僕の中で、勝手な“旅のシナリオ”が出来上がってしまっている。
もちろん、それはただの想像にすぎない。
……のはずだった。
母さんたちが長野の温泉旅館に到着して、チェックイン。
仲居さんに案内されて部屋に入って、「わあ、きれい!」なんて声をあげて。
荷物を置いたら、ひと息ついて浴衣に着替え、露天風呂に向かう。
湯けむりの向こうで、談笑しながら体を沈めていく四人。
湯上がりの冷たい瓶牛乳に、「懐かしいねえ」なんて笑い合って――
そこまでは、平和な想像だ。
むしろほほえましいくらいで、僕も安心して見守れる。
けれど。
もし、そのあとだ。
夜、旅館のロビーや中庭、あるいは自販機の前なんかで。
たとえば、ひとりで外の風に当たっていた母さんが、ふと誰かに声をかけられる。
「こんばんは、いい夜ですね」
――なんて、気さくな雰囲気の年配男性。
宿に長く泊まってる常連で、人懐っこくて、話の腰が軽い。
「よかったら、ロビーで一杯どうですか?」
そんな誘いを、母さんはどう受け止めるだろう?
母さんは断ると思う。……思いたい。
でも、少しだけ寂しい気持ちになっていたら?
ひとりで座っているよりも、誰かと会話した方が楽しいと思ってしまったら?
もしかしたら――たった10分だけ、と思って行ってしまうかもしれない。
もちろん、それ以上のことがあるなんて思いたくない。
でも、その先を、僕は勝手に想像してしまう。
イクミさんが「お、飲んでる飲んでる!混ぜて〜!」なんてテンションで合流して。
ユキさんも「ほんのちょっとだけね」と、隣に座る。
ユウナさんはきっと空気を読んで、お水を取りに行ってくれたりする。
そんな空気の中で、誰かのグラスに何度もお酒が注がれて――
気がつけば、母さんが頬を赤くして笑っていて。
……その表情が、あの温泉旅館の部屋に仕掛けられたカメラに映っていたら?
いやいや、さすがにそれは妄想がすぎる。
AVの見すぎだ。自分でも笑えてくる。
けど。
あのとき、母さんが“ああいうこと”を受け入れてしまったという現実が、僕の中にはまだ、引っかかったまま残っている。
それがあるから、僕は安心しきれない。
「母さんが他の誰かと話しているだけで、なんでこんなに気になるんだろう」
自問しても、答えは出ない。
でも、気になるのは事実だ。
こんなとき、連絡でもくれればいいのに。
「ごはん美味しかったよ〜」とか、「お風呂、最高だった」とか。
でも、旅先でスマホをいじるような母さんじゃない。
きっと今ごろ、布団の上でイクミさんとトランプでもしてるか、ユキさんと明日の予定を立ててるか――
……あるいは、本当に知らない誰かと、何かが始まっていたら?
想像が暴走していく。
自分でもバカだと思う。
でも、それくらい、僕は母さんのことを気にしてるんだ。
気にしすぎて、胸が苦しいくらいだ。
ああ、早く帰ってきてくれないかな。
何事もなく、笑って「楽しかったよ」と言ってくれたら、それでいいんだ。
たったそれだけのことが、今はとてつもなく遠く思える。