小さなお姉ちゃんと俺の物語
四畳半。畳の匂いと、古い木造アパートのきしむ音。それが俺と姉ちゃんの世界のすべてだった。
母さんは男の家に入り浸りでほとんど帰ってこない。冷蔵庫にはいつも、姉ちゃんがバイト先からもらってきた半額の惣菜パンが二つ。姉ちゃんはいつも「私はいいから」と言って、俺に先に食べさせた。
香津美姉ちゃん。16歳。背が小さくて、胸も平坦で、手足は枯れ枝みたいに細い。抱きしめたら壊れてしまいそうな、もろい体。美人というわけじゃない。だけど、俺の世界でいちばん——いちばん、大切な人。
ガキの頃から、学校で「貧乏人」と笑われ続けた。服は擦り切れ、給食費はいつも遅れ修学旅行には行けなかった。高校に入ってからは、クラスで完全に孤立した。誰も俺の名前を呼ばなかった。まるで、そこにいないみたいに。
「もう学校行かない」
そう言った夜、姉ちゃんは黙って俺の頭を抱えた。小さな手のひらが、俺の髪をゆっくり撫でた。その手は、バイトで荒れてあちこち切れていた。なのに、温かかった。
「行かなくてもいいよ。でも、死ぬのはダメ」
姉ちゃんの声は震えていた。俺は姉ちゃんの胸に顔を埋めて、声を殺して泣いた。姉ちゃんの心臓の音が、すぐ耳元で鳴っていた。トクントクン、トクントクン。小さな体の一生懸命な音。
その夜から、俺は姉ちゃんを守ると決めた。守る——というより、しがみつくといった方が正しい。姉ちゃんだけが、俺を「俺」として扱ってくれた。名前を呼んでくれた。存在を認めてくれた。
14歳の誕生日。姉ちゃんはケーキを買ってくれた。四号の、いちばん小さなやつ。蝋燭の火を消したあと、姉ちゃんは照れくさそうに笑った。
「大きくなったね」
その言葉が、妙に胸に引っかかった。俺はもう、子供じゃない。姉ちゃんを守れる——いや、守るべき存在なんだ。
その夜、布団を敷くとき姉ちゃんが言った。
「今日は寒いから、一緒に寝よっか」
いつもなら、姉ちゃんは自分の布団で寝る。俺の布団はひとつしかないから、姉ちゃんはいつも隣で丸まって寝ていた。でもその夜は、違った。
「うん」
俺はうなずいた。心臓がうるさかった。
薄い布団の中で、姉ちゃんの体はやっぱり小さかった。背中合わせに寝ているのに、姉ちゃんの体温が伝わってくる。石鹸の匂い。古い畳の匂い。それから、姉ちゃんの髪の毛の甘いような匂い。
「寝た?」
姉ちゃんが小さな声で聞いた。
「……起きてる」
「そっか」
沈黙。時計の秒針の音。外を走る車の音。それから——
「ねえ、」
姉ちゃんが体をこちらに向けた。俺も振り向いた。四畳半の薄暗がりの中で、姉ちゃんの目が光っていた。濡れたような、黒い光。
「キス、してみる?」
俺は答えられなかった。ただ、姉ちゃんの顔が近づいてくるのを、見ていた。小さな唇が俺の唇に触れた。柔らかくて、温かくて少しだけ震えていた。
それが、はじめてだった。
キスは次第に深くなった。姉ちゃんの舌が、俺の口の中に入ってくる。ぎこちない。だけど、一生懸命。俺も舌を動かした。姉ちゃんの小さな舌を、絡め取るように。
「んっ……」
姉ちゃんが小さく声を漏らした。その声が、俺の理性を溶かした。
気づいたときには、俺は姉ちゃんを押し倒していた。小さな体が、布団の上に沈む。俺の影が姉ちゃんを覆った。
「重い?」
「ううん。……あったかい」
姉ちゃんの手が俺の背中に回された。細い指。でも、力強かった。
俺は姉ちゃんのシャツのボタンを外した。ひとつ、またひとつ。露わになる肌は白くて、薄くて血管が透けて見えそうだった。胸は、やっぱり小さかった。だけど触れる
「あっ……」
姉ちゃんが震えた。俺はゆっくりと、その小さな膨らみに口づけた。吸うように、舐めるように。姉ちゃんの体が、びくびくと跳ねた。
「や……だめ、そこ……」
「だめ?」
「……だめ、じゃ、ない」
姉ちゃんの声は、もうろれつが回っていなかった。俺は姉ちゃんのスカートに手をかけた。下着ごと、一気に引き下ろす。露わになった部分は、もう濡れていた。
「見ないで……」
「きれいだよ」
