童貞魔女(♂)オーウェンはチンチラ奴隷を嫁にする 作:ケロリビドー
オーウェンの見得切りを、リチャードは鼻で笑った。
「ははは、そうかそうか。お前の弟は今初めての恋をしてるとか言ってたっけなダリア。甘酸っぱいねえ! 笑っちまうよ」
「人の恋路を馬鹿におしでないよ。アンタこそねえさんのことを大事にできてんのかい」
二人の男は、苔の花園を一定の間合いをとったまま睨み合い、ぐるぐると回る。お互い出不精でそう体力はない。スラム出のリチャードがこすっからさではやや秀でるかもしれない。
「おい魔女野郎。どうやってあの地下室から出たんだよ。まさかお前、鍵開けの名人だったりするのかよ」
別に今訊く必要のない質問だったが、リチャードは聞かずにはいられなかった。ダリアのかつての想いびとであるオーウェンにまんまと出し抜かれたのが気に入らないのだ。
「……アンタ、ねえさんの称号を聞いたことがあるかい?」
「何?」
「ねえさんの男なのに教えてもらってないのかい。アタシら魔女は魔女として独り立ちするときに師匠から称号を貰うんだ。ねえさんは呪印紋の扱いがピカイチだったから『呪印の魔女』って称号を貰ってる」
「それがどうした。おれよりお前の方がダリアのことを知ってるとでも言いたいのかよ」
「まあ聞きなよ。魔女の称号は持ってる能力の中で一番秀でたものにちなんでつけられるんだ。ぼくの能力なんてのはまあつまんないものだが……、ぼくの能力はね。『その辺にあるもので、その時一番必要なものをさっさと作れる程度の能力』さ。だから、ぼくがかあさんに貰った称号は『構築の魔女』というんだ」
オーウェンはポケットから小さい木切れを取り出した。それはまるで鍵のような形をしていた。
「アンタの仕事道具、役に立ったよ。鍵穴に油を流し込んで、溶かした蝋を刺しこんで、固まるのを待って引き抜いて……何に使うんだか、平べったい木べらがあったから、出て来た蝋と同じ形に切り抜いた。で、鍵を開けて出て来たってわけさ」
「……ハァ? ……馬鹿にしやがって……、そんな都合のいいことが……」
「大いなるものから借りた能力だからな。多少の不都合はねじ伏せることもできるんだろ」
「わけのわからないことを!!」
リチャードの拳がオーウェンに迫る。オーウェンは縦に長い体をしならせ、次々と繰り出される拳を避けた。
「おい! なんで打ってこないんだ!! のらくら避けやがって!! 大見得切っておいて逃げるだけか!?」
「くっ、さっきのはただの文句!! 一言言わせてもらいたかっただけだよ!! 別に喧嘩する気なんかないんだ。ザジとカーラの原本を渡してもらえれば、ぼくたちはアンタらのすることに興味はないよ。ねえさんのことが気にならないといったら嘘になるが、ねえさんもいい大人だ。ぼくがああだこうだ言う権利はない!! それにぼくたちは争うことができないんだ、争ったらまた大変なことになる!!」
「あ?」
リチャードの拳がオーウェンの前髪の先をチリッと掠める。
「だってアンタ、その女に言うことを聞かせるけったいな能力! 自覚してないのかもしれないけど、アンタも魔女だろ!!」
バランスを崩したオーウェンは転びそうになり、地面に手を付く。苔の上を傷ついた足が滑り、彼は痛みに眉を寄せた。リチャードはオーウェンを見据えたまま、先ほどの彼の言葉をそのまま口にする。
「は? おれが魔女だと……?」
「そうさ、おかしいと思わなかったのかい。アンタの商売道具は魔女しか開けられない箱に入ってた。アンタの言ってたことはアタシを騙すための嘘のつもりだったんだろうが、あれが魔女しか開けられない箱だってのは本当だったよ。中に入ってたのが本当に原本だったら気が付かなかっただろうが、アンタの道具が入ってたんだからね。その答えは、アンタが魔女だってことしかないよ」
