個性『淫魔』 作:えっちいやつ。
机に突っ伏して寝落ちしてた緑谷くんが目覚めると、まず目に入ったのは大惨事になっている下半身だった。具体的に言うと、パンツに乾いた白濁液がこびり付いていた。それはパジャマのズボンにまで染み込み、カピカピしている。寝起き早々、パンツとズボンが一着ずつお釈迦になってしまった。
こうなってしまったのは、昨晩の夢が原因だ。繋がった夢の世界で、欲望のままに
事実はどうあれ。夢の中とは言っても、緑谷くんは桃香とえっちした。彼女とのセックスはとんでもなく気持ち良くて、何度も果てた。まさか初めての性行為で、抜かずの九回戦にまで突入する羽目になるとは思ってもいなかった。
あれが夢で良かったような、現実でなくて残念だったような。朝からそんな風に考えてしまって、緑谷くんは首を振って煩悩を振り払う。あれは夢、あれは個性事故。性行為ではなく、救助活動。もしくは医療行為とか、応急措置。出会ったばかりの女子を夢に見て、淫らな事をしてしまっただけの話。
あれこれと言い訳を頭の中で並び立てつつ、今日はどんな顔で蜜月さんに会えば良いんだと悶えつつ、緑谷くんは淫らな粗相で汚れたパンツやらズボンやらを母に見つかる前に何とかしようと動こうとして―――。
全身がとんでもなく重いことに、気が付いた。まるで、生きる力をバキューム的な何かで無理矢理にでも吸い出されてしまったかのようだ。
「うわっ!? いっ、てて……っ」
身体に力が入らない。主に足腰が動かない。椅子から立ち上がろうとして、膝がガクンと落ちて盛大にすっ転んでしまった。大きな音が鳴って、部屋の外が少し騒がしくなる。母が早足で向かって来ていることが、聞こえてくる足音で分かる。部屋の扉が開く前に緑谷くんは起き上がろうとして、ピクリとも動けない。そもそも、今の彼は明らかに様子がおかしい。肌は精気が無く土気色のようになっていて、目元の隈が酷い。何なら目の焦点すら合ってないように見える。動こうとしても動けなく、もぞもぞと床を這い回る姿はまるで動く死体かのようで。
そんな姿を目撃してしまったのは、彼の母親だ。部屋の扉を開くなり目に入ったのは、明らかに様子がおかしい息子なのだから大慌てになってしまった。
「い、出久……!? どうしたの!? 出久ーーっ!!」
結局。部屋にやって来たお母さんが、救急車を呼ぶ大騒ぎに発展した。程なくして駆け付けた救急隊員に担架に乗せられ、病院へと搬送された。
それからの事について、緑谷くんはよく覚えていない。気が付いたら病院で、気が付いたら治療が施され、気が付いたら全身隅々まで検査されることになり、気が付いたら整理整頓が行き届いた診察室だった。もっとも、部屋主は多忙を極めるお医者さんだ。デスクの上には山のような書類やら何やらが積み重なっている。
「うん。過労と栄養不足―――。まぁ、精気ががっつり抜き取られてる感じだね。栄養有るものを沢山食べて、沢山寝れば元気になるよ」
ここは何処の病院だろう? なんて、気怠さの残る頭で考えていると診察が下された。幸いなのは、すぐ隣に母が居ること。明らかにおかしな様子の息子が心配で堪らないのだろう。平静には程遠い素振りで息子と、やけに体格の良いお医者さんを交互に見詰めている。
「あの、先生。どうして出久はこんな事に……?」
「……そうですね。お母さんは、特個者についてご存知で?」
「えぇ、まぁ……。国に管理されてる強力な個性を持った方……ですよね」
「その通りです。昨日、その特個者が彼と接触したようです。率直に申し上げますと、息子さんは指定特別個性で精気を抜かれました。それに伴い、過労と栄養不足で倒れたんです」
「そんな……! 息子は大丈夫なんですか……!?」
「命に別状は有りません。栄養剤を点滴で入れましたし、安静にしていれば三日程で元気になりますよ。入院するよりも慣れ親しんだ環境で休養した方が回復が速いので、ご自宅で療養するのが良いでしょう。
念の為、栄養剤を処方しておきます。主にビタミンとなります。回復に時間が掛かるようでしたら、服用させた上で安静にさせてください。それでも元気が出ないようなら、もう一度診察しましょう」
ゆっくりと、丁寧に。お医者さんは診察の結果や今後どうするべきかを説明していく。彼が言うには、ひとまず大丈夫らしい。が、息子の異様な衰弱っぷりを目の当たりにしてしまったものだから、やはり母親としては冷静では居られない。お医者さんの説明を受けて、疑問に思う事も出て来た。
