2016年8月。隼人36歳、綾35歳妊娠4か月、長女愛菜14歳中学3年生、次女さくら11歳小学6年生。綾にとって3度目の妊娠は、いわゆる高齢出産で、母体のリスクや流産のリスクが高くなるのが一般的だった。綾は「慣れてるから大丈夫だよ」と笑って言うが、僕の心配は尽きなかった。
しかし、幸いなことに愛菜は中学3年生、さくらも受験生だがもう小学6年生と、手がかかる時期は過ぎていた。それどころか、最近は綾やお腹の赤ちゃんを気遣い、料理、掃除、洗濯を積極的に手伝ってくれた。家族総出で、第3子の誕生に向けて一致団結していた。この時、娘が2人で本当に良かったと思った。出産予定日は来年の2月20日。
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さくらの中学受験も佳境に入っていた。志望校は愛菜と同じK大学付属K女子中学校だった。愛菜の時の経験があったため、綾も僕もさほど心配はしていなかった。塾の先生の話では、特にさくらは優秀なので十分合格圏内とお墨付きを頂いた。自宅では愛菜がつきっきりで勉強を教えていた。合格した先輩が家にいるのは、さくらとしても心強かっただろう。がんばれ、さくら。そして、ありがとう、愛菜。
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2016年10月。隼人36歳、綾35歳妊娠6か月、愛菜15歳中学3年生、さくら11歳小学6年生。妊娠6か月になり、綾のお腹はだいぶ目立ってきた。ママ友の間でも話題になり、「3人目、頑張ってね」「体、大事にね」と声を掛けられることも多くなった。また、美咲からは「何かあったら駆けつけるから、いつでも連絡して」と、心強いLINEが届いていた。
この日の妊婦健診で、赤ちゃんの性別がはっきり分かった。今回も女の子だ。「今度は男の子がいいね」と綾や愛菜、さくらと話していたけれど、こればかりは僕たちの努力ではどうしようもない。僕が「たぶん美人3姉妹になるだろうね」と言うと、綾がちょっと可愛くふくれっ面で「4姉妹だよ」と笑って訂正した。「そうか!4姉妹か!ごめん、ごめん」と僕が言うと、すかさず愛菜とさくらが「ママ、ちょっとそれは無理だよ」と口を揃え、4人で大爆笑した。
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2016年12月。隼人36歳、綾35歳妊娠8か月、愛菜15歳中学3年生、さくら12歳小学6年生。年末が近づいてきた。今年も本当にいろいろなことがあった。あの
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2017年1月。隼人36歳、綾35歳妊娠9か月、愛菜15歳中学3年生、さくら12歳小学6年生。年が明け、受験の出願が終わった。さくらの受験番号は106番。いよいよラストスパートだ。綾の出産も間近に迫っていた。今年の2月、我が家はさくらの受験と綾の出産が重なるという、かつてない状況に直面した。さくらの受験は毎年同じ日程だった。
2月4日(月)一次試験
2月5日(火)一次試験合格発表
2月6日(水)二次試験
2月7日(木)合格発表
2月8日(金)入学手続き
綾の出産予定日は2月20日。さくらの試験日と重ならなければいいが……。二次試験の保護者同伴の面接については、事前に電話で事情を話すと、父親の僕だけで良いとのことだった。愛菜も、中学校の受験担当の先生に確認してくれた。愛菜の学年主任の先生が今年の受験担当の責任者らしく、在校生がいるのは本当に頼もしかった。
出産予定日を来月に控え、この日の妊婦健診で、綾の血圧が急激に上がってきたと指摘された。妊娠高血圧症候群だという。担当医からは、1.入院管理が必要なこと、2.経腟分娩を目指すが、痙攣などの
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2月1日(金)。綾は緊急入院となった。以前、美咲から「何かあったら駆けつけるから、いつでも連絡して」というLINEが来ていたのを思い出し、僕はすぐに電話で今の綾の状態を説明し、万が一の時は助けてほしいと素直にお願いした。美咲は「任せて、さくらちゃんも大変な時だしね、頑張って」と、僕を励ましてくれた。さくらの受験まで、残すところあと3日に迫っていた。
