ロリアーナさんの依頼を片付けてから十日ほど経った。
あれからと言うもの、俺が依頼を探しにギルドに行ったり、お昼ご飯や晩御飯を食べに行くと、決まってロリアーナさんが話し掛けてくる様になった。
って言うか待ち構えてる。目的は俺への相談。
「おいチトセ! 今日のお昼ご飯は何が良いと思う!」
「おいチトセ! 今日はどの依頼が良いと思う!?」
「おいチトセ!」「おいチトセ!」「チトセ!」「チトセ!」「チトセ!」
いや勘弁してくれないか?? なんでも相談所って言ったし、顧客になってくれって言ったけどさあ?? そんな相談に金取れないよ!
最近はロリアーナに銅貨一枚貰って一日中デートしてる気分。
嫌な気持ちにはならんよ? 綺麗だし、犬みたいで可愛いし。でも、俺の稼ぐ時間が最近無い。ヴェルダンディーナさんとの絡みもご無沙汰だ。
そのせいか気付けば敬語も敬称も外れちゃったよ。
そして俺は今日も依頼を探しにギルドに行くのだが……。
「チトセ! おはよう! 今日はな!」
「ロリアーナ、待って」
「むっ?」
心底不思議そうに首を傾げるな。察しろ。
「最近実入りが悪くてね、ロリアーナの相談以外にも依頼を受けたいんだ。って言うか、相談所って言ったけど悩んでる事とか、自力じゃ解決出来ない事を請け負いたいんだよ」
「ふむ、では共に依頼を受けよう。以前の様に、依頼に必要な素材の場所をお前が占って、私がそれを討伐或いは確保。取り分を半分に分けるのはどうだ?」
およ、意外と建設的。でも本来占いは確実かどうかは分からないものだ。わざわざロリアーナに無駄足を踏ませる可能性を与えている時点で、五分五分では取りすぎている。
「悪く無い、けど。仮にそれで行くなら、取り分は七三だ。もちろんロリアーナが七。それで良ければ構わないよ」
「ではそれで行こう。私はお前の顧客! だからな!」
「何が顧客に掛かっているのか分からないけど、君が良いなら良いか……」
俺はロリアーナを引き連れてヴェルダンディーナさんの受付に向かう。
その際、チラリと飛んでくるシンシアさんとキリリルさんからの視線に、逆に堂々と会釈して応えておく。
こう言うのはコソコソするから怪しまれるんだ。
まあ仮に怪しまれても問題は無いのだが。
俺がスキルを占いと偽ったのは、人気の受付嬢と一緒に居る時に詰められた場合、『個人的な占いを請け負ってるんです〜』と言う方便を通す為と言っても過言では無い。
つまり俺は無敵! 気分良くヴェルダンディーナさんの前に辿り着くと、今日は向こうから挨拶が来た。
「おはようございます、チトセさんっ。……今日もロリアーナさんと一緒なのですね?」
ん? 今日は困り眉のヴェルダンディーナさん。ほわほわとした空気感が若干薄れている。最近割と苦笑いだったり浮かない表情が増えていたのだが、一体どうしたんだろう。
「その……チトセさんは、ロリアーナさんと仲良しさんなのですか?」
「まあ、仲良しさんですねえ。一緒に居て楽しいと思いますし、これからも仲良しさんで居たいと思いますし」
「うむ、それには私も同意だ。チトセは恩人でもあり、友人でもある。そしてなんと言っても、私はチトセの初めての“顧客”だからな!」
「むむっ……私はチトセさんの初めての受付嬢ですっ!」
謎の顧客アピールをするロリアーナ。そしてそれに対抗する天使ヴェルダンディーナさん。
ドスケベボディとつるぺたボディの対比が美しい。
これは少し離れて見るべきだろう。俺はシンシアさんの前へと移動し、ロリアーナの実力に合わせた採取依頼をシンシアさんに選んでくれるよう頼む。
「そうか! ディーナ嬢のお陰なのか、数多居る冒険者の中でもチトセはとても誠実で良い男だ。これからもチトセの受付嬢を頼むぞ?」
「っ! ……えへへっ、そうですかねぇ? むふふっ」
「ああ! ん……そういえば。チトセは事あるごとにディーナ嬢の話ばかりする。今日は何が可愛かっただの、こんな表情も魅力的だの。守りたい、俺が幸せにしたいと常々言っていたな。うむうむ、実に良い関係を築けているようで何よりだよ」
「ぁ……ふぇ…………チトセ、さん……」
いらん事言うやんけおい。やってくれたなおい。ロリアーナおい。
なんだその応援しているぞみたいな顔は。依頼は決まったか、早く一緒に行こうみたいな顔はよう。
見てみろ、ヴェルダンディーナさんを。顔真っ赤にしちゃって、照れまくってんだろ! 又聞きの情報なだけに嘘かもしれないと言う猜疑心が割り込まない所為で、褒め言葉を純度百パーセントの威力で喰らってるだろ! よくやったよ! 可愛いよ! 俺のメンタルも瀕死だけど素晴らしいよ!
