※この作品はR-18です。

異世界なんでも相談所   作:上り坂は下り坂

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36話 雨季の憂き目

 

 

 囚われた人達の解放はとてもスムーズに進んだ。何せ牢の鍵を開けるだけなのだから当然だ。鍵束から対応する鍵を見つけるなんてのは千里眼があればちょちょいのちょい。悩む事なくノータイム解錠。

 囚われていた人達は一度スルーされた身なので少し複雑そうにはしていたが、それでも解放されたことの感動が勝ったのか素直に俺達に感謝を述べていた。

 

 にしても、これだけの巨大組織が狙う者達だ。名のある人や、見目麗しい人、ユニークな力を持つ人、特殊な種族の人などが多く居たのだが……。

 しかしその中に特筆すべき特徴の無い一組の夫婦が居た。羊獣人で側頭部から巻き角を生やしている三十代くらいに見える男女だ。

 

 その二人を見るや否や俺と手を繋いでいたリリスの身体が強張り、リリスが俺を壁にして夫婦から視線を遮るように動いた。インビジブルマントの効果で俺以外の誰にも見えていないというのに、動揺と怯えが手に取るように分かる。

 

 ……俺の目には人の縁が映る。友好と言えるもの、嫌悪と言えるもの、生まれる前から繋がっているものや、物品で繋がったものなど様々。中でも強い縁はやはり肉身との縁だろう。

 

 リリスの手を強く握り、安心させるように声を掛ける。

 

「大丈夫、大丈夫だ」

「……うん」

 

 リリスは以前言っていた。自分は羊獣人の両親から生まれた先祖返りのサキュバスだと。あまり良い思いをした記憶は無いと。だからこそ俺達との新たな生活に希望を見出していたと。

 

 まあ要は、因縁とも腐れ縁とも言える、血で繋がってしまった縁との再会だ。

 

「あんな子を産まなきゃこんな思いしなかったのに……」

「大丈夫だ……あいつはもう居ないんだから。俺達は俺達の新しい生活を取り戻そう、な?」

 

 ああ……そう言うことか。

 

 サキュバスは種族として非常に魅力的な容姿を備えている。それはつまり少数のグループにおいて不和を生みやすいと言う事だ。意図的に男を欲情させる成分を分泌出来る事実を見ても、あまり良いイメージを持たれていない事は分かる。

 だが権力者や好色な貴族などからすればサキュバスなんて格好の的だ。媚液だけでも価値が有り、希少な種族と言うだけでも付加価値がある。この夫婦が厄介払いのようにリリスを奴隷狩りに売ったと考えるのはそう難しく無い。

 

 そしてそんなサキュバスを産んだと言う実績があるからこそ、この二人は捕らえられたんだな。また次の商品価値のある存在を産むかもしれないから。

 

 ……唇を噛んで嗚咽を漏らすリリスの耳を手で覆い塞ぐ。

 

 残酷な世界はどこにでもある。きっとこの世界にも山のようにある。悲惨な人生という意味では、もっと辛い人生を歩んだ人も居るだろう。

 でも、きっと当人は今、世界で一番苦しくて悲しくて辛い筈だ。きっとリリスよりも苦しい人生を歩んでいる者は、リリスの中には居ない。

 

 だから側に居よう。ひとりぼっちなリリスの側に、ひとりぼっちな俺が寄り添おう。

 

「おに゛ぃさん゛……リリス……生まれない方がよ゛がっだの゛がな゛ぁ…………」

 

 涙で滲んだ声が、震える肩が、リーンリースと言う十五歳の少女の小ささを強く感じさせる。

 くしゃくしゃになった顔。手で何度も拭って赤くなった目元。止まらない涙。

 

 そのどれもが、彼女がまだ幼さを残すただの女の子なのだと言っている。

 

 小さな少女を強く強く抱き締める。俺と同じ天涯孤独な少女を。

 

「俺と出会ってくれて、ありがとう」

「ゔぅ……ゔぅ゛ぅぅぅぅ……ひぐっ、ぇぐっ……」

 

 必死で声を殺し、嗚咽を漏らす小さな女の子に俺は感謝を告げる。

 

 生まれてくれて、生きてくれて、ありがとうと。

 

 涙が止まるまで、俺はリリスを抱きしめ続けた。

 

 

===

 

 

「皆さん、聞いてください。これよりここから脱出します。安全なルートを行きますので、安心して落ち着いてついてきてくださいませ」

 

