※この作品はR-18です。

綾~許されぬ愛と家族の形~   作:松原隼人

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第19章 お受験

2012年9月。隼人32歳、綾31歳、愛菜11歳小学5年生、さくら7歳小学2年生。この頃、愛菜の進学問題に直面していた。小学校は地元の公立小学校に通っていたが、愛菜は成績が大変よく、進学先にはK大学付属K女子中学校を考えていた。その中学校は小学校から大学までの一貫教育で、小学校から中学校、そして高校へとエスカレーター式に進学することが多かった。そのため、途中の中学受験で入学する女子は募集枠が少なく、都内の女子中学校では最難関と言われていた。

 

愛菜は小学5年生の夏から塾に通い始め、平日は2~3時間、休日や夏休みなどは1日10時間もの勉強をこなした。僕と綾は、塾の送り迎えをはじめ、愛菜の受験勉強を全力でサポートした。気分転換も必要だと思い、時には家族でちょっといいレストランでディナーを楽しむこともあった。がんばれ、愛菜。

 

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2013年12月。愛菜6年生の冬休み。中学受験もいよいよ大詰めを迎えていた。愛菜は1日12時間もの勉強を続け、その集中力には驚かされるばかりだった。来年の2月には志望校の入学試験が控えていた。一次試験は国語・社会・理科・算数の筆記試験。そして二次試験は体育と面接で、面接は保護者同席だった。僕と綾は、「保護者面接」に関するあらゆる本を読み漁り、YouTubeなどの動画を見て対策を練った。また、面接にふさわしいスーツを新調するなど、準備に抜かりはなかった。綾と僕も、まさに愛菜と一緒にこの「お受験戦争」に挑んでいる気分だった。

 

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2014年2月。隼人33歳、綾32歳、愛菜12歳小学6年生、さくら9歳小学3年生。年が明け、2月。ついに愛菜の中学受験の日がやってきた。受験番号は46番。長く、そして緊張の1週間が始まった。

 

月曜日の朝、僕と綾は5時に起き、仏壇の父と母に愛菜の合格を心からお願いした。朝食を済ませ、通っていた塾へ愛菜と3人で向かった。塾では、ともに学んだ生徒たちが教室に集まった。午前7時、塾長先生からの「全員合格、頑張ろう!!!」という掛け声に、鉢巻を締めた生徒たちが「おーーーー!!」と雄たけびを上げた。まるで戦国時代の出陣式のような熱気だった。午前8時、塾の先生に付き添われ、愛菜を含めた5人の生徒たちが、いざK女子中学入試会場へと向かった。

 

午前9時、一次試験の国語が始まった。僕と綾はとても自宅で待っていることなどできず、近くの喫茶店でただひたすら悶々とした時間を過ごした。午後0時10分、試験が終わり、僕たちは一目散に愛菜に駆け寄った。「どうだった?」と尋ねる僕と綾の問いに、愛菜は「たぶん大丈夫。できたと思う」と自信ありげに答えた。僕と綾は顔を見合わせ、心から安堵の表情を浮かべた。

 

翌火曜日の午後3時。一次試験の合格発表の日。掲示板に目を凝らすと、46番、あった!!! 僕と綾は抱き合って喜びを爆発させた。

 

翌水曜日の午前8時。二次試験が始まった。体育が行われ、いよいよ面接となった。愛菜への質問は、自己紹介、志望理由、小学校生活について、中学校で頑張りたいこと、得意な科目・苦手な科目、趣味・特技、将来の夢、最近気になるニュースや本、長所・短所、学校の印象など、多岐にわたった。愛菜は背筋を伸ばし、はきはきと自分の言葉でしっかりと答えていた。保護者への質問は、志望理由、子供の長所・短所、家庭での学習状況、学校への協力体制、子育てで大切にしていること、子供の将来についてなどであった。おおよそ想定内の質問ばかりだったため、僕も簡潔明瞭に答えることができた。午前11時、二次試験終了。愛菜、本当にお疲れさまでした。

