許嫁になったダウナーギャルが毎週ヤられにくる話 作:月見ハク
週が明けて月曜日、俺はすっかり日課となった散歩を楽しんでいた。
二日前、美玖が一泊した日の朝を思い出す。
——おいしいです。
大事そうにオムライスを一口ずつ口に運ぶ姿に見惚れていると、彼女がぽつりとつぶやいた。
いつもはギャルっぽい口調の美玖だが、こういうときにはいつも丁寧な言葉遣いになる。そんな彼女に心をつかまれる。
もしかしたら美玖は年上キラー……いやおっさんキラーかもしれない。
なんとなく彼女がバイトをしているカフェに足が向いてしまう。
時刻は午後3時。
まだ彼女のバイト時間ではないし、アイスティーを一杯飲んで帰るくらいは許されるだろう。
そう思って歩いていると、スマホがピコンと光った。
「あっ……!」
それは一昨日、迷子猫の情報を新たに投稿したサイトからの通知メールだった。
俺は急いで美玖にメッセージを送る。
『美玖さん、飼い主だって人からメールきたよ!』
送信してから10秒もしないうちに彼女から返信がきた。
『ガチすか』
続けてすぐに二通目のメッセージが届く。
『本当ですか?』
いちいち丁寧な言葉に書き直さなくていいのにと苦笑しながら、やり取りを続ける。
『ガチです』
『すぐ飼い主さんに返したほうがいいっすよね』
『だね、心配しているだろうし』
『詳細おしえてほしいす』
『飼い主さんからの文面おくるよ』
『今どこすか?』
(え……)
目の前にはもう、ガラス張りのカフェがあった。
『あの猫の喫茶店。散歩中でたまたま』
『もーすぐ授業終わるんでいきます』
授業中だったのか。
でも参った。今日は金曜日ではない。会ってしまってもいいのだろうか。
(いや、これは一応緊急事態だし、詳細情報を伝えるだけだから)
そう自分に言い聞かせ、俺はいまだに慣れない店内へと入った。
二人席で30分くらい待っていると、ふと誰かが近づいてくる気配がした。
美玖かと思って振り返る。だがそこにいたのは、あの店員のイケメンくんだった。
「こんちわっす」
マッシュルームカットの青年が、俺を見下ろしながら軽く頭を下げる。
「あ、えっと、こんにちは。ゆーたくん、だっけ?」
「なんで俺の……ミクから聞いたんすか」
しまった。つい彼の名前を呼んでしまった。
不機嫌そうに眉をひそめるイケメンくんにビビりながら、俺は愛想笑いを浮かべてみる。
「あの、座る?」
一瞬迷ったようだったが、彼は仕方なくといった感じで正面の席に座った。顔見知りだろう店員さんがやってきて、軽く話をしながらブラックコーヒーを頼んでいる。渋いチョイスだな。
「おっさん、アイツとどういう関係?」
直球の質問にアイスティーが喉を逆流しそうになる。
「か、関係っていうのは」
「なんでミク、あんたと一緒にお茶してたんすか。親戚ってわけでもないっすよね、雰囲気的に」
親戚。
本家と分家の間柄なので、遠い親戚といえば親戚だ。血縁的にはめちゃくちゃ遠いが。
だが彼はそんなことを知りたいわけではないのだろう。俺と美玖のただならぬ関係を察し、それが気になっているのだ。
「えっと、ゆーたくんは美玖さん……佐原さんの元カレなんだよね?」
「それ関係ある?」
あからさまにぶすっとした表情になる。イケメンはそんな顔をしてもドラマの一場面みたいなんだなと感心しつつ、無駄に刺激してしまったことを後悔する。年頃の男子と話すのは難しい。
(まあ、仮に同い年だったとしても、俺みたいな陰キャはうまく話せなかったんだろうけど……)
住む世界の違いに肩を落としていると、正面からチッと舌打ちが聞こえてきた。
「ああごめん、ちょっと考え事しちゃっててっ……それで、俺と佐原さんの関係だっけ」
「いちいちアイツの名字言わなくていいよ。名前で呼んでんだろ」
そんなにケンカ腰にならないでほしい。変な汗をかいてしまう。
だがなんとなく、彼は素直な性格なのだなと思った。どこか憎めないというか、少なくとも悪い子ではない。普段はもっと優しそうだし、美玖にはお似合いの彼氏に見える。
……俺もできるだけ真摯に応えよう。
「美玖さんとは、家の事情でちょくちょく会ってるんだ」
「事情ってなんすか」
「それは……あー、美玖さんのデリケートな事情とも絡むから、俺の口からは言えないんだけど」
「……付き合ってんの?」
「付き合ってる、とかではない……と思う」
「んだよそれ」
ちょうどブラックコーヒーが運ばれてきたので、会話が一時中断する。彼はカップに口を付けると片方の頬を不愉快そうに歪ませた。
普段はブラックコーヒーを飲まないのだろうか。
「えっと、ゆーたくんはどうして美玖さんと別れたの?」
「はぁ? それあんたに言う必要ある?」
