童貞魔女(♂)オーウェンはチンチラ奴隷を嫁にする 作:ケロリビドー
結論から言うと、ダリアは妊娠していなかった。
「安心したけど、ちょっと残念な気もするわ」
「い、は、いちごの、いー」
エブリンたちの住む森小屋の庭に置かれた木のテーブルで、ザジと一緒に字の練習をしているリチャードの頭を撫でながら、ダリアは微笑んだ。
「まあ、もし今後するようなことがあったら、ぼくが診るからね……」
「うん、その時はお願い。私が子供に酷いことしたくないからしばらくはないと思うんだけど、体は大人だからね……」
オーウェンはあまりよくは知らないが、酷い生い立ちを経て来たらしい記憶をなくしたリチャードは今の所大人しい良い子で、ダリアがザジと一緒に魔女の庵で仕事をしている間こうやって大人しく待って居られている。
オーウェンはエブリンたちの持っている敷地の隅の使っていない納屋を借りて、庵に帰らなくても作れるような商品を作ったり、時々カーラの子供たちの面倒を見たり、リチャードに字を教えたりしている。
新しい庵を構えるにしても、カーラとザジをケイト族のところに帰すにしても、どっちにしても今は金が要るのでできる仕事を探して頑張ろう、と思っているところだ。
「まさか屋敷丸ごと燃やしちまうなんてな。もったいなかったなー」
「うおっ、いつ来たんだい……アンタは」
突然横合いから声をかけられてオーウェンが驚いてそちらを見ると、奴隷商の若旦那のウィニーが立っていた。
ダリアたちが住んでいた屋敷ごとすべての奴隷紋の原本を燃やしたことで、ダリアが奴隷たちに施した紋はすべて役に立たなくなった。それを知った奴隷商の元締めはショックのあまりか元々あった持病が悪化し、すべてを息子のウィニーに任せて今は療養しているので、ダリアとリチャードの処遇はウィニーが全部決めたようだ。
「いつ来たはないだろ。ちょっと時間が空いたから様子見に来てやったんだよ」
「そりゃそりゃ……」
思えばこの男は初めてできた同性の友達と言っていいかもしれない。オーウェンはウィニーの軽薄そうな顔をまじまじと見つめて、なんだかそれも変なかんじだなと思った。
「貴族の街から船が出てるけどよ。おまえ、嫁さんとそっちの親子全員乗せるだけの運賃貯めるんじゃ時間かかって仕方ないんじゃねえか?」
「そうだねえ……靴が履けるようになったし、日雇いの肉体労働でも増やそうかとは思ってるんだけど」
「やめとけやめとけ、ヒョロ杉が。腰やって寝込むのがオチだろ」
「む……なんなんだよ。からかいに来たのか?」
「そこまで暇じゃねえよ。実はさ。もうすぐ人買いの船が戻ってくる頃合いなんだよ」
「……ケイト族は一回で四人産むから玩具奴隷には向かないってちゃんと伝えておくれよ」
「ああ、あれ見たらちょっと大変だなって思うわ。労働にも向いてる大きさじゃねえし、連れてきても買い取らないって言うつもりではいるんだが」
カーラとアメリアが二人で子供たちの世話をしているのを見て、ウィニーは片眉を上げた。一人が泣き出すと連鎖するように全員泣き出す赤ん坊たちは今日も元気いっぱいだ。
「まあ今日はその話じゃなくてさ。タダとは言わねえんだが、おまえらその船が出る時に一緒に乗って行っちゃどうだ? おまえら二人だけでもさ」
「は?」
「え?」
オーウェンと、木切れに木炭で字を書いていたザジは驚いて顔を上げる。
「奴隷船に乗ってけっていうのか?」
「え、あの船にまた乗るんですか?」
「一応おれの顔はきくし、いくらか握らせれば文句も言われねえと思うんだよ。どうだい」
ウィニーの申し出に、オーウェンとザジは顔を見合わせた。
「……だってさ。どうする」
「どうするって……そりゃ一回は顔見せたいと思いますけど……でも、あたしたちだけって……」
