久美子はもう歌わない
遠藤さんの家を出た私はあがた祭りの夜に麗奈と一緒に登った山にいた。
あの日もユーフォを背負っていたから汗だくになったけど、今は気温も丁度いい季節になっていた。
天気は晴れ。申し分のない日だ。
大会のスケジュールによれば、そろそろ結果発表の時間だ。
結果はWEBでも見られるだろうけど、おせっかいな誰かがLINEで知らせてくるだろう。
それまでの間、エリと電話で話す。
『今日の人、どうだった?』
「うん、凄い良かったよ。ムキムキな弁護士さんで中とお尻で二回ずつしちゃった。もちろん中出し」
『あー、お尻も上手い人がやると気持ちいいもんね。妊娠の心配もないし』
それから取り止めのないことを話しあった。
『それじゃあ、私はこれから売りだからそろそろ切るね。今度はその人と3人でやろうよ』
「…うん。エリ、ありがとね」
『久美子?』
エリが言葉を続ける前に通話を終える。
歪んだ形ではあっても救ってくれた事に感謝している。
「やっぱり来たね」
スマホが震えてLINEが届いた事を知らせてくる。
「どれどれ、誰からかな〜?」
最初の送信主は意外な事に真由ちゃんだった。
ソリは彼女が担当する事になったようだけど、あの子の実力なら問題ないだろう。
【金賞取ったよ】
それを皮切りに葉月ちゃんや緑ちゃん、奏ちゃんたちからメッセージが次々と届く。
受信通知の嵐が止んだところで麗奈からメッセージが届いた。
【金賞取ったからね】
トロフィーと賞状を持ったみんなの写真が添えられている。
「おめでとう、みんな」
昨日メモに書いておいたメッセージをコピペして麗奈に送る。
『久美子から返事が来た!』
私のその一言に皆が集まってきた。
『なんて書いてあるんですか!?』
『ちょっと待って!』
私は急いでLINEを起動させた。
吹奏楽部の皆さん、金賞おめでとうございます。
きっと結果の報告が来るんだろうなと思って、大吉山の展望台で待っていました。
まずは大変な時期に部を辞めてしまったことを謝らせてください。
でも、麗奈なら部長を引き継いでくれると思っていたし、全国大会まで皆を引っ張っていってくれると信じていました。
それから秀一も。マンションで顔を合わせる事もあったけど避けたりしてごめんね。それと大会が終わった後の約束も守れなくなっちゃった。
こんな書き方しちゃうとついでみたいになっちゃうけど、真由ちゃんと奏ちゃんならユーフォニアムの演奏も任せられると思ったし、葉月ちゃんのチューバ、緑ちゃんのコントラバスも絶対良い演奏すると思ってたよ。
あとは、そうだなぁ。一年の沙里ちゃん。部に入った頃は一年をまとめたりして大変だったと思うけど、本音を聞く事が出来て良かったよ。
それと滝先生と松本先生、3年間…じゃないか。それでも長い間お世話になりました。
最後になりましたが金賞、本当におめでとうございます。
PS.ここで待ってるね。
展望台の写真も遅れて送付されてきた。
展望台から見下ろせる宇治の街並み。
家や学校もここからなら見つけることが簡単に出来る。
「まさか、こんな事になるなんてあの時は思ってなかったなぁ」
麗奈と2人、ここで演奏した夜を思い出す。
吹部の皆にはメッセージを送った。恨み言ではないと書いておいたし、すぐには受け入れられないだろうけど、全国大会で金賞を取った皆なら大丈夫だろう。
心残りはお父さんやお母さん、お姉ちゃんだった。
書き残しておきたいことは沢山あるのに上手くまとめる事が出来なくて、部屋の机に宛名だけ書いた封筒が残っている。
「せめて、ごめんなさいぐらい書いておけば良かったかなぁ」
自暴自棄になって身体を売り、快楽に逃げた挙句、最後は死ぬ事を選んだ私はきっと地獄行きだろう。
でも、二度とユーフォを吹けないこの身体のまま生きていくことの方が私には辛くて、大会の結果に自分の命を委ねることにしていた。
この事を考えついたのは全国大会行きが決まったのを知った時だった。