 筋力も体力も低下していた彼らを外まで護衛するべく、王女様とシェーアさんが動き出す。

 俺達も外までは護衛として参加する事を了承しているので、中間にクロエとロリアーナを、後方にビャクとニルとリリスと俺が付いた。

 

 囚われていた人達だけで二十人程度は居るので、そこそこの団体客。極限まで疲弊してくれていて逆に助かったかもしれないな。勝手な行動を取る元気も、文句を言う元気も無いってのは案外効率が良い。

 

 坑道内はミネラルトータス以外の魔物が居ないので正直俺達は要らなかったとは思うが、そこは配慮や気遣いアピールと言ったところか。

 

 程なくして豪雨が地を叩く激しい音が聞こえてくる。

 外が近い事に色めき立ち、身体が濡れるにも関わらず囚われていた人達全員が揃って外に飛び出し天の恵みをその身に享受する。

 

 地の底で暮らしていると雨ですら有り難いものになるらしい。

 

「これでは今日中に帰路に着くのは難しそうですね」

 

 やれやれと言った様子でこちらにやってきた王女様が何故か俺に話しかけてくる。俺はリリスの肩を抱くのに忙しいと言うのに。

 

「そうですね?」

「念の為お聞きしますが、チトセ様はどう言った手段で虜囚達を移動させようとしていたのでしょうか?」

「私独自の方法ですので……」

 

 俺が露骨に放出しているはずのめんどくさいオーラを意に介さず、「私気になります」と言わんばかりのキラキラの瞳を向けてくる王女様。

 シェーアさんのせいで王女様の中で謎に俺の株が上がってるの勘弁してくれないかしら……。

 

「えー、私の方法にはとても大量の魔力を消費するのですが、その魔力が現在私には無くってですねぇ……」

「おや、実はわたくしとっても魔力が豊富な体質でして」

「それは私にしか使いこなせないアイテムを用いるので……」

「おや、実はわたくしとっても豊富な魔力を他人に譲渡するスキルを持っておりまして」

「……なんなのこの人。押し強くない?」

 

 逆にこの人達はどうやって二十人の人間を運ぶつもりだったんだか。

 

「わたくし達の場合は力技です。わたくしとシェーアで街まで完全護衛する予定でした。シェーアほどでは有りませんがわたくしもこう見えて強いので。……まあ、ここまで多いとは思っていませんでしたが」

「そもそもそちらはどうやって此処に?」

「貴方様が下さったマントで目をつけていた貴族宅に潜入し、怪しい契約書や貴族の発言から突き止めました。認識阻害の魔法陣もあると分かっていれば何の事はありません。……あり過ぎは駄目ですけど」

「雑なパワープレイを許してしまうアイテムを授けた俺の所為か……」

 

 何を言った所で状況も天気も変わらない。豪雨によって道はぬかるみ、視界が制限される中、魔物が闊歩する森を二十人を守りながら歩くのは考えるだけで嫌気が差してくる。そしてその中にリリスを悲しませる者達が居るとなれば尚更嫌だ。

 

 とくれば、是非王女様にはご協力頂くとしようかな。

 

「銀の鍵、というものをご存知ですか?」

「……伝承で聞いたことがありますわ。任意の地点との空間を捻じ曲げ繋ぐ、神代の代物」

「へー……。まあそれです」

「……チトセ様、貴方は一体なんなのですか?」

 

 なんなのですかと聞かれたら、答えてあげるが世の情けなのだが……身内にも言ってない事を今日あったばかりの人に言う訳には行かない。なので人差し指を一本立てて口の前に添える。

 

「私は『なんでも相談所』の店主です。一先ず魔力の供給、お願いしますね?」

「……承りましたわ」

 

 不満たらたら不承不承だなあ。

 ともかく、一旦リリスをビャクに預けようか。

 

 俺はビャクを見ているように見せかけてリリスに視線と言葉を掛ける。

 

「直ぐ戻るからな」

「……うん。待ってるね……」

「承りました、チトセ殿」

 

 空気読みの出来る良い子なビャクの頭をわしゃわしゃと雑に撫で、シェーアさんに言ってずぶ濡れのお客人達を坑道内に下げさせる。

 

 魔力供給については肉体的接触があれば良いらしいので王女様と手を繋ぐ。

 繋いだ瞬間から流し込まれる膨大な魔力を指輪から取り出した『銀の鍵』に注ぐと、間も無くドアを開くのに十分な魔力が集まった。

 

「エルフィーリア様、現在何割の魔力を消費されましたか?」

「一割です」

「結構。今は供給を止めてもらって構いません。扉を開いたら再度供給をお願いしたいのですが、その前に貴方のカリスマをお借りしたい」

「……?」

 