「ヴェルダンディーナさん」
「ぁの……はぃ……」
「嘘は無いです。いつも大変可愛いと思っておりました。これからも俺と仲良しさんで居てくれたら幸いです」
「ぁの…………はい……お願い、します……」
シンシアさんとキリリルさんに守られ続けてきた所為か、ヴェルダンディーナさんは異性からの褒め言葉に弱いのかもしれない。慣れない褒め言葉を貰うとこう言う事になる事もあるだろうさ。
そう、決して勘違いしてはいけない。俺はこのお方を見守りたいだけなのだから。
視線を隣に移せば、まるで母親のような温かい目を向けるシンシアさんとキリリルさんが居る。
俺はこの二人と誓ったのだ。彼女を守護ろうと。相応しい相手が現れるまで、彼女を見守ろうと。ただそれだけなのだ。
「チトセ君、今度ご飯作ってあげる。うふふ、遠慮はしないで、今とても良い気分なの。なんて言うのかしら、尽くしてあげたい気分って言うか」
「ゴチになりまーす」
「あと、おすすめの依頼はこれらね。幾つかあるからロリアーナさんと決めて頂戴」
「あざまーす」
俺はシンシアさんから数枚の依頼書を受け取り、真っ赤にフリーズしてしまったヴェルダンディーナさんに手を振ってからロリアーナと酒場の席へと場所を移していく。
後ろではシンシアさんとキリリルさんがヴェルダンディーナさんを撫で回し、運び、膝に乗せて餌付けして可愛がっていた。
されるがままのヴェルダンディーナさんもまた良し。
まあ色々あったが、それから俺とロリアーナは相談してから依頼を決めて、それをこなしていく事にした。
ロリアーナが俺を背負い、移動速度をあげる。
俺は目的の素材の場所と、魔物に遭遇しないルートを占いと言う体で指示し続けた。
これが存外上手くいったんだ。ほぼ全ての採取依頼を日帰りでこなしてしまえる程にね。
ロリアーナの異常な怪力と移動速度と、俺の千里眼による目標物までの完全最短ルート。
もうウハウハよ。お金がっぽり。時々ロリアーナの我儘に付き合って単独の魔物まで案内したりもしたが、その素材や肉が高く売れてさらにがっぽり。
三割でもがっぽりなもんだからロリアーナはもっとがっぽりだったけど。
そうこうしている内にさ、気付けば目標金額の金貨五枚=五百万円まで貯まっちゃってんの。
冒険者の中には定住を目指す人も居るからか、冒険者ギルドは不動産の案内も兼業してくれていて、実は前々からお家には目星をつけていたんだ。
王都の大通りから二本隣の路地にある住宅街。そこにある3LDK一階建ての一人暮らしには立派なお家。
お値段にして金貨三枚=三百万円。立地が特別良い訳でも無く、中古物件。需要の問題や、経済的な問題、更には材料費や人件費にあまりお金を割かないこの異世界だからこその安さなんだろうが、内見に行った時にはかなり綺麗な状態だった。
家具なんかは何も無かったので、その辺りの用意は必要だろうが……これで俺も一国一城の主って訳よ。
……まあ良いことばかりじゃ無くて、家を持ったから税金を毎年徴収されるようになるんだけど、成人の場合は基本的に大銀貨五枚の納税が必要らしい。
五十万円がパッと消えると思うと切ないが、それ以上の税金が掛からないのだと思えばスーパーハッピーにもなる。元世界は金取りすぎなんだよ。保険とか色々と必要なんだけどさ……。
何はともあれ、今は純粋に喜ぶべきだろうって事で。
最低限の物しか無い、殺風景で寒々しい我が家にてロリアーナと二人、屋台で買ってきたジュースと様々な屋台飯にて軽い晩餐会の始まりだ。
「遂に家を手に入れたぞー!」
「ああ、おめでとうチトセ」
