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時は遡り、採掘場の奥に隠されていたケルベロスの首輪のアジトを潰した後。
救い出した特殊な一般市民を率いたエルフィーリア第五王女と元騎士団長シェーアは、チトセの持つ『銀の鍵』によってアジトから最も近い街『トロス』に程近い街道の脇に放り出された。
視界を遮る程の雨はあの森に集中して降っていたようで、街道の方では小雨程度だった。
シェーアはカバンから囚われていた人達分の雨除けローブを取り出して渡し、エルフィーリアが先行、シェーアが殿を務める形で街へと向かった。
街の門兵の中にはエルフィーリア派閥についていた者が居り、街に入る事にそれ程の苦労は無かった。
トロスの街に住む貴族の中にもエルフィーリア派閥の者は潜んでいるので、囚われて居た者達の寝床も用意は出来るだろう。
元々エルフィーリア派閥は屈強だった。優秀な王女は臣下を選ぶ目もまた優秀だったからだ。
臣下達はエルフィーリアの考えに賛同し、数々の苦難を乗り越えて王に権力を再集中させようと励んだ仲。そう簡単に途切れる縁では無い。
しかし、シェーアが毒矢を受け、エルフィーリアが解毒の方法を探して引き篭もり姫と揶揄される中、エルフィーリア派閥の者達は徐々に抜けていき、最弱の派閥と成り下がった。
だがそれすらエルフィーリアがそうする様にと指示した事。
大貴族達から国の権利を取り戻しはしても、それを陛下の元へと返す為には最終的に派閥そのものが邪魔となる。
故に、落ちぶれた王女に見せかけ、派閥をゆっくりと解体し、各地に元臣下による根を張って隠れ家兼ネットワークを構築していた。
今回は元々、トロスに根を張った元臣下に匿って貰っての作戦だったので、救出した者達を匿う手筈もスムーズに進んだ。
監禁され、食事を抜かれ、陽の光も浴びれずに緩やかに衰弱していた者達は温かい食事と柔らかな寝床を与えると一気に気が緩んだのだろう、深い眠りに沈んでいく。
一先ず落ち着いて状況を整理出来る時間を得たエルフィーリアは思考を始めてすぐに思う。
(恐ろしい程に運が傾いてきています。それもこれもシェーアがチトセ様に出会った事がきっかけ)
万能薬を作り出し、シェーアを回復させ、更には何故かアーティファクトクラスの逸品『インビジブルマント』を二枚も譲渡され、アジトでは見抜けなかった宝物庫にすら入り込めた。最も安全な帰路まで用意して頂いて、仕舞いにはトロスの街には『ケルベロスの首輪』にまつわる者が居ないと言う情報まで。
至れり尽せり。紛う事なき救世主。彼が居なければ自分たちは夢半ばで行き倒れた可能性すらあったと言うのに。
「情報の正確さ。そしてあの導く力。やはり大賢者が持っていたとされる『千里眼』を持っているのでしょう。……しかし、にしては打つ手が場当たり的過ぎる……千里眼は千里眼でも、能力が欠落している?」
イリオス王国王家に伝わる口伝の話では、遥か昔の大賢者は時を読み、あらゆる災害から民を遠ざけ、欲する物を正確に見つけ出し、悪が芽生える前に摘み取ったと言う。
それはまるで過去を知り、今を知り、未来を知っているのかのよう。
千里眼と言うスキルは歴史上でも度々確認されている。
特に何の問題も無い平和な時代にも、魔物による災害が活発化した狂乱の時代にも、人類同士の争いが頻発した激動の時代にも。
あらゆる時代にあらゆる国で千里眼持ちは生まれ、爪痕を残したり残さなかったりする。
「ウルルズ……冒険者ギルド王都支部のマスター。彼女が今代の千里眼持ち。しかしそこに現れた新たな推定千里眼持ち『なんでも相談所』店主チトセ様。……一体どう対処致しましょう」
「畏れながら殿下、それこそ素直に“相談”してみるのは如何でしょうか」
久しぶりの湯浴みを終えて身綺麗になったシェーアがベッドに腰掛けて問う。
言葉遣いこそ丁寧だが、殿下の向かいのベッドで同じ高さに腰掛けながら問いを投げ掛ける姿は騎士のそれでは無く、まるで気安い友のようだった。
それを受けてエルフィーリアは微笑む。
二度と言葉を交わす事は無いかもしれないと思っていた友であり臣下と交わす言葉は、彼女にとってはそれだけでも望外の幸せ。
エルフィーリアが平民であるチトセに様を付けるのはシェーアを救ってくれたが故の事だ。
「ふふ。それが出来たら楽なのですけどね。彼が居る王都までは少なくとも数日掛かります。囚われていた者達への対処も必要ですし、時間も人手も足りません」
「そうですね……想像以上に国の内部へ根を下ろしている『ケルベロスの首輪』の事もありますし、関与している貴族から問答無用で処分出来る程度には情報も洗い出したい所……確かに手が足りません」
インビジブルマントは二枚。貸し出す事も難しい代物だ。
二人の高い戦闘力と機動力、そこに究極の隠密能力が加わるからこそ意味がある。インビジブルマントは例え国王陛下に頼まれても二人は手放さないだろう。
