根暗な少女と違法ヤードの男たち 浦部響 小学6年生
浦部響が最後に心の底から笑ったのは、いつだっただろう。
それを思い出そうとしても、もう上手く思い出せなかった。
小学六年生になってからの毎日は、問題集のページをめくる音と、シャープペンシルが紙を擦る音と、時計の針の音で埋め尽くされていた。
「響ならもっと上を目指せる。」
父はそう言った。
「あなたには才能があるんだから。」
母もそう言った。
塾の先生はお受験の模試の結果を見るたびに言う。
「これなら、あと少しで第一志望が見えてくる。」
誰も悪気なんてなかった。
みんな響のことを思ってくれていた。
それは分かっていた。
分かっていたからこそ、苦しかった。
期待されるたびに、胸の中に重たい石がひとつずつ積み上がっていく。
期待に応えられた日は少しだけ安心する。
でも、その安心は次の期待のための猶予でしかない。
百点を取れば、次も百点を期待される。
偏差値が上がれば、さらに上を期待される。
褒められることが、いつの間にか怖くなっていた。
ある日、響はふと気づいた。
自分が何をしたいのか分からない。
第一志望の学校に入りたいのか。
勉強が好きなのか。
将来なりたいものがあるのか。
何一つ分からなかった。
ただ周囲が走れと言うから走っていた。
立ち止まれば置いていかれる気がして、怖かった。
だから走っていた。
でも、どこへ向かっているのかは知らなかった。
ある水曜日。
塾へ向かう途中、響は駅前の横断歩道で足を止めた。
信号が青になる。
制服姿の中学生たちが笑いながら通り過ぎていく。
塾へ向かう小学生たちも急ぎ足で歩いていく。
響は動かなかった。
塾へ行かなければ。
そう思った。
思っただけだった。
気づけば、彼女は反対方向へ歩いていた。
工場の煙突が並ぶ工業地帯。
トラックが走り、鉄の匂いと油の匂いが風に混じる。
大きな配管が頭上を走り、どこか遠くで金属を叩く音が響いている。
その先の河原。
コンクリートの護岸に腰を下ろして、響は川を眺めた。
灰色の水面がゆっくり流れていく。
別に綺麗な景色ではなかった。
観光地でもない。
草はまばらで、流木や空き缶も転がっている。
それでも、ここには誰も期待してこなかった。
偏差値もない。
順位もない。
模試もない。
問題集もない。
響は一時間ほどぼんやり座っていた。
そして腕時計を見る。
まだ六時二十分。
塾が終わる時間までは、あと二時間近くある。
その時間を埋めるため、彼女は河原を歩いた。
彼女はどうやらその景色が気に入ったようだ。 いつもの犬の散歩に出た彼女は気がつけば河原ぶちを歩いていた
雨上がりのアスファルトは、湿った夜の闇を映し出していた。
「コハク!」
小学6年生の浦部響は、逃げ出した愛犬の名を呼んだ。リードを握りしめていた手が滑った瞬間、あの白い影はまるで幽霊のように、街の裏側に広がる「ヤード」へと滑り込んでいった。鉄板や廃材が積み上げられた、街の排洩器官のような場所。ルールも秩序もない、言葉の通じない領域。
迷いはない。そう、あるのは愛犬を失うという恐怖だけだった。響は鉄柵の隙間から、その異界へと足を踏み入れた。
足音が、湿った砂利を噛む音に変わる。錆びた鉄の匂いと、どこかで燃やされたプラスチックの焦げた臭い。街の表通りから聞こえるはずの車の音も、ここでは遠い海の底の響きのように濁って聞こえる。
「コハク……どこ?」
声は、広大なヤードの闇に吸い込まれて消えた。
その時だった。背後のコンテナの影から、いくつかの人影がぬっと立ち上がったのは。
言葉は、なかった。
彼らが発したのは、喉の奥で転がるような、意味を持たない唸り声だけ。それなのに、響の耳にはそれが明確な意志を持って響いた。飢餓、あるいは、歓喜。
「あ……」
後ずさりしようとした足は、しかし動かなかった。恐怖で縫い付けられたように、膝が震えるだけ。彼らはゆっくりと、確実に、獲物を囲い込むように距離を詰めてきた。粗末な作業着、垢に汚れた肌、そして飢えた獣のような目。言葉という文明の利器を持たない彼らは、より原始的な、より純粋な衝動の塊のように見えた。
最初の手が、響の肩に触れた。
「いやっ!」
弾かれたように叫び、腕を振り払う。しかし、それは逆に彼らのスイッチを入れたかのようだった。一人の手が両手首を拘束し、もう一人が背後から響の体を抱え込む。粗暴な手が、服の上からでも分かるほどの熱を帯びて、彼女の体をまさぐり始めた。
「やめて、離して! 誰か!」
叫びは、彼らの興奮を煽るだけだった。言葉の通じない彼らにとって、響の叫び声はただの「雌の鳴き声」でしかなかったのだ。
バリ、という布が裂ける音がした。お気に入りのカーディガンが、無造作に引きちぎられる。冷たい夜気が、剥き出しになった肌に直接触れた。続いて、スカートのホックが外される音。下着が足首まで引き下ろされる屈辱。
あっという間だった。響は、見知らぬ男たちの前に、一糸まとわぬ姿で晒された。夜風が、濡れたような肌を撫でていく。羞恥心が、恐怖の上から噴き出し、顔を、首を、全身を真っ赤に染め上げた。
「見ないで……お願い……」
涙が、とめどなく溢れた。
彼らの手が、肌の上を這い回る。まるで、未知の素材を確かめるように、あるいは、崇高な彫刻を愛でるように、彼らはゆっくりと、執拗に、響の体を触った。首筋、鎖骨の窪み、膨らみの先端、脇腹、臍の周り、そして太腿の内側。
