※この作品はR-18です。

異世界なんでも相談所   作:上り坂は下り坂

14 / 45
14話 レッツクッキング!

 

 本日最後のお客様を迎え入れ、素早くドアに掛けている札を裏返し、直ぐにお客様を案内する。

 見た目は滅茶苦茶怪しい。真っ黒なローブで全身を覆っており、その身にどんな武器を持っているのかすら分からない。声は聞き取りにくいが低かったので男性だろうか。

 

 足音はとても静かで、俺が踏めば軋んでいた床板を、この男は音を微塵も鳴らさなかった。

 この辺りでほんのりと危ない気配を感じる。でも俺に対する敵意や害意は今の所無さそうだ。

 

 部屋に案内し、席へと腰掛けて貰う。果実水やお茶請けについては構うなと言われたので俺も直ぐに席に着く。

 

「凄腕の占い師と聞いた。冒険者ギルドで誰も受けない失せ物依頼を次々に達成し、行方不明者捜索依頼では大捕物に繋がる情報にヒントも無く辿り着いたとか」

「……ええ。そうですね。その通りです。……敵意はなさそうですが、本日の御用件を伺っても?」

「私は運と言うものを信じている。占って見せてくれ。今日は少し細い綱を渡る予定なんだ」

「……なるほど。承りました。お代は貴方が思う金額をお支払い下さい」

「良いだろう」

 

 男は傷だらけで分厚く、皮膚がガチガチに硬くなった手を差し出してきた。

 どうやら俺の占いスタイルもしっかりリサーチ済みらしい。

 

 俺は男の手を取り、男の縁と過去をじっくりと見ていく。

 

 この男は……分からない。なんだろう。人を殺している。豪商や貴族を確かに殺している。しかし多くの魔物も殺している。中にはドラゴンや不死鳥の様な姿もある。

 この人が何か分からない。でも一つ言えるのは、只者では無いと言う事。

 

 次は縁を見よう。男から伸びる今最も新しい縁は、この王都の中心地。王城へと伸びていた。

 

「私がここで話した事や見た事を他者に告げる事は無いと言っておきます。そして私自身に戦う力は無いとも。その上でお聞きします。城へと向かわれるのですか?」

「…………未来が視えるのか?」

「いいえ。今の貴方から伸びる縁を見ています。その上で言える事は一つです。貴方の今の身体ではまず間違いなく死にます。傷は癒しておくのが無難でしょう」

「……よく見えるのだな」

 

 彼の、俺が握っているのとは反対の手が閃く。

 

 俺の目にはその全てが見えていた。腰元から引き抜かれた黒塗りの短剣。それがゆっくりと俺の首元へと伸びてくる。

 しかし見えるだけ。必死で身体を動かそうとしても、首がほんの数センチ横にずれるだけ。

 

 そして————男の短剣が俺の首元、その寸前でピタリと止まった。

 

「占え。私が生きて帰る為の道筋を」

「……目的を教えて下さい」

「書庫だ。そこにある書物を探している」

「……わかりました。再度、手を出して下さい」

 

 首元の刃がピタリと肌に触れた。

 俺は深呼吸をした後、男の手を掴み、男の執念の露出による縁の変化を見る。城へと続く新たな縁。

 この男が求める書庫、その中にある求める本へと繋がる縁。

 

 そこは、前に俺がサキュバスの本を見た場所。

 更にはそこと同じ本棚の奥。影に隠れる様にか、黒い背表紙の本があった。

 

「書庫の場所は、王城東の塔。そこが丸ごと書庫です。その地下一階。階段を下りて直ぐの左手側。その列の最奥、突き当たりの本棚。下から二段目の赤い背表紙の本の奥に黒い背表紙の本があります。貴方から伸びる縁はそこに伸びています」

「侵入経路は?」

「ありません。書庫の塔は完全に独立しています。警備の数は言うまでも無いでしょう」

「……そうか、残念だ」

 

 短剣が強く皮膚に食い込む感覚。冷たい金属の熱が身体中に流れていくかの様だ。

 口封じの為の刃。冷徹で無感情な、あっさりとした刃。身体は固まって微塵も動かない。

 

 なのに、俺の口だけは動いていた。

 

「本の中身。教えて差し上げましょうか?」

「なに?」

「貴方の望む情報を言ってくれれば、貴方は忍び込む事無く、命を賭ける事無く、私を殺す事無く、目的を果たせる」

 

 刃が止まる。首に触れていた冷たい熱が去って行く。しかしまだ安堵の息は吐けない。

 

「……万能薬。そのレシピを探している」

「見てみましょう。私の命の為に」

 

