どうして俺の日常というのは、こうも平穏からかけ離れていく一方なのだろうか。原因はただ一人、俺の後ろの席で、頬杖をつきながら心底退屈そうな顔で窓の外を眺めている女子高生、涼宮ハルヒ。その人をおいて他にいない。
「はぁ……」
スピーカーを通したわけでもないのに、やけに明瞭に俺の鼓膜を揺さぶる溜め息。今日だけで何度目になるだろうか。この溜め息は、言わば嵐の前の凪。巨大な台風がエネルギーを蓄えている様に似ている。そして、そのエネルギーが解放される時、俺を含めたSOS団の団員たちは、否応なくその暴風圏内に叩き込まれるのだ。
「つまんない」
ほら来た。全ての厄介事の始まりを告げる呪文だ。
「何がつまらないんだ、ハルヒ」
俺は振り返りもせず、ノートに意味のない数式を書きなぐりながら応じた。振り返れば最後、その琥珀色の瞳に捕らえられ、逃げ場を失うことを俺は経験から知っている。
「全部よ! この世の森羅万象、ありとあらゆる全てが! 平凡! 陳腐! 退屈! なんなのよ、この世界は! もうちょっとこう、心躍るようなミステリーとか、胸がキュンとなるような不思議とか、ないわけ!?」
「お前にとっての心躍るは、俺にとっての胃が痛くなる、だということをそろそろ学習してくれ」
「うるさいわね、キョン! あんたは黙って私の言うことを聞いていればいいのよ!」
理不尽の極み。だが、これが涼宮ハルヒであり、俺たちの日常だった。
その日の放課後、俺はいつものようにハルヒに首根っこを捕まれ、文芸部室、もといSOS団の部室へと連行された。
部室には、すでに他の団員が揃っていた。
無口な読書少女、長門有希はいつものように分厚いハードカバーを広げている。彼女が読んでいる本の内容は、俺には到底理解できない。
上級生の癒し系マスコット、朝比奈みくるさんは、俺たちのために淹れてくれたお茶を、少しおどおどしながらテーブルに並べていた。その仕草一つ一つが、保護欲をかき立てる。
そして、常に胡散臭い笑みを浮かべている謎の転校生、古泉一樹は、優雅にティーカップを傾けていた。
「それで、団長。本日の活動は何でしょう?」
古泉が、まるで執事のように尋ねる。ハルヒは仁王立ちで腕を組み、俺たち一人一人の顔をじろりと見回した。その瞳には、危険な光が宿っている。
「いい? あんたたち。私たちは今まで、宇宙人や未来人や超能力者を探してきたわ。でも、何かを見つけるだけじゃ、もう足りないの」
「と、言いますと?」
朝比奈さんが、小さな声で問いかける。
「創造よ!」
ハルヒは指を天に突き刺す勢いで叫んだ。
「ないなら、創ればいいじゃない! 新しい不思議を! 新しいミステリーを! 新しい快感を!」
最後の単語に、俺は嫌な予感を覚えた。朝比奈さんはぽかんとし、古泉は「それはまた、興味深い哲学的命題ですね」と面白がっている。長門だけは、本のページをめくる音を立てただけだった。
「キョン!」
「はい!?」
突然名を呼ばれ、俺の背筋は凍った。ハルヒは、肉食獣が獲物を見つけたかのような笑みを浮かべて、俺に詰め寄ってきた。
「あんた、協力しなさい」
「……具体的に、何をだ?」
「新しい快感の、観測と実践よ」
「意味が分からん」
ハルヒはふんと鼻を鳴らすと、どこからか取り出したゴシップ雑誌をテーブルに叩きつけた。開かれたページには、「知られざる官能の世界! 究極の性感帯はここだ!」といった、いかにも下世話な見出しが躍っている。
「この記事によるとね、人間にはまだ未開拓の性感帯が無数に存在するらしいのよ。その中でも特に、臀部……つまり、お尻には、脳を直接揺さぶるほどの神経が集中しているんだって!」
「……はあ」
「『はあ』じゃないわよ! これは大発見よ! SOS団がこの真偽を確かめずして、どうするっていうの!」
