ユイママ――ユウナさんの決断力には、ほんとうに驚かされる。
昨日のお茶会でふわっと出た「温泉旅行」の話が、なんと翌日にはもう、次の段階に進んでいたらしい。
今朝、朝食の時に母さんがぽつりと教えてくれた。
「ユウナさんがね、もう旅館候補いくつか出してくれて……早いわよねえ」
その口ぶりは驚いているようで、でもどこか楽しそうだった。
あの人は本当に、そういうところがすごい。
さすが旅行慣れしているというか、動くときのスピードと抜かりのなさが、ほかの三人とは少し違う。
なんでも、今日ユイママの家でさっそく4人集まって「どこへ行くか会議」が開かれたらしい。
気になる宿がいくつかあって、プランもほぼ決まりそうなんだとか。
「これなら本当に実現しそうね」
母さんがそう言ったとき、僕は「うん、行けばいいよ」と、自然に返せていた。
少し前の僕だったら、そんなふうには言えなかったかもしれない。
ユイママみたいに舵を取ってくれる人がいると、やっぱり安心なんだろうなと思う。
旅行の計画って、誰かが動かないと、結局「行こう行こう」で終わってしまうものだし。
他の3人――母さんも、イクミさんも、ユキさんも――
どちらかといえば「旅行に行く余裕なんてなかった」側の人たちだ。
日々の暮らしに追われて、自分の時間なんて後回し。
“子どもを育てる母”であり続けて、気がつけば、そういう楽しみを忘れていたんじゃないかと思う。
だからこそ、こうして話がトントン拍子に進んでいく様子は、どこか新鮮で、ほほえましく感じた。
聞けば、時期は八月の中頃より少し前になりそうだという。
「お盆の時期はどこも混むし、料金も高いから、その前が狙い目よ」
――と、ユイママが言ってくれたらしい。
なるほど、と僕も思った。
確かにその頃なら、宿も比較的空いているし、のんびりできるかもしれない。
母さんは、嬉しそうだった。
ちょっと緊張も混じっているようだったけれど、それでも、どこかくすぐったそうな顔をしていた。
自分のために準備されていく旅行なんて、何年ぶりだろう。
それを見て、僕も少しうれしくなった。
ちゃんと笑っている母さんを見ると、それだけでなんだか報われる気がした。
──でも、その一方で。
ほんの少しだけ、心の奥がざわついている自分がいた。
母さんが、僕の知らないところで、僕以外の誰かと一緒に、笑って、楽しそうにしている――
それはいいことだ。頭ではちゃんとわかっている。
母さんが“母親”である前に、“一人の女性”として、大切な時間を過ごすこと。
それは、僕が望んでいたことのはずなのに。
……それでも、どこかで「大丈夫かな」と思ってしまう。
変な話だけど、旅先で誰かに声をかけられたら?
母さんの無防備な笑顔が、誰かの気を引いたら?
そんなことを考える自分が、ほんの少しだけ情けなくて、でも止められなかった。
この前とは違う、みんなと一緒なんだ。
だから僕は、心の中で何度も言い聞かせる。
「行っておいで」
「楽しんできて」
「何も起きないさ、大丈夫」って。
今回ばかりは、ほんとうに背中を押してあげたいと思っている。
母さんの笑顔が、何よりの答えになることを信じて。