ゼロラボに閉じ込められたオーリム博士とセックスしまくるやつ。 作:神の筍
——パルデアの大穴。
パルデア地方に一〇〇万年以上前から存在するとされ、歴史に刻まれる列強国たちが''財宝''を求めて数え切れない死者を出した深淵。かつては信仰の対象すらになったその場所は現代科学/化学によって日々解き明かされ、地上に富と繁栄を齎した。
そして、その功績を生んだのはたった一人の博士……名を——オーリム。
オレンジアカデミー卒の天才。学生時代から大穴に関する論文を出し続け、卒業してすぐにポケモンリーグ・パルデア支部に招致された鬼才でもあった。彼女は大穴の内側を''エリアゼロ''と呼称し、自らが開発設計に携わった観測ユニットで中継基地を生み、今まで一向に進めなかった底への道を十年足らずで死傷者ゼロにまで減らした。研究基盤が出来上がったおかげで外部の優秀な研究者を招き、さらに探索は加速する。最終的に''最下層''とされる区域に到達後、''ゼロラボ''と言うオーリムによる、オーリムのための特別研究施設を敷いた。
「ふむ。困ったな……テラスタルを供給源とした発電システムは生きているが、肝心のラボ全体に回す送電システムがやられている」
そう呟くのは生々しい破壊痕の目立つゼロラボの主人、オーリムだ。彼女は最小限の電力で稼働するメインコンピューターを眺めて被害を計算する。
「『キミ』のおかげで我々が死ぬことはなかったがこのままいけば出入口の開かない棺桶で乾涸びて終わりだろう。せめて食糧庫の扉は復旧させなければならない」
キミ——オーリムの視線の先には一人の青年の姿があった。歳は二十を過ぎた頃、黒髪茶眼のどこにでもいる容姿である。役割が役割であるためか、動き易そうな服装の上からはある程度の筋量が窺えた。
「アグリ。キミのポケモンにエスパー技を使える実体の持たないゴーストポケモンがいたね? 力を貸して欲しい」
「はぁ……いや、オレも出れないと死んじゃうんで構わないっすけど……ゲンガー、頼む」
モンスターボールからではなく、アグリは自身の影に声をかける。人型だったそれは次第に闇が滲むように膨れ上がり、シャドーポケモンの半身を浮かばせた。
「ほぅ、モンスターボールに入れるのではなく、いつでも動けるようにそこにいさせたのか。もしかしてワタシと調査に行くときもそうしていたのかな?」
「野生下だと遭遇したポケモンが容赦なくトレーナーを攻撃してくる可能性もあるんで。それで、どうするんすか?」
「少し手荒だがまずは食糧庫の扉の鍵を無理矢理開ける。電気はなくとも飲食がなければ生物は物になるからね。壊した鍵は電力復旧後、ラボ内にある3Dプリンターで調整するとしよう。場所は覚えているな?」
「もちろんっす」
既に復旧後の計画まで考えているのだろう。オーリムは手早く指示を出すと書棚にあった紙を取り、簡素な目標表を書いた。
「当面の目標はゼロラボを隔離することだ。キミが仮称個体名・ツバサノオウを撃退したことで一時的な安全は得られたが、再び襲ってくることは想像に容易い」
「一旦ラボを放棄してすぐに地上を目指すっていうのは無いんすか?」
「到底無理な相談だ。キミには……いや、これは一先ず隔壁を降ろし、確実な安全圏を得られた後に話そう。予定では一週間後だ」
オーリムとアグリの関係は雇い主と雇われトレーナーだった。オーリムが所属するポケモンリーグを通してではなく、彼女個人が雇用したため直属の上司となる。そのため、アグリは契約期間が終わるまではその指示に従順でなければならず、手を貸さなければならなかった。ただのトレーナーとしては破格の給金を貰っているからである。
一、
「——このままゼロゲートも閉鎖して研究を続ける!? あんた何言ってんだ!?」
怒声とも悲鳴とも聞こえる声はアグリから上がった。下手な敬語すら消え、タメ口で批判していることはオーリムから語られた内容に気が入っているため気付いていない。
「ゼロゲートを閉鎖することでエリアゼロに入ってくる人間を制限する。絶壁を越えてくるポケモントレーナーであっても、それまでの消耗を考えればエリアゼロを深く進める者は皆無だろう。トップチャンピオン級なら別だが、観測ユニットも開かないようにすれば休憩も出来ず帰るはずだ」
「いやいや、仮にそうであっても生活はどうするんすか? オレは研究とかよく分かんないすけど、終わりは見えてるんすか?」
