童貞魔女(♂)オーウェンはチンチラ奴隷を嫁にする 作:ケロリビドー
取りあえずオーウェンの庵で今後の話をしよう、ということになって四人は森の結界に向かったのだが、ここに来てオーウェンだけが結界に入れないという事態が起きた。
「う、嘘だろ……。自分の結界に入れないなんて……」
「オーウェン、どうやらあなたが大いなるものに取られたのは『自分の家に帰る権利』だったようね……」
結界の入り口でがっくりと肩を落とすオーウェンに、ダリアが決定的な一言を投げかけた。
「その男が結界に入る許可は出せたのに……困った。鶏と山羊の世話が……ぼくの商売道具が……それにスライムの生息地も結界の中だよ!! これからどうしたらいいんだい……嫌だねぇ……」
考えなきゃいけないことが山積みでオーウェンはもういっぱいいっぱいだった。今になって殴られた顔やガラスを踏んだ足の裏がずきずきと痛み出しているし、ザジたちの奴隷紋を凍結できて、ダリアを認識できて、靴が履けるようになった時の喜びがだんだん薄れてきてよけいに落ちた気持ちになる。
「うーん、とりあえず。あたしはカーラの様子を見に行きたいですよオーウェン様」
「そうだね……おばさんの所でちょっと休ませてもらおうか……」
「おばさんって、エブリンおばさん!? わぁ、久しぶりだわ……」
アメリアと一緒に大量の洗濯物を干していたエブリンは、向こうから三本の箒が飛んでくるのを見て目をしばたたいた。軒下で椅子に座って、籠に入った四つ児をあやしていたカーラもそれに気づく。その顔を横切っていた奴隷紋はきれいさっぱり消え、もとのミルク色の肌になっていた。
「あらあらあらまあまあ。ここのところ本当に来客が多いわね……やだダリアちゃん!? まー! 何年振りかしら!!」
「ザジちゃん!! さっきお腹が凄く熱くなって……体中の紋が消えたの!! ザジちゃんたちがやってくれたの……?」
「おばさん、お久しぶりです。お元気そうで」
「カーラちゃん! よかった。カーラちゃんの奴隷紋も大人しくなったんだね!!」
「よかったですねェ、よかったですねェ」
「うるっせぇ……」
女性たちは顔を合わせるなり一斉にしゃべりだすのでオーウェンはげんなりした顔をした。リチャードは箒の上でダリアの膝に座って彼女の胸にずっと顔を埋めている。
「あらあら……ダリアちゃんどうしちゃったのこの子は……まー顔にチャリチャリいっぱいたけちゃって」
「ううん……話すと長くなっちゃうんだけど……」
「お前ら、うるさいぞ。いつまで立ち話してる。茶でも飲んでおちつけ」
あまりのかしましさに奥で薪を割っていたアランが注意しに来た。とりあえず、みんなで小屋の中に入ることにする。椅子が足りなくて、ダリアとリチャード、ザジとカーラは床に座った。
「うわァ、オーウェン様、お顔が腫れあがっちまってますよォ。手当てしねェとォ」
「足の裏も切れてるから消毒させておくれ……」
アメリアに傷の手当てをされながら、オーウェンは事の次第を話した。
「ってことはオーウェンはおうちがなくなっちゃったのね?」
「そうなるね……スライムスキンを作って売る仕事ももうできない。弱っちまったよ……。ねえさんはその男と一緒にあの屋敷にあのまま住むつもりなのかい?」
「それなんだけど……あそこ街から遠くて不便だったのよね。周りに何もないし。できれば引っ越してもうちょっと暮らしやすい家に住みたいわ。もしかしたら私、妊娠してるかもしれないし……」
「そうなの!? ひょっとして、その男の子の?」
「ええ、今になってはもう彼も私の子供みたいなものですけど……」
エブリンとダリアは、ザジとカーラ二人がかりで顔の輪っかを一つずつぷちぷちと外されているリチャードを見る。顔に穴が開いて痘痕のようになってしまっているが、じき塞がるのではないだろうか。
「彼がもう調教師の仕事はできないって奴隷商にも伝えないといけないわね……私ももう奴隷紋は施したくない……すごく怒られるかしら。怖いわ……」
