童貞魔女(♂)オーウェンはチンチラ奴隷を嫁にする 作:ケロリビドー
カーラたちの預け先が決まったので、ライザとアメリアはエブリンとアランに話を通すために直接木こりの森小屋を訪れた。ライザとエブリンは初対面だったがエウェンの友人同士ということで、すぐに仲良くなったようだった。
「ひとまずこっちは一安心と言ったところかね」
オーウェンは額に浮いた汗を襟で拭って一息つく。娼館のある街から母子たちを乗せた猫車を引いて森小屋まで運んだのである。靴を履けない身にはきつい道のりだった。
「オーウェン、そのローブ洗ってあげるから一旦脱ぎなさい。アランの服貸すから!!」
冷たいお茶を持って来てくれたエブリンに汗みずくのローブを引っぺがされ、汗に濡れた前髪を全部後ろに撫でつけたオーウェンは妙にさっぱりしてしまっていて、今日は年相応に見えた。
ザジはそんなオーウェンのことをかじり木をボリボリ噛み砕きながら見つめている。
「何見てんだい。なんか言いたいことあるなら言いな」
「ボリン。オーウェン様は色々背負いすぎだと思います。ちゃんと先のことを考えられていますか? あたしを買った時と同じような勢いになってしまっていませんか?」
「なんだい急に嫌だねえ」
「オーウェン様はカーラちゃんや子供たち、そしてあたしを故郷に帰したいと言ってますけど、帰した後オーウェン様はどうするかって考えてますか? 一人でこっちに戻ってきてまた一人さみしくあの庵で魔女を続けるんですか?」
言われて、オーウェンはすぐに答えを返せなかった。自分は孤独に耐えきれずにザジを買ったのに、また彼女のいる生活を手放そうと動いているのだ。エウェンのいない今、オーウェンが庵からいなくなればここは魔女のいない土地になる。彼の道具や施術を頼りにしている人たちが困ってしまう……。
「アンタはさ……故郷に帰りたいとは思わないのかい……?」
「そりゃ、無事な顔を見せに行きたいとは思ってますけど……オーウェン様がまた一人寂しくシコシコしてるの放っておくのも嫌なんですけどさ。あたしがいなくなって平気なんですか?」
そう言ったきり、ザジはむくれてかじり木をかじるのに没頭してしまった。ホントはここでもう一押し、『あたしのこと、どう思ってるんですか!!』と聞きたかったのだが、なんとなくやめてしまったのだ。そんな訊き方したらあたしがオーウェン様に惚れてるみたいじゃんか。でもはっきりしなくてもやもやするし。イーッ!! といった具合である。
「……今日はその……その辺はさ……保留で」
「はん、いくじなし」
「うっぜえええ……その顔やめろ」
少し間を開けて発せられた割にはどっちつかずの返答にザジがプヒンと鼻を鳴らして笑うので、オーウェンは彼女の鼻の頭をぶにっとつまんだ。
「どっちにしろ、奴隷紋の問題が片付かないとそんな予定は幽霊みたいなもんだよ。それにカーラたちはまあ、おばさんにチビたちが船旅ができる歳になるまでってことでお願いしたから、最悪の場合奴隷紋がついたままでも絶対に帰す。けど出来たらあんたたち二人ともその嫌らしい紋から解放してやりたいんだ」
オーウェンはここしばらく書庫でいたずらに吸い殻を量産しながらずっと考えていた。考えていたが、その中に意図的に考えることを避けていた事柄があるため、行ったり来たりしているばかりの思考は足踏みしていた。しかし、目の前に最悪の可能性を見せられてしまった今ではそんなこともやっていられない。
「ザジ。アタシとアンタが初めてあった日のことなんだが……」
彼女たちの体に刻まれている奴隷紋は、オーウェンは奴隷商人の元締めが使える術だと理解していたのだが、考えてみればただの奴隷商人が使えるような術とは思えない。それなら一体何から来ている力なのか。オーウェンはそれをよく知っている。大いなるものが力を貸しているのだ。ということは、ザジに奴隷紋を刻み込んだのは同業者、魔女によるものだろう。そしてこの辺で呪印紋に詳しい魔女と言えば……。嫌な予感しかしない。
「アタシにその奴隷紋の説明をしてるとき、あそこにいたのはアタシと、アンタと、それと会計係の奴隷商人の三人だったよな?」