「全くだ。兆しすら見えていない。だが、幸いにしてゼロラボは当初の予定通り、ワタシとキミ程度なら一生困らない食糧がある。パルデアはもちろん、カントー、ホウエン、イッシュ……アローラのマラサダまでデザートとして保管している。地下水を汲み上げた水道設備も、排泄処理も、電力が復旧した今、心配することは何も無い」
「……」
アグリは絶句する。
それではまるで、初めからゼロラボと外界を隔離して単独で研究をするかのような準備の良さではないかと。
「本来ワタシだけだったがキミという優秀なポケモントレーナーに会った。コレがあれば対ポケモンでも問題ないと考えていたが……肝心のワタシがポケモンの動きに反応出来なければ意味がない」
オーリムは傍らに置いていたアルミニウム合金のケースを机に広げ、中身を取り出す。
「それは……っ」
「マスターボール。テラスタル技術を使えば簡単に複製出来る代物だ」
ポケモントレーナーたちに都市伝説の如く伝わる、ありとあらゆるポケモンを必ずゲット出来る最強のボール。
「コレがあればツバサノオウも捕獲することは可能だが、その過程は厳しく険しい。強力なポケモンとは比例して知恵もある。マスターボールといえど、ワタシの腕では弾かれるのが関の山だからね」
モンスターボールにはポケモン以外には反応しないというセーフティ機能が存在する。それが無ければ下手すれば人に反応し、世界各地で無差別の誘拐事件が起きるからだ。では、なぜポケモンは捕獲出来るのか? それはポケモンには独自の生体電気が流れており、ボールがポケモンかポケモンではないか。野生か野生ではないかと判断するからである。
総じてどんなボールにも必要なのは『ポケモンに当てる』という行為……オーリムは実地調査が主なだけあって高い身体能力を持つが、訓練されたトレーナーほどではない。ツバサノオウにマスターボールといえど当てるのは至難の業だろう。
「前金としてキミに渡そう。適正に売っても一千万は下らないだろう。裏ではそれ以上……安心したまえ、受け取ったからといって提案を必ず受けろとは言わない」
アグリは無言でマスターボール六個をバッグに入れた。
「まぁ、話くらいは聞きますけど、結局博士は何が目的で篭るんすか? わざわざゼロゲート閉鎖して外部の人間入れないってことは極めて私的な理由ってことすよね?」
「察しが良いな。その通りだよ。名目上は最下層でテラスタル研究を行うためと言っていたが……このラボは元々——タイムマシンを作るためにある」
「——は?」
「はははっ! アグリ。キミは本当に分かりやすいな! 今、ワタシが阿呆なことを言っていると思っただろう?」
「遂に閉じ込められて頭がおかしくなったのかと思っただけっす」
「くくっ、同義じゃないか。だが、そのままの意味だよ。頓知など利かせていない。正真正銘、ワタシはタイムマシンを作ろうとしている」
アグリは脳内でタイムマシンという言葉を周回させるが、やはり理解出来なかった。
タイムマシン。過去か未来に飛べる夢の機械。創作物の代表だ。
「さて、キミはワタシと行動するにあたってパラドックスポケモンについて知っているな? ツバサノオウを始めとしたどこか既存の……いや、原種と呼ぼうか。原種のポケモンと似た、謎のポケモンたちだ」
エリアゼロでは独自の生態系が築かれているため、当然この環境でしか見られないポケモンも存在する。例えばキラーメとキラフロル。彼らはテラスタルを主食としているのか身体の一部が結晶化しており、現状外界では確認されていない希少個体である。
それとは別……オーリムとエリアゼロを探索していると、時折奇妙なポケモンを見掛けた。レアコイルのようなポケモン。サザンドラのようなポケモン。ムウマのようなポケモンなど、様々だ。
当初は驚いたがアグリはすぐにこの生態系が生み出した亜種と判断した。レアではあるがテラスタルを食したことによる進化の一つと思ったのだ。
「ワタシの答えはただ一つ——あれらが時空の歪みに巻き込まれ、古代から来たということだ」
アグリは頭痛が痛かった。
「論拠はある。キミと捕獲したいくつかのパラドックスポケモンを調べたとき、原種と比較して異なる変化を受け入れた痕跡があった。詳しい説明は省くが、遺伝子情報が違ったのだ。これは如何に生態系が違うとはいえ、まるで星そのものの環境が違わなければ有り得ないものだ。つまり、彼らは現代で生まれたのではなく、過去で生まれた現代にやってきた」
「あー……万が一古代種? だったとして、どうやって今に来るんすか? さすがに理系じゃないオレでも時空の歪みの証拠が無いと信じられないっすよ。そもそも時空の……」
アグリの言葉が段々と尻すぼみになっていく。何故なら彼は時空の歪みを知っていたからだ。