最初は、ただの嫌悪だった。汚い手が、自分の神聖な体を侵しているという、吐き気のような感覚。膚が泡立つような恐怖。
しかし。
彼らの指先は、妙に的確だった。いや、的確というより、本能的なのだろうか。言葉を持たない分、彼らは手で語り、肌で思考していた。触れ方の強弱、撫でるリズム、指の圧力。それらが、響の体の構造を、快楽の地図を、地味になぞり出していく。
「んっ……ぅ……」
唇を噛み締め、声を殺そうとしたが、体の奥から痺れるような感覚が這い上がってくる。拒絶する理性とは裏腹に、肌が彼らの手に吸い付くように反応し始めていた。乳首が、粗い指の腹に擦られて硬く尖り、下半身の中心が、熱を持ち始めて脈打つ。
いやだ。いやだ。こんなの、おかしい。
恐怖は消えない。いや、恐怖があるからこそなのかもしれない。言葉が通じないという無防備さ、逃げ場のない閉塞感、そして身に起こっている侵蝕への無力感。それらが異常なスパイスとなり、背骨を駆け上がる快楽の電流を増幅させていく。
太い指が、秘所に触れた。
「あぁっ!」
体が跳ねた。濡れている。自分の意思とは無関係に、体は歓喜の液を分泌していた。男の指は、その濡れた証拠をねっとりと絡め取り、さらに深く、内側へと侵入してくる。
異物感。圧迫感。そして、痺れるような甘美な感覚。
「や、やめ……て……」
言葉は、すでに拒絶の形を保っていなかった。涙でぐしゃぐしゃになった顔を左右に振りながら、響の口から漏れるのは、甘く、あえかな吐息だけ。
彼らは、響の体が快楽に震えるたびに、満足げに喉を鳴らした。まるで、調教師が初めて芸を覚えた犬を褒めるように。その無言の承認が、響の羞恥心をさらに刺激した。見られている。犯されている。そして、感じている。
指の動きが激しさを増す。内側の敏感な一点を、容赦なく擦り上げる。同時に、他の手が胸を揉みしだき、乳首を摘み上げる。多方向からの、容赦ない刺激の波。
頭が、真っ白になっていく。日頃のストレスが消えていくのを感じた。
考える言葉が、消えていく。恐怖も、羞恥も、愛犬のことも、日常のことも。ただ、体の中心で渦巻く、膨大な熱の塊だけが、全てを焼き尽くしていく。
「あ、あ、ああっ……!」
体が反り、男たちの手の中で痙攣する。絶頂。言葉にできないほどの強烈な波が、脳髄まで突き抜けた。
その瞬間、響は悟ったのかもしれない。言葉を失ったこの場所で、自分もまた言葉を失い、ただの「雌」としての本能を剥き出しにされたのだと。
果てた後の体は、泥のように重かった。男たちは、満足したように手を離した。虚脱した響の体は、冷たい砂利の上に崩れ落ちる。
彼らは、また闇の中に消えていった。
しばらくして、冷たい鼻先が、響の頬に触れた。コハクだ。心配そうに、飼い主の匂いを嗅いでいる。
響は、震える手で愛犬の首を抱きしめた。
「……見つけた」
嗄れた声で呟く。
涙は、もう乾いていた。
だが、体の奥には、まだ熱が燻っていた。それは、決して消えることのない、この場所での記憶の熱だ。
響は、裸のまま立ち上がった。服を探す気力はなかった。夜気の冷たさが、火照った肌に心地よかった。コハクを連れて、鉄柵の隙間から外へ出る。
アスファルトの上に戻ると、街の明かりが目に痛かった。
日常は、何事もなかったかのように続いている。けれど、響は知っている。自分の体に刻まれた、言葉の通じない快楽の地図を。それは、彼女を今までの彼女ではなくしてしまった、決定的な何かだった。
そして、その恐怖と背徳の味を、彼女はもう二度と忘れることができないのだと、震える体の奥で理解していた。
あの夜から、三日が経った。
浦部響は、日常の薄皮一枚下で、絶えず疼く何かを抱えていた。小学校の授業も、友人と交わす何気ない会話の最中でさえ、あの熱はふとした瞬間に蘇る。湿った砂利の感触、錆びた鉄の匂い、そして言葉を持たない男たちの、あの不気味なほど的確な指先の記憶。
何よりも、自分の体が彼らの手の中で開き、未知の快楽に震えたという事実が、響の理性を内側からじわじわと蝕んでいった。
あれは恐怖だった。凌辱だった。決して許されることではない。そう頭では理解している。なのに、鏡の前で服を脱ぐたび、シャワーの湯が肌を滑るたび、あの場所の感覚がまざまざと蘇り、太腿の内側が熱を持つ。自分でも気づかぬうちに、指がそこへ伸びていることがあった。
そして三日目の夜。
彼女は気づけば、コンビニの袋を提げて、あの鉄柵の前に立っていた。心臓が早鐘を打つ。吐き気にも似た緊張が、胃のあたりを締め付ける。逃げ出すなら今だ、という理性の叫びを、しかし彼女の脚は無視した。むしろ、その脚は震えながらも、確かな意志を持って、再びヤードの闇へと足を踏み入れたのだ。
湿った砂利を踏む音。途端に、あの焦げたプラスチックと油の匂いが鼻腔を満たす。一秒と経たずに、闇の中から複数の気配が立ち上がった。彼らは覚えていた。いや、彼女の匂いを覚えていたのかもしれない。
心臓が喉元までせり上がる。足がすくむ。だが、響はその場に立ち止まったまま、彼らが近づいてくるのを待った。
「……お願い」
自分の口から洩れた言葉は、自分でも驚くほどか細く、熱を帯びていた。言葉は通じない。それでも、彼女の体の震え方、瞳の潤み、そして自ら服のボタンに手をかける仕草は、どんな言語よりも雄弁に、彼女の意志を伝えていた。
