場所を相談所内の相談室へと移した四人。
チトセは一先ず四人分の世界樹マドラードリンクを用意する為にキッチンへと下がった。
その間、相談室では三人がそれとなく警戒態勢を解かないままに牽制し合っていた。
(何こいつら。全く勝てる未来が見えない。それどころかチトセを連れ去る事も出来ない未来ばっかり。……そもそもこの二人に戦闘じゃ敵わない。この狐と半透明だった銀髪女が強過ぎる)
スクリアルドは今日は撤退する事を決める。
姉達と違って斥候タイプの冒険者として身を立てた彼女は、長年の戦闘の勘と斥候としての勘を自分の特別な目と同じくらい信じている。
そしてその判断は実に正しいものだった。
(ビャクの無事を確かめる為に来たのだけど……存外人間もやる。小さい方はずっと目を飛ばし、手練れの方は常に薄ら滲む程度の警戒を悟らせるのみ。警戒している事を教える事でこちらの手を止めてくるとは……場慣れしている)
コガネは人間を次元の一つ下程度の存在に捉えていた節があったが、その認識を素直に改めた。少なくともこの場に“マトモな奴”は居ないのだと。
しかしそんなことは些末な事。何より重要なのはあの男。昨晩感じた力と同じ力を感じる……それどころか全身からビャクの匂いをぷんぷんと漂わせている。
コガネはその匂いにこそ落ち着きを保てなかった。
(ハーフリングの女はギルドマスターウルルズの末の妹の確か……スクリアルド。八尾の狐は、遠い山奥で狐獣人達に祀られていると聞いた事がある。国とは口約束とはいえ相互不干渉を交わしていると聞いたが、それが何故店主の下に。少なくとも二人が友好的で無い事は確実。ここは店主に恩の一つでも売っておくとしようか)
流石は元第十騎士団団長と言うべきか、エルフィーリアの友なだけはあると言うべきか。
両者の事を認知していたシェーアは、マントを脱いでなおローブのフードを深く被って顔を隠していた。
自分が知り得ていると言うことは向こうにも知られていると考えて当然が故の対処だ。
運が良い事に、世情に興味の無いスクリアルドと世間から遠く離れているコガネは、シェーアの名前は知っていても顔までは知らなかった。それ故にシェーアがシェーアであると気付かれる事は無かった。
敵意と怒りを滲ませる二人を見てシェーアはそれとなく警戒する動きを見せつける。さらにはドアに近い位置はシェーアが陣取っており、出入りと退路は彼女が確保している。
この密かなファインプレーにシェーアは鼻を膨らませるが、ドリンクを持って戻ってきたチトセは彼女の意図に気づかない。
「お待たせ致しました、お客様方。ローブの、以前も相談に来て頂いた、あー……シェンさん。いらっしゃい。そちらの八尾の方はコガネ様ですね、ようこそおいで下さいました。昨夜は唐突にお呼び立てしてしまい申し訳ございません。そして小柄なお客様は初めましてですね」
やたらアイコンタクトを取ろうとしてくる仮名シェンを無視してドリンクを配りながら挨拶を交わしていくチトセ。
探るような視線や怒りや敵意を差し向けられても、ずぶの素人には伝わらない。先日の痛みからか千里眼をチキって発動していないチトセにとっては通常営業だったが、ひっそりと三人の内心でチトセの株が上がっていた。
「本来はお一人ずつ対応する所を何やら揉めて居た様子だったので、まとめて部屋に上げましたが……とりあえずはコガネ様以外のお二人の用件をお聞かせ下さい。——ああ、先ずはそちらのドリンクを一口どうぞ。最近“大切な友人”から譲り受けた世界樹の素材を用いたドリンクで、とてもリラックスできますよ」
「店主…………でゅふ」
「世界樹!? あんたこんな飲み物に世界樹の何を使ったの!?」
「おや。そこは当店の秘密ですよ? それに元々このドリンクはコガネ様へのお詫びの品。コガネ様に問われたならばまだしも、初来店のお客様には……申し訳ございません」
急に出てきたとんでもないワードととんでもない一杯のドリンクにスクリアルドが驚きを見せる中、仮名シェンが躊躇無く口をつけ、艶のある吐息を出す。
心なしかシェンの顔にあった古傷が薄らいだようにも見えた。
その様子を見て二人もまた大人しく口をつける。
「んっ!? おいし……疲れ取れる……」
この時、スクリアルドから撤退の二文字が消えた。
「なんと……。店主、貴殿の名を聞いても?」
同時に、コガネからの敵意が若干和らいだ。
「これは申し遅れました。なんでも相談所を営んでおります、チトセと申します。以後お見知りおきを」
「そうか、チトセ。とても素晴らしい飲み物だ。端ない事は承知の上で、おかわりを貰っても良いだろうか?」
「ええ、他でも無いコガネ様がおっしゃるならば。お二方はどうされますか?」
「店主、私も頂きたい」
「……ふん。貰ってあげても良いわよっ」
「承りました。暫しお待ちを」