朝比奈さんの顔が、みるみるうちに林檎のように赤くなっていく。「す、涼宮さん、そういうのは……その……」と言葉を濁している。古泉は相変わらず面白そうに、「なるほど。涼宮さんの探究心は、ついに人体の神秘そのものへと向かわれたわけですか」と感心している。
俺は、この場の空気をどうにか正常な方向へ戻そうと試みた。
「おいハルヒ、いくらなんでも下品すぎるだろう。そんな活動、団の名折れだぞ」
「下品ですって? これは科学的探究よ、キョン。未知への挑戦なの。あんたのその貧弱な想像力で、私の壮大な計画を汚さないでほしいわね」
「誰が貧弱だ!」
「じゃあ、やるのね?」
「やらん!」
俺が断固として拒否すると、ハルヒはにやりと笑った。その笑みが、俺の運命を決定づけた。
「……古泉くん」
「はい、団長」
「キョンが動けるように、手伝って」
「お安い御用です」
古泉は優雅に立ち上がると、俺の背後に回った。次の瞬間、俺は両腕を背中に回され、身動きが取れなくなった。古泉の力は、見た目に反して異常に強い。
「古泉! てめえ!」
「やれやれ。これも世界の安寧のためですよ、キョンくん。涼宮さんが不機嫌になられると、閉鎖空間が発生しかねませんからね。ここは一つ、ご協力いただいた方が、あなたにとっても、我々にとっても、ひいては全人類にとっても有益かと」
「ふざけるな!」
俺が抵抗するも虚しく、椅子に深く座らされたまま固定されてしまう。朝比奈さんは「きょ、キョンくんが可哀想ですぅ……!」と涙目だ。長門は、ちらりとこちらに視線を向けたが、またすぐに本の世界へ戻ってしまった。興味、なし、ということか。
「よしよし。じゃ、早速始めましょうか」
ハルヒは楽しそうに手を叩くと、俺の前に回り込み、スカートの裾を少し気にしながら、俺の膝の上に、ごく自然に、腰を下ろした。
……は?
「な……」
「何よ、その顔。実験台なんだから、これくらい当然でしょ?」
ハルヒは俺の膝に跨るような形で、しかしこちらに背を向けて座った。つまり、彼女の背中と、そして形の良い尻が、俺の目の前にあるという構図だ。
制服のスカート越しでも分かる、柔らかさと弾力。髪をかき上げたときに見える、白いうなじ。シャンプーの甘酸っぱい香りが、俺の鼻腔をくすぐる。
心臓が、馬鹿みたいに跳ね始めた。
「いい? まずは準備運動からよ」
ハルヒはそう言うと、俺の両手を掴み、自分の腰のあたりに持ってきた。
「ちょ、ま、待てハルヒ!」
「うるさい。いいから、私の言う通りに動かしなさい」
俺の手は、半ば強制的に、彼女のスカートの上から、その尻に触れさせられた。
柔らかい。
そして、温かい。
女子の身体の、生々しい感触。俺は混乱と羞恥で頭が真っ白になりそうだった。
「みくるちゃん!」
「は、はいぃ!」
「あんたはそっちで、ちゃんと記録しといて! データを取らなきゃ意味ないんだから!」
ハルヒは、顔を真っ赤にして俯いている朝比奈さんに指示を飛ばす。朝比奈さんは震える手でノートとペンを持つと、「ど、どんなことを記録すれば……?」と尋ねた。
「被験者……つまりキョンの表情、動き、反応、その全てよ! 有希は、何か異常現象が起きたらすぐ報告!」
「了解」と長門。
壮大な実験が、俺の意思とは無関係に始まろうとしていた。
「じゃ、キョン。まずは、軽く揉んでみなさい」
「……できるか、そんなこと!」
「いいからやりなさい! これは命令よ!」
ハルヒの声が、有無を言わさぬ力を持つ。古泉の拘束は解かれていたが、もはや俺には逃げるという選択肢はなかった。ハルヒの瞳が、背中越しに俺を射抜いているような気がした。
やれやれ。どうしてこうなった。
俺は観念して、恐る恐る、その柔らかい丘に置かれた自分の指先に、ほんの少しだけ力を込めた。