母親として、この状況は見逃せない。息子の安全の為にも、聞かねばならぬことが幾つも有る。
そんな二人の会話を、まだ回らない頭で緑谷くんはぼんやりと受け止めているようだ。
「……どうして、息子が被害に……。あの、特個者は国に管理されてるんですよね? なのにどうして……?」
「私から話せることはそう多く有りません。……一応ですが、被害届けは出せます。病院の方から警察に連絡しておきましょう」
「……ま、待って、ください……」
お医者さんと母のやり取りはその大部分が頭に入らない緑谷くんだが、被害届けと言う言葉には反応を示した。
「出久? でも……」
「へ、平気だよ。ただの個性事故、……だから。蜜月さんだけが、悪いとは言えない……よ」
客観的に見れば緑谷くんは被害者だ。特個者によって、精気を抜かれてしまった。それは事実で、事件だけれど。少なくとも、彼の受け止め方は違う。昨晩の事について、彼女の言葉を押し返せなかった自分にも非が有るのだと考えている。
夢の世界での出来事とは言え、桃香自身が望んでいたとは言え、それを跳ね除けることが出来ずに性行為に走ってしまったのは自分だ。なのに自分が被害届けを出すのは違うんじゃないかと思っているようだ。
そんな彼を見て、お医者さんは難しい顔をした。
「……出久くん。残念ながら、私達には通報義務が有るんだ。あの子の為にもね」
「……あの。それじゃ蜜月さんは、……どうなりますか……?」
「詳しくは分からない。けど、もうそろそろ隔離施設行き……かな」
「えっ」
「……個人的には『仕方ない』で済ませたくないんだけどね。あの子だって自分の個性に苦しんでる。でもこのまま一人暮らしをさせても、ろくな事にならない。今は隔離するしかないんだろうね」
「……そう、ですか……。でも、何ていうかその……。僕は、放っておけなくて……」
お医者さんの言う事は、きっと正しい。彼も彼なりに思うところが有るようだが、残念ながら蜜月桃香を助けることは出来ない。
でも、だからって。仕方ない、なんて言葉で済ませたくないと緑谷くんは思ってしまう。彼はもう知ってしまった。関わってしまった。同い年で特個者の彼女について、知ってしまった。もちろん、桃香を取り巻く問題の全てを知っているわけじゃない。分からない事も、聞きたい事も沢山有る。
だからこそ。放っておきたくない。出会ったのは昨日だけれど。昨晩は、とても親には言えない行為に枯れ果てそうな程、耽ってしまったけれど。
特個者として、一人で暮らして。自分の個性に困っている少女を放っておくなんて真似は、力足りずとも誰かの為に駆け出してしまう緑谷くんには出来そうにない。むしろ。
―――目の前の女の子ひとり救けられないままじゃ、ヒーローになんて成れない……!
とすら、思っているのだろう。
「……私は医者として止めるよ。あの子に関わるのはもう止した方が良い。
でもね。誰かが手を差し伸べてあげないと、あの子はきっと駄目になる。難しいと思うけど、少しだけでも……君は力になってあげられるかな?」
「……はい……っ。必、ず……っ!?」
「い、出久!?」
自分が口走った言葉に苦笑いを浮かべながら、それでもお医者さんは緑谷くんの意思を尊重してくれた。期待もしてくれているようだ。それが嬉しくて、緑谷くんは勢い良く立ち上がる。が、思いっ切りフラついてしまって咄嗟に動いた母に支えられてしまう。
「急に立つのは止めなさい。まずは自分が元気になること。でないと入院が先になる。……良いね? 分かった?」
「は、はい……。すみませんでした……」
お医者さんに睨まれて、緑谷くんは縮こまるしかなかった。
その傍らで。何かに向かって駆け出そうとしている息子を見た母親は、膨れ上がる心配から息子の手を掴んだ。
抜かずの九発により搾り取られた緑谷くん、救急搬送の巻。
淫魔にこってり搾り取られて無事とは行きません。引子さんからすれば心労マッハ。桃香はさっさと隔離された方が、世の為人の為なのでは?(真顔)
大いなる力には大いなる責任が伴いますし、自らの力に振り回されて苦悩する子は大好きなので、ほな桃香には苦しんで貰いましょうか。自業自得ですが、次回は多分そういうお話を予定しております。