※この作品はR-18です。

母の写真 日常の向こう側   作:松田義和

10 / 43
第十章 温泉旅行計画

ユイママ――ユウナさんの決断力には、ほんとうに驚かされる。

 

昨日のお茶会でふわっと出た「温泉旅行」の話が、なんと翌日にはもう、次の段階に進んでいたらしい。

今朝、朝食の時に母さんがぽつりと教えてくれた。

 

「ユウナさんがね、もう旅館候補いくつか出してくれて……早いわよねえ」

 

その口ぶりは驚いているようで、でもどこか楽しそうだった。

あの人は本当に、そういうところがすごい。

さすが旅行慣れしているというか、動くときのスピードと抜かりのなさが、ほかの三人とは少し違う。

 

なんでも、今日ユイママの家でさっそく4人集まって「どこへ行くか会議」が開かれたらしい。

気になる宿がいくつかあって、プランもほぼ決まりそうなんだとか。

 

「これなら本当に実現しそうね」

 

母さんがそう言ったとき、僕は「うん、行けばいいよ」と、自然に返せていた。

少し前の僕だったら、そんなふうには言えなかったかもしれない。

 

ユイママみたいに舵を取ってくれる人がいると、やっぱり安心なんだろうなと思う。

旅行の計画って、誰かが動かないと、結局「行こう行こう」で終わってしまうものだし。

 

他の3人――母さんも、イクミさんも、ユキさんも――

どちらかといえば「旅行に行く余裕なんてなかった」側の人たちだ。

日々の暮らしに追われて、自分の時間なんて後回し。

“子どもを育てる母”であり続けて、気がつけば、そういう楽しみを忘れていたんじゃないかと思う。

 

だからこそ、こうして話がトントン拍子に進んでいく様子は、どこか新鮮で、ほほえましく感じた。

 

聞けば、時期は八月の中頃より少し前になりそうだという。

「お盆の時期はどこも混むし、料金も高いから、その前が狙い目よ」

――と、ユイママが言ってくれたらしい。

 

なるほど、と僕も思った。

確かにその頃なら、宿も比較的空いているし、のんびりできるかもしれない。

 

母さんは、嬉しそうだった。

ちょっと緊張も混じっているようだったけれど、それでも、どこかくすぐったそうな顔をしていた。

自分のために準備されていく旅行なんて、何年ぶりだろう。

それを見て、僕も少しうれしくなった。

ちゃんと笑っている母さんを見ると、それだけでなんだか報われる気がした。

 

──でも、その一方で。

ほんの少しだけ、心の奥がざわついている自分がいた。

 

母さんが、僕の知らないところで、僕以外の誰かと一緒に、笑って、楽しそうにしている――

それはいいことだ。頭ではちゃんとわかっている。

母さんが“母親”である前に、“一人の女性”として、大切な時間を過ごすこと。

それは、僕が望んでいたことのはずなのに。

 

……それでも、どこかで「大丈夫かな」と思ってしまう。

 

変な話だけど、旅先で誰かに声をかけられたら?

母さんの無防備な笑顔が、誰かの気を引いたら?

そんなことを考える自分が、ほんの少しだけ情けなくて、でも止められなかった。

 

この前とは違う、みんなと一緒なんだ。

 

だから僕は、心の中で何度も言い聞かせる。

 

「行っておいで」

「楽しんできて」

「何も起きないさ、大丈夫」って。

 

今回ばかりは、ほんとうに背中を押してあげたいと思っている。

母さんの笑顔が、何よりの答えになることを信じて。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。