童貞魔女(♂)オーウェンはチンチラ奴隷を嫁にする 作:ケロリビドー
カーラはまだ産褥の傷が癒えていない。とりあえず所有者のいない野良の奴隷として奴隷市場に連れて行くのは体力が戻ってからでないとだめだ。彼女には子供たちを大きくし、船旅に耐えるという大事な仕事がある。
おぼこのアメリアは毎日元気いっぱいに森小屋に通っているそうだ。本来こういう向いてない娘が春をひさぐようなことはないほうがいいんだよ、いいんだけどね、とライザはやりきれなそうに煙草の灰を落とした。
奴隷商人と話す必要があるな、とオーウェンは思った。あそこの元締めとエウェンの付き合いは長い。彼女は奴隷を商うことについての是非などはまず脇に置いておいて、なるべく商品を健康で清潔に、品質を保って売った方が高く売れると持ち掛けて、スライムスキンを売り込んだ。そうすることで病気にかかったり死んだりする奴隷を減らそうとしたのだ。それは奴隷商人側としても利害が一致するため、エウェン亡きあともオーウェンと取引が続いている。商品を買う側としての付き合いではないため事態の把握が大幅に遅れてしまったが、奴隷紋を扱うようになった経緯を聞き出さねばならない。
「アンタにとっちゃあんまり気分のいい場所じゃないだろうが、ちょうどスキンを納品に行く頃合いだ。付き合ってくれるかい?」
オーウェンの言葉に、ザジは「うい!」と返事をして腰に手を当てた。
「オーウェン様のママさんってめちゃくちゃ顔が広いんですね」
箒の前に跨り足をぶらぶらさせたザジが訊いてくる。まさか自分を売った奴隷商にまで繋がりがあるとは思わなかったのだ。
「顔突っ込みたがりだったんだよ。関係ない所にもしゃしゃり出ていって、関わっちまうんだよな。アタシに任せな!! ってさ」
「ああ、オーウェン様もそういうとこありますよ」
「何言ってんだい。アタシは本来一人で本読んでるのが好きなんだよ。そういうとこは全然似てないよ」
「子供が親に似てるって言われたときのお手本みたいな反応しましたね」
「黙んな」
町の中心からやや離れたところに奴隷市場はある。そこから奥に行くとスラム街だ。治安の悪い街のさらに掃きだめ。あの小さい体の母がここに突っ込んでいったのかと思うと肝が冷える。顔も知らない父は苦労しただろう。
オーウェンは陶器の欠片などがあちこちに落ちている剥き出しの地面を避け、布の敷いてある場所を選んで箒から降りた。
「魔女じゃねえか。どうした、奴隷連れて。返品かい? いくら奴隷でもちゃんと慣らさないと入んねえぜ。もっかいやってみろよな」
亜麻色の髪が軽薄そうな男が奥から出てきてオーウェンに声をかけた。ザジを買った時に会計係を務めていた男である。彼は元締めの息子で、ろくでもない商売をしている割には親しみやすい性格をしていた。思春期の頃にオーウェンを娼館に誘って断られたりしている程度の知り合いでもあった。
「いや、連れて歩かないといけないから連れてるだけだ。今日は納品に来たんだよ、ウィニー」
ウィニーと呼ばれた男がオーウェンと品物の受け渡しをしている間、ザジは市場をキョロキョロと見回していた。出かける前に、オーウェンに頼まれていたことがあったからである。
(アタシにはねえさんが見えない。もし奴隷市場にねえさんがいるようなら、どうにかしてこれを渡してくれないかな)
オーウェンは、ダリアに宛てて手紙を書いていた。奴隷を衝動買いして、奴隷紋を見て、ダリアの関与に気が付いたこと。かつての酷い言葉の取り消しと謝罪。手元の奴隷たちを紋のくびきから解放して欲しいことなどを、神経質そうな小さい字でしたためたオーウェンの今精一杯の気持ちである。
ザジは自分に奴隷紋を施したオーウェンの姉弟子だと言う女の顔を見たことはない。奴隷紋の設置自体は調教師のいた暗い部屋で行われた。そこでもその女は覆面を外さず、体の線の出ない服を着ていた。一緒に調教されていた奴隷たちもその場で紋を体に彫られ、買い上げられるときに新しい主人と契約を繋いでいた。契約を結ばされる主人たちはみな指を針で突かれ血のしずくを取られていた。オーウェンも同じようにされていたのにまったく覚えていないというのでとても驚いた。大いなるものが姉弟子から奪ったものはそれほど大きいのだとザジは思った。
見回した視界の端に違和感を感じて、ザジは振り返る。黒いローブの人物が走り去るのが見えた。
「待って!!」
追いかけるザジの目の前で、人物は赤い木でこしらえた細い箒を拾い上げて腰かけ、飛び去ろうとする。
(魔女の箒!! 飛ばれたら間に合わない!!)
