2006年8月。隼人26歳、綾25歳、愛菜5歳、さくら1歳9か月。父の葬儀以来、綾は美咲と時々メールなどで連絡を取り合うようになっていた。そして1か月後、僕たちは3人で再び会うことになった。八王子の実家近くの居酒屋で待ち合わせると、美咲は、2回目の結婚をしたこと、今度は優しい旦那とうまくいっていること、趣味のケーキ作りは続けていること、パートで事務の仕事を始めたことなどを話してくれた。綾もまた、携帯に収めた愛菜やさくらの写真を見せながら、2人を産んだ時のこと、育児のこと、僕のこと、仕事のことなどを、時を忘れて語った。
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2時間ほど食事をした後、お開きとなり、3人で居酒屋を出た。しばらく無言で歩いていると、綾が突然、美咲に尋ねた。「美咲、なんか話してないことない?」美咲は驚いた顔で「え、ないよ」と戸惑いながら答えた。すると綾は、「美咲、お腹に赤ちゃんいるんじゃない?今日会ったとき、すぐわかったよ。いつ言ってくれるのかなって思っていたけど、全然言ってくれないから、私から聞いちゃった」と、おどけて美咲を肘でつついた。
その瞬間、僕は美咲が自分の妊娠を言い出せなかった理由を悟った。あの時、公園で僕と綾が愛菜とさくらと遊んでいるのを見かけ、嫉妬に狂った手紙を出した自分が、今、子供を授かったことで、その過去の行為を許せなくなったのだ。美咲は「よく気が付いたね」と、驚いた表情で綾を見た。「美咲はチビでいつも昔から厚底の靴を履いていて「厚底の美咲」って呼ばれててさ、でも今日会ったらぺったんこの靴を履いていてあれ?って思ったの。あと、顔も昔の美咲の雰囲気じゃなくて何か違うと思った。それと、愛菜とさくらの写真を見せた時、すごく優しくてまるでママみたいな顔で見てたんだよ」と綾が種明かしをした。 美咲は「綾は何でもお見通しだね」と、諦めたように苦笑した。綾が「何年美咲と親友やってると思ってんの!」と、美咲と腕を組んだ。
「親友……」。その言葉を聞いた瞬間、美咲の目から大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちた。
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再び、3人で無言で歩き始めた。沈黙を破り、綾が美咲の目を見て微笑んだ。「美咲、住所教えてよ。私も教えるから。また一緒に遊ぼう」。駅に近づくと、美咲は振り返り、「今度メールで住所送るねー」と、大きく手を振った。桑都八王子東高校新体操部キャプテンの松原綾と副キャプテンの山田美咲、2人の錆びついていた友情の歯車は少しずつ動き出した。
美咲と別れた後、僕は綾に尋ねた。「すぐにわかったの?妊娠」。綾は自慢げに言った。「わからなかった?隼人って鈍感だよ」。男の僕には決してわからない、愛菜とさくらという2人の愛する子供を妊娠し出産した女性だけが持ち得る、何か特別な感覚があるのかもしれないと、僕は思った。
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9月26日、愛菜の5歳の誕生日。玄関のドアホンが鳴り、宅配便のお兄さんが「冷蔵です」と告げた。それは美咲からだった。僕と綾は大きな箱を開けた。中には美咲の手作りケーキが収められていた。袋には別に5本のローソク。そして、美咲の自筆で「まなちゃん、5さいのおたんじょうびおめでとう」という温かいメッセージが添えられていた。
その夜は家族4人で誕生日ケーキを食べた。8等分されたケーキは、1個目は愛菜、2個目は綾、3個目は僕、4個目はさくら。そして5個目と6個目は、仏壇の父と母に供えた。今回の美咲との新たな関係は、父と母が亡くなったことがきっかけで生まれたものだった。亡き父と母は、僕たちに沢山の遺産を残してくれただけでなく、綾にはかけがえのない友情という、目に見えない宝物を残してくれた。残りの2個は、冷蔵庫に入れた。
美咲との様々な出来事、そして父と母の死を経験し、僕たちは改めて「家族」とは何かを深く考えるようになった。
松原隼人:1980年5月12日生まれ 1998年7月5日(18歳2か月)初体験
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松原 綾:1981年7月5日生まれ 1998年7月5日(17歳)初体験 桑都八王子東高校新体操部キャプテン
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松原
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松原さくら:2004年11月10日生まれ(次女)
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松原忠晴:1950年8月31日生まれ 2006年7月7日死去(55歳) 隼人と綾の父
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松原清美:1952年3月10日生まれ 2006年6月15日死去(54歳) 隼人と綾の母
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吉田有紗:弁護士
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山田美咲:綾の桑都八王子東高校の同級生 新体操部副キャプテン ケーキ作りが趣味