嘘じゃなかった。姉ちゃんのすべてが、俺にはきれいに見えた。俺は指を一本、ゆっくりと差し入れた。
「あっ……んっ……」
姉ちゃんの内側は、熱くて、狭くて俺の指をきゅうきゅうと締め付けた。俺は指を動かしながら、もう一方の手で姉ちゃんの胸を揉んだ。姉ちゃんはもう、声を抑えることもできずに甘い声を上げ続けていた。
「もう……いや……」
「いや?」
「……きて」
俺は指を抜いて自分のものを姉ちゃんに当てた。先端が、姉ちゃんの入り口に触れる。姉ちゃんが息を呑んだ。
「痛かったら、言って」
「うん」
ゆっくりと、押し込む。姉ちゃんの体が俺を受け入れていく。狭い。熱い。気持ちいい。
「痛っ……」
「ごめん、大丈夫?」
「……うん。……もっと」
俺はゆっくりと動き始めた。姉ちゃんの体が、俺の動きに合わせて揺れる。小さな胸が、ぷるぷると震える。姉ちゃんの手が、俺の背中に爪を立てる。痛い。でも、それがまた俺を昂らせた。
「香津美姉ちゃん……っ」
「んっ……あっ……だめ、声、出ちゃう……」
「出して。誰もいないから」
「あっ……あっ……あぁっ——」
姉ちゃんが達した瞬間俺も達した。姉ちゃんの内側に、精を放つ。姉ちゃんの体がびくびくと痙攣した。
四畳半の部屋に、二人の荒い息遣いだけが響いていた。
それから、俺たちは何度も体を重ねた。
姉ちゃんは最初どこか罪悪感を抱いているようだった。だけど、俺が「姉ちゃんが好きだ」と言うたびに、姉ちゃんは泣きそうな顔で笑った。
「私も、好き」
そう言って、姉ちゃんは俺の胸に顔を埋めた。
俺はセックスの快楽に目覚めた。姉ちゃんの体を求めるたびに、姉ちゃんは「もう」と言いながら、でも、決して拒まなかった。むしろ——
「今日は、どうする?」
バイトから帰ってきた姉ちゃんが、俺の耳元で囁く。その声だけで、俺は硬くなった。
四畳半の部屋のあちこちで、俺たちは愛し合った。布団の上。畳の上。狭い流し台の前。玄関のたたき。姉ちゃんは小さな体を俺に預けて、甘い声を上げ続けた。
「香津美姉ちゃんのここ、好き」
「や……そんなこと、言わないで」
「本当のことだよ」
俺は姉ちゃんの脚を開いて、じっくりと味わう。姉ちゃんの匂い。姉ちゃんの味。姉ちゃんのすべてを、俺は知りたかった。
姉ちゃんは恥ずかしそうに顔を背けるけど、体は正直だった。俺の舌が触れるたびに、姉ちゃんの腰が浮く。声が漏れる。指が俺の髪を掴む。
「あっ……そこ、だめ……っ」
「だめ?」
「……だめ、だけど……やめないで」
姉ちゃんは、いつも俺の飯を作ってくれた。バイトで疲れているのに、俺のために味噌汁を作ってくれた。ご飯を炊いてくれた。
「お姉ちゃんの味噌汁、おいしい」
「本当? よかった」
姉ちゃんは嬉しそうに笑った。その笑顔が、俺は好きだった。セックスのときの顔も好きだけど、こういう日常の顔も好きだった。
俺は姉ちゃんを抱きしめた。小さな体。細い肩。華奢な腰。俺が抱きしめれば壊れてしまいそうな——
だけど、姉ちゃんは壊れなかった。俺の荒れた心を、全部受け止めてくれた。俺の孤独を、全部包んでくれた。
「姉ちゃん、俺、姉ちゃんがいないとダメだ」
「私も」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「うん。ずっと」
四畳半の部屋で、俺たちは約束した。
⭐️暗転
母が連れてきた男は典型的なヒモだった。名前は確か、田所とかいったか。四十がらみで、酒臭くていつもスウェット姿で、昼間から煙草をふかしている。
「よろしくな、坊主」
最初に会ったときそいつは黄色い歯を見せて笑った。俺は無視した。姉ちゃんは不安そうに、俺の袖を掴んでいた。
母はというと、もうその男に夢中だった。化粧が濃くなり、香水がきつくなり夜遅くに男と二人で出かけていく。帰ってきたかと思えば、隣の部屋から聞こえてくるのは母のだらしない嬌声だった。
「お母さん…」
姉ちゃんは布団の中で耳を塞いでいた。俺は姉ちゃんを抱きしめた。怒りで、体が震えた。
男はすぐに本性を現した。
「おい、金出せよ」
