僕が毎晩のように、母さんたちが旅先でどんなふうに過ごしているのか――
酔って口説かれて、もしそのまま流されて……なんて、
想像と不安と欲望がごちゃ混ぜになった妄想の中に溺れていた頃。
現実では、もっと直接的な“大問題”が起きていた。
「……ユイちゃんが帰ってくるんですって。九州から、急に」
ある日の夕方、母さんが食卓の端に麦茶のコップを置きながら、そう言った。
僕はちょうどスマホを見ていて、あの旅館の露天風呂の写真を拡大していたところだった。
一瞬、意識が現実に引き戻された。
「……ユイちゃんって、ユウナさんの娘さん?」
「そう。九州の大学に行ってるでしょ。来月の初めに帰省するって、急に連絡があったらしくて……」
「それって……旅行の日とかぶってる?」
「うん。ばっちり重なってるのよ」
母さんの声には、明らかに困った気配がにじんでいた。
それもそのはずだった。
今回の旅行は4人での計画。すでに宿も電車も、4人分まとめて予約してある。
「急なことだから、ユウナさんも困っててね。娘が帰ってくるからって、さすがに旅行に行けないって……」
そりゃそうだ。
何ヶ月ぶりかの帰省に、母親がいないなんてありえない。
「キャンセルできないの?」
「それが、もうキャンセル料がかかる時期に入っちゃってて……。しかも4人部屋でとってあるから、1人欠けると他の人にも影響が出るみたい」
「他に代わり、って……」
母さんはため息をついた。
「そう簡単に見つからないのよね。女友だちって限られるし、まして泊まりの旅行となると……」
旅行まであと2週間ちょっと。
これまで盛り上がってきた分だけ、ここにきてのつまずきは、母さんたちにとって相当な打撃だったらしい。
「ユキさんは、“ユウナさん抜きじゃちょっと寂しいわよねえ”って言ってるし、イクミさんは“私たちだけでも行こうよ”って言ってるし……」
母さんは話しながらも、どこか決めあぐねているようだった。
楽しみにしていたはずなのに、その気持ちが揺らいでしまっているのがわかる。
僕は一瞬、なぜかホッとしている自分に気づいた。
――行かないなら、それはそれでいい。
あの妄想に苦しむこともなくなるし、なにより、母さんが“誰かに”触れられることもなくなる。
けれど、そんな感情にすぐさま自己嫌悪を覚えた。
なにを考えてるんだ、僕は。
母さんが、ようやく手にした“自分のための時間”。
それを妨げて、ホッとしてるなんて。
どこまで歪んでいるんだろう。
「……誰か、代わり、いないのかな」
僕はふと、そう口にしていた。
母さんが驚いたようにこちらを見た。
「え?」
「ほら、誰か。近所でも、親戚でも。ユウナさんの代わりに、参加してくれるような人。……せっかくだし、もったいないしさ」
母さんは少し考えるような顔をして、それから苦笑いをした。
「そうねえ……でも、泊まりがけってなるとね……なかなかね……」
「でもそれもありかもね、みんなで集まって話してみる」
早速LINE会議が始まったようだった。