また、スマホが震えた。
音は同じなのに、もうそれが「日常の通知」には思えなかった。
胸の奥がざわめく。
鼓動が、不規則に速くなる。
恐る恐る画面をのぞく。
差出人を見た瞬間、息が詰まった。
ミキオ――
あの、ミキオからだ。
なぜ今?
まさか……まさか彼まで?
喉の奥がきゅっと狭くなる。
手が汗ばみ、スマホを持つ指が少しだけ滑った。
まさか、母さんの?
それとも――別の、誰かの?
こんなふうに、次々と繋がっていくなんて想像もしていなかった。
でももう、この流れの中で“まさか”という言葉すら意味を失っていた。
僕は、震える指で通知を開いた。
メッセージには、たった一言。
「あの時はすまなかったな」
その下には、やはり添付ファイルのアイコンが並んでいた。
画像ファイル。
動画ファイル。
そして、見覚えのあるフォーマットの“メモ”ファイルもひとつ。
目の奥がじんじんと痛み出す。
画面の中にあるのは、過去ではない。
僕たちの“今”そのものだ。
開くか、それとも。
選択は、もう僕には残されていないのかもしれなかった。
写真には、思い当たる節があった。
あのとき、ミキオは確かにスマホを構えていた。
母さんが、浴衣を着て、上半身を起こしていた場面――
何をしていたのか、いや、何を“撮られていたのか”は、もうはっきり覚えている。
あれが写っていたのなら、驚くことではない。
けれど、メールには動画ファイルも添付されていた。
――動画?
写真なら、静止画。
一瞬だけを切り取った記録だ。
けれど、動画となれば、それは“流れ”だ。
映っていなかったものまで、そこには映っているかもしれない。
僕の知らない何かが。
僕が見ていなかった時間。
画面を見つめたまま、息が詰まる。
写真のとき、母さんは浴衣を着ていた。
僕が襖を開けた時、
ミキオは「驚いたな、息子くんか」と笑っていた。
あの軽い笑みの裏で、どこまでを撮っていたのか。
写真だけならまだしも。
今、ここにあるのは動画ファイルだ。
それが意味するものを、僕はまだ知らない。
けれど、もう覚悟だけはしておかなければならない気がしていた。
指がファイル名の上にかかる。
視線が揺れる。
心臓が、重く、静かに、打っていた。
僕は、まず写真でも動画でもなく――
テキストファイルを開いた。
それが唯一、「傷が浅くて済む」ような気がしたからだった。
でもその期待は、一瞬で打ち砕かれる。
表示された文章は、まるで僕に宛てた私信のようだった。
軽い口調。
だが、その軽さの下に、あの夜のすべてが沈んでいた。
⸻
あの時の息子くんの勇気には感動したよ。
いきなり襖を開けてくるなんて、まさかだった。
空気読まないっていうか、さすがだよ。
だからこれは、僕からのプレゼント。
感謝と、ちょっとしたご褒美だ。
……お母さんと、仲良くな。
⸻
喉が詰まった。
心が、すっと冷え込む。
プレゼント。
それはもう、皮肉にも罰にも聞こえた。
この手元に届いた“記録”そのものが、何より雄弁な答えだった。
そして最後の一文――
「お母さんと、仲良くな」
ファイルの横に並ぶ、動画と画像のアイコン。
その先に、何があるのかはもう、だいたい察しがついていた。
でも――
それでも確かめずにはいられない。
僕はテキストを閉じ、
再びスマホの画面を見つめた。
次に開くそのファイルが、
僕の中の「現実」を、またひとつ上書きしていくことになるのだろう。
僕は、動画にはまだ触れられなかった。
指が自然と向かったのは、写真ファイルだった。
あのときのものだと、どこかで確信していた。
それでも、ほんの一秒だけ、読み込みの時間が怖かった。
表示されたその瞬間、胸の奥に鈍いものが沈み込んだ。
――やはり。
あの時のものだ。
一枚目。画面に映っていたのは、畳の部屋。
布団の上に、浴衣をまとったお母さんがいた。
髪は乱れ、目は閉じている。
半身を起こしているが、頭は下を向く。
顔にはかすかな紅潮。
酔って寝ている姿。
二枚目。ミキオが母さんの顎を持ち上げた顔のアップの写真。
三枚目。また一枚目とほとんど同じ。
四枚目。布団に横たえられた母さん。
五枚目。浴衣の肩と裾を広げられた母さん。
六枚目。帯もとかれ下着姿の母さん。
七枚目。下着を脱がされた母さん。
八枚目。母さんの秘部。
あの時僕はここで襖を開けた。
だから写真はこれだけだ。
だが、この動画はなんだ?
これ以外に何があるんだ?
僕は震える指で動画を開いた。