2月3日(日)。一次試験の前日、愛菜とさくらと僕の3人で、入院中の綾の元へ面会に行った。綾が「試験と重なっちゃってごめんね」と言うと、さくらが「大丈夫だよ、元気な赤ちゃんを産んでね」と答え、愛菜も「家のことは私がちゃんとするから心配いらないよ」と綾のことを気遣った。家族一丸となって綾の出産に臨んでいた。
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2月4日(月)。一次試験が始まった。僕はさくらを試験会場まで送ると、すぐに綾のいる病院へ向かった。降圧剤を使用しているものの、血圧の下がり方が十分でないこと、痙攣などの子癇発作があれば母体や赤ちゃんに危険が及ぶため緊急帝王切開になることなどが、医師から改めて説明された。昼過ぎに一次試験は終わった。さくらの手ごたえは十分らしい。さすが綾と僕の娘だと、誇らしく思った。しかし、綾の深刻な状態をさくらと愛菜には伝えなかった。余計な心配をかけたくなかったからだ。
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2月5日(火)。一次試験の合格発表の日。受験番号106番、あった!!! 見事合格だ。僕はさくらとともに抱き合って喜びを爆発させ、すぐに綾の元へ向かった。合格の報告を聞き、綾も笑顔で大喜びしてくれた。だが、点滴から様々な薬が入っていて、身動きが取れず、その姿は痛々しかった。
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2月6日(水)。早朝、僕のスマホが鳴る。病院からだ。「子癇発作を起こす可能性があるので緊急帝王切開をします。すぐ病院に来てください」。担当医の声の調子から、綾と赤ちゃんがかなり危険な状態であることが分かる。しかし、今日はさくらの二次試験の面接の日だ。僕は行かなければならない。
「すいません、今日は次女の中学受験の面接があるんです」と伝えると、「誰でもいいですから早く来てください!」と担当医は半ば強引に電話を切る。かなりの切迫している様子だ。
僕は愛菜とさくらにも、正直に綾と赤ちゃんの状態を伝える。さくらはとても不安な表情を見せるが、「大丈夫、面接頑張るよ。ママもきっとそう思う」と力強く言う。愛菜は「私、今日学校休んでママのところに行くよ。だからパパとさくらは面接に行って。何かあったらLINEする」と、頼もしく答えてくれる。家族一丸となって、この綾の出産という大一番に臨む。
僕は美咲に連絡し、愛菜と一緒に病院に行ってくれるように頼む。30分ほどして美咲が車で駆けつけてくれる。「あっ、美咲ちゃん」と、愛菜とさくらが美咲に駆け寄る。美咲は愛菜とさくらの誕生日には必ず手作りケーキを送ってくれていたので、二人は「美咲ちゃん、美咲ちゃん」と呼んでいて、とても懐いている間柄だ。美咲は愛菜を自分の車の助手席に乗せ、「大丈夫、心配いらないから。さくらちゃん、面接頑張って」と言って病院に向けて走り去る。
僕とさくらは面接会場に向かう。午前7時30分に到着。控室ではスマホの電源を切らなくてはならない。だが、その直前に愛菜からLINEが届く。「パパ。ママがちょっとヤバイかも。痙攣みたいなの起こしかけててあまり意識ない。今、手術室に行った」。僕は胸が張り裂けそうな気持ちを必死で抑え、スマホの電源を切る。
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午前9時。面接が始まった。愛菜の時と同じように、型通りの質問で無事に終えられそうだった。さくらははきはきと元気に質問に答えていたが、「小学校生活について」「中学校で頑張りたいこと」「将来の夢」という面接官の質問には、僕との面接練習とは全く違う答えを真っ直ぐな目をして語り出した。「今年、母が3人目の子供を妊娠したこと、家族一丸となって母をサポートしたこと、妹が生まれることにより家族の絆がさらに強く結ばれたこと、そして将来、産婦人科の医師になりたいこと」。
面接が終わり、外に出た。スマホの電源を入れると、愛菜からLINEが来ていた。「無事産まれたよ、パパ。赤ちゃんも、ママも元気だよ」。僕とさくらは急いで病院に向かった。病院へ向かう車の中で、僕はさくらに「将来、産婦人科の先生になりたいの?」と尋ねた。するとさくらは「うん、赤ちゃんを守るお医者さんになりたい。ママの大変な妊娠を見てそう思ったんだ」と、しっかりとした口調で語った。