箒の穂先を掴もうとして手が空を掻いた。足がもつれ、転びそうになったザジは顔をかばって目をつぶった。
『ねずミちゃン!!!!!! 貸シてあゲるゥ!!!!!』
ギャリギャリと嬉しそうな何者かの声がザジの頭に響き、誰かが彼女の襟首をひっつかんで持ち上げた。驚いて目を見開いたザジの真下で、地面がビュンビュンと後ろに送られていく。見覚えのある黒い靴が足元で元気よく跳ねていた。
「へっ!?? と、と、飛んでるう!!!!」
ザジの襟首を引っ掛けて飛んでいるのは、奴隷市場の台に立てかけてあったはずのオーウェンの箒だった。声を上げて指をさす通行人の頭上をどんどん高度を上げて飛んでいく。
なんで? どうして? ザジの頭の中に大量の疑問符が飛び交うが、彼女はすぐに自分の役目を思い出した。自分の先を飛んでいるローブの魔女に必死に声をかけた。
「逃げないで!! 渡したいものがあるだけだから!! ちょっと待ってってば!!!」
ザジの言葉を聞いて、ローブの魔女はぴたりと箒を止めた。オーウェンの箒も並んで隣に停止し、ザジはぶらんとぶら下がる。
「わっ、ととと……これ。これ、オーウェン様から預かった手紙です。これだけ渡したいだけだから。別にあたしあなたのこと知らないし。けどオーウェン様が悩みながら書いた手紙だから、どうか、読んでください」
ぷるぷると伸ばした手の先に握られた手紙を、ローブの袖から覗いた白く美しい手がそっと受け取った。
「ザジ!!! ザジーッ!!!!!!」
遠くから、慌てふためいたオーウェンの声が聞こえて来た。箒はもう用は済んだと言わんばかりに方向を変え、元来た道を戻っていく。地面が近づくにつれ、髪とローブを振り乱して裸足で駆けてくる怪異じみた男の姿も近づいてきた。箒はザジを空中にぽいっと放り出し、宙に浮いた彼女の体は下にいたオーウェンに受け止められた。
「ぶっはあ!!! びっくりした!!!!!!」
「それは! はあはあ、それはこっちの台詞だ!!! ぜえ、ぜえ、なんなんだい!! 嫌だねえ!!!!!」
ザジを抱きしめたままぺたんと座り込むオーウェンの後からウィニーも追いかけて来た。
「あの赤毛女!! まだ今日の仕事は終わってねえってのに行っちまった!!」
「ウィニー。あれ、ねえさんだよね? アタシのねえさんのダリアだよね?」
「……そうだ。今は親父が調教師と一緒に雇ってる。客と奴隷に奴隷紋の契約を結ばせる係の魔女だよ」
「調教師と一緒に雇ってる? それはどういう……」
「デキてやがんだ。うちの調教師と」
ザジから手紙を受け取ったダリアは、まだリチャードの帰ってきていない屋敷に帰ると覆面を取り去り、自室でその手紙を読んだ。久しぶりに見た弟弟子の文字は相変わらず小さく几帳面で斜めにかしいでいて、オーウェンそのもののようだった。
「……オーウェン……」
懐かしい名前と一緒に涙がぽろりと零れた。手紙の文面から見える弟弟子は、相変わらず素直で優しくて人のために走り回っているのだ。つい逃げてしまったが、もう一度会ってちゃんと話さなくてはいけない。ダリアはそう思った。
「なんで今おれ以外の男の名前呼んだの?」
「!!!!!」
いつの間に帰ってきていたのか。そしていつドアを開けたのか。ダリアの背後に、不機嫌そうなリチャードが立ちはだかっていた。