童貞魔女(♂)オーウェンはチンチラ奴隷を嫁にする 作:ケロリビドー
「やあやあいらっしゃい。なんのお構いもできませんけど」
顔中に金属の輪をつけたリチャードは、屋敷の玄関で先日に見せたのと同じ薄い嘘を張り付けたような笑みでオーウェンを迎えた。
「いえ、忙しいでしょうに無理を言ってお願いしてるのはこっちなので」
「あはは。おれは別に忙しくないので。ダリアは仕事に行っていていませんけどね」
「ねえさん留守なんですか。じゃあ前もって結界に入る許可を出しておいてくれたのかな」
「さあ、魔女の結界のことはおれにはさっぱりなんで……奴隷紋の原本でしたっけね。こっちに保管してあるので一緒に来てください」
そう言ってリチャードはオーウェンに先導して歩き出した。薄暗い階段をランプを手にして降りていく。オーウェンはこんな男と二人きりで地下に降りるのは嫌だなと思ったが、今日の用は原本を受け取って帰るだけだと思いなおして、黙々とついていった。外側から鍵のかかる地下室の扉の前でリチャードは歩みを止める。
「この部屋の中に箱があって、そこにダリアが原本を奴隷の名前ごとに仕分けて纏めてしまっているらしいんですが、どうやら魔女にしか開けられない箱らしいので弟さんに直接開けてもらわないといけなくて、それでお呼びしたんですよ」
「そうなんですか……」
確かに、呪印紋の原本が纏めて入っている箱なんか素人が触って何があるかわからないものな……オーウェンは促されるままに開けられた地下室の扉をくぐった。むっとくる小便と女のにおいが鼻をつく。
「ぐ、空気が最悪……」
「すみませんね。おれの仕事場も兼ねてるもので」
この男、奴隷調教師だったか。と思い出し、オーウェンはここでザジが純潔を散らされたのだと思い至って胸が悪くなりそうだった。ぐつぐつと怒りが沸いてくるがこの男は与えられた仕事をしているだけだし、とその感情を飲み込む。
「今ろうそくの灯を点けるので……点いた、と。その箱ですよ」
リチャードが持っていたランプの灯だけでは心もとなく、ろうそくが灯されてようやくうすぼんやりとその部屋が照らされる。作業台の上に金属でできた頑丈そうな箱がどっしりと腰を下ろしていた。目を凝らすと、掛け金に黒い靄のようなものがみっしりと絡みついていた。
(確かにこれは魔女にしか見えないな……)
オーウェンは絡まった靄を慎重な手つきで解いていく。途中、なぜか急にザジに貸した絵本の内容が頭に浮かんだ。悪い魔女の住むふわふわのパンの家に囚われた姉と弟。おばあさん、パンがまの入り方がわからないの。入り方を教えてちょうだい。馬鹿な娘だ。こんなこともわからないとは。アタシがやってみせるからよく見ておいで。
ふ、と背後のリチャードの気配が遠ざかるような感覚がして振り返ると、リチャードはオーウェンを置いて部屋の外に出ようとしているところだった。
「ちょっと、どこへ……」
「ついてくるな、裸足の馬鹿が」
パリィン!! ガリッ!!!
