「あっ、お支払いは硬貨しか対応しておりません」
そう言うと愕然としたシェーアさん。それを嗤うビャクの笑い声が響く。
「あのですね、お客様。よく分かんないけど面倒くさそうな立場の人を従えても面倒なんですよぉ。金貨百枚置いて帰って下さい。そして何処へなりとも行ってください」
「なっ!? 店主……お前私の事を知らないのか? この王都を擁するイリオス王国にシェーアありと謳われたこの私を? この美貌と武勇で名を馳せ、数多の求婚を無碍にし、果ては謀略で毒殺され掛け行方不明になったこの私を知らないと言うのか!?」
すっげぇ自尊心高いんだなこの人。ちょっと俺にも分けてくれよ。
でもこの様子からして嘘は無く、全てが真実っぽい。なら尚更要らないんだよね。
「ここがイリオス王国ってことも初めて知ったよ」
「此方も」
「嘘だろお前達!? 不法入国者か!?」
「連れ去られてきた」
「此方も」
「嘘だろお前達!?」
一通り驚き尽くしたシェーアさんは何やらぶつぶつと悩み出すと、ポンと手を打ち、しかし直ぐに悩みだし、頭を抱えて蹲った。
落ち着くまでそっとしておこう。
待つ間、後ろからビャクを抱え、肉眼では見えない九尾の尻尾をもふもふ堪能しながらポットに残っていたエイプルの果実水を同じコップで分け合って飲む。
「んくっ、んくっ……ぷはぁ。美味です。チトセ殿と一緒に飲むととても美味しく感じます」
「ごくごく、ぷはー。俺もだわ。ビャクが可愛いからだろうなー。ビャクとする事はなんでもプラス補正が掛かって仕方無い」
「こそばゆいです。むふふっ」
俺達が和やかに時間を過ごしていると、すくっと立ち上がったシェーアが俺の横で片膝を突いた。なんかまるで騎士見たーい。いや騎士だったわ。いやいや元騎士だったか。
「私は飽くまで一介の騎士。武勇と美貌で成り上がりはすれど、貴族社会は好いていなかった。その上、あの様な女の尊厳を奪いながらじわじわと死に至らしめる嫌らしい毒を盛られる始末」
「そこはまあ、同情するけどさ」
「私はその後、数多の魔物を狩った。先の素材も毒を治す方法が無いかを探し続けて得た物の一部。しかし結局治す事は出来ず、王城の書庫にあると言う禁書を求めて店主を脅した悪人でしか無い……」
シェーアさんは俺に向かって跪きながら懺悔の様に一人ごちていく。
たった一人、信じられる友であり、心底から仕えたいと思ったお方が居たのだと。
その人はこの国の第五王女。知に長け、武に長け、カリスマもあった。それ故に多くの忠実な部下を擁し、立場を上げ、実質的に貴族に奪われていた王家の権力を再びその手に取り返していた。
逆に言えば、取り返した権力の分だけ敵を作っていたのだ。
シェーアさんが受けた毒も、本来の標的はその王女を狙った物だった。シェーアさんが毒に沈むと、王女はその後、破竹だった勢いを大きく失速させ、徐々に部下達も離れて行った。
シェーアさんも毒を解毒出来ずに苦しんでおり、なんとか鎮痛剤と毒の進行を遅らせる薬で生きてはいたが、さっきの有り様。
現在第五王女は書庫に籠りきりで、引きこもり姫と揶揄されているそうで……ん? なんで現在の情報知ってんだ?