「また……して」
羞恥で死にそうになりながら、彼女は自分からカーディガンを脱ぎ捨てた。ブラウスのボタンを一つ一つ外していく指先が震える。スカートのファスナーを下ろし、下着を足首から抜き去る。
裸だ。
冷たい夜気の中で、彼女の肌はすぐに粟立った。先回と違うのは、彼女が自分の意志で、男たちの視線に体を差し出しているということだ。その事実が、強烈な自己嫌悪とともに、背筋を走る倒錯的な興奮を呼び起こす。
男たちは動かなかった。ただ、ゆっくりと、獣のような目で彼女の裸体を舐め回すように見つめている。
その無言の観察が、彼女の羞恥心を燃え上がらせた。見られている。値踏みされている。言葉がないからこそ、視線の重みが、より直接的に肌に突き刺さる。
「……触って」
響は自ら両腕をわずかに広げ、彼らを招き入れる仕草をした。
それは、獲物が自ら捕食者の口に飛び込むような、倒錯的な行為だった。
一人が、動いた。
太い指が、彼女の鎖骨をなぞる。その感触に、体がびくんと跳ねた。指はゆっくりと下りていき、乳房の膨らみを包み込む。他の手が、背中を、腰を、臀部を、執拗に這い回る。
「あ……ぅん……」
自分から来たのだという背徳感が、快楽の感度を異常に高めていた。指一本の動きが、前回とは比べ物にならないほどの痺れを神経に送り込む。まだ何もされていないのに、秘所はすでに熱く濡れ始めていた。男たちの指が、その証拠に触れた時、彼らは満足げに喉を鳴らした。
その時だった。
響を取り囲む男たちの一人が、一歩前に出た。彼は、無言のまま作業ズボンの前を寛げ、自身の陰莖を露わにした。
「……っ!」
響の呼吸が止まる。異形とも思えるその肉の棒が、薄闇の中で不気味な存在感を放っていた。太く、血管が浮き出て、先端からはすでに透明な液が滲んでいる。男は、骨ばった自分の手でそれを握り、ゆっくりと上下に動かし始めた。
それは、響に向けられた、原初的な儀式だった。言葉ではなく、視覚的に、彼らの欲望の最も生々しい形を見せつけること。他の男たちも、彼の行為を黙って見守っている。
手淫の水音が、静まり返ったヤードに響く。男の息が荒くなる。彼の目は、裸の響に固定されたままだ。
響は、目が離せなかった。恐怖と嫌悪があるはずなのに、なぜかその光景から視線を外せない。男の顔が快楽に歪んでいくのを見つめ、その中心で脈打つ陰莖の動きを、呆然と追ってしまう。
「あ……あぁ……」
自分の口から洩れる声が、他人のもののように遠い。太腿を伝う、自分自身の蜜の感触だけが、これが現実だと教えていた。
男の手の動きが激しくなる。腰を突き出すようにして、彼は何かを追い求めている。その必死な動きが、奇妙なほどに響の情感を揺さぶった。彼らは言葉を持たない。だから、こんなふうに、ただ剥き出しの欲望そのものを、彼女に見せつける。自分という存在が、彼らをここまで駆り立てている。
その認識が、強烈な電気信号となって、響の脊髄を駆け上った。
男の呼吸が、ピークに達した瞬間。
「……うっ!」
男の低い唸りと同時に、白濁が迸った。アスファルトに落ちるその液体を、響は時間が止まったかのように凝視する。脈打つたびに飛び散る精液。そのあまりに生々しい、雄としての証。
「あ、ああああっ!」
響の体が、爆発した。
触られてもいないのに、いや、見つめていただけなのに、彼女の体は激しいアクメに達したのだ。膣壁が痙攣し、下腹部から全身に広がる快楽の津波が、彼女の意識を一瞬で塗りつぶす。立っていられず、その場に膝から崩れ落ちた。それでも体の震えは止まらず、彼女は剥き出しの砂利の上で、雌犬のように身体を震わせ続けた。
涙が溢れた。情けなさ。屈辱。自己嫌悪。そして、それらすべてを飲み込むほどの、絶対的な快楽。
彼女は、男の射精を見ただけで、達してしまったのだ。
果てた後、響はしばらく動けなかった。汗と涙と愛液でぐしょぐしょになった裸体を冷たい地面に預け、荒い息を繰り返す。
男たちは、またしても彼女を丁寧に扱うことはなかったが、暴力的でもなかった。ただ一人が、近くに落ちていた彼女のカーディガンを、無造作に体の上にかけた。
なんて優しさ、いや、ただの気まぐれだろうか。
響にはもう、判断がつかなかった。
どれくらいそうしていたのか。気がつけば、男たちの気配は薄れ、彼女は再び一人だった。震える腕で体を起こす。カーディガンを胸に抱きしめると、そこから微かに彼らの油の匂いがした。
自分は、もう戻れない。
その確信が、絶望と共に、背徳的な安らぎを彼女に与えていた。言葉の通じないこの場所で、彼女は言葉を超えた何かで繋がってしまったのだ。
立ち上がり、服を着る気力もなく、彼女はふらふらと出口に向かった。今夜は、コハクも連れてきていない。完全に、自分一人の意志で、この場所に来た。
その事実こそが、何よりも雄弁に、彼女が変質してしまった証だった。
鉄柵を抜けると、街の明かりが眩しかった。背後の闇が、彼女を呼んでいる。
また、来るだろう。
それが恐怖だった。そして、それが悦びでもあった。
日曜日の朝、カーテンの隙間から差し込む陽の光が、響の瞼を優しく撫でた。
階下からは母親が朝食を作る音が聞こえる。コーヒーの香り、トースターのチンという軽やかな音。すべてが平和で、すべてが正常で、すべてが彼女の知っている世界の音だった。
