
一定のリズムで腰を叩きつけられるので、文句もリズミカルになってしまった。
どうしてこれで気持ちがいいのかわからない。
前戯もなく、雰囲気作りもない。
ただ突然突っ込まれて揺さぶられ、そんなんで女があんあん喘ぐなんていうのはフィクションの中だけのはずだ。
これ現実? 実はもう私寝てる?
いつイッていて、いつイッていないのかがわからない。
頭は真っ白で、チカチカして、ふわふわする。
お腹の一番奥が殴られているみたいなのに、乱暴なのに、それでも気持ちいい。
いつの間にか、私の膝はベッドから浮いていた。
イグナさんに引っ張られている両腕と、子宮を押し上げて来る陰茎だけで体が浮いている。
朦朧とする頭で自分の腹を見ると、薄い腹はぼっこりと大きな肉棒の形が浮かび上がっていた。
実物見てなくても充分大きさが想像できて怖い。
「中に出されてェか?」
言われると同時、吐息が耳にかかって足が伸びる。
私は自由のきかない体を何とか動かして、必死に首を横に振った。
快楽に思考が支配されているが、孕んでいる場合ではないということくらいはさすがにわかる。
イグナさんは「ん」とだけ返事して、私をベッドに放った。
尻の間としっぽに硬いものを擦り付けられ、びくびく震える。
ややあって、背中に熱いものが降りかかった。精液だろう。
「まだ元気そうだな」
「いやもうかなり疲れてますけど!?」
もっかい突っ込まれた。最初とおんなじくらい気持ちよくてしんどい。
イグナさんがご褒美、と言ったのは真実だったらしい。
私が「もうむり、つかれた、ねむい」と言い始めたらやめてくれた。
もっとはやくやめてくれてもよかった。明日動けるだろうか。
腰の感覚があやふやである。一応下半身くっついてるよね? うんついてる。
「しぬかとおもった」
ふにゃふにゃの滑舌で呟く。
ベッドに腰かけたまま煙草に火をつけたイグナさんが、ぐったり横たわる私を見下ろして不機嫌そうな顔をした。
「あ? 不満か?」
「いいえ、最高でした」
「ハッ、淫乱」
「えっちなのは嫌いですか?」
「嫌い」
「トラウマでもあるんですか? 少年の頃にめちゃくちゃ犯されたとか?」
イグナさんは私の発言にドン引きしていた。
あのイグナさんを引かせることができるとは、私もなかなかやるのかもしれない。
「お前……教養もなけりゃデリカシーもねェのかよ」
「イグナさんは罵倒のボキャブラリーが尽きませんねえ。勉強になります」
記憶を失う前の私はお上品だったのかもしれない。
あまり罵倒の語彙がない気がする。
イグナさんにより、着々とボキャブラリーを増やしている。
「その方向性はありかもな。死ぬほど口悪いうさぎ獣人……それはそれで変なのに買われるか……」
「あー、ニッチな性癖を埋めるとそうなるんですかね? 逆に性格はいいけど性癖が最悪な人でも狙い撃ちしますか? 有名な人とか居ないんですか?」
「いるぜ。買った獣人を3日で潰す
二つ名をつけられるほど特徴的な常連がいるのか。
どちらもなぜだか不愉快になる名前だな。
「奴隷買うような人ってそんなもんなんですかね。でも性格によるなあ、いい人なんですか?」
「このエピソードからどうやっていいやつにもってけんだよ」
「殺してくれって言われるから安楽死させてるとか、腕や足がなくて買い手がつかない可哀想な子を買ってあげてるとか、あるかもじゃないですか」
「殺してくれって言われるくらい虐めてはいるだろォな」
「そんなとこに人卸してるんですか? 外道〜」
「そォだよ」
悪びれもしなかった。すげえ、本物の外道だ。
「コーザさんのともだちならいい人だと思ってたのにな〜」
「友達とは言ってねェだろ、恩があるだけだ。これで全部チャラになるならやってやるってだけ。夢見てんじゃねェぞうさぎちゃん」
デコピンされた。これも別に痛くはない。
金銭ではなく恩で動いている時点で、あんまり外道っぽくはないんだけどな。
ヤクザ的に言うところのオトシマエ、みたいな感じなんだろうか。
人は殺すし売るけど、仁義だけは守るぜ的な?
「でもコーザさんの悪口は言わないんですね。もっとも簡単に私の夢を砕く方法だとは思いませんか?」
「……陰口叩くには相手が悪ィ」
「コーザさんってすげ〜。かっこい〜。惚れる〜。絶対迎えに来てほし〜」
こんな外道にも尊敬、あるいは恐れられているとは。
あの人、本当に行商人なんだろうか。実はやばいもの運んでる?
あ~コーザさんが恋しいよ~。
枕を抱いてごろごろ転がると、うつ伏せになったタイミングで臀を叩かれて「きゃんっ!?」と悲鳴をあげることになった。