 黒い本の中へと目を飛ばす。本の厚さに対してページは少ない。古い書物なのか、一枚一枚のページが分厚いのだ。

 そこには様々なアイテムのレシピが乗っていた。

 蘇生薬、若返りの秘薬、不老不死の妙薬、致死の毒薬、その解毒薬、賢者の石、そして……万能薬。

 

 それらが正しいレシピかは分からない。けれど、そこに書いてあるのはゲームの最終盤に出てくる様なアイテム達。

 

「世界樹の葉。不死鳥の灰。竜の血。聖水。そしてそれらを世界樹の枝で混ぜ続ける。分量の記載は無く、混ぜ続ける事で徐々に嵩が減り、やがて赤く透き通った水が残る。それが“万能薬”とのことです」

「…………お前の事を殺さなくて良かった」

 

 俺の語った内容に何か得心が行ったのか、男がナイフを腰に戻す。そして目深に被っていたローブを脱ぎ去り、その身を晒した。

 そこには、確かに俺が見たままの身体があったが、俺が見た以上に凄惨かつ意外なものがあった。

 

 毒か何かはわからないが、何かが全身の皮膚を這い回り、通った場所の周囲が腫れ上がり固くなっている。

 そして驚くべき事に男は男では無かった。確かな胸の膨らみがあり、毒の無い場所にはしなやかな肉と女性特有の曲線がある。

 何よりその顔。爛れて腫れて、原型が分からないくらいだが、唇の端や、小さな鼻筋、目元や腫れてない箇所の輪郭。所々に女性らしさを確かに感じる。

 

 あまりにも身体の異常が激し過ぎて、女性であることすら見抜けない程の状態だったのだ。

 

 お客様は胸元から新たに革袋を取り出すと、机の上にそれをほいっと投げ置いた。

 

「素材は全てここにある、作れ。お前が、今この場で。作れなければ、日付を跨ぐ前に私は死ぬ。だがそれよりも前に私がお前を殺す」

「……分かりました。作れなかった時は、一緒に死にましょうか」

「…………イカれているな」

 

 俺に出来る事はお客様の要望に応える事のみ。

 決して入り切らないだろう量の素材が革袋から現れ、その数々の素材を俺もそれとなく千里眼でぱぱっと確認し、お客様を連れてキッチンへと場所を移す。

 

===

 

「お客様、私、調薬とか錬金術とか何も知らないズブの素人なので」

「早くしろ」

「はいはい」

 

 キッチンの収納から鍋を取り出し、葉っぱと灰と血と水をじゃばじゃばと入れていく。

 

「おっおい!? そんな雑に入れて良いのか!?」

「はっ? さっき申し上げましたよね? 私はズブの素人だと。そして私に任せましたよね!?」

「……うぐっ……私の運もここまでか」

「せめて失敗するまで待って頂けます? 一応素材の量は一対一の配分で入れてるので。……目分量ですけど」

 

 こんなんねえ。もう料理感覚でやるしか無いじゃん? 鍋でぐつぐつ煮出せって書いてあったし。鍋とか調理器具しかねえよ。

 

 お客様は何か諦めた様子でキッチンに置いた椅子に腰掛け、引くに引けないとばかりに俺の背中に短剣を向け続けている。

 

 俺はそこら辺に落ちてそうな世界樹の枝を取って、それで軽く鍋の中身を撹拌する。

 その後、魔法のコンロに火を灯し、鍋を火に掛けひたすらぐつぐつ、くるくる、本で見た通りの工程を辿る。

 

「お前、私は本気で殺すからな」

「だから一緒に死んでやるって言ってんでしょーが。寂しがりめ」

「殺すぞ」

「あーいいんだー! 出来るかもしれない可能性の芽をここで摘むんだー! 運を信じるとか言ってた癖に口だけなんだ〜!」

「こっ、おまっ……ころっ…………くそッ」

 

 ふーんだ。俺も命掛かってて後は運任せなんだぞ。投げやりにもならぁ。その上でレシピには可能な限り忠実に動いてるってんだ。

 

 ぐるぐる、ぐつぐつ、こぽこぽ、ぐにゅぐにゅ……ぐにゅぐにゅ?