「あーごめん、ないよねっ。いやちょっと気になっただけで」
「……ミクから、なんか聞いたんすか?」
「いやなにもっ、ただちょっと前に別れたって聞いただけで」
「アイツ……俺のことなんか言ってました?」
いやなにも、と言いかけて止まる。
別れたのは俺と許嫁になる前だと言っていた。だから少なくとも原因は俺ではない。
あとは……おそらくゆーたくんに反応が薄いって言われたことと、彼とのセックスではイったことがないということ。
さすがにこれを伝えたら目の前の彼にぶん殴られそうな気がする。
「うん、やっぱりなにも聞いてないかな……」
「はぁ、そーっすか」
「えっと、ゆーたくんはさ、そのっ……美玖さんと、よりを戻したかったりするのかな」
「……そうだって言ったら、なんだっていうんすか」
「いや、別に……」
言葉が続かなくて黙ってしまう。するとイケメンくんが愚痴るようにつぶやいた。
「アイツ、一度こうって決めたら人の話きかないっつーか、頑固なとこあるから」
「ああ、そう……」
言葉の雰囲気的に、美玖のほうから別れ話を切り出したんだろうなと察する。
(頑固、か)
果たしてそうだろうか。確かに芯の強さは感じるが、俺にはもっと
「おっさんさ」
「ん?」
「……アイツとヤったの?」
「えっ……」
またも直球すぎる質問に固まってしまう。ヤったのかと聞かれたら、それはもうヤりまくって何度も中出ししている。だがそれを馬鹿正直に伝えたらいよいよ殺されそうだ。
どう答えればいいか悩んでいると、ふわりと甘い匂いがした。
「どうしてゆーたがここにいるの?」
「ミク……!」
驚いて顔を上げたイケメンくんのそばに、制服姿の美玖が立っていた。彼女は急いで来たのだろう、わずかに汗をかいている。
「ゆーた、今日はバイトないって言ってたよね」
「俺はシフト出しにきたんだよ。お前こそ今日はバイト休むって言ってたじゃん」
「私は、この人に用事があって。……てか、なんでゆーたがそこ座ってんの?」
「ミクこそ、このおっさんに用ってなんだよ」
「……ゆーたに関係ある?」
一気に険悪な空気が流れる。美玖も無表情ながらむっとしているのが伝わってきた。
俺は慌ててフォローに入る。
「あー今日はさ、美玖さんの拾った猫のことでちょっと相談があったんだよ」
「ああ、あの野良猫か」
「野良じゃないし。飼い主見つかったから」
「へ~よかったじゃん。ミクずーっと気にしてたもんな」
なんとなく、この猫の件が別れる原因になったのではないかと感じた。もちろんそれだけが理由ではないと思うが。
無言でたたずんでいた美玖が、俺の空になったグラスをちらりと見る。
「……おじさん、外で話そ」
「あ、うん」
俺が立ち上がると、イケメンくんが慌てて引き止める。
「ごめんて、相談乗ってやれなくて悪かったよ」
「別に、気にしてないから」
すると彼も立ち上がり、美玖に一歩近づく。
「気にしろよ、てかそんなんだから何考えてんのかわかんねーとか言われんだぞ」
「……」
美玖が少しだけ悲しそうに、目を伏せる。
俺は咄嗟に彼と彼女のあいだをさえぎるように手を差し出した。
「ここじゃお店に迷惑かかるし、出ようか美玖さん」
するとイケメンくんが今度は俺に怒りの矛先を変える。
「おっさんまだ俺の質問に答えてないだろ、あんたコイツのなんなんだよ」
「それは……」
言いよどんでいると、美玖が顔を上げてイケメンくんをすっと見据えた。
「この人……私の許嫁だから」
「は? イイナズ……えっ?」
それだけを言うと、美玖が出口へと歩き出す。
イケメンくんは唖然とした顔で彼女の後ろ姿を凝視している。俺はそんな彼に申し訳なく思いつつも、美玖を追って店を出た。
「……美玖さん、よかったの? その……許嫁のこと言っちゃって」
カフェから少し離れた場所で、彼女に聞いてみる。
「べつに……隠すようなことでもないし」
「そ、そっか」
いや、どちらかというと隠したほうがいいことではないだろうか。
許嫁という浮世離れした関係もそうだし、年が近ければまだしも、三十路過ぎのおっさんと学生では世間的にすごく異質に見られるはずだ。
だが一方で、彼女が堂々と言ってくれて喜んでいる自分もいた。
俺も彼女の許嫁として、恥ずかしくない男でありたいと思う。
「おじさん」
「あ、はいっ」
「飼い主さんの情報、もらえる?」
「うん、ちょっと待ってね。飼い主さんからの文面はもうそっちに送ってあるよ。詳しい住所と連絡先は——」
俺のスマホを覗き込みながら、美玖が熱心に自分のスマホにメモをする。こういう表情を、ゆーたくんは見たことがあるのだろうか。
(見ていなければいい)
そう思ってしまう自分に呆れる。