最初は母の財布をあさっていた。次に俺たちの部屋にも入り込むようになった。姉ちゃんのバイト代が入った封筒を、平然と持っていく。
「てめえ、それは姉ちゃんのだ!」
俺が掴みかかると、男は笑いながら俺を突き飛ばした。
「うるせえなあ。ガキのくせに生意気だ」
それからは、日常的に暴力が始まった。些細なことで拳が飛ぶ。俺が反抗すれば、容赦なく殴られた。腹を蹴られ、顔を踏まれ時には煙草の火を押し付けられた。
「やめてください!」
姉ちゃんがいつも俺と男の間に割って入った。小さな体で、俺を庇うように覆いかぶさる。男の暴力が、姉ちゃんに向かうこともあった。
「姉ちゃん、いいから!」
「だめ! あなたは私が守るの!」
姉ちゃんの目は涙でいっぱいだった。俺は悔しくて、情けなくて歯を食いしばることしかできなかった。
アパートの空気は変わった。四畳半の俺たちの世界は、もうどこにもなかった。畳の上には煙草の吸い殻が散らかり、流しには酒の空き瓶が積み上がっていく。部屋中が、男の体臭と煙草の臭いで満ちていた。
そんなある日のことだ。
学校から帰ると、玄関に見慣れない革靴があった。母のじゃない。もちろん姉ちゃんのでもない。
「香津美ちゃん、上手だねえ」
男の声が、部屋の奥から聞こえた。気持ち悪いくらい甘ったるい声だった。俺はそっと、襖の隙間から中を覗いた。
姉ちゃんが、男の隣に座っていた。男は姉ちゃんの肩に手を回している。
「料理、誰に教わったの?」
「…自分で、本を見て」
姉ちゃんの声は小さかった。怯えているようでもあり、困惑しているようでもあった。
「偉いねえ。お母さん、いないもんね。寂しいでしょ」
男の手が、姉ちゃんの肩から腕へゆっくりと下りていく。姉ちゃんの体が、ぴくんと震えた。
「あの…」
「怖がらなくていいんだよ。俺、香津美ちゃんのことずっと見てたんだ」
嘘つけ。俺は叫び出したかった。だけど体が動かなかった。恐怖で、足がすくんだ。
「こんなに小さくて、かわいくて。香津美ちゃんみたいな子が、なんでこんな貧乏暮らししてるんだろうね。もったいないよ」
男の声は、驚くほど優しかった。女を落とすことに長けた男の、計算された優しさだった。
「俺が守ってあげる。あんな弟なんかより、ずっと大事にしてあげる」
違う。違うんだ、姉ちゃん。そいつはそいつは——
でも姉ちゃんは否定しなかった。ただうつむいて、膝の上で拳を握りしめていた。
次の日から、男の態度が変わった。俺への暴力はぱったりとやんだ。姉ちゃんにだけ、優しく接するようになった。
「香津美ちゃん、これ食べな。痩せすぎだよ」
「ありがとう、ございます」
姉ちゃんは戸惑いながらも、男の差し出す菓子パンを受け取った。
「弟にはやらなくていいよ。どうせ、すぐなくなっちゃうだろ」
男は俺を見て、にやりと笑った。俺は何も言えなかった。
日が経つにつれて、姉ちゃんは少しずつ変わっていった。男と話すとき、時折笑顔を見せるようになった。最初は引きつった笑顔だった。だけど次第に、それが自然なものに変わっていく。
ある夜、俺はまた見てしまった。
男が姉ちゃんの髪を撫でていた。姉ちゃんは目を閉じて、されるがままになっている。
「きれいな髪だね」
「…そんなことないです」
「本当だよ。もっと自信持ちな。香津美ちゃんは、すごく魅力的な女の子だ」
男の指が、姉ちゃんの頬を伝う。顎を持ち上げて、正面から見つめる。
「俺のこと、嫌い?」
姉ちゃんは答えなかった。でも首を振ることもなかった。
男はゆっくりと顔を近づけて姉ちゃんの唇に自分の唇を重ねた。姉ちゃんの肩が跳ねたが、拒否はしなかった。いやできなかったのかもしれない。
長いキスが終わると、姉ちゃんはぼんやりとした表情で男を見上げていた。
「…私、どうしたら」
「何も考えなくていいんだよ。俺に任せて」
男の手が、姉ちゃんの胸に伸びる。小さな膨らみを、ゆっくりと揉みしだく。姉ちゃんの口から、かすかな吐息が漏れた。
やめろ。やめてくれ。
心の中で叫びながら、俺はその場を離れることができなかった。嫉妬と怒りと、そしてなぜか興奮が入り混じった感情が、俺を縛りつけていた。
