おばちゃんたちの笑い声が、一段と大きくなっていく。
お菓子の皿が空いていき、紅茶の香りが部屋に広がる。
母さんも、最初こそ緊張していたものの、今では自然に話に混じって笑っていた。
その表情を見て、僕も少しだけ肩の力が抜けた。
「ほんとにねえ、こんな気がきく息子、うちにも欲しいわよ〜」
「いやいや、ウチなんて、『旅行行ったら?』って言っても、面倒くさいって言われたのよ」
「男の子ってそうよねえ。でも松田くんは別格だわ〜」
そんなやりとりに僕は苦笑いを浮かべつつ、もう笑うしかないとあきらめていた。
――そのときだった。
ふと、ユイちゃんのママがカップを置いて、言った。
「ねえ……今度、私たちで温泉旅行行きましょうよ。一泊でいいから」
一瞬、空気がやわらかく変わった。
それまでの笑いが、少し落ち着くように、ふっと静まった。
「私たち、ずいぶん働きすぎたわよね」
「たまには息抜き、いいかも」
「ほんと、家のことばっかりで、気づけば何十年も……」
「こんな気がきく子ども、私たちにはいないけどさ」
そう言って笑ったけれど、その声にはどこか本音がにじんでいた。
少しだけ寂しそうで、でも穏やかで、どこかあたたかかった。
どうかしら、と誰かが言って、みんながうなずき合う。
それぞれの表情に、ほんの少しずつ、いろんな想いが浮かんでいる気がした。
母さんも笑っていた。
でもその目元に、どこか懐かしいような、安心したような影がちらついた気がした。
……ああ、そうか。
こうやって、母さんたちはずっと、自分のことを後回しにして生きてきたんだな。
家族のこと、子どものこと、生活のことばかり。
そういう日々を、ずっと、何十年も。
僕が贈った温泉旅行は、ただの「イベント」だったはずなのに。
その背後には、きっとたくさんの積み重ねがあって、押し殺してきた気持ちがあって。
それがほんの少し、浮かび上がった瞬間だった。
僕は、居間の片隅でただそのやりとりを聞いていた。
何も言えずに。
でも、少し胸があたたかくなるのを感じていた。
母さんも、行けばいい。
今度は、友だちと。
僕とは違う場所で、違う時間を、笑って過ごせたらいい。
それを願っている自分に、ふと気づいた。
そして、そんなふうに思えた自分を、ちょっとだけ許せた気がした。
そのあとはもう、旅行の話で大盛り上がりだった。
どこへ行こう、なにを着ていこう、あの宿は料理がすごく評判らしい――
そんな言葉が飛び交って、紅茶のおかわりが何度も注がれていた。
笑い声は絶え間なく、まるで女子高生の放課後みたいで。
その中心にいる母さんの姿を見ていたら、なんだか少し泣きそうになった。
母さん、楽しんで。
そう思った。