※この作品はR-18です。

母の写真 日常の向こう側   作:松田義和

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第三十二章 夢の跡

その後も僕たちはひたすら交わった。

 

母さんの口内、膣内、顔、胸、お腹、お尻、全てに精液をぶち撒けた。

 

そしてクタクタになった僕はいつしか眠ってしまっていた。

 

 

 

朝――

 

誰かに肩を揺すられて目を覚ました。

 

「義和、起きて。朝ごはんの時間よ」

 

母さんの声だった。

 

ぼんやりとした視界の中で、母さんの輪郭がにじんでいた。

でも、すぐに現実が押し寄せてくる。

 

――しまった。裸のまま寝てたはずじゃ……!

 

一気に目が冴えた。慌てて自分の身体を確認する。

 

パンツは穿いている。浴衣もちゃんと着ていて、帯まで締められている。

それどころか、寝乱れた様子もない。

 

「……あれ?」

 

僕はゆっくりと身を起こし、隣の部屋へと目をやった。

 

イクミさんもユキさんも、もう着替え終えて、支度を整えていた。

鏡の前で髪を整える姿は、まるで何もなかった朝のように、穏やかだった。

 

「最後に温泉、入ってきたら?」

「私たちはもう行ってきたから」

 

ユキさんが柔らかく微笑んだ。

 

僕は無言で頷き、ゆっくりと立ち上がった。

足元がまだ少しふらつく。けれど、温泉の湯気を思い出すと、自然と身体がそちらに向かっていた。

 

途中――

 

ふと、昨夜のことが頭をよぎった。

 

あの男たちの部屋。

あの空気、あの気配。

 

何かに引き寄せられるように、そっと襖を開けて中を覗く。

 

……が、そこには誰もいなかった。

 

布団はすでに片付けられ、室内はきれいに整っている。

まるで最初から誰も泊まっていなかったかのように、何の痕跡も残っていない。

 

「……あれ?」

 

昨夜、確かにここにいたはずの人間たちが、気配ごと消えていた。

 

胸の奥がひやりと冷たくなる。

 

まるで、自分が見たすべてが夢だったかのような――そんな錯覚に包まれて、僕はしばらく立ち尽くしていた。

 

 

湯気に包まれた温泉の中で、僕はぼんやりと空を見上げていた。

 

湯はちょうどいい温度だった。

身体の芯まであたたまり、心地よさに少しだけ眠気すら感じる。

 

けれど、頭の中はずっとざわついていた。

 

――あの部屋には、誰もいなかった。

整えられた布団、掃除された床、残り香ひとつない空間。

 

まるで最初から、あの男たちは存在していなかったかのように。

 

いや、確かに見たはずだ。

母さんを背負って、あの部屋を出た。ミキオが手を振って、ドアを閉めた――

 

記憶は鮮明だった。でも現実は、何一つ証拠を残していなかった。

 

僕は自分の頬を軽く叩き、湯から上がった。

 

部屋に戻ると、朝ごはんの支度がすっかり整っていた。

 

テーブルには焼き魚、味噌汁、炊き立てのごはん。どれも香りがよく、旅館の丁寧な朝の味がした。

 

母さん、イクミさん、ユキさんはすでに座っていて、湯上がりの顔で和やかに話している。

 

「今日はどうする? もう少しどこか寄って帰る?」

「でもあんまり遅くならないようにしようね。買い物もあるし」

 

「そうね、帰る前にお土産屋さん、見ておきたいわ」

 

誰も、昨夜のことには触れない。

まるで何もなかったかのように。

いや――“何もなかったこと”になっている。

 

それがかえって不気味だった。

 

僕は箸を持ったまま、食事に手をつけられずにいた。

三人の会話だけが、穏やかに部屋の空気を埋めていく。

 

「……夢だったのか?」

 

つぶやいた言葉は、声にすらならなかった。

でも、胸の奥で確かにそう思ってしまった。

 

でも、僕の背中には、あのとき感じた母さんの体温がまだ残っている。

 

確かに、あれは――現実だった。はずだ。

 

けれど、今のこの空気のどこにも、昨夜の続きは存在しない。

 

僕だけが、時間の外に取り残されたようだった。

 

 

朝食の席は、明るい窓辺のそばだった。

天気のせいか、旅館の朝の空気はどこか清々しく、まるで昨夜の湿った記憶を洗い流そうとしているようだった。

 

僕はまだ頭の中が整理できないまま、味のしない味噌汁をすするだけだった。

そんな中、イクミさんの声がふいに響いた。

 

「それにしても昨夜は、よく寝てたわねぇ」

 

僕は反射的に顔を上げた。

 

「ねえ、ユキちゃん? 私たちがラウンジで飲み直して戻ってきたときなんか、義和くんもお母さんも大爆睡でさ」

 

「ほんとほんと。もうちょっと騒いだら起きちゃうかなって思ったけど、まったく反応なし」

 

ユキさんはおかしそうに笑い、母さんもつられて口元を押さえて笑っていた。

 

「そうだったの? 全然気づかなかったわ」

そう言って、母さんは小さく首をすくめる。

その笑顔は自然で、作り物には見えなかった。

 

でも、僕にはそのやりとりのすべてが、どこか遠くで行われているように感じられた。

あの夜、本当に“何もなかった”のだろうか?

皆が口をそろえて「寝ていた」と言い合うその声が、逆に僕の不安を煽る。

 

――じゃあ、僕が見たものは?

 

母さんを背負って歩いたこと、男たちの部屋、ミキオの笑み……

あれは全部、夢だったのか?

 

それとも――

夢にしてしまいたいだけなのか。

 

テーブルの上には、湯気の立つご飯と焼き魚。

旅館らしい丁寧な朝食が、何もかもを平穏に見せていた。

 

けれど、僕の胸の奥ではまだ昨夜の靄が、静かに渦を巻いていた。

 

 

 

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