男は本当に手練れだった。焦らず、急がず、姉ちゃんの体を少しずつ開いていく。俺が触れたのと同じ場所を、同じように愛撫しながらでも俺よりずっと巧妙に。
「あっ…」
姉ちゃんの声が高くなった。男の指が、姉ちゃんの秘部に触れている。俺には見えない。でも、姉ちゃんの反応でわかる。
「感じてるんだね。かわいいよ」
「や…恥ずかしい…」
「恥ずかしくなんかない。気持ちいいことを恥ずかしがる必要なんて、どこにもないんだ」
男は姉ちゃんの服を、一枚一枚脱がせていく。露わになる小さな体。俺が何度も抱いた体。なのに、今は別の男の腕の中にある。
「きれいだ」
男の声には、本気の感嘆が混じっているようだった。姉ちゃんの顔が、ほんのりと赤らむ。
「そんな…」
「本当だ。香津美ちゃんはきれいだよ。誰も褒めてくれなかったんだね。もったいない。こんなにきれいなのに」
姉ちゃんの目に、涙が浮かんだ。認められること、褒められることそれがどれほど姉ちゃんの心を揺さぶったのか、俺には想像もできなかった。
男は姉ちゃんを布団の上に横たえた。そしてゆっくりと自分の服も脱いでいく。俺は見てはいけないと思った。でも目が離せなかった。
「痛くしないから。大丈夫」
男は優しく囁きながら、姉ちゃんの中に入っていった。姉ちゃんの体が弓なりに反る。
「あっ…ああっ…」
姉ちゃんの声が、部屋に響いた。俺が聞いたことのない声だった。苦しそうで、でもどこか甘くて。
男の腰の動きは、ゆっくりだった。時折止まっては、姉ちゃんの反応を確かめている。
「どう? 気持ちいい?」
「わかんない…わかんないです…」
「素直になりな。気持ちいいんでしょ?」
男が角度を変える。姉ちゃんの口から、ひときわ高い声が漏れた。
「あっ! そこ…だめ…っ」
「ここがいいんだね。素直でいい子だ」
男は笑みを浮かべて同じ場所を何度も突いた。姉ちゃんはもう、言葉にならない声を上げ続けていた。細い手足が、シーツを掴む。小さな爪が布団に食い込む。
「イきそう?」
「や…やだ…イきたくない…」
「なんで?」
「だって…これ、悪いこと…」
姉ちゃんの声は泣き声に近かった。俺は胸が張り裂けそうだった。姉ちゃん。お姉ちゃん。
「悪くなんかないよ。気持ちよくなることは、いいことなんだ。さあイっていいんだよ」
男の言葉が引き金になったかのように、姉ちゃんの体が大きく跳ねた。
「あっ…ああっ——!」
絶頂の瞬間、姉ちゃんは男の背中に腕を回してしがみついていた。
それが、すべてだった。
その後、俺は部屋を飛び出した。夜の街を、あてもなく走った。涙が止まらなかった。怒りなのか、悲しみなのか嫉妬なのか、それすらもわからなかった。
明け方近くに帰ると、姉ちゃんは布団の中で小さくなって眠っていた。男の姿はなかった。俺は姉ちゃんの隣に座った。
姉ちゃんの寝顔は、子供の頃と変わらなかった。苦労して、苦労してそれでも俺を守ろうとしてくれた姉ちゃん。その姉ちゃんを、俺は守れなかった。
「ごめん…ごめんな、姉ちゃん…」
声を殺して泣く俺の頭を、そっと撫でる手があった。
「…謝らないで」
姉ちゃんは起きていた。目は真っ赤だった。
「私が、弱いから」
「違う! 違うんだ姉ちゃん!」
「でも、」
姉ちゃんは小さく笑った。
「あの人に抱かれてるとき、私、気持ちよかったの。あなた以外の人に抱かれて、気持ちいいと思ってしまった。最低だよね、私」
俺は言葉を失った。姉ちゃんの目から、涙がこぼれ落ちる。
「でもね、…」
最後まで言わずに姉ちゃんは俺の胸に顔を埋めた。小さな体が震えている。俺はただ、姉ちゃんを抱きしめることしかできなかった。
⭐️抵抗
その日、俺は男に殴りかかった。
きっかけは些細なことだった。男が姉ちゃんの作った味噌汁を「薄い」と言って皿をひっくり返した。畳にこぼれた汁が、姉ちゃんの足元を濡らす。姉ちゃんは慌てて拭き始めた。その背中が、小さく震えていた。
「てめえ!」
俺は叫んで飛びかかった。拳が男の顔面に当たる感触。頬の肉が歪む。だがそれは一瞬のことでしかなかった。
「おいおい」