 

「なんか固まってきたんだけど……」

「おい、ちょっと見せろ」

「いやっ冗談ですけど!? 見ないで! まだ見ないでよ!!」

「どけ! 見せろ!」

「きゃーえっちーー!!」

「お前ほんとにぶん殴るぞ!?」

 

 渋々、場所を空ける。しかし枝から手は離さず、ぐるぐると回し続ける。

 

「……っ!! まさか……冗談だろ……」

「あの、混ぜにくいんですけど……まだ殺さないで欲しいんですけど」

「もう暫く待ってやる」

「……ども」

 

 鍋の中身の経過としてはこうだ。

 血と水が混ざり、灰が攪拌されて濁るのでは無くキラキラと輝く中、葉っぱが浮いていた。

 それを沈めるでもなくずっと混ぜ続けると、鍋が温まって水が沸騰する。その熱と蒸気で葉っぱがくたりとしてきて沈んで行き、葉っぱが徐々に溶け出して行く。

 その辺りから内容物がねっとりとしてきて、混ぜる腕が重くなりだした。

 

 お客様が退いた後も頑張って混ぜ続けると、やがてねちょっとした個体になった。イメージは赤くなったサンプーチャンだ。

 しかしそれでも尚、諦めずに撹拌し続けると、サンプーチャンの中身がなぜかぐつぐつし出して、そして最後にはサンプーチャンの膜も溶けて中で沸騰していた赤い液体が流れ出てくる。

 

 その色味は赤い半透明の液体。サンプーチャンの膜も全てが溶け切った頃、鍋はあっちっちなのに沸騰すらしない謎の液体が残った。

 

 俺はすぐに鍋を火から上げて、濡らした布巾の上に鍋を置き、蓋をする。

 

「絶対これ触んないでね。粗熱取ってるから」

「見ていた。まだ殺さない」

「一生殺すなよな……。一応言っとくけど、冷めるまで待つのも工程の一つらしいから。冷める事で活性化する成分があるとか無いとからしいから」

「殺したくなる様な不確定な情報を口にするな」

 

 俺は大人しく口を噤む。

 ただ暇過ぎて、少しだけ千里眼を周囲に飛ばして暇つぶし。

 すると、職場のドアの前にビャクが居るのが見えた。外はもう真っ暗。俺の帰りが遅いのを心配したのだろう。

 

「おいお客様。今から俺の“家族”が来る。そいつに手を出したら鍋の中身をひっくり返す。お客様は全力でお客様をしてろ。良いな」

「…………良いだろう」

 

 お客様はローブを羽織り、キッチンの椅子にてお行儀良く腰掛けた。

 

 その直後、ドアベルがカランコロンと鳴る。

 「チトセ殿〜」と呼ぶ可愛らしい声が聞こえた辺りで、俺はキッチンから声を張る。

 

「悪い! もう暫くしたら帰るから、先にご飯食べて風呂入っとけー!」

「チトセ殿と一緒が良いのですが」

「駄目だ! チトセ殿は今大人の事情で忙しい! 男の尊厳に関わる! だから今はけえってくれ!」

「男の……! であれば致し方ありません。此方はこの事を秘しておりますので……帰ったらご褒美を楽しみにしています」

「強かで偉い! あんがとー!」

 

 二晩連続か……絶対リリス辺りが乱入してくるぞ。今夜はちょっと気張って行かないとだな。

 

 ビャクは俺の言葉を信じたのか、大人しく帰っていく。

 

 暗闇の中でも足取りは確かで、半神格化されるだけの存在ではあると言う事。だが、例えそんなビャクでも、このお客様に俺を人質に取られたら危険だ。ビャクはその力と存在そのものに価値がある。囚われていた事実からも其処だけは確実だ。

 

 だから、これで良いんだ。

 

「よくありませぬよ。チトセ殿」

 

 千里眼で見ていた場所からビャクが消えていた。声は俺の背後から聞こえている。視覚を戻せば、お客様の喉元にビャクの恐ろしい程に鋭く尖った爪が食い込んでいた。……瞬間移動……神通力の一つ、神足通か。

 

「店主、こいつバケモノじゃないか」

「違う。俺の家族だ」

 

 お客様の首筋に垂れる冷や汗。少し震えた声。さしものお客様もビャクには怯えを隠せないらしい。

 

「っ……チトセ、殿……!」

「ビャク、爪を控えて。大丈夫、まだ敵じゃない」

「……良いでしょう。他ならぬチトセ殿からのお願いです」

 

 ビャクは爪を刺したまま、お客様の背後から動き、俺を背後に庇う位置にまで動いた後ようやく爪を退ける。

 ビャクの爪は次の瞬間には元の丸っこい爪に戻っていた。

 

「……賊、次は殺す」

 

 それはとても冷たい声。お客様に向けられた刃と同じくらい恐ろしく、身が縮み上がりそうな殺意を孕んだもの。

 

