相談室へと案内するべく声を掛けると、アトリエは玄関にて濡れたローブを脱いで雨粒を払い、綺麗に畳んで肩から斜めに掛けていた鞄にいそいそとしまうとようやくこちらにやってきた。
店に対して気遣ってくれたのか、あるいは彼女にとっての当たり前がこれなのか、なんにせよ気持ちの良い人だ。少なくとも俺は気分が良い。
俯きがちでこちらの顔を見ていないせいか、俺がチトセであるとは気付かないままに案内した椅子へと腰掛けたアトリエの前に、ぬるま湯にハニー(蜂蜜)とリモン(レモン)の汁を垂らしたものをお出しする。
「雨で少し冷えたでしょう? 先ずはこちらを一口どうぞ。ホッとしますよ」
「あひゃっ、ひゃりがちょっ、ごじゃまっ!」
声を掛ける度にびくりと肩を跳ねさせては上手く喋れない様子のアトリエに少しばかり苦笑してしまう。だがコイツの
「んっ! ……ふぁぁ……これ美味しい……です」
「ふふ、そうでしょう? 私もそれ、お気に入りなんですよ。お湯にハニーとリモンを入れるだけで作れますよ。ウチのは、少し隠し味もあるんですけどね?」
ちなみに隠し味は世界樹の枝です。こないだの王女様との取り引きで貰った世界樹の素材達。それの枝をマドラー代わりに使っているんだ。
万能薬の時に混ぜるのに使っていたから、それだけでも何か効果があるのかもと検証していたら、飲み物に回復効果が付いた。
ちなみに百回ほどこうしてドリンクを作っているが、世界樹の枝をからその能力が無くなる気配は無い。精々愛用させてもらおうと思う。
「ところでお客様、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。私、なんでも相談所の店主をやっている“チトセ”と申すのですが」
「え、ちと、せ……?」
雑談をするにはまず自己紹介だろう。名乗って見れば、アトリエのもじもじとした動きが固まって恐る恐るとでも言うべき動きでこちらを見た。
「せんせ……?」
「はい。先日はマジックアイテムの修理、ありがとうございました」
アトリエは俺をまじまじと見ると、首をゆっくりと傾げる。
「……誰、ですか?」
「営業スマイルだよはっ倒すぞお前?」
「せんせだ! ホンモノだ!」
どんだけ暴力的な印象持たれてんだよ俺は。
それでも相談所の店主としての振る舞いを心掛け、すっかり調子を取り戻したアトリエから何をしにやってきたのかを問う。
「じっ、実は……せんせに作ってもらったコーナーに、新しい画期的な商品を置きたくてぇ……でもアイディア無くてぇ……ふぇぇぇん」
「画期的な商品のアイディア出し、ですか」
「ギルドに納品された品を回収しに行ったらヴェルダンディーナさんに困ったら此処だとおしゅしゅめされて……。チトセせんせのとこだと思いませんでしたけど運が良かったれすぅ!」
そう言われるとこちらも嬉しい。何よりヴェルダンディーナさんがウチを紹介してくれている事実に涙が出そうだ。今度また何かお菓子を持参しよーっと。
それはそれとして相談内容。そもそもの話として、アトリエが何が出来て、何が出来ないのか。何を作れて、何を作れないのかが分からない。
先ずはそれをアトリエから聞き出していくとしようかな。
「えーっとですねぇ……基本何でも……。思い付くもの色々手探りで作ってたので、作れない物の方が思い付かないと言いますか……」
「天才かよ」
「でゅへへ……! えぇ? せんせぇ? 今なんて? 今なんて言いましたかぁ!」
「コミュ障で客商売に全く向いてないのに指先だけは天才的に器用なんだなって言いました」
「ふぇぇぇん……絶対そんなこと言ってないよぉぉ……」
アトリエは非常に鼻っ柱が伸びやすいらしいので、こまめにへし折っていく必要があると分かっただけ良しとしよう。
俺はアトリエが現在持っている素材や、最近売れた商品、安定して高品質で再現性を持って作り出せるマジックアイテムなどを聞き出していく。
先んじて俺の意見を述べるなら「商売やめたらぁ?」これに尽きる。
最近売れた商品は無く、持っている素材の管理は出来ておらず、再現性の是非について逆に問われると言うね。
この子良くお店持てたよね。どうやって生活してるのか逆に興味深いわ。って言うか色んな意味で心配過ぎて、俺は雨具用のローブを取り出して着込む。
「あちょりえ。今日はもうウチ閉店だ。お前もローブ着ろ」
「ふぇ? へっ!? なんでですかぁ!? そ、そそ相談! まだ相談ががが……!」
「此処で話しても埒開かねえからお前の店行って素材整理しながら考えてやる。商品の再現性の是非についてもそこで教えてやるからお前の店行くぞ」
机を回り込んで怪力の指輪を身に付け、アトリエを小脇に抱える。店の表札を裏返し、鍵を閉め、雨の中アトリエの店まで走っていく。