「私は今も王女殿下と文通をしている。今は最早廃れたものだが、だからこそ警戒の目をすり抜ける事が出来る伝書鳩を用いている」
「はぇ〜。すごい。鳥ってそこまで調教出来るんですね〜」
「知能の高い魔物の鳥だ。卵の内から魔力を込めておくと、親と思い込んで帰巣本能に似た力を発揮する」
めっちゃ良いじゃん。アナログなやり方ってどこの世界でも浪漫があるねぇ。……それにしても話が見えないのが怖いけど。どうして殺人未遂なお客様の経緯を俺が聞かねばならんのだよ。
視線を左下に下ろすと、ちらりちらりとこちらを見上げては視線が合うと咳払いをする変人が居た。
「……王女さんは書庫に居て? しかも文通可能……ならレシピだってそう遠く無い内に……いや、毒が回り切って限界が近かったのか」
「そうだ。禁書の情報も王女殿下が知り得た物。しかし当てもなく一冊の本を見つけるには書庫は大きく広過ぎた。命の終わりを悟った私は、この身体の変化を生かして裏稼業の者を装い、面倒な奴らを出来るだけ消す事にした。私は身体が動かなくなるまで国のために手を汚すつもりだった……。それでも……最後に一目、どうしても殿下にお会いしたかったのだ」
そんだけ大切な友達に一目会いたいと思う中、いざ解決法が見つかりそうだったら、そりゃ一般市民くらい脅すか。
シェーアさんの手は硬く握り締められている。
万感の想いとは、今この人が抱くそれの事を言うのだろう。
「チトセ殿。この賊の言っている事は確かです。さらに言えば、今のこの賊は先よりも強いです。此方でも始末するのは難しいやもしれません。一応お気を付け下さい」
「えっ……なに? あなたさっきの状態で満身創痍だったの?」
「ん? そうだが? 逆に言わせてもらうが、今の私でもそこの
この世界の上澄み強すぎだろ。神通力に匹敵する実力って何? 人が持って良いの? 持ってるんだから別に良いんだろ。そうか、そうだよな。ある意味で俺も目だけは匹敵してるしな。そう言うことだ。
「チトセ殿? お一人で会話されてますよ?」
「混乱してるんだ。ちょっと待ってね」
深呼吸して邪魔な思考を排除。
今大事なのは、この人がどうして俺に仕えようとしたのか。
そして俺に仕えてどうしようとしていたのかだ。
「それで? 毒が治った上で私に仕えようとした理由は? いまいち目的が見えないんですよね」
「殿下に会う事は出来ずとも、毒さえ治ればこちらのもの。店主に一時的に仕え、仕留めた強力な魔物で財を築き、あるいはこの身体を使って貸しを作りたかったのだ。殿下の最後のお役に立とうと思ってな」
ロリアーナと言い、俺に恩を売るの流行ってるの? やめてくんない?
「で? 貸しを作ってどうするんです? ウチを隠れ家にでもしてクーデターでも起こすんですか?」
「逆だ」
逆? クーデターの逆ってなに? 何もしないって事? 何もしないってなんだよ? 政争に一般人を巻き込むな?
そんな俺の思考など知ったこっちゃないシェーアさんはその瞳に強い力を宿し、王城のある方向へと視線を向けると話を続けた。
「殿下は王位継承権を放棄し、自らが持つ権力を現国王陛下に移すつもりだったのだ。そして優秀過ぎる御身は姿を隠し、お隠れになったと報せを流す。その際の隠れ蓑にしたかった」
「誰が厄介な騎士の後に厄介な姫まで匿うんだよ……」
「本来なら私のこの身にそれだけの価値がある筈だったのだがな……。二人は連れさられてきてこの国については無知……どうやら私の運は命拾いで尽きたらしい」
シェーアさんは俺の心が変わらないと見るや立ち上がり、金貨がじゃらじゃらと入った袋を机に置いた。そして直ぐに黒いローブを目深に被る。
「この後、あなたはどうするんですか」
「なに、一度悪に身を染めたんだ。死ぬまで悪党を続ける。それが殿下の、延いては国の為になると信じてな。色々と話してしまったが、今日の事は忘れてくれ」
「はぁ……。待ってください」