「痛ッッだ!!!!!!!」
追いすがろうとしたオーウェンの足元にリチャードが投げた手鏡が叩きつけられ、粉々に割れる。破片がオーウェンの足の裏に突き刺さった。たまらず悲鳴を上げて後ずさった彼の目の前で扉を閉めたリチャードが外から鍵をかけた。
「ははは、その箱にはおれの商売道具が入ってるだけだよ。残念だったな。そんな簡単に原本なんか渡すわけないだろ。ダリアが帰ってきたらこの屋敷に火を放つぜ。どうせただで貰った家だし、奴隷商にも場所を知られてて嫌だったしな。せいぜいそれまで糞虫とでも仲良くしてなよ男の魔女」
捨て台詞を吐くと、リチャードは階段を登って行った。
「やられた……」
残されたオーウェンは傍らに置いていた愛用の箒で床を掃いて鏡の破片を除けるとドアを調べる。物好きな貴族だかなんだかが作った地下室なのだろうか。閉じ込め防止のためなのか中と外両方に鍵穴がある扉で、鍵さえあれば出ることが出来そうだった。
「あるわけがないか……」
オーウェンは薄暗い地下室を見回す。趣味の悪い拘束具や拷問具がそこら中に散らばっているだけで、鍵などあるわけがなかった。彼に残された時間は、そう多くない。
「いつまでも出てこなかったらって言ってたけど、あたしはあたしでやれることをやりたいんだよね」
オーウェンが箱を開けようとしていたころ、ザジはもう軽々乗れるようになった箒の上にしゃがみ込んでふいふいと屋敷の上空を飛んでいた。
なーんかおかしいな、とザジは思っていた。二階の窓からダリアの部屋を覗くと部屋の主は留守の用だった。
わざわざ奴隷紋の施し手のダリアの留守中に来させて調教師が案内する意味がわからない。オーウェンに彼女が見えようが見えまいが、彼女がリチャードの傍にいてどの原本を燃やせばいいか指示すればいいのだ。
しばらく飛び回って様子を見ていると外から帰ってきたらしいダリアが自室に入って覆面を外しているのが見えた。赤く豊かな髪がばさりと広がった。ザジは窓に近づき、外からコンコンとノックする。それに気が付いたダリアは驚いて窓を開けた。
「あなた……! オーウェンの!」
「こんにちは。さっきオーウェン様が調教師さまと一緒にこの屋敷に入ったんですけど、ちょっと時間がかかっていて不安になったので様子を見に来ました。オーウェン様、今どうしてますか?」
「え? オーウェンが来るのは明日のはずだけど……私も今帰ってきたばかりなの、早く入って、こっそりね」
ダリアに迎え入れられて、ザジは窓から部屋に入った。
「明日って? 姉弟子さんから送られてきた手紙では今日ってことになってました。あたし、この家に入れるんですね」
「あなたには人買いから引き渡されてこの屋敷に来たときに許可を出してるから。オーウェンにも明日来るから前もって許可を出しておいてってリチャードに言われていたのだけど。オーウェンが今この屋敷にいるのね?」
「奴隷紋の原本を受け取って帰るだけのはずなんです。そしたらすぐに帰るって」
「原本ならこの部屋にあるわ。おかしいわね。とりあえず、渡しておくわね。あなたと……あともう一人、名前は何と言ったかしら」
「あたしはザジ。もう一人はカーラです」
「カーラ。カーラ、カーラ。あった。ザジ……あったわ」
ダリアは書類の束を引き出しから出して、二枚の原本をザジに手渡す。
ザジはダリアの頬にあざがあるのが気になっていた。調教中にリチャードがダリアをバシバシ殴るのは見ていたが、いまだに殴ったりしているのかと思って嫌な気持ちになった。
「リチャードとオーウェン何をしているのかしら。様子を見に行くわ。あなたも来る?」
「行きます」
ダリアに連れられ、廊下に出たザジはちょうど階段を登ってきたリチャードと目が合いそうになり、慌ててダリアの後ろに隠れた。
「おい、なんでここにその薄汚いネズミがいるんだよ」
「リチャード、オー……、弟が来るのは明日のはずよ。どうして今日私が留守の間に来ているの。弟はどこ……?」
「おれに黙って何をコソコソやってやがる。まさか原本を渡したんじゃねえだろうな、おい」
「逃げて、ザジさん、逃げて!!!」
ザジはくるりと振り返って長い廊下を駆けだした。リチャードもまた駆け出し、廊下の途中でダリアを突き飛ばしてザジを追いかける。
(目を見られたら終わりだ。あの変わった飴玉みたいな色の目を見たら、調教された体が従ってしまう……!!)
小回りの利くザジはちょこまかと屋敷中を駆け回った。猫と鼠のゲームめいた追いかけっこはしばらく続いた。