男は涼しい顔で俺の襟首を掴み上げた。次の瞬間視界がぐるりと反転した。畳に叩きつけられる。背中が抜けるような痛み。息が詰まる。
「ガキが、調子に乗るなよ」
拳が腹にめり込んだ。胃の中身が逆流する。咳き込む俺をさらに蹴り上げる。肋骨が軋む音がした。何度も、何度も。息ができなかった。痛みで意識が遠のく。
「お前みたいなクズが、家にいるな」
最後に顔を踏みつけられた。鼻から血が流れる。視界がぼやけた。
「やめて! やめてください!」
姉ちゃんの叫び声が遠くで聞こえた。男の足が俺の顔から離れる。男は鼻で笑った。
「おい、香津美ちゃん」
姉ちゃんが俺の前に跪いた。震える手で俺の顔を包む。涙でぐしゃぐしゃになった顔。
「大丈夫? 大丈夫?」
「姉ちゃん…」
「もうやめて。お願いだから、もうやめて。この子に暴力を振るわないで」
姉ちゃんは男の方を向いた。涙をこらえて、懇願する。
「お願いします。何でもしますから。だから、この子だけは」
男は腕を組み、じっと姉ちゃんを見下ろした。ねっとりとした目つきで、姉ちゃんの体を舐めるように見る。
「何でもする、って?」
「はい」
「じゃあ、見せてくれよ。俺のために」
男は畳に胡座をかいて、余裕たっぷりに笑った。
「お前の弟に見せてやれ。俺のために何でもするって顔を」
姉ちゃんは一瞬だけ目を閉じた。長いまつ毛が震えている。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「香津美ちゃん、何して…」
俺の声は、姉ちゃんには届かなかった。
姉ちゃんは震える手で、自分の服に手をかけた。一枚、また一枚。シャツを脱ぎ、スカートを脱ぎ、下着も全て脱ぎ捨てる。
四畳半の部屋に、姉ちゃんの白い裸体が露わになった。小さくて、細くて、どこか儚い体。男の前に立ち尽くすその姿は、痛々しくて、でも美しかった。
「こっち来な」
男が顎でしゃくる。姉ちゃんは俯いたまま、男の前に歩み寄る。
「膝、ついて」
姉ちゃんが男の足元に跪く。男のズボンの前を、おずおずと触る。
「上手にやってごらん。ご褒美、あげるから」
男の声は優しく、残酷だった。
姉ちゃんは男のものを取り出した。赤黒く膨張したそれを、小さな手で握る。震える唇で、先端に触れる。舌でゆっくりと舐める。その動きはぎこちなくて、一生懸命だった。
「いいよ、香津美ちゃん。もっと」
男は姉ちゃんの頭を押さえつける。姉ちゃんの口が、男のものを深く咥え込んだ。喉の奥まで。えずく音がする。
「んっ…」
姉ちゃんの目から涙がこぼれる。苦しいのだろう。でも男は許さない。もっと深く、もっと激しく。
「俺のこと、嫌い?」
男が聞いた。姉ちゃんは首を横に振る。口には男のものが咥えられていて、言葉にならない。
「じゃあ、好きだって言ってみな」
男は姉ちゃんの口から自分のものを引き抜いた。唾液で濡れたそれが、姉ちゃんの頬に擦れる。
「好き…です」
姉ちゃんの声は、かすれていた。その言葉は本心からなのか、それともただの恐怖からか。俺にはわからなかった。
「いい子だ」
男は姉ちゃんを抱き寄せ、自分の上に座らせた。姉ちゃんの背中が男の胸に寄りかかる。男の手が、姉ちゃんの胸を揉みしだく。小さな胸が、男の大きな手の中で形を変える。
「香津美ちゃん、見せてやれよ。お前が俺の女だってことを」
姉ちゃんは、俺を見た。泣き腫らした目で、ごめんね、と言うように。それから、男の上に跨った。
男のものが、姉ちゃんの中に入っていく。ゆっくりと、奥まで。姉ちゃんの口から息が漏れる。
「あっ…」
姉ちゃんが腰を動かし始めた。ゆっくりと、上に下に。男の太ももに、姉ちゃんの細い脚が跨がっている。小さな腰が、律動的に揺れる。
「そうだ、もっと腰を使え」
男の命令に従って、姉ちゃんは腰を激しく振り始めた。小さな胸が、ぷるぷると震える。髪が揺れ、汗が滴る。
「あっ、あっ、あっ…」
姉ちゃんの声が、だんだん高くなっていく。最初は無理に腰を振っていたのが、次第に自分の意志で動いているように見えてきた。
「気持ちいいだろ?」
