突き当たりの右側の壁紙に手を置くと、手がするりと通り抜ける。
それを実演した事で、ようやく他の皆んなにも
どうやらここの壁の床に魔法陣がある様で、幻覚と認識阻害という効果があるみたいだ。
これのせいで俺の千里眼も坑道内に入るまでここを認識出来なかった。
だが、一度存在を認識してしまえば何の問題も無い。武闘派三人に前を任せ、ニルと俺とマントで姿を隠しているリリスは後ろから後を追う。
壁の先には新たに通路が広がっており、その先には地下へと続く階段が。それも降りて行くと、ドア越しだからだろうか数人の男のくぐもった話し声が聞こえて来る。
「王都の方、バレて逃げ帰ったってまじっすか?」
「らしいぞ。なんでも占いでバレたらしい。アホくさ過ぎて誰もその情報は信じてないがな」
「あっても精々内通者かスパイってとこかあー。あーあ、勿体ねえ。あそこにゃ若い狐の女とかサキュバスの女とか居たのによぉ。どうせなら食っときたかったぜ」
「「それだけは同意する」」
あ、ご馳走になってまーす。毎晩ぱくぱくでーす。
と言う事でね、どうやら例の犯罪組織が現在進行形で利用中の穴蔵です。そしてここも同様の状態と言いますか、宝やら、アイテムやら、奴隷狩りにあった人、檻に入れられた魔物などがいーっぱい溜め込まれてんの。
男達が居る部屋の壁には、三つのトゲトゲとした装飾のされた首輪を模した旗が飾られており、ロリアーナに聞いた所『ケルベロスの首輪』なる犯罪集団らしい。
王都の屋敷の地下の地下の空間にそんなんあったっけって思いながら指輪の中身漁ったらおんなじマークの旗が出てきてそっと戻したわ。
にしても冥界の番犬の首輪ってねぇ。良いセンスしてるよ。でもな、生殺与奪の権利を他人に握らせる訳には行かないんだよ。柱に怒られんの。知ってるか? 柱怖いんだぞ? ったくよぉ。
「リア、レッドペッパーを使え。ビャク……殺せるならやっていい。クロエ、ビャクと一緒に行って静かに処理を頼む。今そこの部屋に居るのは三人だけだが、別の場所には十数人が散らばってる。バレずに速やかに行こう」
ロリアーナが俺が渡したレッドペッパーの粉末を取り出して、階段下の通路の左側にある扉。空気を循環させる為か敢えて空けられている隙間から赤い粉を風魔法で流し込んだ。
すると中から咳き込む音と「目が目がぁぁ」と言う声が聞こえ出し、リアが再度風を部屋へと送り込んで粉末を除去してから、ビャクとクロエが突入。数秒の間に三人の男の首をへし折った。
俺達はそのまま部屋の中へと侵入して男の一人が持っていた鍵束を回収する。その他にも武器や装備の類を剥ぎ取り、金目の物を全てむしってやった。
「奪って良いのは奪われる覚悟のあるなんとかかんとか〜って奴だ」
それでも静かに手を合わせ黙祷を捧げる。これは俺の為の儀式だ。悪人だろうとなんだろうと、人の死はキツい。
胃の中のものが逆流しそうになるのを堪えて俺達は次に向かう。
ターゲットは通路を四人で歩いて居るので、ここでも神風レッドペッパーアタック。くしゃみと咳き込み、喉の辛みと痛み、目の激痛に悶える四人を安らかに眠らせる。
そしてやはり金目の物を持ち去っていく。一人女性も居たが、特に変な気を起こす事も無く身包みを剥いで、さっきの男三人が居た部屋に死体を押し込めて行く。
その後もパーフェクトなアサシンキルをロリアーナ、ビャク、クロエの三人が決めて、このケルベロスの首輪のアジトに居る敵は残り一人となっていた。
単独で居ると言うことは、きっとボスか幹部クラスと見て良いだろう。ってな事で、そいつが居る部屋の前に俺がこっそりと買っていたとある液体をばら撒く。