脇でバタバタと暴れる度にキュッと締め付けてアトリエを大人しくさせ、怪力の指輪効果で上がった脚力でものの数分でアトリエの店へと辿り着く。
地下への階段を降り、店の中に入ると、そこには綺麗に整った三つの棚と、ごっちゃごちゃに商品が山積みにされた汚い一つの展示棚があった。
「センス無ぇー」
「だだ、だってぇ! いっぱい置きたいじゃないれすかぁ!」
「此処にさらに画期的な物を置くのお前?」
「……だめ、でしゅかぁ?」
「だめでしゅ。却下でしゅ。あちょりえには客目線が足りていないと言うことを叩き込んでやりましゅ。でもまずはバックヤードに案内しやがれでしゅ」
「ひぃぃぃん……」
案内された店の裏側は酷いゴミ山。思わず隣の頭を小突いたレベルだ。
取り敢えず物の分別から始めるべく“千里眼”を起動。鉱物のみをピックアップして視界に透過して表示する。
これを紙、魔物素材、衣服や下着、金銭などに分けて効率的にゴミの山をカテゴライズしていく。
時々出てくる食べカスやゴミはあちょりえに投げつけ、それ以外をひたすら仕分けていった。
「うわぁ、まるで新築みたいですぅ!」
「腐ってんのかお前の目。ゴミが物に見えるようになっただけだろうが。あちょりえ、お前の作ったマジックバッグにこれら全部分けて入れるぞ」
「えぇ……めんどくさ「あぁん?」くないでしゅぅぅ! ふぇぇん!」
今度は顔面に拳が飛び出す所だったぜ。あっぶねー。
「とりあえずあちょりえは自分の服とか下着とか直してけ。そんで時間見つけて洗え。黄ばんだパンツとかあったぞ」
「殺してください……誰か私かせんせを殺してください……」
「殺す択に俺を入れるなっつの。あと際どい下着とかあったけど、見せる相手居るのか?」
「私がせんせを殺せば良いんでしょうか……?」
「恥ずかしいならこれからはちゃんと片付けするんだな。なんなら俺が見てやろうか?」
殺意の波動に目覚めそうだったあちょりえを揶揄う。
するとあちょりえは急に肩を震わせ、目尻に涙を溜めながらこちらを見上げてくる。流石に揶揄い過ぎたかと焦りを感じていると、服を掴まれた。
「見て……くれるんです、か? 私みたいな、ダメ女でも……せんせは、良いんですかぁ……?」
「……処女?」
「……碌に人と話せない私なんかに男性経験ある様に見えますかぁ……?」
「顔は綺麗な方だぞ? 身なり整えて黙ってればあちょりえは十分美少女だ。俺が保証する」
「喋ったら?」
「終わり」
「ひぃん」
状況に流されて処女喪失とか一番アホくさいので、あちょりえには是非その無垢な身体を大事にして欲しい。
個人的にはあちょりえを性的に食べる事に抵抗は無い。汚いなら綺麗にしてやれば良いだけだし。顔は十分に可愛くて若い。こんなちょろいとご馳走にすら思えてくる。
でもなぁ、だからこそ勿体無い。望んだ相手に初めてを捧げる事なんてほぼ無理だが、出来ない訳では無い。アトリエにもいつか誰かが現れ、そんなロマンチックが訪れるかもしれない。そして俺はそう言う機会を奪ってあげたくない。
何より、エッチがしたいと言ってくるならしてやるが、処女が嫌なだけなら俺である必要すらない。相手探しを頑張って欲しい。
もっと言うなら前者は娯楽、後者はただの身売り。俺は人の弱みに付け込んでまで女を抱きたいとは思わない。
「アトリエ、とりあえず片付けをしよう。下着については忘れるから、安易に身体を差し出すような事はするな」
「……はい」
「ちなみに今何歳?」
「十九歳です」
「悪かったよ」
「…………はい」
確かこの世界では成人が十五歳なので十九歳って割と行き遅れの筈。処女がコンプレックスか。そこを弁えずに揶揄った俺が悪いな、これは。
そして行き遅れを狙ってくれる人はそりゃもう少ないだろうし……責任を取る訳では無いが、お前の処女を奪う事は出来ると教えるだけはしておくか。
俺の服を掴んで離さないアトリエの手を包み、指で顎を持ち上げキスをする。
「……んっ……んんっ!?」
「せんせは余裕でお前を抱ける。それだけは言っとくよ」
「……しぇんしぇ……私のこと、やっぱりすき……なんだ……!」
「勘違いするな。女として抱けるだけで嫁にはしたくないから。ゴミ山築く女はちょっと無理だから」
「傷付きました、キズモノにされました! せーきーにん! せーきーにん!」
「先ずは黄ばんだパンツ洗え」
「せんせを殺して私も死ぬ……!!」
なんか無駄に元気になったあちょりえにくっつかれながら、やたら大量に出てくるマジックバッグに更に分別して収めていく。
どうにか店を綺麗にする事に成功すると共に、その過程でどんな素材があって、どんな風にマジックアイテムを作っているのか知る事が出来た。
これでようやくあちょりえの相談に乗ってやれそうだ。