「ん……うちからそんなに遠くない。私……届けてくる」
「ならタクシーで行こうか。一応、ペット可のタクシー会社は探してあるし」
「うん、そうする」
「ならさっそく美玖さんの家に行こう」
「いえ、おじさんは帰ってもらっていいっす」
「え、いやいや俺も行くよ。一人だと大変でしょいろいろ」
「おじさん、多分だけど仕事あるっすよね?」
「うっ……」
図星を突かれて言葉が続かなくなる。確かに午後はかなり大事なミーティングやら今日中に仕上げないといけない仕事があった。
「……じゃあせめて、タクシー代は出すよ。行ったり来たりでけっこうお金掛かるだろうし」
お金の面でしか彼女の力になれない自分を情けないと思いつつ、彼女の家計を考えればこれくらいは負担の肩代わりをしてあげたい。
だが美玖はまっすぐ俺を見つめて言った。
「それも、いいです。私もバイトで少しは稼いでるんで」
「いやでも」
「大丈夫です。……これは、私の仕事なんで」
一歩も引かないという雰囲気で、彼女がなおも見つめてくる。
——頑固なとこあるから。
一瞬ゆーたくんの言葉が頭をよぎる。
だが俺は、そんな美玖に胸が熱くなっていた。ドクドクと心臓が高鳴り、愛おしさのような感情が湧き上がってくる。
(ああ俺、この子のこと本気で——)
「分かった。でもなんかあったらすぐに連絡して、すぐにすっ飛んで行くから!」
「……うん……了解っす」
美玖がこちらに距離を詰め、俺の胸元に顔を寄せた。すんすんと匂いを嗅ぎ、ふっと表情を綻ばせる。
「じゃあ、私の家、あっちなんで」
「う、うん、じゃあ」
「また……金曜日」
「ああ、金曜日に」
去り際、彼女は手をグーパーする仕草を見せた。以前、女友達にしていた独特な別れの挨拶だ。
正面からだと、なんだか猫の手ぶりを彷彿とさせる。猫に似ていると言ったら美玖は喜ぶだろうか。
そんなことを思いながら、俺は彼女の後ろ姿が小さくなるまで見送った。
◇
『届けたっす』
家でパソコンに向かっていると、美玖からのメールが届いた。
続いて送られてきた画像には、猫を大事そうに抱える年配の女性と、その隣でちょっとだけ寂しそうな無表情の美玖が写っていた。
俺は速攻で保存してから返信を打つ。
『よかったね!』
『はい』
『猫いなくなって寂しかったりする?』
すると彼女からの返信が止まる。デリカシーのない質問だったかと後悔していると、1分後くらいにメッセージが届いた。
『あの子もそっちのほうが幸せなんで』
『そっか』
『はい』
『うちの実家の猫の写真、いる?』
『とってあるんすね』
『寂しくなったときにたまに見たりするから』
『タマちゃんの画像、ほしいっす』
俺はあらかじめブックマークしておいた、タマの一番見映えのいい写真を送ってみた。
『かわいい』
『そうかな』
『でもちょっとおじさんに似てる』
『美玖さんのほうこそ猫に似てるよ』
『それはないっす』
即否定のメッセージを送ってきた美玖にぷっと吹き出しそうになる。
彼女に催促されてもう10枚ほど写真を送ったところで、やり取りが終わった。
「ふぅ……」
ワークチェアに寄りかかり、ため息をつく。
美玖と、もっと近づきたい。
できれば許嫁なんてものを飛び越えて、それ以上の関係を築きたい。
彼女を自分のものにしたい。
「どうすりゃいいんだろ」
次々湧いてくる熱情に促され、頭が高速回転し始める。
美玖と会えるのは週に一度きりだ。そのわずかな時間の中で、彼女をこちらに振り向かせたい。
イケメンくんが持っていなくて、俺だけにあるもの——。
ふと、この前のセックスで彼女が騎乗位でまたがってきたときのことを思い出す。
(そういえばどうして美玖さんは、あんなふうに自分から求めてきたんだ)
別に俺にはすごいテクニックがあるわけでもない。ちょっと前まで素人童貞だったし。
体の相性か? 少なくとも俺のほうは相性が死ぬほどいいと感じてはいるが、彼女のほうがどうなのかは分からない。
これまでの美玖の様子を思い出す。
確か初めてうちに来た日、彼女はかなり汗をかいていた。その次に来た日は雨にも濡れていた。三度目に来たとき、美玖が初めてイったのはシャワーを浴びているときだった。
(ん? まさか……いやまさかな)
俺はある仮説に思いつき、その突拍子のなさに苦笑する。
もしかしたら美玖は、体が濡れると感度が上がってしまう体質なのかも。
(……なんてな)
まるで童貞じみた発想だ。
だけど、検証してみる価値はある。
俺は大人のおもちゃが売っているサイトを検索すると、肌に優しいローションを選び始めた。
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