「???? 何言ってるんですか? 黒いローブに覆面の女の人がいて、その人が説明してたんじゃないですか。四人ですよ。あそこにいたのは四人です」
「ああ……そうかい……そうなんだね……」
オーウェンの嫌な予感は当たってしまった。奴隷たちに奴隷紋を刻んでいるのは、喧嘩別れした姉弟子のダリアだ。あの時オーウェンはぼんやりしていて説明を聞き逃したのではなく、彼女の声と姿を認識できず、それに違和感も感じられないように辻褄を合わせさせられていたのだった。
ダリアが何故そんなことをするに至ってしまっているのかはわからないが、オーウェンが彼女をひどく傷つけ、認識することもできなくなってしまっていなければこの目の前の可愛い娘は、そりゃ攫われて奴隷として売られることは同じだったかもしれないが、それでも逃げたり、解放してもらったりして自由になることが出来たのではないだろうか。
「アタシの責任だ……」
「ちょっと!!」
吐き出すように呟くと、オーウェンはいつの間にかすぐ近くまで顔を近づけていたザジに両頬を潰され、ぐきっと首をそちらに向けさせられた。
「また一人きりでもんもん考えてる!! あたしがここに居て話を聞いてるんだからちゃんと説明してくださいよ、もうっ!」
「ああ……ご、ごめん……」
「で、何? 何がオーウェン様の責任になっちゃってるんですか?」
「ああ。えっと。その、な。多分だけど、アタシに奴隷紋の説明してたっていう女、アタシの姉弟子なんじゃないかって思ったんだ。実は、アタシはこれでも別に全然ねえさんのこと探してなかったわけじゃないんだよ。ただ、見つけられたとしても、アタシには見ることも声を聞くこともできないから……、時々だぶだぶのローブを着て歩いてるのを見かけたって人もいるから、生きてはいてくれてるんだって、だったらもうそれだけでもいいかなって思って……」
「要領を得ないなあ……。それがなんでオーウェン様の責任って話につながるんですか? イライラする……まあいいです。続けて」
鼻の頭に皺を寄せて、ザジはまたバリバリとかじり木を噛んだ。彼女はこうやって自分の感情を自分でコントロールするので、喧嘩にならないのは助かるとオーウェンは思った。
「ねえさんとアタシの喧嘩の原因はね。アタシがねえさんの求婚を酷い言い方で断っちまったせいなんだよ。あの時、ねえさんからの求婚を受けてればねえさんはいなくなることはなかったし、アンタたちにそんな紋を入れたりするようなこともなかったと思うから、それはアタシの責任かなって……そう、思って……」
「アッハッハッハ!!!」
「ちょ、何笑ってんだよ。全然笑い事じゃあ……」
「ばかかね、きみは」
「ええ……」
ザジは両手の人差し指と親指を立てて、人差し指を両方ともオーウェンにつきつけたままその手を耳の横に置く、変なしぐさをした。
「うわ……何その変なポーズ……怖……」
「これはケイト族がよくやる、『馬鹿発見! 馬鹿にします!!』のポーズですよ! バカバカ!! オーウェン様はお馬鹿ちゃんですね! そんなだから童貞なんですよ!!」
「アンタだってこっち来るまで処女だったんだろ……」
「いいですか。確かに姉弟子さんを酷い言い方で傷つけたんならそれは悪いと思います! 謝ったほうがいいです! だけど求婚を受けなかったことに責任を感じるのは違います! 何故ならその話にはオーウェン様が姉弟子さんと夫婦になりたいかどうかの気持ちがどこにもないからです!」
「は……」
「そんなんで夫婦になったっていずれ破綻するに決まってるんですよ。だって、好きじゃないんだもん。そうでしょ? そんな簡単なこともわかんないから馬鹿なの。ばーか」
ザジは馬鹿発見のポーズのまま立ち上がって膝を曲げたり伸ばしたりして上下に動いてオーウェンを馬鹿にする。オーウェンは一瞬めらっとムカついたが、その仕草があまりに変なのでつい破顔してしまった。
「プハッ! なんだいそりゃあ!! そんなに人のことをバカバカ言うもんじゃないよ、年下の癖に」
「あたしオーウェン様より年上ですけど」
「嘘ぉ!?」
森小屋の軒下で、二人はコロコロと笑い合っていた。