「……チトセ殿。優しさで身を滅ぼすおつもりですか?」
シェーアさんを引き留めた俺を、非難するかの様な鋭い瞳で見上げてくるビャク。そんなビャクの頭を撫で回した後、指輪から二枚の布を取り出す。
「私は人の為に使うべきだと思い、他所から掠め取った物品がありましてね。良ければこのマントを持って行ってください。助けた命を粗末にされても嫌ですからね」
俺が取り出したのは何の変哲もないマント。しかしひとたびそれを身に纏えば……あらゆる気配や痕跡を残さぬ不可視の存在となる。
「インビジブルマント。丁度二枚あります。どうぞ」
「………………店主、実は大犯罪者か何かか?」
「要らないなら結構です」
「いやもらうゼッタイもらう」
俺がすっと引いたマントに直ぐさまシェーアさんの手が掛かる。
恐ろしく早い手。俺でなきゃまじで見逃すレベルの速度で動いたね。ビャクの言ってた通り、万能薬を飲む前とは天地の差がある速さだ。
俺は速やかに手を離すと、シェーアさんは一枚のマントを大切に丁寧に折り畳み不思議なポーチに仕舞うと、もう一枚を大きく広げた。
「……ありがとう、店主。いずれまた必ず伺いにくる。その時にはきっとこの国はもっと住み易く良い国になっている筈だ」
「期待しないで待ってますよ、お客様」
「殿下の首に輪をつけて引きずってでも挨拶に来る」
「絶対にそれで来るな。それだけはやめろ。出禁にするぞ」
「ははっ!」
ははってなんだよ。ははって。笑い事じゃねんだわ。
「最後に、このマントのお礼とでも思って欲しい」
速やかにして、音の無い接近。俺の膝の上で身動きの取れなかったビャクの顔をシェーアさんが手で覆う。
そして俺の唇に彼女の桜色の柔らかい唇が触れた。
「私のファーストキスだ。仕える事は出来なかったが、私の恩人であり、私達の恩人でもある良い男に捧げる事は出来た。これは私の誇り高き誉の一つとさせてもらおう! さらばだ!」
ほんのりと頬を赤らめたシェーアさんは、それだけ告げるとマントを身に纏い、その姿の一切を消した。
「一生の不覚です!! 此方は……此方は油断しておりました!!」
あまりにも唐突な出来事と、俺の唇が奪われた事実にビャクが憤慨する。「賊め、賊め」と悔しそうな怨嗟の声を撒き散らすビャクだが……。
実はまだシェーアさんここに居るんですけど。
『本当に見えていない。聞こえてもいない。凄まじい品だな。……折角だしもう一度……ちゅっ……きゃっ♡ も、もう一回……ちゅっ。うわぁ♡ ……男の人の唇ってこんな感じなのかぁ』
何故か読める唇の動きで独り言も読み取れる。キスされたとは感じ無いが、何かが触れた感触自体はあるな。
「存在はあるんで、安易に人に触らない事をお勧めしますよ?」
「賊がまだ居るのですか!?」
『……一生の恥だッ! くぅッ……殺せえええ!!』
さっさと行けよ……くっころしてんじゃねえよ。助けた命を助けてもらった奴に奪わせようとすんな。
「チトセ殿! 何処ですか!」
「ビャク、おいで。もう大丈夫だから。恥ずかしがりながら走り去って行ったよ。ほら、今ドアが開いて閉まった」
「……薄らとしか聞こえませんでした。とんでもないアイテムに御座いますね」
「ある意味適任だ。酸いも甘いも経験しながらあの善性を維持出来る人にこそ相応しい。と思いたい」
「不服ですが……そうかもしれませんね」
納得出来るからこそ本当に不服そうなビャクを小脇に抱えて持ち上げ、俺も職場の戸締まりをして家路に就く。
「ちなみにだけど、実は後二枚ある」
「……悪いお人です」
「はっはっは。実用性のある物は確保しておくのが吉。俺の占いにもそう出てる」
占いなどしない俺の嘘八百にビャクが笑う。
俺の脇にて尻尾をゆらゆら、機嫌を直して身体をぐてんと脱力させた状態を楽しみ出したビャク。
その状態で振り回す様に回ったり、走ったり歩いたり。
子どもをあやす様にビャクに構い倒した事で、俺の中で今日一日の仕事がようやく終わった気がした。