①
事故に遭ってから一週間。病室に滝先生と松本先生が尋ねてきた。
話は聞いていただろうが、私の欠けた身体を見て2人とも言葉が出ないようだったので、私から話を振る。
「要件は何ですか?お見舞いに来た訳じゃないですよね」
『久美子!』
お母さんが嗜めてくるが、言い淀んでいる2人にイラついての発言だった。
『いえ、お気になさらず。黄前さんの言う通りです』
「傷痕が痛いんです。早く終わらせてもらえますか?」
『…分かりました。黄前さん、ユーフォニアムの演奏を久石さんと変わっていただけませんか』
全国大会金賞を目標とするならば、ユーフォニアムを真由ちゃん一人にするよりかは二人編成の方が良いと思ったのだろう。
「良いですよ。どうせ、片腕しかない役立たずですからね」
『そんな事はありませんよ。部長がいるだけで皆安心出来ます』
「滝先生。本気で言ってるんですか?もうユーフォを吹けなくなったのに、他の人が演奏するのをずっと眺めてろって言うんですか!?」
怒りに任せて言葉を吐き出すのは初めてだったかもしれない。
「…吹奏楽部は退部します。後任は勝手に決めてください」
私は布団に潜り、2人に背を向ける。
もう、これ以上何も話したくなかった。
お母さんが2人を見送る為に退室した後、悔しくて涙が止まらなかった。
あれから麗奈や秀一、奏ちゃんが尋ねて来たそうだが、面会は全て断っていた。恐らくは退部の意思表示があった事を聞いたのだろうが、会うつもりは全くなかった。
切断面の状態が安定して自力でも歩けるようになった頃、退院の許可が降りた。予後確認の為に診察は行わなければならないが、学校に行くよりかはマシだと思った。
事故で破けた制服は新しい物が用意されていた。
でもスカーフを巻く事はおろか、ブラジャーを1人で着ける事すら出来なくなり、母親に頼むのは酷く滑稽なように思えた。
身なりだけでも整えて、お父さんの運転する車で北宇治へと向かう。
退院したばかりで他の生徒と一緒に登校するのは、人の目も気になるだろうとの配慮で送迎や遅刻も免除される事になっていた。
当面の間は保健室登校をする事になっていた。どうせ授業なんかに身が入る訳もないので、そっちの方が楽だった。
お昼休みには麗奈や奏ちゃんが来たようだったが、先生には誰にも合わない事を伝えていたので顔合わせをしなくて済んだ。
授業が終わり、吹奏楽部の活動が始まったのを見計らって私は職員室に向かった。
改めて退部届を出す為だ。
『本当に辞めてしまって良いのか?』
滝先生は全国大会に向けての指導で不在だったので、代わりに松本先生に提出する。
「もう、良いんです。進学や受験を考えるならキッパリ辞めて勉強したほうがマシですから」
『…分かった。だが、部長として最後の仕事だ。部員たちには自分の口から説明するんだ』
「どうしてですか?」
『演奏にも身が入っていない者も多いと聞く。進退はちゃんと伝えた方が気持ちの整理も出来るだろう』
「あぁ…、じゃあ今から話してきます」
重い身体を持ち上げて音楽室に向かって歩いていく。
こんなに気が重いのは初めてだった。
「えー、そういう事なんで今日限りで吹部辞めることにしました。今までお世話になりました」
壇上で挨拶をすると混乱が広がったが、私はそれをどこか、他人事のように俯瞰して捉えていた。
入部した時から一緒だった同級生が何か言っているが、言葉として認識が出来ない。
一例をして部室を後にする。
『待って、久美子!』
麗奈が追いかけてきた。
「なぁに?」
『いきなり退部ってどういうこと!?一緒に全国行くって約束したじゃない!』
「私がいる意味ないでしょ?もう、ユーフォは吹けないんだから」
『それでも指導したり、相談に乗る事は出来るでしょ!?』
「じゃあ、私の悩みは誰が解決してくれるの?麗奈が腕を元に戻してくれるの!?ねえ!!」
『わ、私はそんなつもりじゃ…』
「これ以上、私に惨めな思いをさせないでよ…」
『2人とも。それぐらいにしておきましょう』