だから、思いつきで死ぬわけじゃないし、女の悦びも経験しておきたいと思ってどんな行為にも応じてきた。
「…付き合ってる時に秀一に処女あげておけば良かったなぁ」
思い返せば心残りは沢山あった。
でも、それを思い返し続けるのはもう限界だった。
「…それじゃあ、降りるとしますか」
展望台の四阿に最後のメッセージを書いたノートとユーフォニアムを残していく。麗奈ならきっと来てくれるだろう。
もし、金賞じゃなかったらもう少しだけ踏みとどまってみようかなと思っていたけど、やっぱり私は必要なかったね。
これは恨み言なんかじゃないので、私みたいなのもいたなーと時々思い出してください。あ、いや、やっぱり忘れてくれた方がいいかな。
それでは皆さん、ご迷惑をおかけしました。
さようなら
黄前久美子
「さっ、これで終わりっと」
私は展望台の柵を乗り越え、そこから身を投げた。
(みんな、バイバイ。ごめんね)
全身で強い衝撃を感じたのを最後に私は永遠に意識を失った。
宇治に戻るなり、私や滝先生、塚本は大吉山に向かった。
残りは部員も混乱している中、松本先生が宥めて落ち着くように言っている。
山の周辺には野次馬がいて、警察が集まっている。
『申し訳ありません。私は北宇治高等学校で教員をしている滝と言います。何があったのですか?』
規制線に近くに立っていた警官に滝先生が話しかける。
『北宇治の先生?すみません、少しお待ちいただけますか』
その警官は慌てた様子で上司と思しき人に報告を上げに行く。
『私は捜査の指揮を任されている原と言います。滝先生に確認していただきたいので、こちらへお越しいただけますか?あっ、生徒さんはそちらでお待ちください』
『嫌です。私も行きます!』
『…高坂さんと塚本くんはここで待っていてください』
『高坂!ここは滝先生の言う事に従おう』
塚本に押さえられている間に滝先生は言ってしまい、写真や現場にあったという道具を確認している。
鞄の中に入っているのは遠目でも分かる。
あれは久美子のユーフォニアムだ。
写真や残されていたらしいノートを何度も見直して、滝先生は一度だけ頷く。
『北宇治の生徒、黄前久美子さんで間違いありません。ご遺体はどちらに?』
『既に病院に搬送されております』
「…そうですか。彼女のご両親には?」
『すぐに病院に向かっていただきました。ご遺体の確認をしていただいております』
『…そうですか。ありがとうございます』
刑事に一礼をして2人の元に戻る。
『滝先生、写真やノートには何があったんですか?』
戻ってきた滝先生に尋ねる。
『知らない方が良いです。きっと高坂さんを一生苦しめる事になる』
高坂さんは静止を振り切って走り出し、強引に写真を奪い取り確認する。
その写真には全身がひしゃげた、まるで不出来な人形のような者が写っていたのだ。
でも、右腕がない事からそれが黄前さんである事がすぐに分かった。
『イヤァァ!久美子、久美子ぉ!』
『塚本くん!彼女を外に!』
『は、はい!』
2人がかりで外に引きづり出される。
呆然としている私のそばで滝先生と塚本が話をしている。
『今後の事は警察や学校、黄前さんのご両親を交えなければいけなくなります。吹部の部員のケアもしなければなりません。幼馴染でもある塚本くんには苦労をおかけする事になりますが、協力していただきたい』
滝先生が頭を下げてくる。
『分かりました。部の方は任せてください』
本当は俺だって叫びたくて狂いそうだった。
そして、その日の事はニュースですぐに知れ渡る事となった。
「ただいま入ってきたニュースです。10月18日夕方、宇治市内の大吉山に女性が倒れているとの通報がありました。救急車が到着した段階で心停止をしており、蘇生措置が行われましたが死亡が確認されました。
所持品から女性は宇治市内の学校に通う10代女性、黄前久美子さんと思われ、警察は事故の可能性を視野に捜査を行っているとのことですが、ご遺体や現場の状況から自死によるものだと思われるそうです」