ワンダラーズ・イン・アナザー・ワールド ~男子は僕ひとりだけがクラスの女子といっしょに異世界へ送られたけど、僕が抱くことで彼女たちは強くなります。~ 作:イジー・ムラシロ
オオカミから逃れるために全員がどれだけ走ったのか。
草原から立ち昇る黒い煙が
それでも誰も立ち止まることもなくいつまでもずっと歩き続ける。
だが遠くの煙も全く見えなくなって初めて、ルカの背中から降りていたアユミがアイに声をかけた。
アユミ「…アイ…一度止まって……ソラにまた『ヒーラー』をしてあげたいの…」
アイはアユミの言葉に立ち止まると背中のソラに
アイ「ソラ…まだ腕、痛む?…」
ソラが黙ってうなずくと、アイはソラを降ろして座らせ、自分で彼女の身体を支える。
アイがソラを降ろしたのを見て、みんなその場に座り込む。全員が闘いの緊張と疲労、仲間の怪我の不安でくたくたになっていた。
アユミがソラの腕に『ヒーラー』をかける。
アユミ「痛み、まだだいぶ
ソラは黙ってかぶりを振ると小声で答える。
ソラ「…アリガトウ…アユミやモアのおかげで…痛み…かなり収まってきたよ…」
ソラの弱々しい様子を見て、アイが泣き出した。
アイ「ソラ、ゴメンね…私がちゃんとしてたら…こんなことにならなかったのに……ゴメン…ごめんなさい……」
ソラ「……アイ……」
アユミ「…アイ…」
アカリがアイのそばにやって来て、泣いているその背中をさする。
アカリ「アイだけの責任じゃないよ…私だって、もっとちゃんとできたはずだよ…」
ツグミ「…私も…もっとソラちゃんのそばにいたら…」
ナオ「…誰かとかのせいじゃないよ…みんな、うまくやれなかったから…」
ソラが横になろうとするのでアユミが
アイ「…私が…私が…逃げようって…言えばよかったのに…」
アイの言葉に全員が黙ってしまう。
ナオ「…確かに…誰も…逃げようって…言わなかったね…」
ルカ「…どうしてだったんだろう…」
アカリ「…あんな時って…やっぱ…逃げないと…ダメだった…」
ナオが泣いているアイの頭を
ナオ「でも…アイだけの責任じゃないよ…」
アイ「ううん…私が…逃げようって…言わなかったから…」
重苦しい空気が辺りに
アカリ「…だんだん曇ってきたね…」
アユミ「ツグミ、明日雨って言ってなかった…」
ツグミ「確かに『天気』にそんなのが出てた…」
タクミ「ソラさんもいるし、テントを張らなきゃ…」
アカリ「じゃあ急ごう…雨になったらいけない…」
ナオ「アユミ、そのままで大丈夫?…」
アユミ「大丈夫…」
アカリ「じゃあソラのこと、お願いね…」
アカリがうつむいているアイの肩を叩くと、アイは黙って立ち上がった。
他のみんなも立ち上がると、ソラとアユミを置いて全員でテントを張りだす。
空はその間もどんどん雲を増やしていき、次第に暗くなってきた。それでも疲労と雨への
アカリ「こっちのペグ、打ち終わったよ…そっちは?」
ルカ「あとちょっとだけ…」
タクミ「雨になるからペグの上に大きめの石を乗っけといて…」
モア「なんで?」
タクミ「雨で地面が
ナオ「それはマズイよ…」
アイ「わかった…大きめの石ね…」
やっとテントを建て終わり、アイとアカリがソラを
ナオ「私たちもテントに入ろう…」
アユミ「急いで、急いで…」
全員がテントに落ち着いたころには、雨はすっかり本降りに変わっていた。テントに打ちつける雨音が雨粒の大きさを伝えている。
アカリ「結構な雨だね…」
ツグミ「この雨って、さっき闘ったとこでも降ってるかな…」
アユミ「どうして?」
ツグミ「あの時って、火の勢いが結構すごかったでしょ…でも、そのまま逃げてきたから…火事になってないかな、って…」
奥で横になっているソラの様子を見ていたナオとモアがみんなのところへ戻ってくる。
ツグミの話が聞こえていたのだろう、ナオは不安そうな表情のツグミの背中を撫でる。
ナオ「この雨なら、火も消えちゃうんじゃないかな…」
ツグミ「それならいいんだけど…」
アイ「そんなこと…考える間もなかったからね…」
ルカ「必死だったよ…みんな…」
アユミ「ソラの様子はどう?まだ痛がってる?…」
ナオ「モアがまた『ヒーラー』と『ケアラ』をしてくれて、だいぶ痛みも収まってきてるみたい…」
モア「ちょっと寝てるって…」
アイ「よかった…」
ソラが大丈夫な様子だと聞いてみんなが胸をなでおろした。だが、誰もそれ以上何も言わない。
誰もが黙りこくっていると、ルカが顔を上げる。
ルカ「ねぇ、何か食べない?朝、出発する前に食事してから、何も食べてないよ…」