他の部員が不安そうにこちらを覗いている。その中には秀一や奏ちゃんの姿もあった。
「滝先生。退部届は受理してくださるんですよね」
『はい、確かに受け取りました。ですが、戻りたくなったらいつでも歓迎しますよ』
『滝先生!』
「お世話になりました」
一例して部室をあとにする。音合わせから始まったようだが、何もかもどうでもよかった。
時間はまだ15時を回ったぐらいだった。このまま家に帰っても良かったのだが気分転換に街中を歩く。
部活をサボっているようで何だか気分が良い。
せっかくだから今まで行けなかったところに行こうと思い、ゲームセンターに入る。
店内には他校の生徒も多くいるが、私の姿を見ると目を逸らすか、物珍しそうにジロジロ見てくるかどちらかだった。
(片手でも出来そうなゲームもないし、何だか気分悪いなぁ)
そう思って退店しようとすると、1人の少女が声をかけてきた。
『もう帰んの?来たばっかじゃん』
他校の制服を着ていて、背中に届くぐらいに黒髪を伸ばしている。
麗奈に似た容姿をしているが、話し方はかなりざっくばらんとしている。
「この腕じゃ遊べるゲームがないからね。それにジロジロ見られるのも嫌だし」
『ふーん。じゃあ、カラオケ行かない?奢ってあげるよ』
初対面ではあるが暇つぶしにはなるかと思い、誘いを受ける事にした。
『あたし、エリ。あんたは?』
カラオケ店に入り、今はドリンクを飲みながら一息吐いている。
「久美子」
『んじゃー、久美子って呼ぶから、あたしのこともエリって呼んでよ」
「分かった。よろしくね、エリ」
それから歌ったり話したりしたけど、右腕の事を忘れるぐらいには楽しめた。
『あっ、ヤバ!連絡来ちゃった…。ごめんね、久美子。お金置いていくから払っといて!』
そう言ってエリは3万円を急いで置いて行ってしまった。
「払い過ぎでしょ…」
連絡先の交換が出来なかったが仕方ない。次見かけたらお釣りは返しておこう。
その日から放課後はゲームセンターでエリと落ち合うのが日課になった。
学校にいると麗奈たちが話しかけてこようとするのがストレスになり、吐き気がする事もあった。
『久美子も大変だねぇ』
「そうなんだよ〜。もう退部届も出したから関係ないのに、引き戻そうとしてくるしさ〜」
今日もカラオケで愚痴を吐き出すのに付き合ってもらっている。
「そういえば気になってたんだけど、エリって何でそんなにお金持ってるの?」
『ああ、これ?んー、まあ久美子なら言っても良いか。パパ活して稼いでんの』
「えっ、パパ活!?それって危なくないの!?」
『久美子が思ってるようなものじゃないって。確かに身体の関係とかもあったりするけど、一緒に食事したり、カラオケ行くだけでもお金くれるんだよ?』
「へ、へー。そうなんだ」
『この後も食事の予定が入ってるんだけど、興味あるなら来る?』
「えっ、どうしようかな。私、こんな身体だし」
いきなりの話に考えが追い付かない。
『大丈夫だって。お医者さんとかそれなりの地位の人が多いから、変な目で見られる事はないって』
エリがあっけらかんと言うので、少し興味が湧いてきた。
「門限があるから、あまり長くはいられないけど…」
『OK、それじゃあ1人追加って連絡しておくね』
エリに連れられて会ったのは至って普通の人だった。ファーストフード店で軽く食べながら話し相手になるだけで、一万円をくれた。
『ねっ?特に危ない事もなかったっしょ?』
「う、うん。そうだね…」
『一応アプリは教えておくけど、使うんだったら一声かけてよ。ヤバそうな相手は省いてあげるからさっ』
それからは2人で男の人と会って話相手になったり、カラオケに行ってお小遣い稼ぎをするようになった。
登校はサボっていないし、門限も守っているので親や学校に注意をされるような事も起きていない。
アプリのマイページにはいくつかの誘いが来るようになった。
(うーん、1人で会うのもやってみたいし、エリに相談してみようかなぁ)
『あー、この人なんか良いんじゃないかなぁ。50代ぐらいだとエロ目的も少ないし、あったとしてもパンツ見せるだけで満足するし』
