──止めたはずだった。
あれは限界だった。
心が耐えられるギリギリのところで、なんとか止めた。
僕はそう思っていた。
……でも。
テーブルの上に置いたレコーダーが、まるで僕を試すように、そこにあった。
ちいさな四角い箱。
たった一度、ボタンを押すだけで──あの続きを、また“聞ける”。
(やめろ)
頭のどこかで、はっきりとそう言ってる。
この先を聞いたら、もう戻れない。
ただの息子には、戻れない。
そうわかってるのに。
でも。
あのときの母さんの声が、まだ耳の奥に残ってる。
あの甘さ。あの吐息。あの笑い方。
誰かに触れられて、少し戸惑いながらも、
それでも“嬉しそうにしていた”母さんの声。
──僕には、向けられたことがない声だった。
(もっと、聞きたい)
一瞬、全身が冷たくなる。
自分の中に、そんな願いがあったことに、ゾッとした。
(でも……聞きたいんだ)
母さんがどんな顔で、どんな声を出していたのか。
どんなふうに、あの男に体を預けたのか。
どんなふうに、乱れていったのか。
音だけしか知らないのに、僕の中にはもう映像ができあがっている。
母さんの白い肌。うつむいた横顔。少し乱れた髪。
──そして、もう“僕の知らない人”になっていく過程。
そう、僕は母さんの不貞行為を目の前にして興奮していた。
怒りや絶望、裏切られた痛み、そういう感覚ももちろんある。
でも、同時に異常な程の性的興奮を感じていた。
母さんがどんなことをあの男にされたのか、どんなことをあの男にしたのか
あの男を受け入れてどんな声を出したのか、どんなよがり声を上げたのか
母さんが他人のものになる瞬間はどんななのか。
それを考える時僕の下半身は痛いほど勃起する
最近話題の女子社員AVを見た時なんかと比べものにならないくらいに勃起している。
このスイッチを押せばそれを全て聞くことが出来る。
この分裂した僕、どちらの僕が本当なのか。
知りたくない。
でも、知りたい。
逃げたい。
でも、戻れない。
手が震えながら、レコーダーに伸びた。
僕は、震える指で再生ボタンを押した。
音がまた、部屋の中に戻ってくる。
空気は、もう違っていた。
最初の笑いも、冗談も、消えていた。
録音の向こうから聞こえるのは、柔らかい吐息と、衣擦れの音だけだった。
──すぅ……カサ……ぎし……
「……あ……ん……」
母さんの声が、小さく震えていた。
聞いたことのない声だった。
優しさでも、叱る声でもない。
母さんが僕には絶対に見せたことのない、遠い遠い場所で、誰かに触れられて、許している声。
「……あの……そこ……」
「大丈夫。焦らないから」
「うん……でも……ちょっと……」
布がめくられる音。
それに続いて、息が大きく吸い込まれ、吐き出される。
僕の鼓動が、それに合わせるように早まった。
「……見ないでって……言ったのに……」
「ごめんなさい。でも……ほんとに綺麗で」
「……あ……そんなふうに……」
声が、壊れていくのがわかった。
(見てないのに、全部見える──)
僕は、見えてしまっていた。
布団をそっとめくられる様子。
肩が出て、胸元があらわになり、恥ずかしそうにうつむいている母さん。
想像だ。だけど、それは音が導いた映像だった。
僕は履いているものを脱ぎ捨て下半身を出した。