俺達はクロエさんを加えた六人で王都の北門から街を出る。
今回の依頼で向かう鉱山までは一度野営を挟む必要があるらしく、相談所は三日間のお休みを余儀無くされた。
しかし、どこか時間に余裕を感じると言うか、緩やかに流れる時間感覚に安らぎを覚え穏やかな心持ちになる。
空は曇天。地面はぬかるみ。天気は小雨。
だと言うのに、久しぶりの王都の外に俺はウキウキしていた。雨季だけに、ね。
「チトセ、一旦降りろ。歩きながら話をしよう」
「メリアさんの事もありましたから、なんとなくそう言う相談も受けてるんだろうなとは思ってましたけどね〜。ニルは少し悲しいです」
「リリス的には予想通りだし、サキュバスじゃないなら良いよぉ〜」
「女を侍らせる男はモテます。何故なら侍らせるだけの甲斐性を持っているから。此方はチトセ殿がモテモテなのは良い事だと思います」
「チトセ……お前こんなに女居たのか。まだ女が居るみたいだが……お前やばいな」
俺のウキウキが消し飛んでしまった。
ええい、なんとでも言うが良い! 俺達はみんなセフレ! 居候! まだそれだけなんだ! クソ弱い俺なんかいつ死ぬかも分かんないし、また次いつ転移するかも分かんないのに結婚とかできましぇーん!
轍の残る道を歩きながら、俺はのんびりと、チクチクと、視線という針に刺されながら自己弁護を開始する。
「あんね? 相談されたの。受けたの。そんだけなのよ。ここに居るみんな大体成り行きなの。覚えてる?」
「それはそうだが……良い加減腹を括るつもりは無いのか?」
「まだ無い。俺はかなり弱いし、急に消える可能性もある。俺は俺の人生にまだ責任を持てない。お前達の長い人生の重しになりたくない」
異世界転移なんてもんを経験した以上、何が起こってもおかしくない。
誰が転移は一回だけだと決め付けた。次は一回死んでからの転生かもしれないだろう。コイツらと結婚してから急にそんな事になったら笑えるもんも笑えなくなる。
それでも子どもが出来たら責任は取るが、俺と言う存在の不安定さは消えない。面倒なこった。
真面目な返答に全員が言葉に窮する中、ツーサイドアップのキュートなビャクが近寄って来て俺の手を握った。
この子は俺の事情を全部知ってるからな。俺が異世界人である事も、俺のスキルが占いじゃない事も、そしてきっと俺の胸の内も……。
ビャクの小さな手を握り返す。それくらいしか出来ないことを許して欲しい。
「だから、今しばらくは俺の都合の良い女で居てくれ〜。嫌になったらどこへなりとも行ってくれて構わないからな。それはお前達の持つ当然の権利だ」
この話も二回目。ともなると、居候連中は肩をすくめ、溜め息を吐きながら物理的な距離を縮めてくる。まるでどこにも行かないぞとでも言うかの様に。
「ふぅん、なんか色々あるんだな。なあチトセ、アタシはお前のなんなんだ」
「ん? 客でセフレだろう?」
「そいつらは?」
「居候で家族未満のギリセフレだ」
「はっはっはっはっは! 変なヤツだ。そんなお前もアタシは嫌いじゃないと思える。これからもアタシの相手を頼むよ、“にーちゃん”」
腹を割ると距離が縮まった様に感じる。きっと錯覚だろうにな。関係性が明確になるからかねえ。
クロエと拳をぶつけ合って友人としての仲を深めたら、ようやく俺達の短い旅の始まり始まりだ。
「取り敢えず、今はこのピクニックを楽しもうじゃないの」
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「ピクニックじゃなあああい!! オオカミ足はやあああい!!」
「チトセ! 黙ってろ、舌を噛むぞ!! ニル! 矢で射抜け! リリス! 槍構え!」
「クロエ、此方達は前方にて木々を払い道を作ろうっ」
「あいよ! なかなか頼もしいパーティだ!」
現在俺達は森の中の獣道を逃走中だ。俺たちの目的地は鉱山と言っても廃鉱山で、そこへと続く道はちょっと荒れ気味。今や獣道。そんな道行きの中で狼の魔物の群れに追われているのだ。
仲間達は確かに頼もしい。連携は手慣れており、初参加のクロエも動きに淀みはない。
今もニルが放った矢が、後ろから執拗なまでに追いかけてくるハウンドウルフの額に吸い込まれる様にして突き刺さった。
リリスは飛行という唯一の特性を活かして、接近して来たハウンドウルフを鋭い槍捌きで三体は屠っているが、向こうさんの頭数多過ぎ。
現在の討伐数は五。追跡してきているのは、見えない所含めて十は居る。
荒れた獣道をリアの背中でガックンガックン揺られながら、俺は一度全員を止まらせて密集陣形を作らせる。
「リア、都合良く雨が止んだ。レッドペッパーの粉末を撒くから風で周囲に飛ばしてくれ」
「なっ!? なんでそんなもの……いや、ああもう分かった!」
指輪から取り出した俺のお気に入りの調味料を手に取り出して、お空へ放出。
するとリアの手から渦巻く緑色の何かが空へと放たれ、赤い粉末を全方位に撒き散らしていった。
そこかしこで目や鼻を前足で覆い、キャンッキャンッくぅーんと言う鳴き声が聞こえてくる。一抹の申し訳無さを俺が感じている内に、リア以外の四人が即座に音のした方向へと攻撃を仕掛け、無事殲滅。
「ハウンドウルフ……なーむー」
「戦い方が酷くないか、チトセ?」
「弱者は工夫を凝らして狡っからい手を躊躇無く使うから手強いんだ。ちなみにこの技は大抵の相手には効くからオススメ」
「一応……覚えておこう」
