※この作品はR-18です。

母のSNS   作:松田義和

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レコーダーに録音されたもの

机の引き出しを開けて、あのレコーダーを取り出す。

手に持った瞬間、掌にじわりと汗がにじんだ。

 

本当に、再生するのか?

あの中には、“聞かなくていいもの”が詰まってるかもしれない。

 

いや──“聞いちゃいけないもの”だ。

 

でも、もうここまで来てしまった。

ここまで知ってしまって、ここまで追いかけておいて、

いまさら「知らないふり」なんてできなかった。

 

僕はゆっくりとイヤホンを差し込み、レコーダーの再生ボタンを押した。

 

 

 

──雑音。

カフェの食器が触れる音、氷の溶ける小さな音が聞こえる。

そして──母さんの声。

 

「こちらこそ……いろいろ迷ったけど、来てよかったです」

 

柔らかい、少し緊張を帯びた声。

でも嬉しそうにも聞こえた。

 

Aさんの声も入ってくる。

 

「玲子さんって、思ってたよりずっと話しやすいです」

 

「……嬉しいけど、それって褒められてるのかな?」

 

くすっと笑う声。

僕が知ってる“母さんの笑い声”より、少しだけ高くて優しい。

知らない人といると、こんなふうに笑うんだ。

 

「正直、信じられないです。こんな綺麗な人が」

 

「……そう言われるのが、一番慣れてなくて、困ります」

 

(……母さん)

 

Aさんは母さんの名前を何度も呼び、さりげなく距離を詰めていた。

でも強引ではなく、静かに、穏やかに。

 

録音された声だけなのに、その空気感が伝わってきて、胸の奥がチクリと痛んだ。

 

「……少し、歩きませんか?」

 

「はい……」

 

場所が変わる。

環境音が屋外に切り替わり、車の音、歩く足音、風の音が混じる。

 

「時間、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫。今日は、夕方まで空けてあります」

 

その言葉を聞いた瞬間、鼓動がドクンと跳ねた。

 

(……最初から、覚悟してた?)

 

自分でも信じたくない想像が、音だけの世界から浮かび上がってくる。

 

しばらく無言のまま歩いていたふたりの会話が、またぽつりと続く。

 

「……どこか、静かに話せる場所に行きませんか?」

 

沈黙。

 

続いて、母さんの声が小さく入った。

 

「……うん」

 

そしてAさんが言った。

 

「ホテルがすぐそこにあります」

 

その瞬間、僕の手が少し震えた。

 

母さんの返事は、なかった。

でもレコーダーは、すべてを記録していた。

 

ふたりの足音が止まり、数秒の無音のあと、母さんの息遣いがマイクに拾われた。

 

「……うん。ちょっとだけ、ね」

 

それは、はっきりと聞き取れた。

 

目の前がぐらりと揺れた気がした。

 

(母さん……)

 

その声が、自分の母親のものだってわかってるのに、

どこか他人のようにも感じた。

女の声だった。

誰かに受け入れられようとしてる、人間としての声だった。

 

「ありがとう」

 

Aさんの声と、ふたりの足音。

やがて録音はホテルのロビー音へと変わり、そこで一度区切れた。

 

僕はイヤホンを外し、しばらく動けなかった。

 

何を求めてこの録音を聴いたのか、自分でもわからなくなっていた。

 

でも、もう知ってしまった。

 

母さんが、あのドアの向こうに進むまでに、どんな言葉を交わし、

どんな気持ちで、一歩を踏み出したのか。

 

全部、耳に焼き付いたままだった。

 

 

 

 

 

 

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