響はベッドの中で、自分の右手をじっと見つめた。昨夜、この指は自分の体の奥深くに入り込み、あの場所での記憶をなぞりながら、何度も果てた。皮膚の下にはまだ、男たちの無骨な指の感触が、焼き付いたように残っている。
「これではいけない」
天井に向かって呟いた声は、自分でも驚くほど空虚だった。
理性は理解している。あれは異常だ。危険だ。自分を大切にしない行為だ。普通の子供なら、友達と遊び、将来の夢を語るべきだ。なのに彼女の頭の中を占めているのは、錆びた鉄の匂い、湿った砂利の感触、そして言葉の通じない男たちの、あの獣のような瞳だけ。
「響、朝ごはんできたわよ」
階下からの母親の声に、彼女の肩がびくんと跳ねた。
「……今、行く」
返事をしながら、彼女はゆっくりと体を起こした。パジャマの下で、肌が疼いている。まるで、自分の意思とは無関係に、体の細胞一つ一つが何かを求めているかのように。
鏡の前に立つ。そこに映る自分は、たしかに浦部響だった。しかし、その目の奥に潛む暗い熱は、三日前までの自分には決して存在しなかったものだ。
朝食のテーブルで、母親が何気なく尋ねた。
「今日は予定あるの?」
「うん、午後から友達と映画」
嘘だった。唇から滑り出たその言葉に、自分でも驚くほど自然に笑顔を添えることができた。母親は満足そうに頷き、父親は新聞から顔も上げずにコーヒーを啜っている。
この平和な食卓。この温かい家族。大切にすべきものは、ここにあるはずだ。
なのに。
彼女の頭の中では、すでに別の計画が組み立てられていた。駅まで歩き、そこからバスに乗って逆方向へ。コンビニで水を買って、それからあの鉄柵の前に立つ。何も考えずに、ただ体の求めるままに。
「ごちそうさま」
響はほとんど箸をつけていない朝食を残し、席を立った。母親が何か言っていたが、耳に入らない。自室に戻り、クローゼットを開ける。
何を着ていくべきか。
その選択に悩んでいる自分に気づき、彼女ははっとした。まるでデートに行くかのような思考。けれど、その自己嫌悪さえも、今では興奮のスパイスでしかなかった。結局、簡単に脱げるワンピースを選び、下着はあえてつけなかった。その決断に、太腿の内側がじんわりと熱を持つ。
家を出る時、母親の「いってらっしゃい」という声が背中に刺さった。
ごめん、お母さん。
心の中で謝りながら、彼女の足は確実に、あの場所へと向かっていた。
ヤードの入り口に立った時、日曜の朝だというのに、そこにはすでに何人かの気配があった。彼らは彼女の姿を認めると、ゆっくりと集まってくる。威圧的ではなく、むしろ奇妙なほど穏やかに。まるで、彼女が来ることを知っていたかのように。
「……おはよう」
響は小さく呟いた。言葉は通じない。それでも彼らは、何かを理解したように、少しだけ距離を詰めた。
今朝の彼女は、もう迷わなかった。自分からワンピースの肩紐を外し、衣擦れの音とともに、布地が足元に落ちる。朝の光に照らされた彼女の裸体は、前回よりもさらに白く、そして淫らに輝いて見えた。
彼らの手が伸びてくる。節くれだった指、油の染みついた掌。それらが彼女の肩、背中、腰、そして胸へと這い寄る。
「……ん…ぅ……」
触られるだけで、体の芯が震えた。期待と恐怖が混ざり合い、彼女の息を浅く早くさせる。
その時、彼女はふと気づいた。男たちの一人が、前回のように自らの陰莖を取り出し、ゆっくりと扱き始めていた。他の男たちも、彼女の体を触りながら、熱い視線を彼女の顔、唇、そして口元に集中させている。
彼らが何を求めているのか、言葉がなくても理解できた。
心臓が跳ね上がる。口で、あれを。あの、太くて熱くて、異様な形をした肉の塊を。
「……させて」
自分の口から出た言葉に、全身が震えた。彼女はゆっくりと膝をつき、男の前に跪く。砂利が膝に食い込む痛みも、今はどうでもよかった。
近くで見るそれは、想像以上に巨大で、異様だった。血管が脈打ち、先端からは透明な液が滲み出ている。何よりも、その匂い。決して清潔とは言えない、むしろ生々しい雄の匂いが、彼女の鼻腔を満たした。石鹸の香りでも、香水の匂いでもない。人間の、男の、最も原始的な匂い。
吐き気を催すはずのその匂いに、なぜか彼女の体は反応していた。下腹部がきゅんと締まり、秘所から新たな蜜が滲み出る。
彼女は恐る恐る、右手を伸ばした。熱い。そして硬い。手の中で、それはまるで別の生き物のように脈打っている。導かれるままに、顔を近づけ、唇をそっと先端に触れさせた。
「……んっ」
塩辛い。苦い。そして、なんとも言えないえぐみ。それが男の味なのだと、生まれて初めて知った。舌でそっと舐めると、表面の滑らかさと、裏側の血管の凹凸が感じられる。男が低く呻いた。その反応が嬉しくて、彼女はもっと深く口に含んだ。
「んぐ……っ…ぅ……」
喉の奥まで押し込まれる感覚に、一瞬息が詰まる。涙が滲んだ。苦しい。けれど、その苦しささえも快楽に変換されていく。彼女は自分の意志で、頭を前後に動かし始めた。唾液が溢れ、口の端から顎へと伝う。
男の腰が、小さく揺れ始める。彼は彼女の髪を掴み、リズムを合わせようとしていた。その指が時折、彼女の頭を撫でるように優しく触れる。その不器用な優しさが、彼女の心をさらに溶かしていった。
言葉がなくても、今、自分は彼に奉仕している。その事実が、彼女の自尊心を音を立てて崩していく。
でも、その崩壊の感覚こそが、何よりも甘美だった。