男の問いかけに、姉ちゃんは何も答えなかった。ただ、腰を振り続ける。目を閉じて、唇を噛みしめて。
「お前の弟に見せてやれよ。お前が俺に抱かれて、気持ちよくなってる顔を」
姉ちゃんは目を開けた。涙で潤んだ目で、俺を見た。
俺は動けなかった。ただ、見ていることしかできなかった。姉ちゃんが男の上で腰を振り、甘い声を上げるのを。姉ちゃんの体が男のものを求めるように動くのを。
「お姉ちゃん…」
俺の声は、蚊の鳴くような音だった。
「あっ…ああっ…もっと…」
姉ちゃんの声は、もう俺に向けてのものではなかった。男に向けて。男のものを求めて。男に抱かれて喜んでいる。
「香津美ちゃん、かわいいよ。もっと俺を気持ちよくして」
「はい…はいっ…」
姉ちゃんは腰を激しく動かした。男の背中に手を回して、体を密着させる。男の唇が姉ちゃんの首筋に吸い付く。姉ちゃんが、甘い声を上げる。
「ああっ、好き…好きです…」
その言葉が、俺の心臓を貫いた。姉ちゃんは、男に心まで奪われたのか。それとも、ただの演技なのか。わからない。でも、姉ちゃんの表情は演技には見えなかった。
「イくよ」
男の声と同時に、姉ちゃんの体が大きく跳ねた。
「あっ、ああっ、ああああっ——!」
姉ちゃんの絶叫が、四畳半の部屋に響き渡った。男が姉ちゃんの中に精を放つ。姉ちゃんは男の背中にしがみついて、震え続けた。
その後のことは、よく覚えていない。
気がつくと、俺は外の路地に投げ出されていた。体中が痛い。顔の血は固まっていて、動くたびに傷口が開く。
遠くで、男の笑い声が聞こえたような気がした。
それは幻聴だったのかもしれない。でも俺の心には、姉ちゃんの絶頂の声が焼き付いて離れなかった。
「姉ちゃん…」
俺は路地の暗がりで、声を殺して泣いた。
この四畳半の世界は、もう俺たちのものじゃなかった。
⭐️煉獄
その日から、四畳半は地獄になった。
男は姉ちゃんを「商品」扱いするようになった。アパートに見知らぬ男たちを連れてくるようになったのだ。サラリーマン風の男もいれば、チンピラ風の男もいた。共通しているのは全員が下卑た目で姉ちゃんを見ることだ。
「ほら、香津美ちゃん。お客さんだよ」
男が酔った勢いで言うと、姉ちゃんはもう抵抗しなかった。ただ黙って、されるがままになる。服を脱ぐのも、慣れた手つきになっていた。
俺はいつも部屋の隅でうずくまっていた。逃げることも反撃することもできない。俺が動けばまたボコボコにされる。それに比べて俺が守れるものは何一つなかった。
ある夜は三人の男が来た。狭い四畳半に男たちの体臭と酒の匂いが充満する。
「小さい割にいい体してんなあ」
「ほんとだ。締まりも良さそう」
男たちの品定めするような視線が姉ちゃんに突き刺さる。姉ちゃんはただ俯いていた。白い肌に以前俺がつけたキスの跡はもうなくて代わりに見知らぬ男たちの跡が点々と残っていた。
「さあ始めようか」
男の合図で行為が始まった。
一人が布団に横たわり姉ちゃんに跨るよう指示した。姉ちゃんは言われるままに男の上に跨る。小さな体が大男の上で揺れる。
「あっ…」
男のものが姉ちゃんの中に入ると姉ちゃんは小さく声を漏らした。それを見てもう一人の男が姉ちゃんの前に立った。
「こっちも頼むよ」
姉ちゃんは躊躇うことなくその男のものを口に含んだ。上下から同時に責められる。細い体が前後に揺れる。小さな胸が震える。
「んっ…んんっ…」
口を塞がれたまま姉ちゃんの喉からくぐもった声が漏れる。背後から三人目の男が姉ちゃんの腰を掴み更に激しく揺さぶった。
「いいぞもっと腰を使え」
男の命令に姉ちゃんの腰が動き出した。最初は無理やり動かされていたのに次第に自ら動くようになる。前後に上下に激しく腰を振る。
「あっ…あっ…ああっ…」
口から男のものが離れると姉ちゃんの喘ぎ声が部屋中に響いた。それはもう俺の知っている声ではなかった。もっと甘くもっと淫らな声。
「気持ちいいか?」
「はい…きもちい…ですっ…」
嘘だ。嘘だと言ってくれ。俺のお姉ちゃんがこんなこと言うはずがない。