空になったグラスを下げたチトセを追うスクリアルドの目。しかしチトセはあまり待たせたく無いと思い、昨夜作り置きしておいた分を指輪から取り出す事で対処する。
その為、スクリアルドは製法を見る事はかなわず、一人むすっとしながらチトセを待っていた。
素早く戻ってきたチトセが新たにグラスを三つ置き、ようやく相談室に相談所らしい穏やかな空気が流れ始める。
「では、お客様方、改めて。ようこそなんでも相談所へ。悩みを話すだけならタダ、どうぞお気軽にご相談下さいな?」
自然と場の空気を掴んだチトセのペースで話し合いが始まった。
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「先ずはそちらの小柄なお客様からどうぞ?」
「え? 私? ……まあ良いけど。あんた……じゃなくてチトセ! 冒険者ギルドに一緒に来なさい。少し話があるのよ」
「ここでは話せないことなのですか?」
「チトセを冒険者ギルドに呼ぶ事が私の仕事なの! そんな事も分かんないワケ? 察しわるぅ〜」
スクリアルドの煽るような態度に、一瞬チトセは目を見開いて瞳を輝かせた。
しかし全く動じる事は無く、大人な対応を見せる。それが社会人。それがビジネスマナー。仕事中に笑顔以外を見せる必要は無いのだ。
「申し訳ございません。ですがそう言う事なら承知致しました。遅くても明日明後日のうちには必ず伺いましょう。それと、その程度の用件であれば金銭は必要ありません。お手数をお掛けしたと同時に、ご報告ありがとうございます、可愛らしいお方」
こんな丁寧な対応を初めて受けたスクリアルドは面食らう。
大抵の場合はお引き取りを願われるか、ムキになって応じないと言う判断をとられるか。或いはこの子どもな見た目を馬鹿にされるかのどれかだった。
それがまさか、謝罪された上にお礼を言われ、可愛らしいなどと……悪態をついたのはスクリアルドだと言うのに。
それに要請にもすぐに応じる様子。監視するとしても二、三日なら張り込むのも苦では無い。
気付けばスクリアルドは連行という言葉を忘れて、チトセを見守る判断を下していた。
「……スクリアルド。名前……」
「そうでしたか、スクリアルド様。改めて感謝を」
「ふーんだ。良い大人がこんな見た目の私に頭なんか下げちゃって……恥っずかしぃ! バカじゃないの?」
「手間を惜しまず伝えに来てくれた事にお礼を述べ、手間をお掛けした事に謝罪する。当然の礼儀をバカと仰るならば、私はバカで構いません。スクリアルド様、また何か小さなことでも構いません、私が力になれる事があればいつでもお越し下さい」
「………………ばーか」
スクリアルドはそっぽを向いて立ち上がるとドアの方へと歩き出す。
そこで一度立ち止まると、戻ってグラスの中身を飲み干し、ドアを開けて部屋を出ていく際「ばかちとせー!」と言い捨てて去っていった。
「あの見た目です、様々な苦労があったのでしょう。それを思えばなんとも微笑ましいですね」
(控えめだったが確かなメスガキ……俺、感動したよぉ!)
チトセは思う。一対一だったら煽りに乗ったかもしれない。分からせられるのも、分からせるのも、どちらの展開も体験してみたかったからだ。
しかし、シェーアはまだしもコガネ様が居る中で無様をお見せは出来ない。どこぞで祀られる現人神だ。礼儀は重んじなければ。
「さて、ではお次なのですが……シェンさんは一対一が望ましいでしょうし、私個人としてもコガネ様とは一対一でお願いしたい。申し訳ありませんが、シェンさん、暫し時間を潰して来てもらう事は可能ですか?」
「ああ、心得た。今の空気ならば問題無いだろう」
「では、お手数ですが、店を出る際に玄関ドアのプレートを裏返して置いてください」
「承知した。店主、また後ほど」
マントを纏ってスッと気配を消した仮名シェンはグラスを空っぽにしてから出ていった。
そして、チトセとコガネ、二人だけの空間が出来上がる。
コガネはグラスを少し傾け唇を湿らせると、躊躇う事なく口火を切った。
「単刀直入に問おう。チトセ、其方はビャクを攫い、ビャクを祀っていた集落を滅ぼした者に関係しているか?」
コガネからすればコレは最早ただの確認だ。
疑う心は少ない。ビャクほど正確では無いが、他心通を用いて虚実の判断程度は可能だからだ。出会ってからこっち、シェンの名を除いてチトセの発言に嘘が無いことを把握しているコガネは、最後に当人の言葉を欲しただけ。
当然チトセは否と答える。嘘は無かった。
それどころかその組織と敵対し、ビャクを保護した者であると言う。
そこにも嘘は無かった。
故にコガネは迷う。九尾を捕らえた組織があるのか、と。
しかしチトセが重ねて事情を説明する。ビャクは面白半分で捕まり、衰弱して死にかけていた、そこを救出したのだと。