「んー、パンツかぁ。エリは見せたことあるの?」
『そこはいろいろ経験してるよ。あんな事からこんな事までね〜。久美子はHした事あるの?』
「ないない!幼馴染と付き合ってた事はあるけど、そういうのは全部断ってたし」
『ふーん、今も好きなの?』
「あー、どうなんだろう。マンションも同じだし、学校で顔を合わせても戻ってこいってしか言わないから、最近はウザいだけかなぁ」
これは紛れもない本心だ。登校時に待ち伏せされている事も多いし、自分の都合ばかり押し付けてくる事に冷めてしまっていた。
『まあ、いろいろあるよねぇ。あっ!この人なら良さそうだけど、どう?』
「えーっと、50代。話し相手希望かぁ。これなら良いかも」
『OK。頑張ってね〜』
返信メッセージを送り、駅で待ち合わせする事になった。
初めて1人で会うのは緊張した。
結果から言えば、右腕が無いのを見た瞬間にギョッとした顔をして、5000円を渡されて帰ってしまった。
(これはさすがに傷付くなぁ)
分かっていた事はいえ、一緒にいたくないと思われたのはショックだった。
夕食を済ませて部屋に引き篭もる。
お父さんもお母さんも普段通り振る舞っているが、明らかに気を使われているのが分かって嫌だった。
今日の事についてエリに報告をしておく。
相変わらず吹部のみんなからメッセージが来ているが既読だけ付けてスルーする。
何となくアプリを見ていると自分から出逢い募集が出来たり、他の女の子の募集を見れる事が分かった。
「試しにやってみようかな」
どれだけ反応があるのか確かめたくて、募集メッセージを書き込む。
ー右腕がありませんが、会える人いませんか?パンツを見せるまでならOKですー
少し迷ったが送信すると、10人ぐらいからメッセージが送られてきた。
(今日、これからどうですか?)
(Hさせてくれるなら、沢山出しますよ)
(LINE交換して、そっちで話さない?)
どれも下心が丸見えで、男なんてこんなものかと嫌気が差してくる。
(それは大変でしたね。お話聞くだけでも良いので会いませんか?)
今までとは違う反応する人が現れて、何となくこの人なら会ってみても良いかもと思い、明日待ち合わせする事になった。
『こんにちは。綾華さんですか?』
エリのアドバイスで偽名で登録していた。
「あっ、はい。そうです」
現れたのは40代のおじさんだった。
スーツを着ていて、身なりはそれなりに整っている。
『それでは早速行きますか。行きたい場所はありますか?』
「カラオケでお願いします」
その人は最初こそ話を聞いてくれていたが、次第に時間を気にしたり、スマホを見る回数が増えていった。
「あの〜、私の話つまらないですか?」
『そんな事はないんだけど、愚痴が多いとちょっと、ね』
(話を聞くだけでも良いって言ったのはそっちなのに…)
「そうですか。だったら、これで終わりにしませんか?お金は要らないんで」
腰を浮かせると、おじさんは焦ったように引き留めてくる。
『待って待って。せめてパンツ、見せてくれないかな?3万出すからさ!』
(…断ってもしつこく絡んできそうだしなぁ。それだけで帰してくれるなら、まあいいか)
「分かりました。ただし1分だけです」
『ありがとう!』
おじさんはテーブルの下に潜り込んで足元に近付いてきた。
(そんなにしてまで見たいんだ?)
脚を開くとおじさんの頭がスカートの中に入ってきた。
おじさんは目に焼き付けようとしているのか、無言で至近距離から見てくる。
恥ずかしさもあったが、はるかに歳上の人を手玉に取っているような感覚は悪くなかった。
「はい、1分経ちました。もうお終いです」
スカートを戻すと名残惜しそうにしている。
『はい、じゃあ3万円ね。また機会があったら頼むよ』
結局は身体目当てだったことにガッカリしたが、パンツを見せるだけでお金を貰えるのは思っていたよりも簡単だったので、この日から1日に1人は相手を募って会うようになっていった。