でも姉ちゃんの表情は嘘じゃなかった。恍惚とした顔で目は虚ろに潤んでいる。頬は紅潮し唇はだらしなく開いている。
「もっと…もっとぉ…」
姉ちゃんが自ら腰を激しく振った。もう三人の男たちは手を出さなくてもよかった。姉ちゃんが自分から求めていた。三人の男の間で体をくねらせ快楽を貪る。
俺は目を逸らそうとした。でもできなかった。姉ちゃんの崩れていく姿を見ずにはいられなかった。
「ねえ見てる?」
男が俺に声をかけた。
「お前のお姉ちゃんこんなに淫乱だったんだぜ。知らなかったろ?」
俺は何も答えなかった。答えられなかった。
「ああっイくっイきますっ!」
姉ちゃんの絶叫が響いた。三人の男と同時に絶頂を迎える。白濁した液が姉ちゃんの体を汚していく。細い腕も小さな胸も白い太ももも全部汚された。
行為が終わると男たちは満足そうに服を着て帰っていった。残されたのは俺と汗と体液にまみれた姉ちゃんだけだった。
姉ちゃんは動かなかった。ただ天井を見つめていた。その目には何も映っていなかった。
「姉ちゃん…」
俺は震える声で呼びかけた。
姉ちゃんはゆっくりと俺の方を見た。涙は流れていなかった。もう涙も枯れてしまったのかもしれない。
「…ごめんね」
その声はかすれていた。
「私もう…戻れないかもしれない」
俺は姉ちゃんに駆け寄り抱きしめた。汚れた体でも構わなかった。俺のお姉ちゃんだ。誰に何をされようと俺のお姉ちゃんだ。
「戻らなくていい」
俺は言った。
「俺が…俺が連れて行くから」
どこへ? どうやって? そんなことわからなかった。ただこの地獄から姉ちゃんを連れ出したかった。
でも姉ちゃんは首を振った。
「無理だよ」
「なんで!」
「だって私…気持ちよかったんだもん。あの人たちに抱かれてる時私…気持ちよくて…」
姉ちゃんの声は震えていた。
「最低だよね。弟の前でこんなことして…気持ちいいって感じて…」
俺は言葉を失った。姉ちゃんはもう俺だけの姉ちゃんじゃなかった。体も心も壊されてしまっていた。
四畳半の部屋には汚れた匂いが充満していた。それは俺たちの世界が壊れた匂いだった。
⭐️決意
包丁が手の中で震えていた。
あの男がまた姉ちゃんを連れ出そうとした時だった。姉ちゃんの腕を掴んで無理やり連れて行こうとしたその瞬間俺はキッチンから包丁を引っ張り出していた。
気づいたときにはもう刺していた。何度も何度も。男の悲鳴も聞こえなかった。ただ肉を裂く感触だけが俺の手に残っていた。
「お姉ちゃんを返せよ…」
俺は最後にそう呟いて包丁を握りしめたまま座り込んだ。
警察が来るまでの間姉ちゃんはずっと俺の隣で泣いていた。俺の手を握り続けていた。温かい手だった。
判決は傷害致死。防衛行為の側面も認められたが過剰防衛と判断された。少年院に送られることになった。
裁判の日姉ちゃんは証言台に立った。
「あの人は弟を何度も殴りました。私に暴力を振るいました。弟は私を守ろうとしただけです」
姉ちゃんの声は震えていたが最後まではっきりと言い切った。
それでも俺は少年院に入った。四年間。十八歳になるまで。
少年院での日々は退屈だった。勉強して、働いて、寝て。それだけ。
でも俺には目標があった。姉ちゃんのところに帰ること。
面会に来る姉ちゃんはいつも痩せていた。顔色も悪かった。心配そうに俺を見ては「大丈夫?」と聞いてくる。
「姉ちゃんこそ大丈夫か?」
「うん。私、ちゃんと働いてるから」
姉ちゃんは工場でパートをしていると言った。狭いアパートに引っ越したとも。
「迎えに行くからな」
面会室のガラス越しに俺が言うと姉ちゃんは泣きそうな顔で笑った。
「うん。待ってる」
出所の日。
朝の光が眩しかった。四年ぶりの外の空気。塀の外に立つと胸がいっぱいになった。
門の前に小さな人影があった。
姉ちゃんだ。
前より少し痩せていた。髪も少し伸びていた。でも俺のお姉ちゃんだ。
「姉ちゃん」
俺が呼ぶと姉ちゃんは振り向いて駆け寄ってきた。俺の胸に飛び込んでくる。小さな体。細い肩。壊れそうなほど軽い。
「ただいま」
「おかえり」
姉ちゃんは俺の胸で泣いていた。声を殺して。小さな体を震わせて。
