許嫁になったダウナーギャルが毎週ヤられにくる話 作:月見ハク
始まりは、唐突な実家からの電話だった。
「え、叔母さんなんて? も、もう一度言ってくれる?」
『だから、あなたに許嫁ができたのよ』
飲んでいたコーヒーをぶっと噴き出す。
(……また突拍子もないことを)
俺の実家は、それなりの名家だ。
牧歌的だが保守的な地方の片田舎。そんな閉ざされたコミュニティの中では、名家の跡取りに後継ぎがいないのは大問題らしい。
というわけで三十路を過ぎて恋人もおらず、都会で独り身を謳歌している俺には、心配した叔母からよくこの手の電話が掛かってきていた。
だがそんなことを言われても困る。あまり結婚願望がないというのもあるが、なにより俺はモテないのだ。
地味でぱっとしない見た目。
これといった趣味もなく、外に出るよりは家で自炊をしたり動画を観たりするほうが好きなインドア体質。
性欲だけは人一倍だが、いざ女の子と話すとなると意識しすぎて緊張してしまう。
いい年こいて童貞をこじらせた引きこもり。
はたから見たらそんな感じだろう。だから叔母にいい人を紹介するだのお見合いをしろだの言われても、のらりくらりと断ってきた。俺にはいろんな意味でハードルが高すぎるのだ。
だというのに。
「許嫁って……いつの時代だよ」
『こっちじゃ常識よ~。それに三十前に結婚して子ども作るのがうちのしきたりなんだからね』
呆れてため息が出る。
まるで現代の常識が通用しない。こういう因習っぽい雰囲気がいやで俺は田舎を飛び出したというのに。
『とにかく一度会ってみなさい。お相手はうちの分家筋の子でね、ちょうどあなたのいる街に住んでるのよ。年齢的にもまあ申し分ないし、お相手方も了承してくれてるから』
「……俺のほうは了承してないんだけど」
『両家は合意済みよ。顔合わせの日時と場所も決まってるから、その日は仕事休んでちょうだいね』
「いや勝手に話を進められても」
『諸々はファックスするから、じゃあよろしくね』
忙しない様子の叔母が一方的に電話を切った。
強引な実家への苛立ちで、またもため息が漏れる。
「いまどきファックスって……」
ピピピと機械音が鳴り、ほこりの被った家庭用ファックス機が数年ぶりに稼働する。吐き出した一枚紙を手に取り、俺はもう一度ため息をついた。
簡易な地図に「ココ」とマジックで示されており、その下におそらく相手方だろう名前だけが書きこまれていた。
「えっと……佐原美玖、か。……情報そんだけかよ」
佐原美玖さんの年齢とか写真とか、最低限必要なものが何一つない。
「しかも顔合わせの日、明日じゃん」
もっと情報をよこせと実家に電話しようとして、思いとどまる。
どうせ断るのだ。相手としても、百歩譲って許嫁の件を了承したとして、現れたのがこんな俺では期待外れもいいところだろう。
本当は事前に断りたいのだが、なにせ相手の連絡先すら教えられていない。
非常に嫌だが、直接会って実家の非礼を詫びよう。
俺はテーブルにこぼれたコーヒーを拭き取ると、仕事の取引先に『明日は稼働できません』という旨のメールを送った。
当日は目覚ましが鳴るより早く起きてしまった。
考えてみたらまともに外出するのは数カ月ぶりかもしれない。しかも女性と一対一で会うなんて数年ぶり……いや思い起こせば人生でそんな機会があった記憶がない。
「一応、身だしなみはちゃんとしていくか……」
タンス棚から、俺が持っている服の中で唯一の襟付きジャケットを取り出す。数カ月前に仕事の面接で着て以来、一度も袖を通していない。
体のサイズが変わっていないことに安心しつつ、シャワーを浴び、数日ぶりにひげをそり、丹念に歯磨きをする。特段の下心があるわけではないが最低限のエチケットだ。
「……髪も切ったほうがいいよな」
二カ月に一度近所の床屋で切ってもらっている髪は、前髪が眉上くらいまで伸びていた。
約束の時間は午後4時。場所は家から徒歩30分くらいのところにあるカフェだ。午前に床屋へ行っても十分間に合うだろう。
許嫁の件を断るにしろ、できれば相手にむさい印象を残したくはない。俺は買ってから一度しか使っていない革靴を履くと、外へ出た。
「いや、これは場違いすぎるんじゃ……」
指定されたカフェを眺めながら呆然とする。
ガラス張りの温室のような外観。入口の上には、英語っぽいが何語か分からない文字で書かれた店名が掲げられている。
めちゃくちゃオシャレだ。どう考えても三十路の冴えないおっさんが一人で入れるような空間ではない。現に、客席には若い女子しか座っていない。
(くそ、やっぱり事前に断ればよかった)
しかし時刻はもう約束の10分前。
ここまで来てしまったのだから仕方がない。俺はここで一生分の恥をかこうと決心し、雑誌でしか見たことのないような店の中へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ、一名様ですか?」
「……はい、すいません」
案内に出てきたのはこれまた若い女の子の店員さんだった。
黒いシャツに黒い腰エプロンという制服もハイセンスでオシャレすぎる。
通された二人掛けのテーブルに座り、変な汗をかきながら店内を見渡す。客席は女子高生か、それよりちょっと上くらいの女子でほぼ埋まっていた。
彼女たちがこちらに異物でも見るような視線を送ってきている気がして、店の奥へ顔を逸らす。
そこはカウンターキッチンのようになっていて、店員さんたちが料理を用意していた。