「怒られるのが怖いってねえさんさあ……ねえさんも仕事がなくなっちまったんだぞ……待てよ。ねえさんもかあさんの手伝いしてたからスライムスキンの作り方は知ってるよな」
「知ってるわよ。なんならパッドとか潤滑液の作り方も知ってるけど」
「ねえさん。ぼくの代わりにあの庵に住んで、かあさんの後を継いでくれないか?」
「ええ? うん、まあ、あそこにまた住めるのは願ってもないことだけど……オーウェンはそれでいいの?」
「良くはないけどさ……」
オーウェンの考えた方法はこうである。
まず、リチャードの調教屋敷は彼自身が予定していた通り燃やしてしまう。その時にすべての奴隷紋の原本が燃えてしまい、リチャードは逃げる時の落下物が頭に当たって、なんだかよくわからないかんじになってしまい、事実はどうあれダリアの体調不良はリチャードの子供を妊娠しているせいということにする。ので、もう働けないということを奴隷商に伝えて、あそことの縁を断つ。
スライムスキンの製作はダリアが引き継ぐ。リチャードを育てながらなのでなかなかスムーズにはいかないかもしれないが、ザジが手伝いに慣れているので手を貸す。
道具だけ持ち出せば助産などの仕事や商品の販売は引き続きオーウェンがすることができるので、オーウェンだけ別の所に仮住まいをしてなんとかする。リチャードがもうちょっとしっかり物のわかる年齢まで育ちなおせれば仲直りを試みて大いなるものに奪われた権利などは返してもらえる可能性がある。そうしたらまた庵に戻れるかもしれない。
「どうかな? これでなんとかならないだろうか?」
「えー、あたし、オーウェン様と離れて住むの嫌だな……」
「あ? んん? え? ゴホン」
オーウェンはザジにそんなことを言われて、急に自分が先ほど、彼女を「ぼくの好きな女の子」と称したことを思いだし赤面してしまう。本人は気付いていないようだが、ザジはその時からオーウェンがザジの前でも自分のことを「アタシ」と呼ぶのをやめ、ずっと「ぼく」を自称しているのに気が付いていた。
「……じゃ、じゃあ、ぼくとザジはどっかで二人暮らし。ザジは庵に通う。そのたびにぼくのものを持ち出しておくれよ。服とか……。アンタ箒にももう乗れるし。それでどうだい……」
「ふひひ」
「なんだよその笑いは! 嫌だねえっ!!」
とりあえず、今考えられる案としてはオーウェンの考えた方法が最善だろうということになったので、リチャードとオーウェンを森小屋に置いたままダリアとザジで庵に飛び、オーウェンに必要なものや貯めていた財産などを持ち出した。今日はもうみんな疲労が溜まりすぎてもうダメといった感じなので、屋敷を燃やすのは次の日、後日オーウェンを伴ってダリアが心神耗弱状態に陥っているリチャードを連れて奴隷市場に赴き、仕事の続行が不能であるという話を通すということにして、その日は解散した。
その後、オーウェンはザジと一緒に娼館のある街に行き、冒険者が泊まるような安宿を探してなんとか腰を落ち着けることができた。
「はあ~……もうだめ。疲れた……」
オーウェンは簡素なベッドに大の字になって身を沈める。身体が重たいのは疲れているせいかと思ってうっすら目を開けると、腹の上ににまにまと笑うチンチラ奴隷が乗っていた。
「何……? アンタの寝床はあっちなんだが……」
「オーウェン様ぁ。ザジはオーウェン様の好きな女の子なんですかぁ?」
「ぐーっ!! 嫌だねぇ……しっかり覚えてやがったのか」
「ねえ、もういいんじゃないですか? ザジはオーウェン様にちゃんと抱いて欲しいんですけどぉ」
「……馬鹿。ここにはスキンがないんだぞ。こんな不安定な身分でね、ぼくたちはそんなことをね」
「スキンがあればいいんですか?」
「あ?」
頭だけ持ち上げたオーウェンの目の前に差し出されたザジの指には、しっかりと未使用のスライムスキンがつままれていた。