口の中で、それがさらに硬く、さらに熱くなった。このまま、このまま——。
(出して)
心の中で叫んだ瞬間、自分自身の体の奥が激しく痙攣した。まるで、男の絶頂と同期したかのように。口の中の熱と、体内から湧き上がる快楽の波が、彼女の意識を真っ白に塗り潰す。
「んんっ——!!」
口を離すことができなかった。むしろ、必死にしゃぶりつきながら、自分も果てていた。涙と唾液と愛液でぐちゃぐちゃになりながら、それでも彼女は、この上なく充たされていた。
ゆっくりと口を離す。唇から銀色の糸が引き、それが朝の光にきらめいた。口の中に残る苦味と塩味を、彼女はゆっくりと味わうように飲み込んだ。
違和感は、もうなかった。
これが自分の選んだ道であり、自分の体が求めた結果だ。
立ち上がることもできず、彼女はしばらく地面に座り込んでいた。男たちは、また少し距離を取り、彼女を見守っている。その目には、もはや最初のような飢えだけではなく、奇妙な親しみのようなものさえ浮かんでいるようだった。
帰らなければ。昼過ぎには、嘘をついた映画の時間が終わる。それまでに家に戻り、シャワーを浴びて、この匂いを消さなければ。
だけど。
彼女の指は、自分の唇に触れ、まだ残る感触を確かめていた。
「また、来るね」
立ち上がりざま、そう呟いた。それは彼らへの言葉というより、自分自身への、取り返しのつかない誓いだった。
ワンピースを拾い上げ、裸のままそれを身にまとう。下着を忘れてきたことを思い出し、彼女は小さく笑った。
朝の光が、すべてを隠さずに照らし出している。彼女はもう、自分に嘘をつくことをやめていた。母親にも、父親にも、友達にも、そして、自分自身にも。
ヤードの外に出れば、日曜の街は穏やかな日常を取り戻していた。教会の鐘が遠くで鳴り、家族連れが楽しげに歩いている。
その平和な景色の中を、彼女は一人、歩き出す。口の中に残る苦味を噛み締めながら。
これは病だ。あるいは、呪いだ。
でも、この甘美な病に、彼女はもう抗う気力を失っていた。
ヤードの空気が、今日はどこか違っていた。
いつものように鉄柵を抜け、彼女が一歩足を踏み入れた瞬間、男たちの気配がすぐにまとわりついてくる。しかし、今日は彼らの手が直接肌に触れてくることはなかった。彼らは少し離れた距離で立ち止まり、じっと響を見つめていた。その瞳の奥には、これまでの飢餓感とは違う、もっと切実で、もっと動物的な炎が揺らめいていた。
一人の男が、ゆっくりと口を開いた。
「セックス……させて」
響は息を呑んだ。か細く、ひどく不自然な日本語だった。発音はたどたどしく、舌足らずだが、その言葉が意味するところだけは痛いほど鮮明に伝わってきた。
別の男も、喉を詰まらせながら同じ言葉を絞り出す。
「女……触ってない……長い、間」
「俺たち……セックス……したい」
彼らは、言葉を探していた。普段、言葉を持たない彼らが、今、必死に響の言語を借りようとしていた。異国の地、日本。出稼ぎという名の過酷な労働に明け暮れ、劣悪な環境でただ生きるためだけに日々を消耗してきた男たち。言葉も文化も違うこの場所で、彼らがどれほど長い間、人としての温もり、女の肌の温かさから遠ざかっていたのか。その渇望が、歪な日本語のひび割れから漏れ出し、響の胸を強打した。
想像してしまった。彼らの孤独。彼らの飢え。
「あ……」
響の視界が、わずかに揺らいだ。
男たちの視線が、重い。肉体労働で鍛え上げられた骨太の体、汚れた作業着、無骨な掌。そして、響の全身を舐め回すような、あの熱視線。これまでも彼らに見つめられてきたが、今日のそれは質が違った。「触りたい」のではない。「入りたい」という、これ以上ないほど明確な欲望の塊だった。
その視線の圧力だけで、響の膝が砕けそうになった。目が合っただけで、脊髄を電流が走り、下腹部が熱く疼く。言葉も手も出さず、ただ見つめられるだけで、彼女の体は孕み始めていた。
(この人たちを、癒やしたい)
(この人たちに、使われたい)
自分の中に芽生えた、どうしようもない倒錯した感情。拒絶する理性は、すでに砂上の楼閣でしかなかった。
響は、震える手で再びワンピースの肩紐に手をかけた。衣擦れの音と共に布地が足元に落ち、彼女は彼らの前に一糸まとわぬ姿を晒す。朝の光が、彼女の白い肌を照らし出していた。
男たちの喉が、ごくりと鳴るのが聞こえた。
響は、その場に横たわるのではなく、足を開いて立った。冷たい砂利の上に、裸足で立つ。腕を広げ、自ら太腿の間の秘所を彼らに向けて晒し、彼女は唇を震わせた。
日本語は、もう出てこなかった。
彼らが必死に言葉を借りたように、彼女もまた、彼らが元来持つ言葉を口にしようとした。学生時代に、机上で学んだだけの、たどたどしく、拙い英語。
「Please……」
唇から漏れたその音に、自分で驚いた。鼓膜に響く自分の声が、ひどく淫らで、甘く響く。
「……fuck me」
たった一言。たどたどなく、震えていた。けれど、その響きは、どんな雄弁な誘い文句よりも雄弁だった。
男たちの目が、見開かれた。一瞬の静寂の後、彼らの理性の堤防が決壊した。
「ああっ!」
誰かが叫び、響の体が強引に引き倒された。冷たい砂利が背中に食い込む。だが、痛みを感じる間もなく、彼女の上に重く、熱い体がのしかかってきた。
荒い息。汗と油の強烈な匂い。無骨な手が、太腿を強引に割り開く。