「あーあぁ。チトセ様の奴隷になって寵愛を頂けていればな〜」
「殿下、そう言った発言はお控え頂きたい。店主へ身体を差し出すのはこのシェーアが務めますので」
「貴方、チトセ様を気に入り過ぎでは?」
「何を馬鹿な。あの様なか細く弱々しい、思わず守ってあげたくなる男を気に入るなど。まあ? 命を救われたお礼に? 店主との間に新たに命を儲ける程度はしても良いと思っていますが?」
「何だこの色ボケ騎士。それでもイリオスにシェーア有りと謳われた女騎士なのですか?」
命を救われた恩義は大きい。シェーアは殿下に誓う忠誠と同じくらい大きな感謝をチトセに抱いている。
しかも、この身を捧げると言って素気無く拒否され多大なショックを受けた。
にも関わらず畳み掛ける様に渡されたインビジブルマント二枚によって、よくわからない胸の高鳴りを感じた。
上げて、落とされ、そしてまた上げられ、此度もまた手を取り合って共同作業をしたと言っても過言では無い。
シェーアは、あんな冷たい態度をしていても、なんだかんだでこちらが困った時には手を差し伸べてくれるチトセとは両想いかもしれないとすら思っている。
「適材適所と言う言葉が御座いますれば。このシェーア、命を救われた恩義は命で返すべきと心得ます」
「新しい命を産む事で返すな」
「何を馬鹿な。しっかりと共に育みますとも」
「こっち放棄するな。あ、殿方は腹筋割れてるゴリマッチョとか、身体に傷のある女とか好かないらしいですよ?」
「殿下、ハイハーブの花の蜜から作られるハイポーションはお持ちで? この傷痕消します。あと、お菓子食べます。全部出してください」
「傷は勲章だって誇ってたでしょうに……。それにお菓子食べてもすぐには太りませーん」
体脂肪率がとても低そうなお腹の皮を摘むシェーアを横目に、エルフィーリアは再度思案を再開する。
ケルベロスの首輪の居ない街、トロス。
ケルベロスの首輪のアジトが最も近かった街、トロス。
協力者の貴族すら、この街でのケルベロスの首輪関連の情報を知らない様子。
どうやってあんな辺鄙な場所にあれだけのアジトを作り上げて、あれだけの宝物を溜め込んだと言うのか。
「謎は深まるばかり、ですね」
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あれから数日、使用人に介抱されながらも徐々に活力を取り戻した囚われていた者達は、何人かは故郷に帰りたいと願ったので送り出した。
しかし半数以上が、またあんな思いをするのも誰かにさせてしまうのもごめんだと言ってエルフィーリアに協力したいと言う姿勢を見せていた。
都合の良い事に、様々な方面で名の知れた者や、希少な種族、特殊な能力を持つ者が多かったので利用価値は存分にあった。
別の街で名を馳せた遊女や、尾を三つ持つ狐の獣人、左右の虹彩が違う魔眼を持った人間や、雷のスキルを持つエルフ、魔剣を作ってしまった鍛治師など。
世話になっていた貴族に食客として迎えさせ、各々が能力を発揮しやすい環境を与える様に指示を出す。
その際に必要な費用は、先のアジトで回収した金銭や宝石など、足の付かないだろう物で支払った。
一先ずトロスでの用件を済ませた二人は、付近の街や村にマントで潜入して情報を掻き集めながらゆっくりと王都を目指す。
今は懐かしき王都に辿り着いたのはある夏の日の朝の事。
エルフィーリアは書庫に戻って引き篭もり姫としての役割を再開する為と、城内の調査をするために一度城へと戻る予定だ。
その間、敵方にとってもそろそろ死んだ事になっているであろうシェーアはマントを羽織りながら相談所へと向かう事にした。
頼れる者を頼る事の何が悪いと言うのか。かの者の目でまた我々に救いの導きを示して貰おうではないか。あわよくば……否、求められば致し方ない、身体でも何でも差し出すのもやぶさかではないがなとムラムラ……もといドキドキしながら歩みを進める。
そうして、三人は出会った。
ツーサイドアップの紺色の髪を揺らし、棒付きの飴を口内で転がす、白銀色の瞳の持ち主である美少女と。
金毛金髪金眼、八尾をゆらりと揺らす、麗しくも妖艶な狐獣人の美女と。
銀髪青眼、歴戦の猛者の様な身体と、女として美しいプロポーションを併せ持つ、インビジブルマントを羽織った美人が。
「はっ? 何このバケモン二人」
「ん、この気配。手練れが一人と、あの力と似た……しかし別の力の持ち主か」
「ほう。敵意剥き出しのハーフリング。怒りを抑えた八尾とは……それもマントを超えて知覚する……しかも美女ばかり……コレが修羅場というやつか。やるな店主」
なんでも相談所の店先で、尋常では無い者たちが邂逅する。
そしてそこにやってきた腕を捲ったワイシャツ姿の男が一人、欠伸を漏らしながら歩いてくる。
「あえ? ……何この状況。取り敢えず、いらっしゃいませ?」
誰一人として状況を掴めぬまま膠着を保ち、四人は場所を店内へと移すのだった。
⭐︎突然の四すくみ!一人だけ混じった色ボケ女騎士!