「ロリアーナのお陰だよ! 君が居なきゃこんなに早くお金は貯まらなかった。ほんっっとうにありがとう!」
何度でも彼女の手を取り、握手しながら振り回す。
いつもいつも俺を背負って走ってくれたお陰で、俺はこうして新たなマイライフを歩んでいける。ロリアーナが居なければ、俺が家を持つのはもっと後の話になっていたに違いない。
「私こそ、チトセと送る日々はとても楽しかった。毎日が輝いていたと思う。だからこそ、少し寂しくもあるのだが……」
「そうだね……。一緒に依頼を受ける機会は中々訪れないかもしれない。でもさ? ロリアーナなら宿代わりに家に泊まってくれて良いんだよ? そうしたら毎日でも顔を見れるさ!」
俺の言葉にロリアーナは薄らと頬を染めてエルフ耳を揺らしだした。
しかし、それも数秒の事。直ぐに浮かれた様子は引っ込めて、じっと俺を見つめてくる。
「ロリアーナ……?」
「……私には、ある目的があるんだ。それは、生き別れてしまった妹を探す事」
訥々と、ロリアーナは語り始める。
その真剣な表情に、俺もまたおとなしく耳を傾けた。
「私がチトセにずっと構い倒していたのは、チトセに恩を売る為だ。……お前のスキルに、可能性を見出したからなんだ」
ロリアーナは言った。
数年前に突如居なくなってしまった妹を探す旅をしていたと。そしてそんな日々に疲れていたのだと。
疲労のピークに森の中でふと黄昏てしまった瞬間、猪の魔物の突進を喰らって弾き飛ばされた。その拍子に、妹さんとの思い出の品であるイヤリングを紛失してしまったそうだ。
怪力の持ち主に相応しい頑丈さを持つロリアーナに怪我は無く、猪はギタギタのメタメタにして屠ったと吐き捨てていた。怖すぎる。
しかし一向に見つからないイヤリングを探す為に依頼を出した所、俺と出会い、占いのスキルで妹の場所を占えないかと思ったんだそうだ。
「すまない……下心があったんだ。すまない……。でも、チトセとの日々が楽しかったのは本当だ! もう諦めて仕舞っても良いかと思う程に、お前と過ごす時間は眩しかったんだ!」
そうだね……。そうだったね。ロリアーナはいつも屈託無く笑っていた。何処に行くにもチトセ、チトセと五月蝿いくらいで。陰りなんて感じさせなかった。
俺の“目”にも、そう言う感情の揺らぎはほとんど見えなかったくらいだ。
「ロリアーナ……」
「……どんな恨み言でも受け止めよう。折角の祝いの場を壊し、その上思い出に泥を塗ったのだ。私に、お前の友を名乗る資格はもう無い」
「ロリアーナ、話を聞いて」
出来るだけ声音を優しくして、ロリアーナの手を取って話しかける。
お前は悪くは無いと。俺だって嘘をついていたんだ。そこだけ見れば同罪だ。
それにね……美人との縁は大事にしたい。俺だってくっそ下心なんだよ。
「君は大事な友達だよ。これまでも、これからもね。だから、妹探し……手伝おうじゃないか!」
「チトセ……正気か?」
「もろちんよ。そのためにも思い出のイヤリング出しな? 今直ぐ見てあげる。報酬は……これからも末長くよろしくって事で!」
「ちと……せ……!」
ロリアーナの表情に光が戻る。そしてまたしても何故か頬を赤らめ、耳が揺れ出す。
目尻に光る雫をスッと払い飛ばし、ロリアーナは少し幼さすら見える無邪気な笑みを見せた。
「これも、ディーナ嬢の教育の賜物だな!」
「ちが……違くない! その通りだ!」
そう言われては俺には否定出来ない。ヴェルダンディーナワールドによって俺の精神は毎日癒やされている。
その癒された精神は余裕を生み、俺の心を幾分大らかにしてくれていると言っても過言では無いのだから!