「いやいや、あの赤んぼたちを今乗せるのはどうしたって無理だろ。姉ちゃんが孕んでないってわかったんだし、行くチャンス、今なんじゃねえの」
オーウェンとザジはお互いをお互いが愛していると思えるようになっただけで、まだ別に婚姻などは結んでいない。別にこっちで勝手に結んでしまえばいいといえばいいのだが、できればザジの両親に話を通したいなとは思っていたのだった。
「一回帰ったら、アンタの両親、アンタを離したくないってなるかもしれないねえ……」
「オーウェン様はこっちで魔女の仕事があるでしょ? だったら無理に帰らなくても……」
「いやだよ。ちゃんとアンタの親に挨拶したいよ」
「まあよく話し合って決めてくれよ。人買いたちがまた船出すまでしばらく日にちがあるから。行く気になったら市場に来てくれ。じゃ、仕事戻るわ」
ウィニーは立ち上がり、片手をひらひらさせながら帰って行った。
「行ってきなさいよ。いない間の仕事は私に任せて」
黙って話を聞いていたダリアがそう声をかけてきた。
「まあ、ねえさんなら上手にやってくれるとは思ってるけどさ」
ダリアが庵に戻ってきたことで、妊婦の往診などはダリアとオーウェンの二人でやっている。今まで、妊婦の胸のマッサージなどを若い男であるオーウェンがやるとひんしゅくを買いやすいので、間接的に夫にレクチャーしたりしていて手間がかかったのをダリアが直接妊婦に教えることが出来るようになっていた。
女だか男だかわからない口調や仕草をしなくてよくなってオーウェンも少し気が楽になった。リチャードがもう少しものがわかるくらいに成長したら、きっと彼はダリアを守ってくれるんじゃないだろうか。そうしたらお産関係はダリアに一任して、自分が得意な道具の開発などに専念してもいいなとオーウェンは思い始めている。
「ザジ。一旦故郷に帰ってみようか。カーラが生きてるってことも早めにカーラの家族に教えてやりたくはないかい?」
「そうですね……。きょうだいがどうしてるのかとかもちょっと気になるかも……」
「ザジのことはぼくが守るから、絶対危険な目に合わせないから」
「……頼りにしてますよ、オーウェン様」
見つめ合う二人を見て、ダリアが微笑んでいる。
「オーウェン、立派になっちゃったわねえ……」
「オーウェンおじさんは、りっぱ?」
「やめろよ。恥ずかしいよ……」
「オーウェン様はどこに出しても恥ずかしくない、立派な旦那様ですよ」
リチャードはもうダリアがオーウェンの名前を呼んでも怒らない。ダリアはしみじみと自慢のおとうと弟子の名前を呼んだ。そして、かつての自分の恋は苦いものであったけど、悪いものではなかったなと思った。そして、その彼がはじめての恋を成就させたことをとても嬉しいと心から思った。
「……友人の狩人から鹿をわけてもらったぞ」
「あ! 捌くの手伝うよ」
アランが鹿を一頭ぶら下げて外から帰ってきた。オーウェンは立ち上がり、しっかりとした足取りでそちらへ歩いて行く。今まではちょっとの距離でも箒に乗っていたが、今は自分の足でしっかりと地面を踏みしめて歩けるので、彼の箒はオーバーワークから解放され、今は赤い箒と小さな箒と一緒に玄関に立てかけられていることが多かった。
「またこの家がこんなに賑やかになるなんてちょっと前まで思ってなかったわ」
午後を回り、日が陰ってきたので洗濯物を取り込みながら大勢のいる庭を見渡し、エブリンは満足そうだった。
「久しぶりの鹿、気合を入れて料理しちゃいましょうかね」
「わだしもお手伝いしますゥ!」
「わ、わたしも……赤ちゃんたち、寝かしつけられたので……」
「うんうん、じゃあみんなでお料理しましょうか!!」
森小屋に、大勢の笑い声が響いた日だった。