「入れ……る」
男が、響の耳元で嗄れた声で囁いた。許可を求める言葉ではなかった。宣告だった。
「き、来て……!」
響は叫んだ。男の首に腕を回し、自ら腰を突き出した。
次の瞬間、熱く硬い異物が、彼女の濡れそぼった秘所をこじ開け、一気に奥まで貫いた。
「ひぐっ! あぁぁぁっ!!」
言葉にならない叫び声が、ヤードの空虚な空に響き渡る。これほどの質量と熱量が体の中に入ってきたのは初めてだった。肉と肉がぶつかり合う鈍い音。男の体重が彼女を砂利に押し付け、息が詰まるほどの圧迫感。
男は容赦なかった。長らく女に触れていなかった鬱積した欲望を、すべて響の体に叩き込むかのように、腰を激しく打ち付けてくる。
「すご……熱い……きつい……っ!」
男が意味不明な言葉を吐き散らしながら、獣のように腰を振る。その動きに言葉はない。情緒もない。ただ、純粋な交尾の衝動だけが、彼を駆動していた。
他の男たちも、待ち構えていたかのように、響の体に群がってきた。胸を揉みしだき、乳首を吸い付き、身体中を舐め回す。何本もの手が、彼女を味わおうとする。
視界は汗と油の匂いで霞み、耳には肉のぶつかる音と、男たちの獣のような息遣いだけが充満する。
「あ、あ、ああっ! いいっ、そこっ……!」
響は、自ら腰をくねらせ、男を深く飲み込もうとした。言葉の通じない彼らと、肉体という共通言語で会話する。その背徳感と、圧倒的な暴力性に近い快楽に、彼女の理性は完全に蒸発していた。
犯されている。言葉の通じない、見知らぬ出稼ぎ男たちに、自ら足を開いて求め、その思いのままに弄ばれている。その事実が、彼女を壊していった。
男の動きが、さらに激しくなる。突き上げるたびに、内壁が痙攣し、目の前が白く明滅する。
「出す……出すぞ……!」
「きて……! 中に……全部……!」
英語で叫んだつもりだった。もう、自分が何を言っているのかも分からない。
男が、雄叫じみた唸り声を上げ、最奥で脈打った。沸騰した精液が、子宮の奥底に直接注ぎ込まれる感覚。
「あぁぁっ、あつっ、あついぃっ!!」
その瞬間、響の体が弓なりに反り返った。男の絶頂の熱と同時に、彼女自身もあまりにも強烈なアクメの渦に巻き込まれた。脳髄が沸騰し、全身の細胞が悦びに震える。
男が体を離すと同時に、別の男が入れ替わった。休む間もなく、次の異物が侵入してくる。
「んぐっ! ま、まだ……っ!」
「俺も……俺もしたい……」
交代する男たち。容赦ないピストン運動。響は、ただ喘ぎ、泣き、そして快楽に溺れていくだけだった。
彼女の耳元で、男たちが囁く言葉が、少しずつ、しかし確実に、彼女の脳に刻み込まれていった。
「いい女……」
「最高……」
「もっと……」
それは日本語だったり、彼らの母国語だったりしたが、もはやどうでもよかった。ただ、彼らの欲望が、彼女の存在を狂わせていく。
いつしか、響は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、空を見上げていた。青空が、ひどく遠い。
「愛してる……」
誰に言ったのか。彼らにか。それとも、堕ちていく自分にか。溢れる涙と共に、彼女の心は、もう、誰にも救えない場所まで流されていた。
夜の闇に溶け込むように、浦部響は家を抜け出した。
家族濃厚見つからないように息を殺して玄関の鍵を開ける。冷たい夜気が、肌を刺す。でも、その冷たささえも今の彼女には心地よかった。皮膚の下で疼く熱を、少しだけ冷やしてくれる気がしたから。
通学用のバッグの中には、テキストは入っていなかった。代わりに、水と、少量のキャンディ、そして安物の粉薬が入っていた。
電車に乗り、見知らぬ駅で降りる。そこからは徒歩だ。街灯の少ない道を、影のように歩く。目的地は、いつものヤードではなく、少し離れた別の場所だった。
以前、男たちの一人が、片言の日本語とジェスチャーで教えてくれた場所。「もっと、いいものある」と。
ビルの地下。重い鉄の扉を押し開けると、むっとするような異様な空気が漂ってきた。タバコの煙、汗、錆びた鉄の匂い、そして何か、甘くて鼻をつく化学的な香り。
薄暗い部屋の中には、数人の男たちがいた。見知らぬ顔。普段のヤードにいる男たちとは違う、さらに粗野で、目つきの鋭い男たち。だが、その瞳の奥に宿る飢えた光は、同じだった。
響は、震える手でバッグから粉薬を取り出し、テーブルの上に置いた。男の一人が、それを確認し、短く頷く。
「おい、来い」
言葉は通じない。けれど、その手振りだけで意味は十分だった。
響は、彼らの前に歩み寄った。服を脱ぐ必要さえ、もうためらいではなかった。むしろ、早くこの重い布の拘束から逃れたかった。キャミソールを頭から被り、ショートパンツと下着を脱ぎ捨てる。薄汚れた床の上に、彼女の白い裸体が浮かび上がる。
「きれいだな」
男の一人が、日本語で呟いた。褒め言葉なのか、それともただの事実の確認なのか。響には判断がつかなかったし、もうどうでもよかった。
男が、テーブルの上の粉を小さな紙の上に載せ、ライターの火であぶる。立ち上る白い煙を、彼はスポイトで吸い取り、響の目の前に差し出した。
「吸え」
促されるまま、響はそのスポイトの先を口に含んだ。甘くて、鼻の奥をツンと刺激する煙。肺の奥まで吸い込み、吐き出す。
一瞬、世界が歪んだ。