スカートの生地を通して、むにゅり、と肉が沈む。信じられないほど柔らかく、きめ細かい感触。
「……っ」
ハルヒの肩が、小さく震えた。
「……もっと、強く」
吐息交じりの声だった。いつもの勝ち気な声とは違う、少し掠れた、甘い声。
俺はゴクリと唾を飲み込み、言われるがままに、少しだけ力を強めた。指の腹で、ゆっくりと円を描くように撫でてみる。
「ん……」
ハルヒの口から、小さな呻きが漏れた。それは間違いなく、俺の理性を揺さぶる音だった。
「……どうだ、ハルヒ。何か、感じるのか?」
俺は平静を装って尋ねた。
「……わかんない。でも……なんか、変な感じ……」
彼女の身体が、小刻みに震えている。俺の手の動きに合わせて、腰が微かに揺れる。その動きが、俺の股間にダイレクトに響いてくる。まずい。非常にまずい。
「心拍数が上昇しています」
古泉が、どこで測定したのか、冷静に報告する。
「被験者、皮膚に発赤を確認。体温も上昇傾向にあると推測されます」
朝比奈さんが、涙目でノートに何かを書きつけている。
「キョン……あんた、才能あるんじゃないの……?」
ハルヒが、振り返りもせずに呟いた。
「何の才能だよ……」
「いいから……続けて……」
声が、どんどん甘くなっていく。命令口調だったはずが、いつの間にか懇願するような響きを帯びていた。
俺はもう、半分ヤケクソだった。どうにでもなれ、と。
手の動きを、少し大胆にしてみる。揉むだけではなく、指先で軽く叩いたり、下から持ち上げるようにすくい上げたり。そのたびに、ハルヒは「ひゃっ」「んぅ……」と、普段の彼女からは想像もつかないような声を漏らす。
スカートの生地が、もどかしい。もっと直接、その肌に触れてみたい。そんな欲望が、俺の頭をもたげてくる。
「……ねえ、キョン」
ハルヒが、ぽつりと言った。
「……なんだ」
「これ……すごい、かも……」
「……そうか」
「頭の芯が……なんか、じんじんする……。身体の力が……抜けていくみたい……」
彼女はそう言うと、ぐったりと俺の胸に背中を預けてきた。体重の全てが、俺にかかる。シャンプーの香りが一層濃くなった。
俺の膝の上で、ハルヒの腰が、くねり、と動いた。それはもう、無意識の反応なのだろう。俺のものを、スカート越しに探し当てるように、尻をすりつけてくる。
「……っ!」
俺は声を抑えるのに必死だった。下半身は、とっくに限界を迎えようとしている。
「ハルヒ……もう、やめにしないか……?」
「やだ……もっと……」
完全に理性が飛んでいる。琥珀色の瞳は潤み、頬は上気し、浅い呼吸を繰り返している。これは、俺の知っている涼宮ハルヒじゃない。だが、これもまた、涼宮ハルヒなのだ。
俺は、彼女の腰を掴んでいた手を、そっと動かした。指先が、スカートの裾に触れる。
「……いいのか?」
俺は、ほとんど囁くように尋ねた。
ハルヒは、こくり、と頷いた。
それが、合図だった。
俺は、ゆっくりと、スカートの裾をめくり上げた。現れたのは、白い下着に包まれた、完璧な曲線。想像していたよりもずっと扇情的で、神々しささえ感じさせる光景だった。
朝比奈さんの「ひゃあ!」という悲鳴が聞こえた気がしたが、もうどうでもよかった。
俺の指が、薄い布越しに、彼女の肌に直接触れる。
「……あぅっ!」
ハルヒは、猫のような声を上げた。さっきまでの感触とは比べ物にならない。熱く、滑らかな肌の感触が、俺の指先から脳天まで突き抜ける。
俺は、布の上から、その割れ目に沿って、ゆっくりと指を滑らせた。
「ん……ぁ……だめ……そこ……っ」
ハルヒは身を捩るが、俺の膝から逃れることはできない。むしろ、その抵抗が、より深く俺の指を感じさせている。
彼女の腰が、びくびくと痙攣を始めた。
俺の名を、喘ぎながら呼ぶ。