するとコガネは立ち上がり、直角に腰を折って頭を下げた。
「ほんっっとうに感謝申し上げますぅ!! 申し訳ありませんチトセ殿! あのビャクがそんな愚かな……いえ、そうなってもおかしく無い環境ではあったのですが、それでもまさかビャクが……ああもう!! 直ぐに連れ帰りますので!! あぁ! 謝礼もまた後程お送りします!」
これまでの威厳ある雰囲気を霧散させ、ペコペコと頭を下げる度に乳房をたぷんたぷんと揺らすコガネ。
チトセの目がコガネが頭を下げる動きよりも多く上下を繰り返す。
しかし、ぴたりとチトセは動きを止め、机を指で二度叩く。
その音にびくっと肩を震わせたコガネは頭を上げると、真っ直ぐに向けられた視線に気づく。
「一度、落ち着いてお座り下さいコガネ様。それと、ビャクに関しても……一度本人を交えてお話し出来ればと思います」
「え、えぇ、そうですね。そのように致しましょう」
「…………まあ、私個人の意見を言わせて頂くなら、これ以上ビャクを縛り付けないであげて欲しいのですがね」
顔は笑っている。しかし目が微塵も笑わないチトセの顔を見て、コガネの背が粟立つ。
「……縛る? わたしが? 何故そのような発想に?」
「貴方様は連れ帰るとおっしゃられた。ですがビャクは今ここでの暮らしを楽しんでいる。私も彼女と過ごす日々を掛け替えなく思っている。……私は、ビャクと私の為ならば怒りもしますし、抗いもしましょう」
「……寿命も価値観も違う貴方に何が分かるのでしょう。何が出来るのでしょう。我らは人間の数世代分を一人で生きるのです。九尾ともなれば何十世代か。人間では寄り添えません」
「生まれた瞬間から九尾だった彼女の事を理解出来る者など、この世界には居ませんよ。だから分かり合うために手を取り合うのです。違いますか?」
チトセの言葉は強い皮肉を含んでいた。
コガネは一瞬歯噛みするも、チトセとビャクを思うからこそ引き離すべきだとも考える。
絆は深ければ深いほど、分かたれる時は辛く苦しいのだから。
机をバンと叩き、コガネが語る。
チトセが知らないだろう絆を見せ付け、関係値の深さを知らしめてやろうと言うのだ。
「わたしは!! ビャクのおしめを変えた事があります! あの子が手のひらくらいの頃から知り、立派に祀られるまで育てたのです!」
机をドンと叩き、チトセも語る。出会って数ヶ月ではあるが、過ごした時間は超濃密。こちらもこちらでコガネのメンタルを折に行く作戦のようだ。
「私も、ビャクの下着を変えた事があります。出会って数ヶ月ですが、ビャクのホクロの位置まで完全に把握しておりますとも」
「変態ですか?」
「失礼だな。純愛だよ」
チトセの純愛砲もなんのその。
ビャクの尻尾のもふもふ具合や、人形のようにおとなしい頃、甘えて擦り寄ってくるビャク、超然としていた凛々しいビャクなどなど。
段々とビャク談義は白熱していった。
「はぁ、はぁ……羨ましぃ……わたしもビャクに甘えられたい……!」
「くそぅ……はぁ、はぁ、そんなお人形ビャクとか見た事ない……ちょっと見てみたいっ!」
互いに知らないビャクの話に嫉妬して、己が知るビャクの可愛いところ語りは続く。
次第にそれはツマミとなり、グラスに注がれる飲み物が酒類へと移行していく。
気付けば隣り合って腰掛け、互いに酒を注ぎながらやけ酒じみた飲み方で。途中からは肩を組みだす始末。
「わらひもー! ビャクをもふりたーい! あとねぇ、もう一本尻尾欲しいのぉ〜〜!!」
「尻尾は知らないすけど、ビャクには会える会える! 夕刻には帰ってくるからぁ! ね? それまでちょぉっとゆっくりしときゃぁいんですよっ! あーんなビャクや、こーんなビャクを目一杯目の前で見せたりまさぁ! あはははは!」
「このぉぉぉ……人間のくせに生意気なー! えぇ? チトセぇ? 調子乗ってますよねぇ? ビャクに懐かれてるからって!!」
「あ、おぱい。おぱいあたてる……ぱふ、もふ……」
「おりゃー! おっぱい攻撃ぃぃ!!」
「あっ、んほっ、おほ……それやべっ初対面おぱいキク」
肩を組んだ状態から、コガネがはだけた着物をさらにずらして生乳がチトセの顔に押し当てられる。
気持ち良さと興奮と息苦しさにもがくチトセが手探りでコガネの身体をまさぐって押し離そうとするが、拍子に尻尾の付け根をむんずと掴んで扱いてしまった。
途端——嬌声が上がる。
「んはあぁああぁぁんっ♡♡」
背を仰け反らせてびくんびくん。昨晩ビャクが語ったような反応を見せたコガネ。
流石に戦々恐々とし出すチトセだったが……。
「これはやっちまったか?」
「ちょっとぉ……チトセぇ………………やるならもっとやりなさいな♡」
「あっ……はい! いただきまーす!」
時刻にして午後二時。酒精漂う部屋の中、首飾りの影響で一人シラフなチトセの一人勝ちな展開が始まった。