メリアさんはドスケベではあれど律儀な人ではあるので、頼んだ通りに数々の神話や神にまつわる話が載っている本を持ってきてくれた。
部屋は変わらず彼女の私室な上に、両隣をニルとメアリさんに挟まれた現状が男として辛くはあるが。
「取り敢えず、この教会が崇める神様とか聞いて良い?」
「はい! 当教会では主に創造神であるミルス様を信仰しております。創造神ミルス様は、無よりこの世界をお創りになられた最も偉大な神なのですよ!」
「ほえぇ〜」
この世界には他にも、ミルス様が生み出したとされる細分化した事柄を司る神々や、土着の信仰による神、悪しきものを崇める事で鎮めたとされる祟り神なども居るらしい。
この世界的には特に特化した神々が重要らしく、スキルという恩恵はこの神々が与えてくれていると考えられている様だ。
メリアさんが朗々と語って聞かせてくれる間、俺の右手に手が重ねて置かれた。指を少しずつ絡めてきて、すりすりと擦り付けてくる。
千里眼で俯瞰視点となり、右隣のニルの様子を盗み見る。
すると、ほんのりと寂しそうにしており、若干の嫉妬の色が見えた。俺の意識がメリアさんに行っているのが気になる様だ。
しかしそんな心持ちでも、ニルは本のページを捲っては神々の名前らしき文字に当たりをつけてくれていた。
片手間にこなしているのが凄いなコイツは。
「……——それでですね? ミルス様に仕える人間と言うのが遥か昔には居たそうで! その者は全知全能で、ありとあらゆる物を見通し、多くの人々を導いて今の世界を作ったと言われているんです!」
「…………ありとあらゆる物を見通すって言うのは?」
「え? そうですねぇ……確か本によっては預言者とも言われていたので、占星だとか、未来視が出来ると言う事かもしれませんね」
「なる、ほど……。ほぉ〜ん」
「そのお方は“大賢者”と呼ばれていまして、その名残りで現在も優れた魔法使いを賢者と呼ぶ事があるそうですよ!」
なかなか面白いじゃないの。初手当たりでも引いたかな?
そのミルス様とやらの事が書かれた書物は無いかと聞こうとメリアさんに声をかける寸前、恋人繋ぎをしていたニルが、俺の手の甲を指先で突いてきた。
振り向けば魅惑の太ももの上に広げられた本の上にミルスと大賢者にまつわる話が記載されたページが開かれているではないか。
「ニル好き」
「私もチトセ様が大好きです」
「えっ!? 突然なんですか!?」
勢い余って漏れた言葉にニルが唇を重ねてきた。喜んでそれを受け入れ、“目”で文字から伸びる縁を追う。
縁は幾つもの場所へと伸びており、世界中のミルスにまつわる書物や石像、絵画などに繋がっていく一方、ただ一つだけ真下に伸ばしている縁がある事がわかった。
視界を地下へ地下へと進めていく間も深いニルとのキスは止まず、途中で後ろから俺の身体を無理矢理引き剥がしたメリアさんのおっぱいクッションにぶつかる。そして上からメリアさん。ニルに負けじとキスをしようとした刹那……ニルが俺の身体を引っ張ってニルパイに顔が沈む。
「チトセ様は今日、私とのデート中なのです。メリアさんはまた別の機会に」
「な!? こっこれは正当な報酬です! チトセさんのお役に立ったご褒美にキスをさせて頂くだけですので!」
「それがシスターのあるべき姿なのですか?」
「今はただのメリアなんですうっ!」
「……ごめん、ちょっと静かに」
「「…………むむむぅ」」
静かに睨み合い出した二人を他所に、俺はひたすら地下へ。
物凄い数の地層を超え、怖いくらいの大空洞を超え、見るからにヤバそうな瘴気の吹き溜まりを超え、地下水脈や溶岩を超えて、そしてやがてこんな深い場所にある筈の無いものが見えてくる。
(これは……“木の根”? なんで? 溶岩超えた筈なんだが……と言うかなんだこの力強い根っこ。……不思議な力を感じる)
途轍もない生命力。見えているのに見透かし切れない膨大な魔力。縁は木の根と共にさらに深く深くへと潜っていく。
俺はひたすらにその奥へと目を飛ばし続けていく。
◆
王都、冒険者ギルド受付。
今日もにこやかに冒険者対応を続けていたヴェルダンディーナの後ろから声を掛ける人物が居た。