 俺は扉の維持がそう長くは持たない事と、虜囚の身となっていた濡れ鼠共に扉を速やかに潜るように誘導してほしい旨を王女様に伝えた。

 

 これに対し速やかに行動に移した王女様だったが……いやはや、してやられた。

 

「皆さん、少しお耳をお貸し頂けますか? これより、わたくしとこちらのわたくしの盟友が力を合わせて魔法を行使します。それによって皆さんを安全な場所まで送り届けるべく全力を尽くしますが、長くは持ちません」

「じゃ、じゃあ、何人かは此処に取り残されるのか!?」

「いいえ! そんな事はわたくしが許しません! そしてそのためには皆さんの協力が必要なのです!」

「何をしたらいいんですか!?」

「簡単です。これより作られる扉を即座に潜っていただくだけで構いません! ご協力……して頂けますか?」

 

 勝手に盟友にされたのも束の間、ほんの少しだけ皆の不安を煽り、それを即座に否定。そのために必要な事を簡潔に述べ、最後に下手に出て自発的に同意させる。

 

 まるで自分で決断した事のように錯覚した人達が、その時を今か今かと待ち望む状況を作り上げたのだ。

 こっっわ。

 

 更には、スムーズに事を進めるために順番の列を作る。その際、後ろにならばされた奴らが不公平を訴えるが、王女様が自らとその仲間達に最後に扉を潜らせる、と言う事で不満を解消するなどなど……。

 いやこっっわ。

 

 人心掌握のプロか何かか? 民が仰ぎ見る王女だもんな、ある意味プロか。

 

 かくして、恐ろしい程に見事な手際で場を整えてくれた王女様に感謝申し上げつつ、俺達は再度手を繋ぎ、坑道の出口の空間に鍵を差し込む。

 

 扉を作る先は千里眼にて見据えて行う。

 その際大事なのが、『ケルベロスの首輪』の連中との縁が無い街を選ぶ事。

 幸いここから最も近い街には薄らとした縁すら無かったが、それはそれで不自然で怖い。逆に組織に対して無知或いは無防備な街を作っておく事でセーフティエリアとした線もあるが……深読みは王女様に任せるか。

 

 座標を街から少し離れた街道の脇に定め、鍵を捻る。

 

 ガチャリと音がして扉が現れたので、俺が取っ手を引いてドアを開けて見せる。

 

「皆さん! 押さずに、速やかに、後が支えないように扉の先でも幾らか歩いて!」

 

 すかさず声掛けを行う王女様は、しっかり俺に魔力供給も再開していた。

 俺もまた流し込まれる魔力を直接鍵に注ぎ続けるが、持って四十秒くらいか? 膨大な魔力を貯蓄する指輪でも十秒しか持たなかったと言うのに、王女様恐るべし。

 

 しかし人心を掌握した甲斐はあったようで、速やかな移動により残り時間を二十秒は獲得出来た。

 

「エルフィーリア様、色々と言いたい事はありますが、先んじて一つだけ。この先の街にケルベロスの首輪の連中は居ません。ただの一人も、です。では、お気を付けて」

 

 俺はそれだけを告げて、王女様と繋いだ手を掴んだまま彼女を扉の先へと振り飛ばし、ギリギリで繋いでいた手を離す。シェーアさんにも顎でしゃくって扉の先へ行くように急かす。

 

「えっ、ちょっとチトセ様っ!? お待ちください……!」

「店主、また近いうちに会おう」

「のんびりおいで。厄介事は暫くごめんだよ」

 

 短く言葉を交わし、シェーアさんが通り抜けた直後に扉を閉め切る。

 

 …………手を離してからおよそ二秒ほど。体内に残っていた王女様の魔力が一秒で無くなり、残る一秒で俺の魔力と元気がごっそり消え去った。

 今回は気絶までは行かなかったが、非常に気分が悪い。一番近くに居たクロエに甘えたいが、ちょと頑張って足を伸ばしてリリスへと倒れ込む。

 

「へっ……? おにい、さん……? おにーさん!? おにーさん!!」

 

 リリスの焦る声に、腕だけ持ち上げて彼女の頭にべちんと乗せる。

 

「でーじょぶ……ちょっとやすませてぇ……」

「リリス、これは魔力欠乏だ。あの日と同じだよ」

 

 リリスを宥めてくれるリアの穏やかな声を聞きつつ、俺はやっぱり意識が遠のいて行くのだった。

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