あれから、ひと月。
何かが変わったようでいて、
表面上は何ひとつ変わっていない。
トシマサやマサユキとは、今まで通りの友達付き合いをしている。
学校の話、将来の話、ちょっとした冗談。
僕も、普通に笑えている――ふりをしている。
母さんも同じだ。
イクミさん、ユキさん、そしてユウナさん。
四人で集まっては、週末ごとに誰かの家でお茶会を開いている。
ケーキを持ち寄って、
笑って、
昔話や近況を語り合って。
「いつもの日常」だ。
でも、僕のスマホには――
まったく別の世界が保存されている。
あの廊下の映像。
あの浴衣の皺。
あの肌にかかる手。
静かに笑う母さんの写真。
拒まない母さんの姿。
現実の中の母さんたちとは別の、もう一つの“世界”。
そこには音も、空気も、熱もある。
それがたまらなく僕を引き寄せる。
そう、いけないのはこの**“別世界”**だ。
頭ではそうわかっている。
でも、どうしようもなく惹かれてしまう。
お茶会で笑い合う母さんたちを見ながら、
ふと、こう思ってしまうことがある――
あの人たちの“裏側”を、また見たい。
どうなっているのか。
どこまで映っているのか。
新しいファイルはあるのか。
次は、誰が――
そんなときは、
スマホを取り出す。
画面を開いて、保存フォルダを覗き込む。
でも、それもすぐに飽きてしまう。
また、“新しい世界”が見たくなる。
過去の記録だけでは、もう足りない。
ある日、母さんたちの会話が耳に入った。
「今度は、四人で旅行しましょうよ」
「いいわね、どこか温泉でも」
四人で――。
ユウナさんまで、あの中に入るのだろうか。
もう、わかっている。
そのときも、同じことが繰り返されるのかもしれない。
でも、僕は――
もうそこにはいない。
いないほうがいい。
いないべきなんだ。
わかっている。
それでも、
もしまたファイルが届いたら。
あの人たちの笑顔の裏側が、
また、僕のスマホに映されていたとしたら――
僕は、きっとまた、
見てしまうのだろう。
僕は、わかっている。
これは望んではいけないことだと。
そんなものを期待する自分を、軽蔑すべきだと。
でも――
それでも、僕はまた望んでいる。
母さんの、新しい写真を。
あの画面の中で静かに微笑む姿。
無防備で、抗えないままに身を委ねる一瞬。
視線の先に誰がいるのかさえわからない、あの遠く沈んだ表情。
僕は、それをまた、見たいと思ってしまっている。
画面を開きながら、
「今度はどんなふうに映っているだろう」
そう考えている自分に、ふと寒気が走る。
これは病気なのかもしれない。
でも、それでもなお――
治すことより、その続きを知ることを選んでしまう。
そういう自分が、もうここに出来上がってしまっているのだ。
たとえ、
その先にあるものがどれだけ破滅的でも。
次の旅で何が起こるのか。
誰がどこまで踏み込むのか。
僕には、何もわからない。
ただひとつ、わかっていることがある。
僕はまた、新しい“記録”を待っている。
そしてそれが届いたとき、
僕はきっと、
誰よりも早く、それを開いてしまうのだ。