視界がぐにゃりと曲がり、音が遠くなる。体の感覚が麻痺し、重力が消えたかのように軽くなる。そして、次の瞬間、全身の神経が過電流を流されたかのように敏感になり、爆発的な浮遊感が押し寄せてきた。
「あ……ぁ…」
声にならない声が漏れる。頭の中が真っ白に染まり、思考が消えていく。ただ、体の奥から湧き上がる、どうしようもないほどの熱と、渇望だけが残る。
男たちが、近づいてきた。
視界が霞んでいるせいで、彼らの顔がよく見えない。ただ、無骨な手が肌に触れる感覚だけが、鮮明に、そして何倍にも増幅されて響いてくる。
「んっ……!」
背中を撫でられただけで、背骨が震え、太腿の内側が痙攣した。薬のせいで、感覚のリミッターが完全に外れていた。普段ならただの接触でも、今は雷のような快感として脳を貫く。
「すごい感度だ」
男が笑い、胸を鷲掴みにする。
「ひゃぁっ!」
乳首を強く捏ねられ、響の腰が跳ねた。自分の声じゃないみたいだ。甘く、甲高い、牝の鳴き声。
もう、考えることなどできなかった。薬が思考を溶かし、快楽が理性を焼き尽くす。ただ、もっと触ってほしい、もっと乱暴に扱ってほしい、もっと奥まで犯してほしい。その本能だけが、体を支配していた。
目の前に、男の陰莖が突き出された。半勃ちの、くすんだ色の肉の塊。その匂いだけでも、響の口内は唾液で満たされた。
自分から、だった。
響は四つん這いになり、むしゃぶりつくようにその陰莖を口に含んだ。舌で裏筋をなぞり、口腔内で愛撫する。男の荒い息遣いが聞こえる。それがたまらなく嬉しかった。
「んぐ……っぷ……じゅる……」
音を立ててしゃぶる。頭を前後に振り、喉の奥まで飲み込もうとする。苦しいけれど、その苦しささえも今は快楽の一部だった。口の中の肉の熱さ、質量、脈動。それらすべてが、彼女の脳髄を直接揺さぶる。
「うまいな、こいつ」
頭を押さえつけられ、腰を突き出される。口内を蹂躙される感覚に、響は目を細め、うっとりと身を委ねた。
背後から、別の手が臀部を鷲掴みにした。太い指が、すでに濡れそぼった秘所に侵入してくる。
「あぐっ! んんっ!」
口を塞がれたまま、悶える。指は遠慮なく内壁をかき回し、敏感な部分を擦り上げる。前後からの同時攻撃に、彼女の体は電撃に打たれたように震えた。
「こっちも、準備万端じゃねぇか」
男が指を抜き、代わりに硬く勃起した陰莖を宛てがう。ずるり、と先端が滑り込む。
「んんーっ!!」
口中の陰莖を噛みそうになりながら、響は絶叫した。前も後ろも、男たちで塞がれていく。圧迫感。充足感。肉と肉がぶつかり合う、湿った音が響く。
前の男が、口内に精を放った。どろりとした、苦くて生臭い液体。響はそれをこぼさないように、喉を鳴らして飲み干した。
口を解放された響は、喘ぎながら背後の男に訴えた。
「もっと……奥…」
「欲しいか?」
「欲しいっ……! 入れて……!」
男は、容赦なく腰を打ち付けた。肉と肉がぶつかる鈍い音が、部屋中に響き渡る。
「あぁっ! あっ! あっ!」
響は、自ら腰を振った。男の動きに合わせて、さらに深く、さらに激しく。肉棒が内壁を擦り上げるたびに、火花が散るような快感が背骨を駆け上る。
「すごい……すごいぃっ……!」
視界はチカチカと明滅し、頭の中は快楽の霧で包まれている。自分が誰なのか、ここがどこなのか、そんなことはもうどうでもよかった。ただ、この強烈な刺激だけが、今の彼女のすべてだった。
「次は、こっちだ」
男が、秘所から陰莖を抜き、今度はさらに狹い穴、肛門に宛てがった。
「え……? あ、そこ……」
恐怖が、一瞬だけ霞んだ意識の中をよぎった。でも、それはすぐに薬と快楽の波に洗い流された。
「だ、大丈夫……だから……して……」
響は、自ら太腿を広げ、男を促した。
「んぐぅっ!!」
異物が侵入してくる感覚。裂けるような痛みと、内臓をかき回されるような圧迫感。だが、それさえもやがて快楽へと変換されていく。未知の感覚に、彼女の体は奇妙なほど興奮していた。
「きついな……締め付けがすげぇ」
「あぁっ! 変……変になっちゃう……! ひぐっ! あぁぁっ!」
前も後ろも、男たちの肉棒で満たされていく。前の穴からは愛液が溢れ出し、後ろの穴は異物を受け入れて痙攣している。見知らぬ外国人の男たちに、自分の体のすべてを開放しているという背徳感。それが、彼女をさらに深い快楽の底へと突き落としていた。
「俺も入れてやるよ」
別の男が、前の穴に割り込んできた。
「え……? まさ……」
二本の陰莖が、狭い入り口を競うように侵入してくる。
「い、痛いっ! 痛いけど……気持ちいいっ! んあぁぁっ!!」
苦痛と快楽が混在した、麻薬のような感覚。もう、自分の体がどうなっているのかさえ分からない。ただ、貪欲に快楽を貪り続けるケダモノに成り果てていた。
男たちが次々と彼女の体を使い、精を放っていく。響は、ただ喘ぎ、泣き、そして体を痙攣させては達するだけだった。そのうち、自分が何回絶頂を迎えたのかも分からなくなった。
終わった後、彼女はボロ雑巾のように床に横たわっていた。全身が汗と体液で濡れ、乾いた粉薬が皮膚にくっついている。意識は朦朧とし、視界の端は黒ずんでいる。
(私……一体……何なんだろ……)
虚ろな頭の中で、そんな問いが浮かんだ。浦部響。大学生。平凡な家庭の娘。それが本当の自分なのだろうか。それとも、今こうして見知らぬ男たちに使われて歓ぶ、この娼婦以下の生き物こそが?
