ギルドを逃げ出した俺は、ヴェルダンディーナさんが親切に書いてくれたメモ書きのような地図を頼りに街を歩いていた。
「すごい丸文字で可愛い。そして謎のジャケットとネクタイを締めたへのへのもへじ。その隣で笑っているのはヴェルダンディーナさんかな、さっきあげたお花も書いてある。可愛い。家宝にしよう」
紙に折り目を付けないようにそのまま指輪に仕舞い込み、雑貨屋に売っていた額縁を購入する。後でこれに収めよーっと。
目的を済ませたら後はうろ覚えの道を辿ってマギアの工房を探して街を練り歩く。
すると、どんどん人の気配が減ってきた裏路地に吊り看板が下げてあった。吊り看板にはアトリエのアトリエと書かれており、ちょっと何言ってるか分かんない。
「名前がアトリエなのか? とりあえずお邪魔しますか」
吊り看板の横にある階段を降りて、その先にある木製のドアを開ける。
すると、幽かな声で「いらっしゃいませぇ……」と言う言葉が聞こえてきた。
仄暗い店内には様々な商品があるが雑多に並べられており、その癖一つ一つの値段は高価だ。管理出来ているのかも怪しい。その上、売る気があるのかも怪しい。店内が暗い所為で、千里眼に付属している夜目がなければ商品もろくに見えない。
俺は回れ右して帰りたくなったが、マイゴッデスの紹介だ。コミュニケーションぐらいは取っておこうと思い直し、声の聞こえたカウンターの方へと歩いていく。
「どうも、こんにちは」
「あひゃ、あひゃひゃ、ひゃいっ!?」
九十度首が下がって真下を向いているのに、重ねてフードまで被ったローブ姿の人に声を掛けたのだが……不気味な笑い声かと思えば返事……だったのだろうか?
返事……と言う体で進めていくか。
「あー……あの、アトリエさん、ですか?」
「あちょりえでひゅっ……」
「人違いか……」
「アトリエですうう!!!!」
「冗談だから音量下げて!? 零百やめて下さい!?」
急に大音量で叫ぶもんだから心臓痛いわこんちくしょう。
しかし大きな声を出すしれくれた彼女が少女である事を知れた。同時に声を出す際に身体を揺らした事でフードが脱げて、おさげを二つ肩から前に垂らした黒髪少女であることも分かった。
一先ず腰を落ち着けて話をしてみよう。コミュニケーションのコの字もせずに帰る訳にはいかないからね。
「私、チトセと申します。本日はアトリエ様に依頼があって尋ねた次第。お話だけでも聞いて頂けませんか?」
「あっ、あっあぅっ、えぅ、うおっ……どどどどうじょ」
コミュニケーションがとても苦手なだけで人付き合い自体は出来そうだ。こちらがしっかり待ちの姿勢で彼女の言葉を待ってやれば、そう悪い相手では無いかもしれない。
俺は指輪から家に取り付けられていたお風呂のマジックアイテムを取り出して、これの修理を頼みたい旨を告げる。
「どうでしょうか……? 修理は可能ですか?」
「…………これは、ああ、そこの回路が焼き切れて……それだけかな。掘り直してあげれば治る、けど……無駄が多いなぁ、治したいなぁ、魔力効率もっとよく出来るのになぁ……。あっ!?」
「はいっ!?」
「しゅしゅしゅ修理!! 可能!! なり!」
「そうなりか! 良かったなりよ! では修理をお願いしたいなり!」
「…………ふぇぇぇぇぇぇん! ふえぇぇぇぇぇん!!」
ころ◯けの流れじゃなかったんだ! なりってこっちの也だったんだ!? て事は揶揄っちゃったんだ俺!? すいやせん!
青い瞳からポロポロと涙を溢すあちょりえさんの前であたふたとしながらもハンカチを取り出し差し出してみる。
「ありゃじゃましゅうぅぅ。ちーん! お返しします……」
ぶん殴ってやろうかこいつ。ハンカチ受け取って即座に鼻を噛むやつなんざ今時フィクションでも見ねえよ。しかも返却するスタイル? ぶん殴ってやろうかこいつ。
俺は指先でチョンとハンカチを摘みあげ、指輪の中に仕舞い込む。指輪の内部空間ではアイテム同士の相互干渉が起きないのであちょりえさんの鼻水も何かと触れることは無いだろう。
「えーと、とりあえず泣き止んで頂けますか? なりなり言った事については謝罪しますので……」
「ふぇ、あいや……あのぉ……ご依頼受けるの……久しぶりで、ひぃん。嬉しくてぇ……」
性格に難があり過ぎるが、俺はあちょりえさんの独り言は聞き逃さなかったぞ。
問題点を物を見ただけで見つけ、修復方法とそれが実行可能である事、さらには改良点まで見つけ出す程には優秀。
これは唾を付けておくべき人材やも知れない。いや別に俺が何かの製作を依頼したり懇意になりたい訳では無いのだけれども。
「で、では、そちらの修復の代金は如何程になりそうでしょうか?」
「あっ、金貨五枚です」
「言葉には気を付けろあちょりえ? 詐欺なのは聞くまでもなく分かっているからな?」
「あうっ、だ、だってぇ……お金あんまり無くってぇ……絞り取りたいなぁってぇ……」
「そんなことするから顧客が居なくなんの! 馬鹿か!? マジックアイテムが壊れる以上、修理だって立派な稼ぎの手段だ! なら少しはお安くしておくから合わせて買った方が効率が良いマジックアイテムを薦めるだとか! 当店で購入したアイテムは他店舗よりも修理費用を安くするだとか! 色々販売方法や稼ぎ方があるだろう!? 考えろあちょりえ! 今ここで俺と言う客を失って良いのか!? どうだあちょりえ!! 答えてみろあちょりえ!!」