そしてロリアーナには神風レッドペッパーアタックを敢行してもらうが、どうやら向こうさんには通じていない様子。
なんか風の膜みたいなのが常時渦巻いている強そうなやつだ。
そいつは部屋の中で余裕の笑みを作ると壁に掛けていたマントを羽織り、ゆったりとした歩みで躊躇なくドアを開ける。
しかし俺以外の誰もそのことに気付いた様子は無い。
何故かと言えば、奴もまた『インビジブルマント』を身に付けていたからだ。このマントは着用者の行動にも影響を及ぼすスーパーアイテムなのでドアの存在すら薄まってしまっているのだろう。
しかし俺の目には通じないと言うだけ。そしてさらに言うなら、粘度の高い液体に干渉出来るような風の膜でも無かったようで。
「あがッ!?」
格好付けていた男は、俺がばら撒いた海藻から抽出した人体に無害なヌルヌルローションで滑って転び、後頭部を壁に強く打ち付けて失神してしまった。
夢のソーププレイよりも先に男に使う羽目になるとはな……。
だが依然状況は変わらないと言いますか……マントを纏ったまま気絶したので俺以外の誰にも認識されていない。そのせいでこちらもまた命を奪えないんですよねえ。
…………仕方ない。腹括るか。
指輪から純ミスリルで出来たとんでもない値が付きそうな剣を取り出し、俺はマントの男目掛けてぶん投げた。
それは見事に奴の首に刺さり、ローションと地面を赤く塗り変えていく。
禁忌を犯し道徳を捨て去った行動に、流石に心拍が跳ねあがり動悸がしだす。しゃがみ込んで吐き気を堪える。
それでも、ロリアーナに土を操る魔法か何かでローションを押し流すように言う。そしてミスリルの剣を避けるようにも。
最悪の気分のままに男に近寄り剣を抜いて、マントをひっぺがす。
「後は……ごめん。皆んな頼むわ」
これが、この世界で生きるという事。これが元の世界で生きる事に諦めをつける事。
殺人野郎の帰る場所なんてもうどこにも無い。ここ以外にはどこにも……。
リリスと繋いだ手を、いつの間にか俺の方が縋り付くように強く握っていた。きっと今ここに居る皆んなは俺の新しい居場所になり得るだろうと無意識に思ったんだろう。そうなって欲しいと願ったんだろう。
一人が寂しいだけのくだらなくて、でも切実な願いだ。
「おにーさん、大丈夫だよ。リリスはずっと一緒に居るよ」
この組織に対して恐怖や怯えを示す暗い色のオーラを放つリリスに何やってんだろうな。でも救われてしまうんだから仕方ない。
「おう……まじで頼む。ずっと一緒に……居てくれぇ」
ビャクにも、クロエにも、ロリアーナにもやらせておいて何言ってんだって話だけどさ……。
「チトセ、もう大丈夫だ。死体は適当に埋めておいた」
「人を殺すのは最初は誰でもそうなる。気が済むまで苦しんで良いが、少しだけ後に回した方が良いぜ。今はここをどうかにするのが先決だろ?」
ロリアーナとクロエの気遣いに感謝痛み入る。リリスの肩を借りて立ち上がり、幹部と思しき男の居た部屋へと侵入する。
「ところでチトセ殿。どうしてビャク達はあの男に気付けなかったのでしょう? リリスを隠したあの布切れと同様のものでしょうか?」
「ああ、大正解。ビャクちゃん天才。花丸あげる。俺はそのマントを超えて相手を認識出来るから、俺が殺してあのマントを剥いだって訳……うっぷ。……あと、今アジトに敵は居ない。気を抜いても大丈夫だぞお……」
と言う事で、全員が部屋に入って探索を開始。鍵やら資料やらを漁り、貴族っぽい長い名前がサインされた契約書などを発見。