答えはなかった。
いや、もう探すことすら億劫だった。
ただ、体の奥で燻る火種は、まだ消えていなかった。むしろ、もっと強い燃料を求めて、蠢いているように感じる。
その火種の名を、彼女はまだ知らない。
でも、きっとこれからも、何度も火を注ぎたくなるのだろう。
夜明けの淡い光が、地下の窓から差し込み始めていた。
響は、よろよろと立ち上がると、汚れた衣服を身につける。帰りたくない。このまま、この場所にいたい。そんな願望が芽生えたが、家には家族がいる。帰らなければならない。
その矛盾した思いを抱えたまま、彼女は地下を後にした。
路地裏を歩く彼女の体からは、甘ったるい媚薬と雄の匂いが混じり合い、濃厚な香りとなって立ち昇っていた。
夕食の席で、母親が箸を置く音がやけに大きかった。父親がテレビのニュースを見るとき、リモコンを持つ手が白くなっていた。弟はどこか腫れ物に触るような視線を、姉である彼女に向けるようになった。
何かがおかしい。でも、彼女はそれを追求しようとは思わなかった。追求すれば、すべてが終わってしまう気がしたから。だから、彼女は気づかないふりを続けた。
その夜、母親が泣いている声が、リビングから聞こえた。耳を澄ませば、父親の低い声と言葉の断片。
「……探偵……写真……間違いない……」
響の心臓が、大きな音を立てて止まったような気がした。
それでも、彼女は何も聞こえなかったふりをして、自室のドアを閉めた。ベッドに横たわると、全身が小刻みに震えだす。それは恐怖でもなければ、怒りでもなかった。ただ、これで終わるのだという、不思議な諦観に近い感情だった。
翌朝、リビングに呼ばれた響の前に、両親と弟、そして見知らぬ男が一人、座っていた。スーツを着た、いかにも「探偵です」と名乗りそうな男。テーブルの上には、茶封筒が無造作に置かれていた。
「響、座りなさい」
父親の声は、これまで聞いたことがないほど硬く、重かった。
彼女は黙って、指定された椅子に座った。
「正直に話してほしい」母親が、涙で潤んだ目で彼女を見つめた。「あなた、最近、どこに行ってるの?」
響は、何も言えなかった。
父親が震える手で封筒を開け、中身をテーブルにばら撒いた。
写真だった。数十枚の写真。ヤードの入り口に立つ彼女。廃工場の陰で男たちに囲まれる彼女。そして決定的な一枚。薄汚れたシーツの上で、裸の彼女が男に覆い被さられている瞬間。モノクロの、粗い粒子の写真なのに、それがかえって現実感を増していた。彼女の恍惚とした表情が、すべてを物語っていた。
「違うの? 違うと言って!」
母親が悲鳴のように叫ぶ。父親は、顔を歪めて写真から目を背けた。
その瞬間、響の中で何かが、明確に切り替わった。それは決断だった。あるいは、演技の始まりだった。彼女の目から、突然、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ちが……違うの……わたし……」
声が震える。自分でも驚くほど、それは微かに、そして哀れっぽく響いた。
「あの人たちに……やられたの……無理やり……」
両親の動きが止まった。探偵の男も、微動だにせず彼女を見つめる。
「最初は……犬を探してて……そしたら、いつの間にか囲まれてて……」
彼女の言葉はたどたどしく、途切れがちだった。それは、演技であると同時に、真実でもあった。初めて足を踏み入れたあの日の恐怖は、確かにレイプそのものだったのだ。二回目以降のことを、自分から進んで行ったことを、彼女は「なかったこと」にした。いや、言葉にすることで、自分の記憶そのものを上書きしようとしていたのかもしれない。
「言葉が通じなくて……怖くて……誰にも言えなくて……それで、脅されて、何度も……」
そこまで言うと、彼女は顔を覆って泣き崩れた。その嗚咽は、あまりにもリアルで、自分でも本気で泣いているのか芝居なのか、境界線が分からなくなっていた。
母親が、火のついたように泣き出した。
「私の……私の響に……なんてことを……!」
父親は、無言で立ち上がると、壁を拳で殴りつけた。鈍い音が、静かなリビングに響き渡る。
「警察だ。すぐに警察に通報する」
響は、その言葉を聞きながら、涙で濡れた顔を伏せたまま、心の中でほっと安堵している自分がいることに気づいた。『レイプされた被害者』。そのレッテルを貼られることで、彼女の異常な欲求への罪悪感は、公的に免罪されるのだ。
それからのことは、すべてが嵐のように過ぎ去っていった。
警察が来た。婦人警官が彼女の手を握り、優しく事情を聞いた。彼女は、昨夜自分で作り上げた物語を、細部まで作り込みながら語った。そのたびに涙を見せ、体を震わせ、時には言葉を詰まらせた。刑事たちは、若い彼女をいたわり、怒りを露わにした。
「よく話してくれたね。もう安心していいんだよ」
地域の住民にも、情報はすぐに広まった。平和な町に潛んでいた「怪物」たち。娘を守れなかった親への同情。そして、勇気を振り絞って声を上げた少女への賛辞。テレビのニュース番組が、こぞってこの事件を取り上げた。
囁かれる陰口や好奇の視線も、すべては彼女への同情という名のヴェールに包まれていた。
そして、ついにその日が来た。
テレビのニュース速報が、その瞬間を生中継していた。響は、自宅のリビングで、家族とともにその映像を見つめていた。
画面の中で、機動隊のバックアップを受けた警官たちが、ついに「ヤード」と呼ばれる無法地帯に踏み込む。
「動くな! 手を頭の後ろに!」
怒号が飛び交う。物々しい装備の警官たちが、薄汚れた作業着の男たちを次々と地面に組み伏せていく。
母親が、彼女の手を強く握りしめた。
「見なくていいのよ、響。もう、あなたを苦しめた人たちは捕まるんだから」
響は、画面から目を離せなかった。
一人の男が、泣き叫びながら連行されていく。片言の日本語で「違う!」と叫んでいる。あの男が、初めて彼女の体に触れた男だった気がする。別の男は、無表情で、されるがままにパトカーに押し込まれていく。あの男は、いつも彼女に「きれいだ」と拙い言葉で囁いてくれた男だ。
彼らは皆、ただ欲望に飢えた、孤独な出稼ぎ労働者だった。確かに、最初は強引だったかもしれない。しかし、少なくとも後半、彼らは彼女を対等な「雌」として扱い、彼女もまた、それを心の底から求めていた。
これは、冤罪だ。
心のどこかで、声がする。
これは、お前がついた嘘で、彼らは捕まったんだ。
だが、響の口は固く閉ざされたままだった。その目から、自然と涙がこぼれ落ちる。母親はそれを、過去の恐怖を乗り越えた安堵の涙だと解釈して、さらに強く抱きしめた。
事件は「解決」した。
正義は執行され、悪は排除された。
テレビの向こうでは、正義の象徴である制服を着た大人たちが、社会の敵を文字通り一掃した達成感に満ち溢れている。リビングでは、家族が涙を流しながら「これで終わったね」と抱き合っている。
しかし、響はどこか遠くを見つめていた。彼女の目には、もう何も映っていないかのようだった。
これでよかったのだろうか?
彼女は、被害者という名の檻に自ら入り、その鍵を社会という名の看守に渡した。そして、彼女自身の深淵に蠢く暗い炎は、誰にも知られることなく、完全に密封されてしまった。
家族の涙と、テレビから流れる正義の凱歌だけが、静かにリビングに木霊していた。