「そう、もはや時空の歪みが存在しないという議論はキミ自身が無駄であると分かっているはずだ——エーテル財団にいたのだから」
エーテル財団。
アローラ地方で活動していたポケモンたちの保護を目的とした医療財団だ。だが、それは表向きの話……初代財団代表を失った組織は次第にずれ始め、裏では時空間研究に力を入れていた。
「ゼロゲートの転移技術も一部はウルトラホールの論文が基になっている。財団のエリートトレーナーだったキミなら実際にウルトラホールも目にしただろう?」
「目にしたも何も、実際にウルトラスペースに入ってましたよ。全然別の世界だったんで」
「それを聞いて安心した。別の空間軸が存在するならば別の時間軸も存在する。時間と空間は常に表裏一体……そして、この場所ならば時間軸を移動するエネルギーも集められる」
「それがテラスタルってことすか」
「大雑把とはいえ物事を素早く把握出来る点もワタシがキミに手を借りたい理由だよ。どうだろう? アグリ。キミもワタシの世紀の同伴者にならないか?」
難しいことには理由を見つけない。ルザミーネにその力を信頼され、彼女の御高説も何度も聞いたが彼の心情はそれである。財団にいたのもただ給金と待遇が良かったからなのだ。
ただ、それ以上に……面白そうだった。
タイムマシンと聞かされて興味の出ない者はいない。ましてやそれを不可能を可能にして来たオーリムが語るのだから。
「オレの判断で離脱アリ。悪いっすけどその場合は博士の身も強制的に地上に送ります。それで良いなら再雇用を受けるのもやぶさかではないっす」
「離脱の基準は?」
「明確に命の危機に陥った場合っすね。具体的にはこの場で治せない致命傷を負ったりとか、病気とか。何とかすれば治せるものなら含みません。後遺症が残るものも……まぁ、博士が許容出来るなら」
「分かった。条件はそれで良いだろう。では、タイムマシンの完成するときまでよろしく頼む、アグリ」
「はい。博士」
二、
博士の手伝いが始まったとはいえ、アグリが忙しくなることはなかった。
それもそのはず、オーリムは空想上のタイムマシン構造は出来ているが、それを現実化させるにはいくつもの越えなければならないプロセスがあるからだ。一から推論を立て、実際に作成するも何かがズレている。そのズレを修正し、再び検証することに一月以上掛かるのは当たり前だった。
アグリの仕事と言えば専らテラスタルの採掘とゼロラボに近づいてくるポケモンたちの撃退だった。隔壁を降ろしているとはいえ警戒しないことには越したことない。最も、直接ラボに向かってくるポケモンなど殆どいないのだが。
「アグリ。久しぶりだな」
「おー、博士。久しぶりっすね。凄い隈ありますけど大丈夫すか?」
食堂代わりに使っている食糧庫隣の会議室でアグリが昼食を取っていると、一週間ぶりに研究室から出てきたオーリムの姿があった。
「睡眠時間は確保しようとしているが少しでも意識が覚醒していれば考え事をしてしまってね。眠りの浅い日が続いている」
「ちなみに進捗状況は?」
「20%といったところか。だが、これは今の状況より前から考えていた構想段階が現実化し始めたに過ぎん。問題点を修正して、ここから全く新しい技術を開発するとなればあと何年かかるか……」
「今のままの生活だと余計に博士のパフォーマンスが落ちるんじゃないすか? 上手いことメリハリ付けないと一気に劣化しますよ」
「……その通りだ。少し根を詰め過ぎていたか? 大丈夫だ。時間はある……アグリはいつもこの時間に食事をしているのかな?」
「ええ、ポケモンたちの世話もあるんで。閉鎖的な空間だからこそ規則正しい生活を心掛けてます」
「……ふぅ。やれ痛い話だ。分かった。これからは研究室に食事は持っていかず、ここで食べよう。申し訳ないが会話に付き合ってもらっても良いかな?」
「良いっすよ。自分も博士が篭ってる間は暇なんで」
三、
「……三十九度八分。十分高熱っすね。しばらくは安静しないと命に関わります」
共に食事を取ることが当たり前になった頃、アグリが朝食に来ないオーリムを不自然に思い彼女の寝所に向かった。扉越しに声をかけても応答がなかったため、中に入ると顔を真っ赤にしたオーリムが倒れていた。
「……ぁぁ、分かっているとも。キミとの契約は——ごほっ、んんっ……」
「疲労から来るもんなんすからちゃんと寝てください。食事も病食用を持ってくるんで」
「すまない……」
医療財団にいた経験からアグリは疲労風邪と診断し、すぐに彼女をベッドに押し込んだ。