「ごめんね。ごめんね。私がもっと早く…」
「違う。俺がやったことだ。姉ちゃんは悪くない」
俺は姉ちゃんの頭を撫でた。小さな手が俺の服を掴んで離さない。
「行こうか」
「うん」
──
姉ちゃんの新しいアパートも四畳半だった。畳の匂いがした。窓からは朝の光が差し込んでいた。
「狭いけど…」
「いいよ。俺たちの世界だろ」
俺が言うと姉ちゃんははにかんだ。久しぶりに見る笑顔だった。
「お茶入れるね」
姉ちゃんはキッチンに立った。狭い流し台。小さな背中。ふと昔のことが頭をよぎった。
でも今はもう何も怖くない。俺たちは二人だけだ。
その夜布団を敷いていると姉ちゃんが小さな声で言った。
「ねえ」
「ん?」
「もう…抱きしめてもいい?」
俺は黙って姉ちゃんを抱きしめた。小さな体。温かい体温。心臓の音が聞こえる。
トクントクン。
生きてる。姉ちゃんはここにいる。
「怖くない?」
「怖くないよ。」
「俺も」
二人で布団に横たわる。天井のシミを見つめながら手を繋いだ。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「俺さちゃんと働く。姉ちゃんを楽にさせるから」
「うん」
「それから…」
言いかけて俺は口をつぐんだ。
「なに?」
「いや…今度言うよ」
それから俺は建築現場で働き始めた。体を動かす仕事は性に合っていた。毎日筋肉痛だったけど姉ちゃんの作るご飯を食べるだけで疲れが飛んだ。
姉ちゃんはパートを掛け持ちして家計を支えてくれた。二人で少しずつ貯金も始めた。
「これ見て」
ある日姉ちゃんがチラシを見せてきた。
『パソコン教室 初心者歓迎』
「行ってみたいの。勉強して、もっと良い仕事見つけたい」
「行けばいい。金なら俺が出す」
「ありがとう」
姉ちゃんは嬉しそうに笑った。その笑顔を見て俺は決心した。
──
俺たちの関係はゆっくりと変化していった。
ある夜ふと目が覚めると姉ちゃんが泣いていた。悪夢を見たのだろう。俺はすぐに抱きしめた。
「大丈夫か?」
「うん…ごめんね」
「謝るな」
抱きしめたまま背中を撫でる。すると姉ちゃんが小さく呟いた。
「抱いて…」
俺は驚いた。
「嫌だったらいいの。でも…私、あの人たちのこと全部忘れたい。あなたのことだけ感じていたい」
俺は黙って姉ちゃんにキスをした。優しく、ゆっくりと。
「痛かったら言えよ」
「うん」
何度もキスを重ねる。触れるだけの優しいキス。姉ちゃんの目から涙がこぼれた。でも今度は悲しい涙じゃなかった。
服を脱がせると姉ちゃんの体にはまだ跡が残っていた。見知らぬ男たちにつけられた傷。その一つ一つにキスをする。
「全部消してやる。俺の跡で上書きする」
「うん…」
俺はゆっくりと姉ちゃんの中に入った。優しく、優しく。
「あっ…」
姉ちゃんの声は小さかった。でも今度は嬉しそうだった。
「気持ちいい?」
「うん…大好き」
俺たちは夜通し抱き合った。激しくじゃなくてゆっくりと。互いの体温を確かめるように。
朝が来ると姉ちゃんは俺の胸で眠っていた。穏やかな寝顔。夢を見ているのだろうか。
「幸せになろうな」
俺は囁いた。返事はなかったけど姉ちゃんの手が俺の服を掴んで離さなかった。
──
それから数年が経った。
俺は建築会社で正社員になり姉ちゃんは事務職として働いている。小さなアパートだけど二人で暮らすには十分だった。
ある日俺は指輪を買った。小さな指輪。給料三か月分。
「これ…」
姉ちゃんは驚いた顔をした。
「結婚しよう」
「でも私たち…」
「戸籍上は兄妹だけどずっと一緒にいようよ」
「でも世間が…」
「世間なんて知るか。俺は姉ちゃんと一緒にいたい」
姉ちゃんは泣き出した。でもすぐに笑った。
「うん。結婚しよう」
小さな指に指輪がはまった。ぴったりだった。
「幸せになろうな」
「うん。絶対」
窓の外には星が見えた。四畳半の小さな部屋。でも俺たちには世界が全部ここにあった。
「おやすみ」
「おやすみ」
二人で布団に入る。手を繋いで目を閉じる。
明日もきっと幸せだ。
俺たちはそう信じていた。