 俺は今ようやく、ビャクが恐れられ、畏れられていた所以を知れたのだろう。

 

 ……まあ、例えどんな強大な力を持っていたとしても、俺が敵わない事には変わり無い。寧ろその力と殺意を俺の為に他者に向けてくれたのだから、喜ぶべきポイントですらある。

 

 俺はビャクの頭に手を置き、優しく撫でる。

 

「ありがとうな。すごく嬉しかったよ。後すげー格好良い」

「……気が抜けます。後でいっぱいご褒美貰うので、それまで撫で撫で駄目です」

「じゃあ、ぎゅーは?」

「ぎゅーもだめです……」

 

 残念だ。もふもふ尻尾ごとぎゅってしたかった。

 でもビャクの逆立っていた尻尾が今はいつも通りにゆらりと揺れている。機嫌は落ち着いた様だ。

 

「店主、お前の方がバケモノなのかもしれないな」

「バケモノじゃない、ただの“異物”だ。ところでお客様。どうやら完成したらしいぞ」

 

 ふと鍋へと視線を移せば、蓋の隙間から輝きが漏れ出している。

 蓋を開けてみれば、半透明の赤が、完全に透き通った赤い液体に変わっていた。そしてほのかに発光しているのだ。

 

 出来たそれはちょうどコップ一杯分。俺はそれを注いだコップを直接お客様に渡す。

 

「お待ち遠様。推定万能薬、どうぞ一息にぐいっと」

「……疑う余地も無い。有り難く頂こう」

 

 お客様は本当に躊躇う事なく全ての液体を煽り飲み干す。

 変化は顕著だった。お客様の身体が淡く発光し、コップを持っていた分厚く傷だらけだった手が、ただの傷だらけの細くたおやかな手に変わった。

 

 他にも服を押し上げ身体の輪郭すら変える程の腫れが引いたのか、お客様の立ち姿が何処となく線の細いシルエットになる。

 

「あっ……あぁ……あぁぁ……私の、身体が戻った。ようやく……ようやく治った!」

 

 声帯まで腫れ上がっていたから声が低かったらしい。

 今のお客様の声はとても澄んだ綺麗な女性の声だった。

 

「お客様、代金。ちゃーんと払っていってください。貴方が払うべきだと思う金額を」

「……ああ、そうだな。そうだった。済まなかった店主……あの毒はもう数時間で脳に回る寸前だったんだ。本当に助かった……ありがとう。報酬は払おう。金貨にして百枚。どうだろうか」

「今回の私の働きに貴方がそれで見合うと思うのなら、その金額を置いてお帰り下さい。……今日はもう店仕舞いなので」

 

 お客様はとても悩んだ様子だった。自らの命と、俺の命を賭けたやり取り。薬作りの経験すら無い中での万能薬の精製調薬。

 

 何度も殺されそうになった俺の事を思い出しているのだろうな。いや思い出せ。全てを思い出して盛れるだけ盛れ。出来る限り大量の金を落とせ!!

 

「……そうだな、金銭で払うには些か誠意が足りないか。良いだろう、私のこの身を差し出そう。店主、お前に仕え、お前に従ってやる。この、イリオス王国、第十騎士団、団長……だった、シェーアがな!」

 

 あれ、ここって王国……名前なんだっけ? 騎士団? 団長? シェーアさん。王城に忍び込む……元団長が……? いやもうそこはどうでも良いや。

 

 勇ましくローブを脱ぎ払ったなんたらかんたらシェーアさんは大層お綺麗だった様で。

 くすんではいるが洗えば綺麗になりそうだと分かる銀色の髪。

 線が細く、しかし出るところが出て、出なくて良いところが出てない、結構素晴らしいプロポーション。

 

 身体にピッタリと張り付くタイツの様な生地感の服を身に纏っているが、所々が破けているので身体が治った今はセクシーでしかない。

 タイツの上からブカブカの衣服を纏っては居るがやはりこちらもボロボロでチラリズムを煽ってくるな。

 

 とは言っても、歴戦の騎士。身体中に古傷が見えており、だがそれもまた己が誇りなのか見せつけるかの様にこちらに晒してくる。

 

 切れ長で少しキツめの印象を受ける青く綺麗な目。小さな顔。大して見なくても伝わる程度には美人。

 

 まあ、ね。綺麗じゃん。良いと思うよ? 魅力的だよ? でもねぇ……。

 

「あっ、お支払いは硬貨しか対応しておりません」

 

 俺、今は女性関係満足してるんだよね。

 

 愕然としたシェーアさんの顔を見て、ビャクがくすくすと笑っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。