最近のことだ。
母さんがようやくスマホに替えた。ずっと使い慣れたガラケーを手放そうとしなかったけど、さすがに不便だろうと思って、僕のバイト代でプレゼントした。
「こんな高いの、もったいないよ」
そう言いながらも、母さんはどこか嬉しそうだった。
ただ、問題はそのあとだ。
「使い方がわからないから」と、しばらくの間は箱にしまったままだった。
でもある日突然、心を決めたように言った。
「使い方、マスターしないとね!」
それからの母さんは毎日スマホをポチポチ。
LINEのアイコンを何度も押しては、「あれ?戻れなくなっちゃった」と僕に助けを求めてくる。
教えるたびに、「へぇ〜、便利なんだねぇ」と感心したり、失敗して「あらら、ごめんね」と苦笑いしたり。
そんな姿を見ていると、なんだか胸があたたかくなる。
僕の母さん、ちょっと不器用だけど、一生懸命で可愛らしい。
そんな毎日が、ちょっとだけ楽しい。
ある日、僕が学校から帰ると、母さんがスマホを手に真っ青な顔をしていた。
「ど、どうしよう……なんか、へんなところ押しちゃったみたいで……」
聞くと、何かの通知を消そうとしていたはずが、スマホの画面に「〇〇に500円送金しました」の文字が出たらしい。
「送金って……だれに!?」
慌てて見てみると、それはLINEのスタンプショップだった。
「これ、買ったの!?」「うそぉ!?え、こんなことでお金かかるの!?」
画面には、どう見ても母さんの趣味とは思えない、変なキャラクターのスタンプがずらりと並んでいた。
「これ……使うの?」と僕が聞くと、母さんは顔を赤くして首を横に振った。
「ちがうのよ、ほんとに……指が勝手に……」
まるで子どもの言い訳みたいなことを言う母さんが可笑しくて、僕は思わず笑ってしまった。
「まぁ、最初はみんなそんなもんだよ」と言ってあげると、
母さんはしょんぼりしながらも、ほっとしたように笑った。
その日の夜、「なんか届いたよ〜」と母さんからLINEが来た。
開いてみると、例のヘンなキャラクターがスタンプでポン。
――どうやら、送金ミスは無駄じゃなかったらしい。
ある晩、僕がリビングでくつろいでいると、母さんが顔を真っ赤にしてやってきた。
「ねぇ……これ、どうしたらいいの……」
手にはもちろんスマホ。そしてその画面を見て、僕も思わず吹き出しそうになった。
母さんが打ったと思われるLINEのメッセージはこうだった。
「今日は楽しかったです。またお願いします 」
しかも、送信先は――近所のスーパーのチラシ係・山田さん(60代後半・男性)。
「え……これ誰に送ったの……?」
「だからそれが、優奈さんに送ったつもりだったのに……!どうして山田さんになってるのよ〜!!」
どうやら「今日のお茶会たのしかったね」と送りたかったはずが、間違えて前にチラシの件で連絡した山田さんのトークを開いていたらしい。しかも、 マーク付き。
「山田さん、どう思っただろう……もしかして勘違いするんじゃ……?」
母さんは両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏した。
「……まあ、大丈夫じゃない?山田さん、おおらかな人だし」
と僕は笑いながら言ったけど、内心、翌日のスーパーでどんな顔をされるのか、ちょっと楽しみにしていた。
それから母さんは、LINEのトーク画面の確認を何度も何度もするようになった。
「送る前に落ち着いて深呼吸」と、自分でメモまで書いて貼っていた。
でもそのうち、「ま、間違えたらそのときはそのときよね〜」とケロッと笑うようになった。
そうして、スマホのある毎日に、ちょっとずつ慣れていく母さんの姿が、なんだかすごく愛おしかった。