2000年4月。隼人19歳、綾18歳。僕にとって綾は単なる妹ではなく、愛する妻として迎えたい存在だった。周囲からの差別や偏見から綾と、やがて生まれるであろう僕たちの子供を守るため、二人の関係は一生の秘密として貫き通す覚悟だった。綾と夫婦として共に人生を歩み、子供も授かりたかった。理想は3人。しかし、この事実婚という道で、果たして全ての壁を乗り越えられるのだろうか?
法的な手続きとして、子供の出生届は「父親不明」として届け出るつもりだった。実の母親が綾であることは疑いようがない。そうすれば、僕が実の父親であるという事実は隠し通せるはずだ。認知をすれば、どうしても僕が子供の実父であることを世間に公言しなければならない。弁護士のような専門家が、僕たちの秘密を守りながら手続きを進めてくれるとは到底思えなかった。彼らはきっと、認知を強く勧めてくるだろう。そうなれば、僕と綾の特別な関係が明るみに出てしまい、周囲からの偏見や誹謗中傷は避けられない。綾と子供たちに、そんな辛い思いは決してさせたくなかった。
戸籍上、綾とは「兄と妹」、子供たちとは「伯父と甥姪」という関係になる。この枠組みの中で、僕と綾、そして僕と子供たちの関係を法的に位置づけるしかなかった。法的には親子ではないため、扶養義務は発生しない。だが、愛する綾や僕の実の子供たちの扶養を躊躇することなど、決してあり得ない。そういう意味では、法的な認知は僕にとって全く必要ないものだった。しかし、万一僕に何かがあった時のため、相続に関しては兄から妹へ、伯父から甥姪へと財産が渡るよう、公正証書を作成するという、僕なりの誓いを立てた。
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2001年4月。隼人20歳、綾19歳。綾が新たな生命を宿した。5か月だった。もちろん僕たちの愛の結晶だった。もうすぐ産まれる。病院での検査では女の子だった。綾に似て、きっと美しい花のような女の子になるだろう。心から愛する『妻』である綾と産まれてくる娘を精一杯守っていきたいと思った。
しかし、綾が妊娠中なので思う存分セックスができないのが少し悩みだった。綾は「隼人のおちんちんを手でシコシコしたり、フェラチオならしてあげてもいいよ」と可愛らしくジェスチャー付きで言ってくれた。実は妊娠中の綾のほうが性欲が強く、僕には妊娠中でも綾とセックスをすることに抵抗がないので、綾の性欲が強いこの期間は、医師の指示に従いながら無理のない範囲で綾を気持ちよくさせてあげたいと思った。体位や注意点などを医師に聞いてセックスをしていきたかった。
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2001年9月26日、綾が無事出産した。やはり女の子だった。綾の面影を映す、とても美しい瞳を持つ女の子だった。名前は
出産後、綾との久しぶりのセックスを飢えたように楽しんだ。綾も性欲が限界までたまっていて、とても激しく僕をむさぼるように求めてきた。正常位、バック、騎乗位、座位、立位と様々な体位で深く突き入れ、結合した。どの体位もとても刺激的で全身が痺れるほど十分満足できた。綾の乱れ方は尋常ではなく、これまでの綾とはまるで別人のようだった。僕も興奮のあまり理性を失い、朝までに7度も体を重ね、愛し合った。僕は綾をますます愛し、そして尊敬していた。綾も僕のことを心から愛してくれていた。互いの舌を絡ませ合うディープキスをし、お互いの性器を熱く舐め合い、毎晩、激しく、愛と欲望に満ちたセックスをした。綾が妹であることを忘れるくらいに、綾のことを僕のすべてを受け止める妻として受け入れていた。
松原隼人:1980年5月12日生まれ 1998年7月5日(18歳2か月)初体験
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松原 綾:1981年7月5日生まれ 1998年7月5日(17歳)初体験
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松原