それはハーフリングと言う種族上、身長が一三〇センチ程しかないヴェルダンディーナと然程変わらない身長の女だった。
足元まで伸びる灰色の長髪はしっかりと整えられていて艶を放ち、身体の大きさに合わない大き過ぎる乳房をたぷんっと揺らす、どこか幻想的でありながらもトランジスタグラマーな体型。
桜色の虹彩が美しい瞳の焦点はどこか茫洋としており、ヴェルダンディーナを見ている様で見ていなかった。
「ヴェルダンディーナ。今日の昼、予定はあるか?」
「ん〜? あっ、お姉ちゃん! お昼は空いてるよ!」
「そうか、ならあの子も呼んで置いてくれ。少し気になる物が“見えた”」
「っ……そっか。分かった。今は少し出てるみたいだけど、遠くない場所に“見える”から呼びに行ってくるね」
「ああ、場所は私の——ギルドマスターの部屋だ。待っているよ」
何処となく掴みどころのない少女にも見える女を、ヴェルダンディーナは“姉”と呼んだ。
“姉”は要件だけを告げると来た道を辿ってギルドの階段を登っていくと、ギルドマスターの執務室へと消えていった。
ヴェルダンディーナもまた直ぐに両隣のシンシアとキリリルに受け付けを預けてギルドを飛び出して行った。
「久しぶりにマスター見たけど……相変わらず可愛ぃわぁ〜!」
「ディーナとセットだともっと可愛いわね……チトセにも見せてあげたい。きっと良い酒が飲めるわよ」
「え〜? チトセ君はビャクちゃん居るじゃーん。裏切りだよあれは」
「百理あるわね」
早朝の冒険者ラッシュを乗り越えて穏やかな時間、シンシアとキリリルは小柄なハーフリングの二人の可愛さ討論を始めたのだった。
◆
「あっ、ようやく辿り着いた」
ミルスの縁を辿ること暫く。ようやく木の根と縁の終着点が見えてきた。
そこは地下深く、星の中心にも至るのでは無いかと思われる程の深い場所にある、木の根の先だった。
(あーくそ。なんだこれ眼精疲労か? 目がしんどい……)
千里眼を使っていて初めての感覚だ。段々と目に疲労が溜まってきてる。
地上の身体の目蓋を閉じ、少しでも処理する情報量を減らす。ついでにメリアさんのベッドに横になって身体を休めよう。
少し疲労がマシになった気がして、意を決して木の根へと目を飛び込ませていく。
そして目は、幾重にも絡まり合った複雑な木の根を超えていく。その先で俺は、唐突に広がった穏やかな世界を目の当たりにする。
地平線いっぱいに広がる一面の花畑。そよ風が花を揺らし、大樹の根元にある泉に風が波紋を作る。
そんな泉の淵に腰掛けて、素足を浸す美しい人が一人。
光の反射で如何様にも色を変える美しい髪と、スラリと伸びた手足。これ以上整った顔は無いのでは無いかと思う程に全てが完成された美しい顔。
麗しく、艶やかで、神秘的でありながらも包容力を感じる絶世の美女が、
『あら、ふふ。もうワタシを追いかけてきたのね、千歳。寂しがりなんだからっ』
…………分からない。なんだ。誰だ。なんで声が聞こえる。なんでコイツは俺の名前を知っている。
何も分からない事だけが確実な中で、一つだけ思い出した事があった。
……俺が、この世界にやってきた時に頭に響いた声は“この声”だ。
『んー、でもまだ力が馴染んでないのね。もう少し経ってから、またおいでなさい。聞きたい事があれば他の目を持つ子達を頼ると良いわ。近いうちに向こうから来てくれると思うから、ね?』
美女は俺に微笑みかけると、まるで俺を撫でる様な仕草を取った後、指先でついた。
直後だった。視界が途轍もない速度で後方に飛んでいくと、身体の下へと戻っており、千里眼を解除されていた。
「…………ミルス」
目蓋を開けると、目の前にはニルとメリアさんが心配そうに俺を覗き込んでいた。
「チトセさん……」
「チトセ様……」
「あー、ごめん、だいじょぶ。ちょっとスキルを使い過ぎただけだから。首飾りのお陰でもう殆ど問題無いよ」
二人の頭を撫で、誤魔化す。再生の首飾りで疲労なんて感じる事は滅多に無い筈なのに、それを感じるどころか一向に取れない。
視界がうまく定まらず、遠近感もそうだが、視界の距離すら止められない。今俺は『千里眼』が制御出来ていないのだろう。
俺は多くの謎を残したまま、教会を後にした。