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病院に到着し、急いで病室に向かったが、綾はいなかった。ナースステーションで尋ねると、「奥様の状態は安定していますが、念のためしばらくはICUに入ります」とのことだった。僕は「そうだ、術後はICUに入ると言われていたっけ、すっかり忘れていた」と呟いた。ICUでは愛菜と美咲が待っていた。ICUには入室できなかったが、ガラス越しに綾の顔が見えた。綾の横には小さなベッドが置いてあった。綾は僕とさくらの顔を見ると、その小さなベッドを指差し、ガッツポーズをして、何かを話した。綾の唇が「ありがとう」と言っていた。
病院の外で僕たちは美咲に感謝の言葉を述べ、別れた。自宅に帰ったのはもう夕方だった。早朝からの電話に始まり、まさに怒涛の1日だった。「そういえば、さくら。面接どうだった?」と愛菜が尋ねた。「うん、妹のおかげでバッチリだったよ」とさくらが意味深な表情を見せた。「妹のおかげ?どういうこと?」と愛菜が首をかしげた。僕とさくらは互いに顔を見合わせて笑った。
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2月7日(木)。合格発表の日だ。午後3時発表。愛菜の時と同じように、僕とさくらは学校の校内掲示を見に行った。愛菜も授業の合間に駆けつけてくれた。午後2時58分、少し早めに合格者が掲示された。「98番、102番、103番、106番、112番……」。あった、106番!!僕たち3人は抱き合って喜んだ。さくらは「パパ、お姉ちゃん、ありがとう」と目を潤ませながら言った。愛菜も「学校では愛菜先輩だよ」と、嬉し泣きだった。
午後3時30分、僕たちは病院に到着した。一刻も早く綾に合格を伝えたかった。赤ちゃんは新生児室にいたが、綾は状態が安定していたため、一般病棟に戻っていた。さくらがガッツポーズで「ママ、やったよ!!」と病室に入ると、綾もガッツポーズで「おめでとう」と笑顔で返した。綾が「今度は名前決めなきゃね」と言うと、僕とさくらは互いに顔を見合わせ、「うん、決めよう」と笑顔で頷いた。
出産2日目から赤ちゃんには面会可能だった。初めて妹の顔を見た愛菜とさくらは、「かわいい、パパとママどっちに似てるかな?」と言いながら、1時間ものぞき込んでいた。
1週間後の2月13日(水)、退院の日。僕たちは病院の玄関で家族5人の写真を撮り、病院を後にした。その夜、初めて家族5人が、一つの屋根の下にそろった。
松原隼人:1980年5月12日生まれ 1998年7月5日(18歳2か月)初体験
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松原 綾:1981年7月5日生まれ 1998年7月5日(17歳)初体験 桑都八王子東高校新体操部キャプテン
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松原
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松原さくら:2004年11月10日生まれ(次女)小学校6年生 産婦人科医志望
____________________________________________松原〇〇:2017年2月6日生まれ(三女)
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松原忠晴:1950年8月31日生まれ 2006年7月7日死去(55歳) 隼人と綾の父
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松原清美:1952年3月10日生まれ 2006年6月15日死去(54歳) 隼人と綾の母
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吉田有紗:1964年生まれ 弁護士 K女子中学校高校出身 K女子高校同窓会長
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高畑みずき:1964年生まれ K女子高校養護教諭
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30年前の妹:1970年生まれ みゆきの母 2014年乳がんで死去(44歳)
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山田美咲:綾の桑都八王子東高校の同級生 新体操部副キャプテン ケーキ作りが趣味