許嫁になったダウナーギャルが毎週ヤられにくる話 作:月見ハク
翌週の木曜日。
午前中にこの日の仕事を片付けた俺は、超久々に近所を散歩してみることにした。
念のためひげを剃り、スニーカーを履いて外に出る。
「晴れてんなぁ」
春のぽかぽか陽気が気持ちいい。
美玖がうちに来るようになってからというもの、体の調子がすこぶるいい。セックスには健康増進効果があると聞いたことがあるが、事実のようだ。
30分くらい歩いていると、見知った制服を着た女子とすれ違った。
(あれ、これ美玖と同じ——)
「……あ」
見れば、20メートルくらい先にある校門から、同じ制服を着た子たちが何人も出てきていた。
どうやら歩いているうちに美玖の通っている高校に来てしまったらしい。
一応学校名で住所は調べてあったから、無意識的に足がそちらへ向いてしまったのだろう。明日は彼女に会えると浮ついていたのもよくなかった。
(これじゃ、ただのストーカーだな俺)
美玖と出くわしたらさすがにドン引きされてしまう。そそくさと引き返そうとしたとき、校門から息をのむほどの美少女ギャルが出てきた。
「あ、美玖……」
咄嗟に路地の陰に隠れる。ますます不審者じみた行動だ。だが帰路につく彼女から目を離すことができない。
美玖の周りには女子が二人と、男子が一人。
女子の一人は茶髪で、もう一人は黒髪だった。どちらも可愛い顔立ちでオシャレな雰囲気を身にまとっている。いわゆる陽キャというやつだ。まぶしい。
その中にただ一人混ざる男子は、これまた韓流アイドルかよってくらいのイケメンオーラを放っていた。マッシュルームカットのような短髪黒髪で、耳にはピアスが付いている。
(もしかしてあれが、美玖の彼氏……いや元彼氏くんか?)
美玖よりも一回りくらい背が高く、さっきからすれ違うどの男子生徒よりも顔が整っている。確かに美玖の彼氏にぴったりだ。
くたびれ顔の俺とはそれこそ住む世界が違う、キラキラした雰囲気を身にまとっている。
(あれ、別々に帰るのか)
校門から少し離れたところで、女子二人が美玖にバイバイと言っているようだった。背の低い黒髪女子が抱きつき、それを美玖があやしている。
その表情がわずかにゆるんでいるのを見て、そういえば彼女も年相応の女の子なんだよなと実感する。
俺には絶対に見せないだろう、友だちや……彼氏に向けるような顔を浮かべている。
やがて手を振る女子たちを、美玖は手をグーパーさせる独特な仕草で見送った。
二人きりになった美玖とイケメンくんが、別方向へと歩き出す。
(追うか? いやでもそれは本格的にストーカーだ。でも……でも気になる!)
俺は20メートルくらいの距離を保ちながら、二人のあとを付いていくことにした。
イケメンくんのほうは、しきりに美玖に笑いかけている。こじゃれた面白いトークでも披露しているのだろう。
一方の美玖は無反応で歩いているように見えた。
実際には話したり相槌を打ったりしているのかもしれないが、いかんせん彼女は動作が静かなので、後ろからだとただ前を向いて歩いているだけに見える。
(仲がいいのかそれほどでもないのか、ちっとも分からないな)
なんとなくだが、互いの肩が近い気もする。
悶々としながら尾行していると、二人はオシャレなカフェに入っていった。
「あれ、ここって……!」
温室のようなガラス張りの外観。何語で書かれているんだか分からない看板。そこは俺と美玖が初めて会ったカフェだった。
(まさか、これからデートだったりして)
中に入って確かめたい。だがいくら許嫁で種付けセックスまでしている間柄とはいえ、プライベートを詮索するのはさすがにマズいだろう。あんなに可愛い子に彼氏の二人や三人がいても不思議ではないし、それを咎める権利は俺にない。いや、許嫁だからそれは咎めてもいいのか?