「…………ふえぇぇぇぇぇぇん! アトリエだもぉぉぉん!!」
殴ってやろうかこいつ。誰が普及してる風呂のマジックアイテムの修理に五百万も払うんだよ馬鹿たれ。泣けば解決するもんじゃねえぞ商売はよお。
「適正価格を言え。言わなかったら二度とここには来ない」
「銀貨一枚でしゅぅぅ!!」
「五百倍ふっかけるとかやばすぎるだろお前……」
「らってぇぇ……」
「アトリエ、売って稼ぎたいなら少し掃除しよう。店頭に並べる商品を選んで、もっとスッキリさせるんだ。照明ももう少し商品が見えるように明るく。店の裏に類似商品をカテゴライズしておいて、カウンターにお客様が来た時によりニーズに合った物を薦められる環境を整える事から始めよう。な?」
「…………神、様?」
「バチ当たるぞお前……。とりあえず可哀想だから銀貨三枚やる。だからソレ直しといてくれ。俺がレイアウトを考えてやるから」
そこから俺はまず光を放つマジックアイテムを探し、アトリエに起動させて店内を隅まで照らし出した。
すると見えて来たのは足元に置かれている箱にまでぎっしりと入ったアイテム達。しかもどれもこれも別の機能を持った物で、逆に同一商品のストックが一つも無かったくらいだ。
俺はひたすら店内のマジックアイテムを選別した。主に家庭用のものと、戦闘用のものと、使い道のよく分からないものの三つ。
そこから一般受けが良さそうな商品を人の目の高さにある棚に置き、その周囲に類似或いは関連商品を置いていく。
だが店内に用意した棚は四つ。最後の一つはアトリエ渾身の作品だとか、アトリエが置きたいものを置く用の棚として置いておく事にした。
棚に並べられなかった膨大なアイテム達は、転がっていたアイテムの中に合ったマジックバッグにカテゴライズした商品ごとに分けて入れたのですっかりすっきり。
出来ればポップアップを作ったり、商品ごとのライトアップなどもしたい所だが、全てを俺がやってしまうとアトリエがあちょりえのままだ。
ここから先はやり方や案を出すに止め、あちょりえが立派なアトリエになれる道筋を残してやるとしよう。
「おぉ、神よぉ……」
「あちょりえ、俺のアイテムは治ったか?」
「あっ、はい! ここここに!」
「変な機能は付けてないな?」
俺の問いにアトリエの額から膨大な汗が流れ出した。分かりやすく視線が泳ぎ、口をもにょもにょとさせている。
「あっ……あぇ、いぃゃぁぁ…………付けてないでしゅう!」
「言葉を選べよあちょりえ? 嘘付いたら棚全部倒すからな?」
「ふぇぇん……付けましたぁ。ランダムで色のついたお湯が出るようにしちゃいましたぁ!」
ちょっと面白そうなのやめてくれ。うちは皆んなで使う風呂だからそう言う遊び心を黙って追加すると後で絶対“俺が”怒られるんだからな。
ふぇんふぇんうるさいあちょりえの頭を鷲掴んでにっこり笑顔で威圧する。
「直せ」
「銀貨三枚……でしゅ」
「歯を食いしばれあちょりえ」
「ふあぁぁぁぁぁん!! ごべんなざああい!!」
俺はあちょりえの事を絶対にアトリエとは呼んでやらないと決めたのだった。
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「な、なおりましたぁ。チトセせんせ、直りましたよぉ……?」
「ん? ああ、お疲れ様。無駄な機能は無いな? 適温のお湯が出るようになっているな?」
「は、ひゃい! ついでにちょっとだけ温度を弄れるようにはしてましゅっ……! ダイヤルを回すと高低五度ずつ変化して……つ、使いやすい……かなぁって……やややっぱり直しましょうかああ!?」
温度を弄れる……! 素晴らしい機能じゃないか! やっぱり能力自体はすごくあるんだ。それの活かした方を微塵も知らず、それの売り込み方が最悪なだけで、能力“だけ”はあるんだな!
俺はアトリエの頭に手を乗せ、今度は優しく撫でてやった。
「あぅっ……あれっ?」
「素晴らしい機能だ。俺はそう言う心配りとも言える追加機能は評価するよ。直してくれてありがとう、そして改めてお疲れ様。あちょりえの頑張りに免じて、銀貨五枚をくれてやる。チップだ」
「ふぇん……ふぇぇ……??」
「店の事については、さっき少しだけこの紙にまとめて置いたから。暇な時間にレイアウトについても色々試してみると良い。後は計算を簡略化出来る装置やアイテムを用意出来れば接客時間を減らせるとも言っておこう。がんばれよ、あちょりえ」
「せ、せんせ……? 褒めてくれた……? 私のこと好き……なのかな?」
なんか馬鹿みてえなこと言ってるけど、何はともあれ俺の用事は済んだ。
手が掛かる子ほど可愛い理論のせいか湧き出た謎の親心で色々と世話を焼いてしまったが、またここに来るのはマジックアイテムが壊れた時だろう。
少なくとも俺が欲しいと思えるアイテムは無かったから仕方ない。
こうして、俺は無事修理アンド改良されたマジックアイテムを片手に意気揚々と帰宅し、お風呂にお湯を貯めるのだった。