「でもさ、どうしてもっと早くに言わなかったんだ? それこそ俺に依頼を出せばよかったろう?」
「だってチトセは冒険が嫌いじゃないか。もし妹の居る場所が遠く離れた場所だったら、中々受けてはくれないと思ったんだ。だから恩を売らないと、と……」
「…………君が正しいぜ、ロリアーナ」
全くもって仰る通り。その可能性を考慮するなら引くに引けない関係性まで交友関係を深めるのは、最善手に近い。
ジトっとした目でこちらを見て来るロリアーナから気まずくてプイッと視線を逸らす。
するとその視線の先にロリアーナが現れる。また目を逸らせば、またロリアーナ。
そんなやり取りがおかしくなって笑い合う。
「ふふふっ。チトセ、これだ。私からの初めての“相談”。どうか、最後までよろしく頼む」
「ああ。今の俺には君以上に大切なものは無い。信じて任せてくれ」
「……チトセは、いちいちセリフが気障すぎる。私以外には言わないようにしておくんだぞ……全く……」
気障? ただの事実だ。偽りようの無い事実。
この世界に突然やってきた俺に肉親は居ない。友も居ない。何も無い。
受付嬢達とは何処まで行ってもある程度の線引きはある。
そんな中で俺に毎日毎日絡んでくれて、共に依頼をこなして、目標を遂げる手伝いまでしてもらった相手なんだぞ。
どうしようも無く大切に決まっている。安易に手を出してこの関係性を壊したく無いと思うほどには、俺はロリアーナを重要視しているんだよ。
「あまり可愛い事を言うなよ。惚れたらどうする」
軽口と共に、両手で大切にロリアーナの手からイヤリングを受け取る。
「惚れたら……私を好きにして良い」
イヤリングを落としそうになった。
あっぶな、築き上げてきた色んなものが全て不意になるかと思った。
「……おっほんごほんごほん! そう言うのは妹さん見つけてからね!」
「……えっち」
「うっさい! えっちな身体しといて何言ってんだ……。とっとと始めるから静かにな!」
俺は地べたに座り込んで、イヤリングを手に乗せ、千里眼を発動させる。
イヤリングからは強く太い縁の線がたった一つだけ、真っ直ぐに、一直線に、伸びていた。
その縁を目で辿る。
それは途中から地中へと入り込んでいく。この時点で嫌な予感がして来る。
しかしある程度進んだところで地中の中にぽっかりと開けた空間に出た。
この家からそう遠くは無い地下空間。周囲を見てみれば一目瞭然、石造りの壁で天井を支えられた人工的に作られた地下空間。
そこには数々の檻が置かれていた。檻の中には餓死した魔物や人の姿。息はあるものの衰弱し切った人の姿があった。
他にも、まるでダークなお話で聞く闇市に出品されそうな生き物や物品の数々がある事が分かった。
そんな大量にある檻の中の一つに縁の線は続いている。
そこには、五体満足ではあるが、栄養を全く取れていないのか痩せ細って貫頭衣だけを着たエルフの少女がかすかに胸を上下させて居た。俺が辿った縁の線はその少女の口内に繋がっているようだ。
「ロリアーナ……隠密って得意かな?」
「……ああ。一人旅では必須の技能だからな」
「よし、じゃあ直ぐ行こうか」
俺はイヤリングをロリアーナへと返し、自分勝手な義憤を燃やす。
そうする事こそが、俺の罪滅ぼしに繋がると、そう思えたから。