 

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翌木曜日、最終合格発表の日。校内掲示とインターネットの2つの発表方法があったが、僕と綾は学校の校内掲示を見に行くことにしていた。インターネットは自宅でも合否がわかる便利なシステムだが、発表時間は一気にアクセスが集中し、回線が遅くなる場合があったからだ。

 

僕と綾は、朝から落ち着かない様子で、まるで針のむしろに座っているようだった。愛菜とさくらはテレビを見て笑っていた。さくらは小学校に行き、僕と綾と愛菜の3人で発表を見に行った。合格発表の掲示板の前には、塾の先生たち、他の受験生、そしてその保護者の方々が、様々な思いを胸に、ごった返していた。

 

午後3時、学校職員によって合格者が校内掲示された。                  「36番、41番、46番、50番……あった、46番!!!」                   僕と綾は、込み上げてくる涙で番号が霞んで見えなくなった。愛菜は、そんな僕たちを笑顔で見つめていた。あちこちで、万歳の声が響き渡る一方、肩を落とし、静かに校門から帰る親子たちの姿が印象的だった。

 

翌金曜日、入学手続きに向かった。手続きに必要な諸費用は、入学金340,000円、授業料900,000円、教育充実費210,000円、諸会費15,000円、合計1,465,000円だった。父母の遺産が十分に手元にあったので、僕たちはこの高額な費用を難なく支払うことができた。きっと父も、孫の愛菜が憧れの名門私立中学に入学できたことを、天国でとても喜んでいるだろうと思った。

 

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長く、そして濃密な1週間が終わった。僕たち家族4人はその夜、合格祝いとしてホテルの高級レストランに食事に出かけた。愛菜は大人っぽいシックなワンピースを身につけ、さくらは可愛らしいフリルのスカートを着ていた。どちらも新品だ。綾が、愛菜の合格を信じて、事前に2人に買って準備していたものだった。まだまだ幼い子供だと思っていた愛菜が、その夜は少し大人の階段を上っているように感じられ、胸が温かくなった。

 

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2014年4月。隼人33歳、綾32歳、長女愛菜12歳中学1年生、次女さくら9歳小学4年生。綾とともに八王子の実家を飛び出してから、あっという間に14年の月日が流れた。この14年間、本当にさまざまなことがあった。若くして経験した父と母との確執と、その後の和解、そして別れ。何よりもかけがえのない愛菜とさくらの誕生、その成長を見守る日々。親友である美咲の裏切りと、奇跡のような友情の回復。社会の偏見に抗い、愛する子どもたちを認知したこと。「123のひ」や「20のひ」といった、家族だけの特別な習慣。戸惑いながらも真摯に向き合った性教育。そして、家族一丸となって挑んだ愛菜の中学受験。

 

思い返せば、喜びも悲しみも、試練も安らぎも、数えきれないほどの出来事があった。だが、僕たちは間違いなくとても幸せだった。

 

それでも、心には一つだけ大きな不安が残っていた。それは、僕と綾の本当の関係を、愛菜とさくらがいつか知ってしまうかもしれないということ。知られる前に、僕たちから正直に話すべきなのかもしれない。その日がいつ来るのか、僕にはまだ分からなかった。




松原隼人:1980年5月12日生まれ 1998年7月5日(18歳2か月)初体験
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松原 綾:1981年7月5日生まれ 1998年7月5日(17歳)初体験 桑都八王子東高校新体操部キャプテン
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松原愛菜(まな):2001年9月26日生まれ(長女)K大学付属K女子中学校
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松原さくら:2004年11月10日生まれ(次女)
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松原忠晴:1950年8月31日生まれ 2006年7月7日死去(55歳) 隼人と綾の父
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松原清美:1952年3月10日生まれ 2006年6月15日死去(54歳) 隼人と綾の母
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吉田有紗:1964年生まれ 弁護士
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山田美咲:綾の桑都八王子東高校の同級生 新体操部副キャプテン ケーキ作りが趣味
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