「もっと……強く……! あんたの手で……私を、どうにかして……!」
それは、懇願であり、命令だった。
俺は、彼女の尻を両手で包み込むように掴むと、親指で、割れ目の終点にある突起を、ぐり、と押し込んだ。
「んんんっ……!!」
ハルヒは声にならない声を上げ、腰を高く浮かせた。まるで俺の目の前に自分の性器を差し出すような動きだった。
「気持ち、いいのか……?」
「……わかんない……でも、止めたら、殺す……!」
支離滅裂だ。だが、それが彼女の正直な気持ちなのだろう。
俺は、親指の腹で、何度も、何度も、その一点を優しく、しかし執拗にこすり続けた。彼女の身体が、弓なりにしなっていくのが分かる。熱い吐息が、俺の首筋にかかる。
「あ……あ……もう、だめ……くる……!」
ハルヒの身体が、大きく震えた。その瞬間、俺の膝の上で、何かがきゅっと収縮するのが分かった。
「んくぅっ……!」
短い悲鳴と共に、ハルヒの身体から力が抜けた。ぐったりと、完全に俺に身を委ねてくる。荒い呼吸だけが、部室の奇妙な静寂の中に響いていた。
「……」
「……」
しばらく、誰も何も言えなかった。
俺は、ゆっくりと彼女のスカートを元に戻し、手を離した。自分の手が、微かに震えている。
ハルヒは、俺の膝の上で顔を伏せたまま、動かない。
「……観測終了」
静寂を破ったのは、長門の声だった。
「極度の性的興奮により、一時的な機能停止状態に陥ったと推定。外部からの異常なエネルギー放出は、観測されず」
「……つまり、閉鎖空間の心配はなさそうですね」
古泉が、ほっとしたように言う。みくるさんは、まだ顔を覆ったまま震えていた。
やがて、ハルヒがゆっくりと顔を上げた。その顔は、熟れた果実のように真っ赤だった。潤んだ瞳で、俺をじっと見つめている。
「……キョン」
「……なんだ」
「……あんたの、せいだからね」
「理不尽な」
「うるさい!」
ハルヒはそう叫ぶと、勢いよく俺の膝から立ち上がり、自分の席に戻って突っ伏してしまった。耳まで真っ赤になっているのが、俺の席からでもはっきりと見えた。
やれやれ。
とんでもない放課後だった。俺は、まだ熱を持っている自分の下半身と、じんじんと痺れる指先を感じながら、深い深いため息をついた。
窓の外は、すっかり茜色に染まっている。
「……キョンくん」
朝比奈さんが、おずおずと声をかけてきた。
「お、お疲れ様でした……? あの、これ……」
差し出されたのは、新しいお茶と、朝比奈さんが書き留めていたノートだった。そこには、震える文字で、俺とハルヒのやり取りの一部始終が、妙に生々しく記録されていた。
……勘弁してくれ。
俺がそのノートを見て頭を抱えていると、古泉がにこやかに近づいてきた。
「いやはや、お見事でしたよ。あなたの手にかかれば、あの涼宮さんですら、ご覧の通りだ。ある意味、あなたは世界を救ったのかもしれませんね」
「二度とごめんだ」
俺はそう吐き捨てて、ぬるくなったお茶を一口飲んだ。
ちらりとハルヒの方を見ると、まだ机に突っ伏している。だが、その肩は、小刻みに震えているようにも見えた。
今日のこの出来事は、SOS団の極秘ファイルとして、みくるさんのノートと共に封印されることになるのだろう。
だが、俺は知っている。
涼宮ハルヒという女は、一度面白いと認識したことを、そう簡単には手放さない。
今日の「実験」は、きっと、これが最後ではない。
やれやれ。俺の平穏な日常は、一体どこへ行ってしまったのやら。
だが、まあ、心のどこかで、今日のハルヒのあの姿を、もう一度見てみたいと思ってしまっている自分もいるのだから、俺も大概、毒されているということなのだろう。
俺は、もう一度、深い深いため息をついた。その溜め息は、夕焼けの空に溶けて消えていった。