「一緒にやらないか?」
その一言が、あまりに唐突だったから、僕はすぐには返事ができなかった。
彼の目はまっすぐだった。冗談ではない。本気なのだと、すぐにわかった。
僕は口を開いた。でもすぐには言葉が出てこなかった。少し考えて、それから静かに言った。
「……僕は、そういうのが“最後に来る”作品は、好きじゃないんだ」
彼は眉をひそめた。意味がわからないという顔だった。
「それに僕には近親相姦願望はない。母さんは好きだし大切だけど。」
僕は息を吐いて、首を横に振った。
「そういうの無理だ」
それ以上、言葉は必要なかった。
彼はしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。そして、どこか納得したように視線を外した。
「息子くん、やっぱり面白いな。思いっきり勃起しながらそれを言うところなんか気に入ったよ!いいよ、連れて帰りなよ」
僕は母さんに下着を履かせて、ブラジャーは付け方がよく分からないからポケットに入れて、浴衣の前を合わせた。ミキオが帯を巻いてくれた。
「息子くん、お母さんおぶってやらないと」
と言って手伝ってくれた。
あれ?この人意外といい人なのかも、女癖悪そうだけど。
そしてドアを開けて
「息子くん、お母さんを大切にな」
お礼を言うのも変だから
「ミキオさんはこれからどうするんですか、寝るんですか?」
と反射的に聞いてみた。
「そうだなあ、他のやつに混ぜてもらうかな」
とニヤリと笑った。
混ぜてもらう?何を?え?
僕は、混乱の中で母さんを背負っていた。
母さんの体は、驚くほど軽かった。
けれど、その重さが僕の背にのしかかるたび、胸の奥にじわじわと痛みが広がっていく。
今さっき部屋で見た光景が、背中の温もりを通して何度も蘇ってくるようだった。
振り返ると、ミキオが無言で手を振っていた。
「じゃあな」
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
それが区切りの合図のように感じられて、僕は無意識に唇を噛んだ。
長い廊下を歩く。
肩にかかる母さんの髪がふわりと揺れるたびドキっとする。
ノーブラの胸の感触が背中に伝わってくる。
コウジとリクオの部屋の前を通る。
扉は閉まっていたが、その向こうに潜む空気までもが肌をなぞる気がして、思わず視線をそらした。
やっと、自分たちの部屋にたどり着く。
静かにドアを開け、灯りもつけずに母さんを布団に下ろす。
彼女は目を覚ますことなく、静かに寝息を立てていた。
その寝顔は、あまりにも穏やかで――僕はただ、立ち尽くすしかなかった。
さっきまでの現実が幻だったようにも思える。でも、それが願望でしかないことは、自分が一番よくわかっていた。
母さんは、何も知らない顔で眠っている。
その姿に、僕は救われた気もして、同時に突き放されたような気もした。
背負っていたあの温もりだけは、きっと忘れられないと思った。
僕は布団の脇に腰を下ろし、しばらくの間、ただ黙っていた。
今日一日の出来事を順に思い返そうとするたびに、頭の中はぐちゃぐちゃになって、どこから手をつければいいのかわからなくなる。
朝はいつもと変わらなかったはずだった。
でも今、こうして母さんが何も知らない顔で眠っていることすら、どこか遠い世界の話のように感じる。
心も身体も、もう限界だった。
疲れた――そう思った瞬間、まぶたが重くなった。
どっと眠気が押し寄せてくる。身体は眠ろうとしているのに、脳だけがざわついている。
さっき見たあの光景が、何度も、何度も、頭の中に浮かんでくる。
目を閉じれば、闇の中に浮かび上がる。
あの部屋の空気、母さんの姿、男の影、閉まる襖の音――
消えてくれと願っても、消えてくれなかった。
僕は目を開いた。
天井を見つめながら、そっと息を吐いた。
眠れない夜になることだけは、もう分かっていた。