リア以外からもなんだか冷たい視線を貰ったが、俺は戦闘訓練をしに来た訳ではない。それはそれとしてリアの背中の上でフードを被って視線から逃げはしたが。
ちなみに魔物の死体は心臓部にある魔石を抜き取り、高く売れる素材を取ったら後は穴に埋めるか放置だ。
他の魔物が死臭に集まって勝手に処理してくれるんだと。あまりに数が多いと食べきられずに腐って、時にはゾンビやスケルトンが生まれるらしいので大体は土葬。
しかし現代人感覚、いちいち穴を掘ってたら切りが無いと思うが、そこは魔法のある世界。魔物を埋める穴を作ってくれるマジックアイテムが安価で量産されている様だ。
マジックアイテムを作る職人『マギア』の見習い職人の稼ぎの種でもある。
確か今回の依頼もそのマギアが出した依頼だっけかな。
ミネラルトータスの甲羅に生成される純度の高い鉱物はマジックアイテム作りに有用らしい。
「あっ、リリス足元。それハイハーブだ」
「えっ? あっ、これかあ。さっきからよく分かるよねぇ」
「スキルの力だな」
ハイハーブが生え始めているのは、王都からそこそこの距離を移動して来た証拠だ。魔力の濃い場所で発生しやすいらしいのだが、魔力が濃いと魔物がポップ——湧くらしいので人の生息圏の近くではハイハーブは発生しない様だ。
ちなみにハイハーブとは、単純により高位の薬草という意味合い。王都近辺で取れるハーブよりも色素が薄く、サイズも小さいが薬効がずっと強い。
これをポーション製作に用いると、より深い傷を瞬時に癒す魔法薬が出来上がる。
その分、買取金額は高いが森の深い場所に生えるので、足元が雑草で生い茂る中見つけるのは困難だろう。
しかしそこは千里眼サマサマ。依頼書を取り込んだ冒険者ギルドのカードから縁を辿って行ける。思ったよりあちこちに散乱して生えている様だが、繁殖力は高く無いので取り過ぎ注意でもある。
「そのスキルでも浄化の草花は見つかんねーのか?」
「近くには無さそうだ。そもそも空気や土壌が澱んだ場所にて強い自浄作用を獲得して成長したものが浄化の草花らしいからな。この辺りは自然が健康的過ぎる」
「ふーん、葉っぱ関連はアタシにゃよく分かんないね」
大先輩クロエさんに分かんないことが俺に分かる訳ないじゃん? 俺はギルドの書庫にある図鑑を千里眼でチラ見しながら喋ってるカンニングマンだから。
でも、どうやら俺達の目的地辺りに浄化の草花の縁は繋がってそうなんだよね〜……何にも起こんないと良いんだけど。
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ハウンドウルフに襲われてから半日。空が紅く染まり出した頃。
俺達は野営のためにテントを張って、周辺警戒組と夕飯作りの二組に分かれて活動していた。
「チトセ様、あんなに姉さんの上で揺られて振り回されていたのに思ったより元気ですね?」
「多分首飾りのお陰だ。これが無かったらグロッキーになって倒れ伏してたよ」
夕飯作りをしているのはニルと俺の二人。
リア、ビャク、リリス、クロエの四人は二人一組で森の中に作った野営地周辺を見回りながら、薬草や香草を集めてくれていた。
「それならいっぱい手伝って貰いますね! 前にリリスが狩った兎の魔物の干し肉があるので、今日は具材たっぷりのポトフでも作りましょう!」
「シェフの望むままに」
「では、キャロッツを乱切り、キャベッツを適当な大きさで千切って、ポルテットの皮に切れ目を入れてから数分茹でてください。皮を取ったら、ポルテットの半分はマッシュするので置いておいてくださいね——」
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うちのシェフ、厳しいわ。矢継ぎ早に飛んでくる指示が最高速度を求めてくる。俺、ポトフを汗かきながら作ったの初めてだったよ。
しかも顆粒コンソメとか入ってないのにちゃんと美味しい。野菜の旨みがしっかり出ているんだ。兎の干し肉の塩気もあってスープは絶品。
肉自体は淡白な味わいだったが、ゴロッと入った野菜達が満足度を上げてくれている。
ニルがつけ合わせに作ったマッシュポテトの方にはカリッとするまで焼いた兎肉が入っており、苦く焦げる寸前のコクと肉の旨みがポテトと一緒に口に広がって美味。
こんな良い匂いをさせていると魔物を呼ぶんじゃ無いかと思われるが、それが案外来なくって。理由を聞くに、この道は鉱山につながるルートだから魔物達も学習した可能性が高いとの事。
先人達のお陰で俺は外でも美味いご飯が食べられると言う訳だ。
食休みに俺がたまたま野営地近くで見つけたハイハーブを使って、ギルドの図鑑に載っていたハイハーブ茶を振る舞う。これがまた美味いのなんのって。
ハーブといっても薬草の筈なのに、香草の様な豊かな香りが心地良く、煮出した際に溶け出た薬効が体内に広がっていくのか非常に身体が癒されていく。
端的に言うと、なんか
「ほっ……。これで明日も頑張れそうだな、みんな! ……みんな? ……おい、そんなハウンドウルフみたいな目はやめろよお前ら……? 俺達仲間だろ? 仕事中だぞ? なあ、おい、おいってば……アーッ!」
俺の元気は何故か五人に分け与えられてしまったのだった。
後で図鑑を読み直したところ、ハイハーブ茶は体内を積極的に回復して活性化させる為、飲み過ぎると性欲を刺激してしまうことがあるらしい事が分かった。ハイハーブはやり過ぎだった様だ。