分からない。分からないが——。
「いらっしゃいませ、一名様ですか?」
俺は気づくと店内に足を踏み入れていた。
案内されたカウンター席に座り、店内を見渡す。
しかし客席のどこを見ても、美玖とイケメンくんの姿はなかった。
(おかしいな……確かに二人が入って行くのを見たんだけど)
全面ガラス窓から外をぼうっと眺めていると、ふわりと甘ったるい匂いがした。
(え、この匂いって)
急いでそちらを向くと、すぐそばに黒いシャツを着た美玖が立っていた。腰から黒いエプロンを下げ、この店の店員さんと同じ格好をしている。
「ご注文、何にしますか?」
「え!? 美玖さんってここでバイトしてたの」
「……履歴書に書いたっすよね?」
まさかの店員さんだった。
(いや、店員姿もめちゃくちゃ可愛いな……)
全身黒の服装が彼女の涼やかな雰囲気に合っているし、首筋や腕まくりをしてあらわになっている白肌を浮き立たせていた。
肩まであるセミロングの茶髪は後ろに結んでいて、顔の両端に前髪を垂れている。それが彼女の小顔を引き立たせているし、ピコンと飛び出た耳が可愛いらしい。
なのに全体的に色っぽいのは、黒シャツをずんと盛り上げているバストによるところが大きいだろう。
思わずまじまじと見惚れていると、美玖はやや目を細めた。いつものジト目だ。
「おじさん、ご注文しないの?」
「あ、ごめんっ……えっとじゃあ、アイスティーで」
「アイスティーの種類は何にします?」
種類とは?
いやそういえば美玖と初めてこの店で会ったとき、彼女は確かなんとかブレンドって言っていたな。
「ええっと、アンシー、ブレンドで」
「アンシャブレンド一つですね。他にご注文は?」
「あー、ないです」
「以上ですね」
手に持った注文票に記入し終えた彼女だったが、なぜか所在なさげに突っ立って動こうとしない。
少ししてポツリとつぶやいた。
「……バイト、見にきたんすか?」
「え、いやいや、偶然! 散歩してたらたまたまこの店来ちゃってさ、それでっ」
「そっすか」
「ていうかこの店、名前なんていうの? あれ英語じゃないよね。カフェデス……チャット?」
「ケフィディシャっす」
「ケヒ……なんて?」
「ケフィディシャ。フランス語なんすけど、日本語で猫の喫茶店って意味です」
「ああ、それで」
よく見ればテーブルの上の小物は猫ばかりだし、店内も猫の絵や猫をあしらった置物がいたるところにある。
猫の小物をつついていると、美玖が上機嫌そうにつぶやいた。
「可愛いよね」
「え、うんそうだねっ。美玖さんってもしかして猫好き?」
「……うん、好きかも」
彼女が目を細めて微笑む。
(うわ……)
初めて見る美玖の表情だ。
控えめな笑顔なのに、魂を持っていかれそうなくらい可愛い。この不意打ちは反則だ。
ぼーっと見惚れていると、彼女がじっと俺の胸あたりを見つめてくる。
「……おじさんも、好きっすか?」
「猫? う、うん好きだよ、田舎の実家で飼ってるし」
10年前くらいに実家の近くで子猫を拾ったことがある。以来うちで飼うことにしたのだが、10年一緒にいるのに俺にはあまり懐かなかった。だがまあ可愛いことには変わりないし、好きか嫌いかで問われれば好きなほうだ。
「そっか……」
美玖が手に持った注文票をぐっと握る。
なぜかほんのり嬉しそうな顔を浮かべる彼女に、またも見惚れてしまう。
(……ん?)
ふと美玖の背中の向こう、奥のカウンターからあのイケメンくんがじいっとこちらを見ているのに気づいた。なるほど彼は美玖のバイト仲間だったらしい。
見ているというより、すごく睨まれている。
「あの、さっきからカウンターの彼にすごく見られてるんだけど……もしかして彼氏さん?」
美玖は俺の視線の先、背後をちらりと横目で見ると淡々と告げた。
「……はい、元カレっす」
「もしかしてさ……別れたのって俺のせいだったりするの?」
「いや、別れたのは許嫁になる前だし……今は友だちなんで」
「そ、そうなんだ」
さらりと言ってのける美玖だったが、イケメンくんの態度を見るにあっちは未練たらたらっぽいのが分かってしまう。
(だけどそっか、友だちなのか)
ほっと胸を撫で下ろす。
長年の心のつかえが取れたようにすっきりとした気分で、俺は美玖が持ってきてくれたアイスティーを飲み干した。