最初に案内してくれた人もそうだったが、店員さんが揃ってルックスがいい。一人だけいる男の店員さんまでイケメンだ。こういう店はやっぱり見た目採用なのだろうか。
いよいよ場違い感に耐えられなくなっていると、不意に声を掛けられた。
「……どうも」
思わず顔を向けると、テーブルの側に学校の制服を着た女の子が立っている。
4月も半ばだというのに紺色の長袖ブレザーに、下はストッキングというやや暑苦しい格好だ。
(うっ、めちゃめちゃ綺麗な顔してるなこの子)
これまでの人生ですれ違ったこともないくらいの美少女だった。
こんな子が俺に挨拶なんてするはずないと思い、別の人に声を掛けたのだろうと慌てて周囲を見回す。だが彼女は俺の顔をじっと見つめ続けていた。
「えっと……俺?」
「乙原真一さん……っすよね」
「え、そうですけど」
いきなり本名を言われ脳が混乱する。だがすぐに、とある可能性に行き当たった。
「もしかして、佐原美玖……さん?」
「そっす」
彼女はそうつぶやくと、俺の正面に座りスマホをテーブルに置いた。
「アイスティーのパッション、アンシャブレンド一つ」
彼女は慣れた様子で謎のフレーズを店員さんに伝えると、ピンク色のスマホをいじり始める。
「あの、ほんとに君が佐原美玖さん?」
「……そうって、言いましたよね?」
「いや、まさか学生さんだとは思ってなくて」
てっきり俺と同じくらいか、年上の女性が来ると思い込んでいた。
こんな若くて可愛い子が俺の許嫁……新手のドッキリか何かだろうか。
「私のこと、知らなかったんすか」
「う、うん……話を聞いたのも昨日のことだし、情報も名前しか教えてもらってなくて」
「そうっすか」
店員さんが持ってきたアイスティーを見つめながら彼女がつぶやく。正確にいえばグラスに描かれた黒猫のイラストを見ていた。
俺はあらためて佐原美玖を眺める。あまり見すぎるとキモがられそうなので、周辺視野でだが。
肩にかかる薄い茶色のセミロングヘア。
髪先はゆるめのパーマが掛かっていて、なんとなく遊んでいそうなギャルといった印象だ。
なのに綺麗な外見のためか、浮世離れしているというかミステリアスな感じが強い。
クールな雰囲気も相まって、学校でもさぞや男子にモテていそうだ。三十路のおっさんがおいそれと話しかけていい次元の子ではないだろう。
だが話しかけなければ話が先に進まない。
「あのさ、佐原さんはどういうふうに聞いてるの? その……俺とのこと」
「下の名前でいいっすよ」
「えっとじゃあ、美玖さん」
「……おじさんの、許嫁っすよね」
「あ、うん……君もそう聞いてたんだ」
「はい、母から聞いてます」
美玖は俺の胸元あたりを見ながら返事をした。
俺と目を合わせたくないというよりは、そこに興味があるという感じだ。……インナーもアイロンがけしておいてよかった。
というか、ちょくちょく混ざる敬語に品の良さを感じる。そのギャップについドキドキしてしまうのは、俺が女慣れしていないせいだろうか。
「……ていうか、お父さんのほうはなんて言ってるの?」
「うち、母子家庭なんで」
「あ、そうなんだ」
無闇に踏み込んではいけない話だ。俺はそれ以上を聞かず、一番気になっていることに話題を移した。
「それで、具体的にはなんて聞いてるの?」
「子作りするって感じですかね」
「こっ……え!?」
思わず変な声を上げてしまった。周囲から訝しむような視線を浴び、慌てて声量を落とす。
「子作りって、言った?」
「うち、家計厳しんすけど」
「え」
「本家の跡取り……おじさんとの間に後継ぎができれば、家計のほうは解決するらしいんで」
「えぇ……」
(いやそれ、それって、生活のために娘が体を差し出すって話じゃ)
確かに俺の実家に入るのだから生活的な問題は解消するだろう。そういう打算的な婚姻というのも、まあない話ではない。すごく時代錯誤ではあるが。
でも。
「美玖さんは、それでいいの?」
「別に……家と家の問題ですし」
答えになっているんだか、なっていないんだか分からない。
妙に淡々としているせいか悲壮感も伝わってこない。最近の子はこうもドライなのか。いやドライすぎではないだろうか。
(というか子作りするってつまり——)
「あのさ、子作りって」
「おじさんとセックスして、私が孕むって感じっす」
「セッ、はらっ…!?」
美玖の口から平然と飛び出てきた言葉に驚き、またも変な声が出る。
はっと周囲を見渡すと、お客さんだけでなく店員さんまでこっちを見つめていた。
これはやばい。おっさんと学生という絵面だけでもやばいのに、話の内容が危なすぎる。
万が一パパ活とでも思われて通報されたら人生終わりだ。
「あのごめんっ、もっと人目のないところで話さない?」
「それって、どこっすか」
「駅前のカラオケとか……」
いや、この二人でカラオケも絵面的にまずいのは一緒だ。
他に人目がなくて二人きりになれてセンシティブな会話もできる場所は——。
「やっぱりうちっ、うちに来ない?」
言ってから我に返る。咄嗟に誘ってしまったが、この話の流れで家に誘うのはさすがにドン引き案件だ。
発言に後悔していると、美玖はスマホ画面を一瞥してから俺を見つめた。
「まあ、金曜だし……バイトないんでいいっすよ」
「へ?」
すんなりと了承されて固まってしまう。
(……そういえば、今日って金曜日だったっけ……)
引きこもり生活とリモートワークですっかり曜日感覚を失っていた。——なんてことしか考えられないほど、俺の脳が処理落ちしている。
頭の中から、許嫁の件を断るという目的はすっかり消えていた。