アイ「そう言えば…」
モア「何か…甘いものが食べたい…」
ルカとナオがパンと飲み物を出して、それぞれがパンにオレンジジュースを飲んだり、ミルクティーを作ったりして遅い昼食を口にした。
食事、特に甘いものを口にしたおかげで少しずつ緊張が解けてきて、言葉も出るようになってくる。
アカリ「大変だったね…改めて…」
アイ「…正直に言って、危なかった…」
ナオ「闘うのって、難しいね…」
ツグミ「…魔法が使えても…どうすればいいのか…よく分からないの…」
モア「ツグミはすごかったよ…」
アカリ「そうだよ…最後にツグミが言って、あんなすごい魔法がなかったら…」
ツグミ「そんなことないよ…無我夢中だったから…」
みんながツグミの活躍を
アイ「タクミの言う通りだった…私が無理に前に行き過ぎて…」
ナオ「仕方ないよ…ほとんど初めての闘いだったんだから…」
アイ「…でも、それはソラが…無事だったから言えることだから…」
アカリが黙って食事をしているタクミに言う。
アカリ「タクミ、よくあの時身体が動いて剣が振えたよね…」
タクミ「ああ…どうしてだろう…オレも無我夢中だったから…」
ナオ「でも、タクミがオオカミを殺さなかったら、ソラはもっと大変なことになってたかも…」
アユミ「ホントにそうだよ…」
タクミ「いや~、オレなんかそれだけだから…」
アカリ「ううん…みんなに声をかけたのもタクミだから…」
アイ「私が言うのも変だけど…ありがとう…」
アイがいつになく真面目に礼を言ったので、タクミは何と言えばいいのか分からず黙ってパンを口に運んだ。
アカリ「…これからはともかく…危険な相手だと分かったら、一目散に逃げるのがいいみたい…」
ツグミ「でも、私たちの能力って、闘うためのものでしょ…結局使わないの?…」
アカリ「それは…」
ナオ「やっぱり出来るだけ早くこの世界の人に会うしかないね…それで、どうやって闘うのか…それを学ばないと…」
アイ「あとは、普段からそれぞれが自分の能力に合わせて訓練するようにしないとダメね…」
アカリ「まあ、それぞれがレベルアップするのは最低限、必要だけど…」
ナオ「それでまた、無理はしないよね?…」
アイ「もちろん…無理はしない…絶対に…」
アイは自分自身に言い聞かせるように言った。
ナオ「とにかく、しばらくはゴブリンみたいな弱い
アカリ「弱いのを相手に経験を積んでいく、か…」
ツグミ「でも、本当にどこかでどうやって闘うのかは教えてもらいたいね…」
ルカ「と言っても、襲われたら闘わないといけないし…」
アユミ「…大変な世界に来ちゃった…」
いつの間にかアイとモアが横になって寝息を立てている。その様子を見たアカリは毛布を取り出し2人にかける。
タクミ「しばらくここにいることになりそうかな…」
ナオ「雨だし、ソラのこともあるから…」
ツグミ「オオカミがまた来ないかな…」
アカリ「雨だととにかくここで闘わないといけなくなるね…」
またオオカミと闘うことを想像したのか、全員が口を
ナオ「…とりあえず今晩ぐらいは大丈夫だと思う…」
ツグミ「さっきテントに入る前に防御魔法の『ウォール』をテントにかけておいたから…」
タクミ「その『ウォール』っていう魔法があると、オオカミが襲ってきても大丈夫なの?…」
ナオ「まあ、今の私たちのレベルだと絶対に大丈夫とまでは言えないだろうけど…それでも見つかってすぐにやられるようなことはないんじゃないかな…」
ナオが話をするみんなの不安を打ち消すように言うのを聞いて、アユミもうなずいた。
アユミ「とにかく…しばらくは雨でもツグミにその魔法をかけてもらわないとダメみたい…」
ツグミ「大丈夫…私、普段何の役にも立ってないから…」
アカリ「それは言いっこなしだよ…私も普段は何もできないから…」
アユミ「なんで?ツグミもアカリも洗濯してくれたり、焚き木集めてくれたり、いろいろしてくれてるよー…」
ナオ「だからお互いにそう言うことは言わないでおこう…」
アカリ「…そうだね…それぞれ出来ることをしてるんだもんね…」
ナオも毛布を出して横になった。
ナオ「まあ、とにかく今は休もうよ…」
アカリもゴロリと横になると、アユミが彼女に毛布を渡す。
アカリ「ありがとう…ホント、疲れた…」
いつの間にか、全員がテントの中で横になっている。雨がテントに打ちつける音が一層大きくなってきた。
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