2005年12月。隼人25歳、綾24歳、愛菜4歳、さくら1歳1か月。ある日、綾から陰部の脱毛をしたいと相談があった。さくらを妊娠した際の妊婦健診や出産時、陰毛が生えていたのが恥ずかしかったのが理由だった。さくらの妊娠中、綾は他の妊婦さんとの会話で、VIO脱毛について耳にしていたらしい。最近の脱毛は、VIO脱毛が主流で、下腹部の陰毛(Vゾーン)、大陰唇から会陰にかけての陰毛(Iゾーン)、そして肛門周囲の陰毛(Oゾーン)をすべて脱毛する女性が多いそうだ。
特に綾の陰毛は黒々と濃く、恥骨から大陰唇、小陰唇、会陰にかけて生えそろっており、いわゆる「剛毛」だった。また、肛門周囲にも生えているため、衛生的にも気になっていたという。僕個人としては、綾の陰毛が好きなので、できればVIO脱毛はしてほしくなかった。しかし、綾の気持ちが一番大切だ。僕の希望も伝えつつ、最終的には綾の意思を尊重すると、綾に伝えた。
____________________________________________
1か月後、やはり綾はVIO脱毛することを決心した。同年代のママ友の中にもVIO脱毛をしている人が多いらしく、「最近の若いママはみんなしているみたいだ」と話していた。
次の日の夜、綾は愛菜とさくらと一緒にお風呂に入った時、ふと脱毛について愛菜にも聞いてみた。「ママのおまたのお毛毛、あったほうがいい?ないほうがいい?」と。すると愛菜は、迷うことなく「あったほーがいいー!」と大声で叫んだのだ。
この一言で、まるで試合を一発でひっくり返すような大逆転が起きた。まさに満塁サヨナラホームランだ。翌朝、綾はVIO脱毛の予約をキャンセルした。娘の純粋な一言が持つ、計り知れない影響力を改めて認識した瞬間だった。夏は家族みんなでプールや海に行きたいからと、ビキニラインの陰毛だけを女性用シェーバーで剃ることにしたそうだ。僕もそれを聞いて、胸をなでおろした。愛菜にとって、生まれてからずっと見慣れてきた綾のおまたのお毛毛は、きっとママという存在の一部なんだ。そう思うと、そのいじらしい愛情に心が温かくなった。
____________________________________________
2006年4月。隼人25歳、綾24歳、愛菜4歳、さくら1歳5か月。綾の陰部脱毛の一件以来、今度は僕自身の陰毛が気になり始めた。最近は男性脱毛が流行しているというテレビや雑誌の情報も目にする。そこで、綾に「僕は脱毛したほうがいい?」と尋ねてみた。昨今の女性は男性の体毛を嫌う傾向にあるからだ。すると綾は「別に気にならないよ、でも、どちらかと言うと私は隼人の陰毛好きだけどね」と答えてくれた。
その夜、僕たち4人でお風呂に入りながら、愛菜にも同じ質問をしてみた。「パパのおちんちんのお毛毛、あったほうがいい?ないほうがいい?」。僕は、綾の時と同じように「あったほーがいいー」と答えるだろうと思っていた。しかし、返ってきたのは予想を裏切る「ないほーがいいー」という言葉だった。驚いた僕は「どうして?」と尋ねた。
すると愛菜は「だって、痛いとこがあるんでしょ?」と答えたのだ。その言葉で、僕の脳裏には中学1年生の夏、突然の腹痛で病院を受診した日のことが蘇った。診断は急性虫垂炎、いわゆる盲腸だった。緊急手術を受け、右下腹部にはかなり大きな傷跡が残った。普段は陰毛に隠れて見えないが、よく見ると痛々しい傷跡だった。愛菜は以前、「123のひ」の時に僕の傷跡に気づき、「これなあに?」と尋ねたことがあった。僕は「パパは子供のころ病気をしておなかを切ったんだよ、痛かったよ」と説明した。その時、愛菜は「かわいそう」と言って、陰毛に隠れたその傷跡を小さな指先で優しく撫でてくれたのだ。愛菜はあの時以来、僕のおちんちんを洗うたびに、その傷跡を見ては「痛くてかわいそう」だと思っていたらしい。「だから、パパのおちんちんにお毛毛がなければ、愛菜がいっぱい洗って痛くないようにしてあげられるよ。だから、ないほーがいいー」。その言葉に、僕は愛菜の底知れない優しさを感じ、胸が熱くなった。
今回の「パパのおちんちんのお毛毛問題」は、綾が「あったほうがいい」、愛菜が「ないほーがいいー」と、判定は引き分けに終わった。僕は、二人の愛しい家族の意見を、どちらも大切にしようと心に決めた。
____________________________________________
今日5月12日は、僕の26歳の誕生日。「123のひ」がやってきた。僕は綾のシェーバーを手に、ある一大決心を固めた。その夜、綾と愛菜がお風呂から上がるのを待って、僕は浴室に突撃した。前日、「パパのお毛毛問題」で愛菜が「ないほーがいいー」と熱弁を振るっていたのを思い出し、僕は左の下腹部の陰毛はそのままに、盲腸の傷跡がある右下腹部の陰毛だけを大胆に剃り上げたのだ。Vゾーンの右半分だけ、まるでパパのプライベートゾーンに突然のスキマ風。
浴室に現れた僕の姿を見て、綾は「どうしたの?何それー!」と、僕の陰毛に大爆笑。「パパ、傷、よく見えるね!」と愛菜はニッコリ。その表情は、僕の剃り上げた陰毛の謎よりも、傷跡がよく見えるようになったことに純粋に喜んでいるようだった。小さな手にボディーソープをいっぱいに泡立てて、愛菜が「パパのおちんちんと盲腸の傷跡」を洗い始めた。「いーち、にー、さーん」と愛菜の声が浴室に響き渡る。10秒間を数え始めたはずが、なぜか「きゅーう、じゅーう、じゅーいち、じゅーに」。すると綾が「あれ、愛菜もう10だよ!」と、ちょっとびっくりして愛菜に話しかけた。愛菜は、パパのおちんちんと盲腸の傷跡を小さな指で「ここと、ここね」とばかりに2か所指さして、「2個だから20だよ!」と、まるで世紀の大発見でもしたかのような自慢げな表情。これには僕と綾も顔を見合わせて大爆笑。愛菜にまんまと一本取られてしまった。「愛菜、ずるいよ、ママにも洗わせて!」と綾は愛菜の手を取り、おちんちんと傷跡に「じゅーはーち、じゅーきゅー、にーじゅー」。この日以来、「パパのおちんちんを洗う日」は、愛菜によって「123のひ」から「20のひ」と華麗に改名された。そして、いつの間にか愛菜は20まで数えられるようになっていた。
お風呂から出ると、愛菜は早速リビングのカレンダーに向かい、次の「20のひ」を幼い字で書き入れていた。もうすぐ5歳になる愛菜が、いつまでこの「20のひ」をカレンダーに記してくれるかはわからない。もしかしたら小学校に入学するまでかもしれない。それまでは、この「20のひ」の20秒間は、愛菜が僕にくれた期間限定の、そして愛おしいプレゼントとして、僕の心の奥の秘密の場所に大切にしまっておこうと誓った。
松原隼人:1980年5月12日生まれ 1998年7月5日(18歳2か月)初体験
____________________________________________
松原 綾:1981年7月5日生まれ 1998年7月5日(17歳)初体験 新体操部
____________________________________________
松原
____________________________________________
松原さくら:2004年11月10日生まれ(次女)
____________________________________________
山田美咲:綾の高校の同級生 新体操部