オーウェンは立ち上がり、リチャードに向かって箒の柄を向けた。
「覚えはないかい。何かと話をした覚えは。何かから借りた覚えは。アンタのその能力、一体いつ手に入れたんだ?」
リチャードは目を見開く。子供のころの記憶が目の前をすべて覆いつくし点滅して戻ってくる。埃っぽいバラック。鼻の奥に黴と女のにおいがツンと蘇る。身体を這いまわる女の手。尻の穴から骨を全部抜かれるような強すぎる刺激。噛みしめた汚いぬいぐるみの味。上を向きすぎてキリリと傷む目の筋肉。幼いリチャードの目に逆さまに映る黒い大きな影。
(天使チャン。かわいイねエ。カワいそうデかわいイねエ。オカアさンに勝テる力ヲ、貸してアゲようカねエ……)
「うるさい……おれは可哀そうなんかじゃない……そんなもの、おれは借りてない!! おれのちんぽが人より強いだけだ!! おれが男として優秀だから女が言うことを聞くだけなんだ!!! おれはおれの自分自身の力で女に、おふくろに勝ってるんだ!! おれは断じて魔女なんかじゃ……クソッ……!!」
「そいつは『大いなるもの』と言う。気に入った子供に力を貸して魔女にするんだ。だけど魔女同士が争うのは好きじゃないから、争ってるのを見つけると罰として大事なものを取り立てに来る。ぼくが靴を履けないのも、ねえさんがぼくに見えないのも、喧嘩して権利を取り立てられたせいだ。だからぼくとアンタも争ったら何か取られる。アンタが自分が魔女だって自覚した今はなおさらヤバい。わかったかい? わかったらもうぼくたちを見逃してくれないか?」
リチャードは頭を掻きむしって精神的ショックをいなしていたが、オーウェンの申し出を聞いてその手をピタリと止めた。
「……ほんとうに、おれたちのやることには興味がないのか? 二人分の原本を手に入れたら放っておいてくれるか?」
「なんにも思わないなんてこたない。でもとりあえずぼくはぼくの手が届くところだけ助けられれば満足だ。奴隷紋を苦々しく思ってる奴は他にもいるよ。それを使い続けるのが正しいと思うなら、アンタはそういう奴とちゃんと話し合わないといけないけどね」
「そうか……そうだな……」
ゆらりと。リチャードは落ち着いた様子で近づいてきた。オーウェンは話が通じたのだと思った。
「なあ、アンタねえさんを愛してるか?」
「なんでそんなことを聞くんだ。愛してるに決まってる」
「ぼくもねえさんを愛してる。弟として。家族としての愛だ。だからねえさんを大事にしてやって欲しい。たった一人のねえさんなんだ」
「わかったよ……。もうちょっと優しくしてやってもいいかもな。でも俺以外にダリアを愛してる奴がいるのは許せない、どんな種類の愛でもな!!」
「!!!」
リチャードは後ろ手に持って隠していた香水瓶をオーウェンの眼前につきつけ、中の液体を噴霧した。強い刺激がオーウェンの鼻粘膜を襲う。
「オーウェン様!!」
茂みに隠れていたザジが駆けだした。オーウェンは咳き込みながら倒れ、地面に転がる。その体にリチャードが馬乗りになって、オーウェンを拳で殴りつけた。
『喧嘩しタラだめダヨ!!!!!!!!!』
その瞬間、その場にいる四人の魔女全員の頭の中に声が響く。気が付けばリチャードとオーウェンの間に黒い靄のような人影が現れ、人間であったら手に当たるであろう部分でリチャードの顔を掴んで引き離しているのが全員に見えた。
パアン!! と何かが破裂するような音がし、森に反響する。黒い人影はそのままスゥっと消えていく。それが消えた瞬間、糸の切れた操り人形のようにリチャードの体がくずおれ、後ろ向きに倒れて転がった。
「げほ、げほげほ……」
「オーウェン様、右に小川!!」
オーウェンはザジの言葉を受け咳き込みながら起き上がると、ばたばたと這って移動し広場に流れている小川に顔を突っ込んで刺激物を洗い流した。