他にもどこそこの大商会の裏側だとか、奴隷達の居た村の名前や町の名前など、思った以上にしっかりとデータを取ってくれていたようだ。
「この国の事は分かりませんが、国にかなり深く根を張っているようですね。私が攫われたのは偶然でしょうけど、時間の問題だったのかもしれません」
「私が殲滅してやろうと思っていたが……どうもそう言う規模では無さそうだな。……面倒な事だ」
ニルとリアの言う通りだろう。こう言うのは国家規模で動いて貰わねば困る。そして俺たちには打ってつけの縁があってだね……。
「ふう。うーっし、全員即座に集合。クロエ、リア、ドアに向かって防御態勢。ビャク、絶対に殺さないように。ニルとリリスは俺の後ろで待機。お、来るぞー。さーん、にーい、いーち」
ドガッと激しい音がして幹部部屋のドアが蹴り壊された。
「貴様ら動くなッ!! ……んぇあ? 店主?」
「やあ、くっこ……シェーアさん。本当にすごい偶然だ。そして俺達は本当に運が良い。どうか貴方
「店主……貴方は一体どこまで見えているのだ」
「後ろのとっても美しいお姫様は見えているよ。そしてその人にピッタリのお仕事がここには大量にあるみたいでね」
そう言いながら俺は手に持っていた大量の資料を叩いて見せる。
あとついでに九本のモフ尻尾を逆立てるビャクの頭を撫でて落ち着かせる。ビャクはこの賊が大嫌いだからね仕方ないね……。
「この方がシェーアの言っていたとんでもない御仁ですか」
お互いが武器を収められずに膠着状態になってしまった時だった。
シェーアさんの後ろから耳にスッと届く綺麗な声が聞こえてくる。
場違いなくらいに穏やかな声音。緊張が緩みそうになる程聞き心地の良い音を奏でられる。
「シェーアが坑道に突入してからここまで十数秒。一体どこから分かっていればそこまで万全の状態で彼女を迎え撃てるのやら。……脱帽です」
手にマントを持った姿で突如現れた美少女。淡い水色の長い髪をサラリと揺らした彼女は、シェーアさんに手を向けるだけで武器を降ろさせた。
それを受けてリアとクロエもゆっくりと武器を納め、ビャクもまた牙を剥くのを一旦抑える。
「お初にお目に掛かります。わたくし、イリオス王国が第五王女、エルフィーリア・ベル・レ・イリオスと申します」
美しい少女が深く腰を折って丁寧なお辞儀をする。
それだけでこの地下空間に清涼な風が吹いたような気すらするほどの、空気感を塗り替えてしまう存在感。
そんなエルフィーリア様が躊躇無く俺たちの前へとやってくる。
「名も知らぬ店主様。どうか、その資料を見せて頂く事は可能でしょうか?」
「ええ、どうぞ。と言うより、そちらで預かって貰いたいです。そしてどうか、貴方の目指す未来への足掛かりにして欲しい」
速読でも身に付けているのか、受け取った資料を持ち上げてパララララっと一枚ずつ落としていくだけで内容を把握したらしい王女様は小さく溜め息を吐き、こちらに再度小さく頭を下げた。
「感謝致しますわ。して、問わせて頂きます。何故貴方達は此処に? どうやってここを知ったのでしょう。そしてどうしてここは死人だらけなのでしょうか? お教え頂けますか?」
場の空気を呑まれ、会話の主導権を握られ、答えなければならない流れを作られた。この状態から巻き返せる一手を思い付けない。俺に出来るのは易々諾々と従う事だけっぽい。
俺は受けた依頼の内容から、道中のこと、俺のスキル(占い)の事を話し、そして同一組織に攫われた者が三人居ること、そしてそこから救出した者が二人居る事を明かしたのだった。