「話さなくて良いんで、服だけ脱いでくれないすか?」
「っ!? な、何を言って——」
「いやいや、もう経産婦なんすから恥じないで汗かいた服は替えましょうよ」
「う、ま、まぁ、そうだが……替えはそこに入っている。枕元に置いて退室してくれ。それくらいの体力は残っている」
「はい。じゃあ、何かあったらスマホロトムの無線機能で連絡してください。すぐに行くんで」
「ああ。ありがとう」
四、
「試作機が完成した」
オーリムがそう告げたのゼロゲートが封鎖され、エリアゼロに人が踏み入れなくなって三年が経った頃だ。ちなみに外界ではトップチャンピオンが交代し、オモダカというトレーナーが現在就任している。
「意外に早かったっすね」
アグリが監視カメラを通して外の隔壁に攻撃するポケモンがいないか確認していると、オーリムは計画が順調であることを説明する。さしもの彼女でも研究室詰めが堪えるのか、最近は二人でゼロラボの外を散歩する機会などが増えていた。
「最も、向こう側からこちらに繋げた……片道のものだが」
つまり、こちら側から向こう側にはまだ通れないということだ。だが、行くことに成功した場合の帰路は確保したということでもある。
「ワタシがタイムマシンの着想を得たのはテラクリスタルのエネルギーがウルトラホールと酷似した方法で時空の歪みを作り出し、パラドックスポケモンを呼んでいたからだ」
擬似ウルトラホール、とでも言おうか? それ自体は早々に完成していた。元々ゼロゲートに搭載された空間転移システムを増大させ、別の空間に出入口を設定したのだ。だが、一番の問題はタイムマシンの基幹たる『時を超える』こと。
現実的にこの地では過去のポケモンが現代に飛ばされるという現象が起こっているが、それは環境が生み出した奇跡であり、人工的に再現することが出来なかったのだ。
「我慢出来なくてキミを呼ばずに起動させた結果、このようポケモンが出てきた」
「危ないんだから呼んでくださいよ……」
アグリが差し出されたタブレットを受け取ると、そこにはボーマンダに酷似したポケモンがいた。
「仮称個体名・トドロクツキ。ドラゴンポケモンは一般的にプライドと自我が高く、トレーナーが対等未満と判断されればコミュニケーションを取ることすら難しい。このポケモンはまさに典型であり、マスターボールに入っているから指示を聞くだけだ」
「うわ、数値めっちゃ高いっすね」
「ああ。一部は原種だろうボーマンダを上回っている」
五、
「そう言えばパトラドックスポケモンがいる時代って、どのくらいの時代なんすか?」
片道切符のタイムマシン試作機が出来てから一年、いつもの会議室で雑談していたアグリがそう言った。
「少なくとも二〇万年以上は前だろう。正確ではないが放射性炭素年代測定法では測れないレベルだ。そこからパラドックスポケモンたちの遺伝子素を逆算したとき、彼らは我々人間が生まれるより前の時代を生きていたはずだ」
「あぁ、やっぱそうなんすね」
アグリが腑に落ちたように頷いた。
「おや? まるでキミは知っていたかのようではないか」
「まぁ、いわゆる考察……いや、妄想に近いんすけど、パラドックスポケモンって人間と触れ合うことが前提じゃないんですよね。攻撃的過ぎるというか、トレーナーやってると『このポケモンは触れ合えるな』ってのが分かるんすけど、あいつらにはそれがない」
「……その感覚は正しいものだろう。たとえばガーディやイヌヌワンが人間に懐きやすいのは石器時代から狩猟の相棒として育てていたからで、その遺伝子には『人間は味方になる可能性もあり、敵になる可能性もある』という情報が組み込まれているからだ。それは他のポケモンたちも同じで、野生下であっても人類を『共存可能』と判断してきたのだ」
「だが」と、続ける。
「パラドックスポケモンは根本的にそれが無い。『共存不可能』と判断されているわけでもない。つまり、彼らは人間が誕生するよりも前の存在ということだ。一応、我々が今いる時間軸のポケモンを原種と呼んでいるが、もしかするとパラドックスポケモンこそ原種と相応しいのかもしれない」
となれば、アグリはパラドックスポケモンを呼んでは捕まえず放出しているオーリムがとんでもないことをしているんじゃないかと思った。
もし原種と交わり、攻撃的な個体が増えるとどうなるのか。彼は考えても取り返しが付かないので無視することにした。外界に影響するようなことがあってもポケモンレンジャーがどうにかしてくれると現実逃避したからだ。
そして、二人がエリアゼロに篭ってから五年が経過した——。